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第七話 邂逅



 ――力を得た私は現実に帰還しました。今まで見てきた景色が妄想であるかのように錯覚するくらいには、あっけなく戻ってくることができました。

 とりあえず、今の力が本当にそのままなのか確かめるために、適当に頭に浮かんだ言葉を呟いてみました。


「……【光の盾】」


 私の目の前に、半透明な黄金の盾が展開されますが――


「……っ、ああっ!」


 いかんせん、体力……いえ、この場合は魔力でしょうか? その消耗が激しすぎました。その盾に急速に注ぎ込まれていく体内の力を感じ取りながら、私はその【光の盾】を消滅させます。

 そして……今のでわかりました。


「私には、圧倒的に魔力が足りません」


 それは肉体がまだ十歳だからでしょうか? 急な魔力消費にも耐えきれず、未だに成長途中なこの体は強大な力を受け止めることもできない。

 ですが、


「充分です。この家を潰すことくらいは――できなくもない」


 とはいえ、このまま当たり散らすように攻撃しても私のその後の自由は保障されないでしょう。

 なので、暴れてもいい大義名分が欲しいですね。


「……なにがいいでしょうか。適当に書斎から不祥事の書類を引っ張り出して、王国に突き出しましょうか? それとも兄さんを監禁している罪でひっ捕らえましょうか? ああ、でもそんなんじゃあ、生ぬるいですかね」


 大義名分と銘を打っているように、正直理由なんてなんでもいいんですよ。

 ほら、例えばこの屋敷に人類の敵である魔族なんて現れてくれたって――



「あ」

「……お前が今代の『光の勇者』か」



 なんて考えていれば、窓の外に張り付いている……異形の化物。人型ではあるけど、角に翼。膨れ上がった両腕部に、黒く染まった目。

 まさしく伝承にあるような、魔族と分類される種族の特徴。

 また、知性ある魔物とも呼ばれていて……ともかく人類と長きに渡って争い続けている種族です。


「あはっ」

「……ッ! なにが可笑しい!」

「いえ……」


 あまりにも都合がよいものですから……つい。

 ああ、にしてもおかしいですよね。結界よって守られているはずの王都に魔族が入りこんでいるなんて。

 ああ、本当に……誰かが(・・・)手引きしていないと(・・・・・・・・・)入れるはずがありませんよねえ?


「最っ高ですよ。お父様っ」

「何を言って――ッ」

「【光線】」

「き、貴様ァ!」


 消耗の少ない、光を集めて線にして放つという魔法を使って魔族を攻撃しますが、腕をかすめるだけで躱されてしまいました。

 まあ、それは予測していたので、とりあえず逃げる魔族を追いかけるために……窓の外から飛び降ります。


「……魔法ってすごいですね」


 以前の私なら、ここから飛び降りたら無事ではなかったでしょう。少なくとも、足の骨は砕けていたはずです。

 私が今無事なのは、魔力を全身に流し込んで強化しているから……そして、それを魔法に昇華させると――


「【光速移動】――!」


 文字通り、光の速さで移動することが可能となる。

 私は、歓喜に震えて消耗を考える余裕すらありませんでした。だって、この魔族を殺し、その首を王国に差し出すだけで、あっさりとディバルト家の不祥事のできあがり。

 それを討ち取った私の功績は測り知れず……きっと、ある程度の恩赦は与えられることでしょう。


 だから、それで――兄さんと静かに暮らせる環境を整える。


「そのために……私に殺されろ、魔族」

「な、なんなのだこいつは!? これが目覚めたての勇者なのか!?」


 魔族は慌てて、逃げ惑い……やがて辿り着いたのは、いつも訓練で利用している中庭です。

 ここなら、思う存分暴れても問題ないでしょう。……私は、武器もなしに素手で適当に構えを取ります。

 いえ、前言撤回です。魔法で作った武器を片手に携えて、魔族を見据えています。


「――覚悟しろ、光の勇者」

「ええ。そちらこそ、死ぬ準備をしておいてください。魔族」


 そんな応酬は短くして終了し、お互いに踏み込んで……光の剣と肥大化した右腕がぶつかり合い、戦いの火蓋は切って落とされた。


***


「アハハッ! すごいね、君の娘は! まさか目覚めたばかりの力を巧く扱っているよ」

「ふむ。……まさか、とは思っていたