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侵略日和  作者: ことさん
3/12

友達ができました。

「直接会うのは久しぶりかな? ひよ子ちゃん」

「うん、久しぶりだね、京お姉ちゃん」

 びじょんとの生活が始まって二日目。ここは昼過ぎの喫茶店。叔母の平安京──ひらやすみやこと読む──に呼び出されて、ひよ子は喫茶店にやって来た。

 叔母といっても京は二十歳。ひよ子は彼女を宮お姉ちゃんと呼んでいる。叔母さんよりもお姉ちゃんと呼ばれたいという、本人の意思を尊重しての呼称でもあるが。

 京は少し大人になったひよ子。そんな見た目をしている。眼鏡も髪型もそっくりだ。

 エアコンに冷やされた空気が、汗が浮いた肌を心地よく包んでくれる。夏休みだからなのか、ひよ子と同年代くらいの子が多い。みんな取りとめのない話をしている。

「ひよ子ちゃん、今日は明るい顔をしてるね。良いことでもあった?」

「うん、良いことあった」

 京の向かいに座り、ひよ子は微笑む。

「友達ができたの」

「もしかして一緒に入ってきた、あの子?」

「え?」

 京の指差したほうへ顔を向けると、そこにはこちらを凝視するびじょんの姿があった。

 なにやらとても緊張している様子だ。

挿絵(By みてみん)

「よくわかったね」

「あの子、ずっとこっちを見てるし、さっきも言ったけど一緒に入ってきたでしょ? わかるよ」

「それはそっか……あはは」

「こっちに呼んで一緒に座ったら? 遠慮しなくてもいいよ」

「お言葉に甘えます」

 手招きすると、びじょんは慌てて、ひよ子の横に座った。

「京お姉ちゃんに、いきなり友達を紹介するのもなんだかなーって思って、別々に座ったの」

「ひよ子ちゃんに出来た初めての友達でしょ? いつでも紹介してくれていいのよ」

 優しく微笑む京に、ひよ子は安らぎを覚える。両親がなくなって以来、ひよ子と仲良くしてくれる唯一の相手だった。今はびじょんもいるので唯一の相手ではなくなったが。

「ありがとう。この子は、びじょんちゃん。宇宙から来──」

 宇宙から来たの。と言ったらマズイ気がする。びじょんの素性を他の誰かに話したら、下手したら口封じもありえるのではないだろうか。外部との連絡はダメと、はっきり言われている。

「わたしはびじょん。地球へ侵略に来ました」

「へえ、侵略者ちゃんなのね。頭にアンテナみたいなのついてるし、それっぽい」

 京は興味深そうにびじょんを眺め、コーヒーを唇に含む。

 そういえば彼女の頭には、確かにアンテナみたいな突起がついている。なんのためについているのだろう。

 惚けた顔でびじょんの頭のアンテナを見つめている場合じゃない。

──こ、この子、侵略に来ましたって言っちゃったし。

「み、京お姉ちゃん! この子はなんていうか、えっと──」

「大丈夫。わかってるから」

 優しい表情で頷く京に、戸惑うひよ子。その二人を交互に見つめる、無表情なびじょん。

「え? な、なにをわかってらっしゃるというの……?」

「特殊な嗜好の持ち主って、わたしは好きだな」

「な、なんの話をしているの!?」

「自分が宇宙人だっていう設定。良いよね」

「設定……!?」

「わたしも二人くらいの頃は、自分を吸血鬼だと思ってたよ」

「京お姉ちゃんは脳内設定ヴァンパイアだったの……!?」

「ニンニク大好きだけどね」

 割と変わっている人だとは思っていたが、やはり叔母は不思議な思考の持ち主だった。

「わたしは平安京。そういうわけで、よろしくね。侵略者のびじょんちゃん」

「よろしく。ひよ子の叔母の平安京。あなたの概要は道すがら、ひよ子から教わった」

「ちなみに、どんな概要を道すがらに教わったのかな?」

「血縁という概念を、わたしはあまり理解できないが、二人は叔母と姪という親しい間柄。そしてアニメという映像作品を制作している者──」

「うんうん、面白い喋り方ね、この子」

「そして、良い人なのだが極度の変わり者だと聞いて──」

「さあああて、京お姉ちゃん! わたしもびじょんちゃんも、お昼がまだなんだけど、ごちそうになってもいいかな……!」

 びじょんの言葉を慌てて遮り、ひよ子はメニューを開く。

「お腹ペコだよね、びじょんちゃん!」

「とてもすごくペコ。甘い物、辛い物。いつでも歓迎、経口摂取。ドントコーイ」

「いいよ。二人とも、好きな物を注文して」

 メニューを渡すと、びじょんは目を輝かせ、会話のことなど忘却の彼方だった。

 恐る恐る、京へ視線を向けると、彼女は片眉を上げながら微笑んでいた。

「極度の変わり者、ね」

「いやその……あはは」

「間違ってないから、別に気にしてないよ」

 そう苦笑すると、京はひよ子にもう一つのメニューを渡してくれた。

「好きな物をどうぞ」

 とても優しい叔母である。




「おおおお。美味しい。このパスタという紐状の食べ物。想像以上。ニンニクサイコー」

 とても幸せそうに大盛りのペペロンチーノを食べるびじょん。幸せそうなのは良いが、喉を詰まらせないか見ていて少し心配になる。

「真っ白い綺麗な髪に、宝石みたいな瞳。美少女THE美少女って感じね」

「うんうん、びじょんちゃって、可愛いし美人さんだよね」

「ひよ子ちゃんも可愛いと思うよ」

「お姉ちゃんこそ……美人さんだと思うよ」

「似てる親戚同士で褒め合うと、微妙な気分になるね」

「そうだね……」

 二人は苦笑し、同時にびじょんを見る。彼女は店員にペペロンチーノのお代わりを注文しているところだった。

「ところで京お姉ちゃん」

 京は視線をびじょんからこちらに直して、次の言葉を促してきた。

「今日はなんの用?」

「用ってほどじゃないけどね」

 笑顔を絶やさず、京はひよ子とびじょんを交互に見やる。

「ひよ子ちゃんがね、この頃、ずっと塞ぎこんでたから心配だったのよ」

「様子を見に来てくれたの?」

「そんなとこ。ネット越しに、元気がないっていうのは伝わってきたから」

 ひよ子は頷き、頭を下げる。京のアニメの仕事を手伝っている関係上、ひよ子は彼女とネットでのやり取りは頻繁に行っていた。

「心配なさそうね」

 そう言って、京は嬉しそうにびじょんを見つめる。

「友達が出来て、本当に良かったね」

「……うん! ありがとう、京お姉ちゃん」

 微笑み合う二人を横目に、びじょんは一心不乱にパスタを食べていた。




「とてもすごいパスタだった。コーヒーも美味しかった」

「いっぱい食べたねー」

 ひよ子とびじょんは京と別れて、スーパーへ向かっている最中だった。

 喫茶店で世間話をしていたら、いつの間にか太陽は沈みかけており、京は仕事の打ち合わせの時間に遅れそうになったため、支払いを済ませて去ってしまった。

 なので、ひよ子とびじょんは買い物をしてから帰ろうという話になった。

「ニンニクの香りが胸を焦がすペペロンチーノに、緑の美しさが心を貫くジェノベーゼ。漆黒の闇に広がる夢幻の荒野イカスミ。赤き珠玉の海であるマヨ明太子。パスタの世界は美しい」

「うんうん。なにを言ってるのか、よくわかんないけど、パスタも美味しいよね」

「素晴らしかった。ぜひともひよ子の手製パスタも食べてみたい」

「え? まだパスタ食べたいの?」

「もちろん。ひよ子産のペペロンチーノが食べたい」

「ひよ子産って」

 苦笑し、ひよ子は空を見上げる。世田谷では満天の星空というわけにはいかないが、いくつか星が輝いていた。星ではなく人工衛星かもしれないが。

「そういえばさ、びじょんちゃんの船って、うちの真上に浮いてるんだよね?」

「うん。距離にして約10km。その位置に待機している」

「昼にうちの空を見上げても、なんにも見えなかったんだよね。今も星と雲しか見えない」

 自宅のある辺りの空。住宅地のど真ん中だ。その空に目立つものはなにもない。

「まあ、宇宙船的なモノがフワフワ浮いてたら、大騒ぎになっちゃうから、透明にでもなってるのかな」

「透過しているわけではないが、船は風景に溶け込む努力をしている」

「光学迷彩ってやつ?」

「それに近いのではないかな」

「へえー」

 感心して再び空を見上げると、視線の先になにか丸い影が見えた。

「あれ? さっきあんなのあったっけ」

「あんなのとは?」

 ひよ子の視線の先にびじょんも顔を向ける。

 丸い影は徐々に大きくなって、だんだんと色も見えてきた。

 その球体は水色をしている。

「ほら、あの丸いの」

「……あれは」

 徐々に大きくなる丸い影。しかし、その球体は大きくなっているのではなかった。近づいてきているのだ。

「おーーーーーーーーーほっほっほっほ!」

「……な、なんなの?」

 丸い影に見えていたのは、浮かぶ球体に乗った小さな少女だった。少女は半球の平らな上部に乗っていて、髪を左右でツインテールっぽく結んでいる。半球と少女の頭が合わさって、遠目では丸っこい影に見えたのだ。

 高笑いを耳にした通行人たちも足を止め、浮かんでいる少女に視線やスマホを向けたりしている。しかし、うまく動かないのか、通行人たちは口々にスマホが壊れた、と口にしていた。夕暮れの住宅街。買い物帰りの奥様や旦那様、そして夏休みを謳歌する子どもたちと、なかなか人通りが多い。

「みっしょん、どうして地表に」

「わたくし、ヘイト・ヒマーでしてよ」

「意味がわからない。質問に答えて」

 幸せそうな表情から打って変わり、びじょんは冷たい眼差しをしていた。

 ひよ子は二人のやり取りを見て、うろたえている以外にやれることがない。

「退屈は、散らかった部屋なみに好きではありませんの」

「わたしと偵察任務中のこんふぃ以外は、船内待機のはずでは」

「こんふぃとあなただけが船外活動なんて、フェアーでなくってよ」

「あなたの気持ちは理解した。質問に答えて。ここに来た目的は?」

「資源は刈り取り、邪魔は排除する。それが、わたくしに課せられた任務ですの」

「その刈り取りが実行されるかどうか、それを決めるのが、わたしの役目」

「好きになる対象がいなくなれば、あなたは面倒な役目から解放されましてよ」

「役目を面倒と思っていない」

「わたくしがわざわざ出向いてきた目的は、刈り取りの邪魔をしている存在を抹消するためですの」

「つまり?」

「つまり日和見ひよ子のキルですわ!」

「え? わたしの名前出た?」

 突然、名を叫ばれたものの、ひよ子は展開についていけない。

 そんなひよ子を、みっしょんと呼ばれた少女は冷たい目で見下ろしながら、指を鳴らした。

 すると少女の乗った半球から、いくつもの小さな球体が飛び出し、こちらに向かって飛んできた。

「危ない、ひよ子」

 緊迫感を含んだ静かな声と同時に、みっしょんとひよ子の間へびじょんが割って入った。

 と同時に、びじょんの袖からも溢れるように球体が現れた。

 びじょんとみっしょんの出した球体は最初、拳大の大きさだったが、動くたびに大きくなり、今は子供の頭ほどになった。その玉が空中でぶつかりあった。

 重い物が激しくぶつかる音。それは金属同士が衝突する音に近いが、少し違っていた。金属よりは軽い音。

「な、なにが起きてるの?」

 びじょんが放ったのは白い球体。みっしょんが出したのは水色の球体だった。

 その玉が飛行し、空中で激しく衝突している。やがて、白と水色の球体同士は潰れるように貼り付いた。

「邪魔ですわね」

「それ、こっちのセリフ」

 睨み合う二人との言葉が終わるや否や、接触し合った白い球体は拡がるように亀裂が入り、水色の球体は圧縮されるように縮まった。まるで金属の玉を押し合うように、ギリギリと鈍い音が響く。

「びじょんちゃん、あの人は……!?」

「あの子は、みっしょん」

「そう! わたくしの名はみっしょん」

「高慢な態度と、破滅的な行動をとる危険なチビッ子」

「気高く美しく、そして艶やかな物腰と、思慮深く機知に富んだ思考! まさにエレガンスな美少女! それがわたくし様……って、ウオィ!」

 破損したのか、変形した二種類の玉は地面へと、糸が切れたかのように落下した。

 同時に周囲の人々から悲鳴や驚きの声が上がる。

「わたくしのどこが高慢で破滅的でして!?」

 みっしょんは怒ってしまったようで、半球型の乗り物と一緒にびじょんへと急接近し、顔を近づけ舌を出した。

「ベーですわ、わかりますかしら? ベーですわよ!」

「わかりません」

 びじょんに一蹴され、みっしょんは真顔になった。

「って、クサッ! あなたのお口、ニオイますわよ!」

「うん。臭いはず。なにせニンニクを多分に含有する食事をした」

「クッ……! その臭さで、わたくしの戦意はブレイクされましてよ!」

 みっしょんは自らの鼻をつまみ、逃げるように上昇した。

「仕方ありませんわね。今日のところは見逃して差し上げますわ!」

「あ、みっしょん」

「なんですのよ」

「息が臭くて、ごめん」

「謝るなら口臭の管理くらいなさってくださいまし……!」

「気をつける」

「よろしくってよ! それではごきげんよう!」

 叫びながらも上昇する少女を、ひよ子とびじょん、ついでに通行人たちは目で追う。

「みなさん、テイク・ケアでしてよ!」

 おーほっほっほ、と高笑いしながら、みっしょんは夜空へと呑み込まれるように飛び去った。




「な、なんだったの……本当に」

「ああ見えて、みっしょんは危険な子なの」

「確かに色々と危ない感じの子だったけど……」

「物の結合を緩くする力を持っている。わたしの力とは逆」

「物をバラバラにするってこと?」

「極端に言えば、そう」

 ひよ子は地面に転がっている、亀裂の入った白い球体に目を向けて、息を呑む。

 まるで内側から外に向けて破裂しかけているような状態だ。一部始終を見ていた周囲の何人かが球体に近づき、それぞれ驚いたり不思議がったりしていた。

「あんな感じになっちゃうの?」

 白い球体を指差すと、びじょんは頷いた。

「あの玉は遠隔操作が可能で、それぞれの力を中継する機能を持っている」

「遠くからも能力が使えるってことだね」

「正確には、あの玉を使わなくても、かなりの距離を力の影響下における」

「う、うう?」

「距離が離れると力の効果が減衰する。なので広域戦闘を行わなければいけない場合に有効」

「つまり……遠くに能力を使うと弱くなっちゃうけど、あの玉を通せば強いままでボーン?」

「ボーンがわからないが、その理解で大凡のところ合っている。玉が目標に接触した場合、手で触れたのと同程度の効果が見込める」

 びじょんは右手でひよ子の左手を握った。

「ホムサイダーズ同士が戦う場合、お互いの力にある程度の抵抗力がある。なので直接触れて、減衰していない力を使って攻撃する必要がある」

「玉をぶつければ、直接触れたのと同じ効果があるんだね」

「うん。相手がホムサイダーズでなければ、触れる必要もないけど」

「あの子がキルするって言ってたのは、わたしをそのつまり……あの玉を使って──」

「うん。だから危険なチビッ子なの」

「危険すぎる……」

「わたしが守るから、ひよ子は心配いらない」

 ありがとうと答えながら苦笑し、ひよ子は周囲の注目を集めていることに気がついた。

 正確にはびじょんが注目を集めている。

「ちょ、ちょっと場所変えよっか……」

 びじょんは頷き、ひよ子について歩き出した。

「ところで、あんなに目立っちゃったら、侵略者的にマズイんじゃないのかな?」

「侵略者といっても、この星は制圧済み。目立っても、話題にはならない」

「スマホで写メ撮ろうとしてた人もいたけど……」

「我々は電子機器の動作を意図的に止められる。ひよ子の端末も使用不能になっていたはず」

「あ、確かに」

「それに情報は拡められない」

「どうして? SNSに書き込まれたりしたら噂になっちゃうんじゃ?」

「この星の権力を持つ者たちが、それを許さない。既に制圧下なのだから、わたしたちが許可しなければ情報の伝達は、彼ら権力者が全力で阻止する」

「そ、そんなことできるのかな」

「ひよ子の想像しているより、この星の権力者は恐ろしい目にあっている。命と財、そして持てる権力を賭して、彼らは情報は差し止める」

「それでも噂が立ったら……?」

「柔らかい表現で伝えたかったけど、ひよ子が詳しく聞きたいなら仕方がない」

「え、なんだか聞くの怖くなってきちゃったんだけど」

「あの駐車場という施設」

 びじょんが指をさしたその先には、車道を挟んで向かい側、月極駐車場があった。端に一台、赤い車が駐車してある。

「あの車両を止めるような物質。わかる?」

「名前はわかんないけど……車止め的なコンクリート?」

 パーキングブロックだったか。正式名称はわからないが、駐車場によくあるタイヤを止めるような物だ。

「見ていて」

 言葉と同時に石が砕けるような音が届き、駐車場に砂煙が上がる。

「う、うわあ」

 砂煙の中に丸まったコンクリートの塊が転がっていた。とても硬そうに見える。かわりに車止めのコンクリートは全て消え去っていた。

「壊した物は、後で同じ物を用意しおくから安心して」

「そ、それなら駐車場のオーナーさんも困らないね」

 ひよ子の言葉に頷き、話を続けた。

「わたしが物質の結合を強くできるのは知っているはず」

「うん、知ってる……」

「テーブルやひき肉にした、ごく小さな隙間を埋めるような使い方。この力は、それでけではない」

 今度はコンクリートの塊を指さしながら、びじょんはひよ子を見つめる。

「もっと大きな、例えばあの塊」

「う、うん」

「結合を強くすれば、ああなる。それを人体や兵器に使用するとどうなるか」

 ひよ子はツバを呑む。

「わたしやみっしょん、そしてひよ子の情報は流れない」

 改めて、ひよ子はびじょんの恐ろしさを知った。

 でも本当に怖かったのは能力や侵略の話じゃない。

「障害になるような場合。もととなった存在ごと、いつでも消せる。それが情報の拡散でもなんでも」

 ひよ子にとって本当に怖かったのは、びじょんとの生活が終わってしまうことだ。

 楽しい今が終わってしまう、それが本当に怖い。

「我々は、この星を制圧した。それを忘れないで。わたしとひよ子の取り決めを邪魔できる脅威は地球上に存在しない」

「良かった」

 嬉しそうに頷くと、びじょんは怪訝な顔をした。

「ちゃんと聞いてた?」

「うん、安心した」

「ひよ子にとって、少し怖い話をしたつもりだったけど」

「まあ、うん」

 ひよ子は曖昧に言葉を返し、びじょんに苦笑する。

「地球には脅威がないかもしれないけど、みっしょんさんは脅威だよね」

「……それは否定できない。ひよ子を亡き者にしようなんて、許可できない」

 びじょんは頬を少し膨らませ、不機嫌な顔をした。

「ところで、あの玉ってどうなるの? ほっといていいのかな」

「壊れた玉の回収や後始末は、こんふぃが行う」

「そかそか。みっしょんさんって、また来ると思う?」

「うん。再襲撃をしかけてきそうな態度をしていた」

「またニンニクで撃退できないかなー」

「きっと同じ手は通用しない」

「冗談だよ、あはは」

 ひよ子が笑いながら駆け出すと、びじょんが後を追ってきた。

「わたしは冗談が得意ではないと伝えたはず」

「知ってるよ。さ、買い物に行こ!」

「ひよ子産パスタ」

「そう! 今夜はわたし産パスタだよー!」

「おおおおお」

 スーパーに向かって、二人は仲良く走っていった。




「それにしても、とんでもないニオイでしたわね……開きなさい!」

 みっしょんの言葉に反応し、船の左中央にある扉が開く。すると船内から空気が強く吹き出てきた。

 しかし、みっしょんは突風を物ともせず扉の中へと入る。

 ひよ子の自宅の上空に浮かぶ宇宙船。みっしょんの家とも言える場所だ。

「わたくしの高貴で輝かしい衣装に、スメリングな移り香はリアリィに困りますわ」

 扉の中には扉がある。船内の空気が溢れ出すのを防ぐためのもの、つまり気圧調整用の扉だ。

「しっかし、ドアが二重。開く間の待ち時間も二倍。ちょっとした合間が実にヘイト・ヒマーですの。略してヘマですわ」

 ぼやいていると外側の扉が閉じ、内側の扉が開き始めた。

「おーーーーーーーーーーーーほっほっほ。わたくしのお帰りでしてよ!」

 高笑いしながら船内へ進むと、緑色をした髪の少女が、みっしょんを出迎えた。

 その少女はパタパタと足音を立てながら走り寄ってきた。

「船の外からお帰りなさいなのだ! どうだったのだ!? ぱわわも外に行きたいのだ!」

「あら、『ぱわわ』じゃありませんこと。なにしてますの、こんなところで」

 みっしょんはホムサイダーズで最も低身長だが、ぱわわは二番目に小さい。乗り物に乗っている分、ぱわわのほうが視点は高いが。

「みっしょんはアレなのだ」

「ドレですのよ」

「人の質問に答えないで、自分の言いたいことばっかし喋るクセ、よくないのだ」

「そう主張するなら、まずはわたくしの問いに答えてくださいまし?」

「ぱわわは、みっしょんにお帰りなさいを言うために待ってたのだ!」

「嘘おっしゃい。どうせ、地球の土産話を聞きたかったのではなくて?」

「嘘じゃないのだ。ぱわわたちは家族なのだ。お帰りなさいの気持ちくらい伝えたいのだ」

「ふーん。お帰りなさいと家族ねぇ。どこから仕入れた文化でして?」

「前に刈り取った『地球』からなのだ」

「まあ、このわたくし様を出迎える心がけは褒めて差しあげましてよ」

「褒めてもらえるのは嬉しいのだ!」

 ぱわわは、そう無邪気に笑う。

「ずっと待っていらしたの?」

「うん! 暇だったから待ってたのだ」

「暇は好ましくありませんわね。ヘイト・ヒマーですわ」

「へいとひまー? なんなのだ?」

「よろしくってよ! 外の話をしてあげますわ!」

「やったー! 嬉しいのだー!」

「おーっほっほっほ!」

「のだーっはっはっはー!」

 二人は船の奥へと進み、やがて静寂だけが残った。




 存亡か滅亡か。約束の日まで二十九日。



毎週金曜日更新予定です。

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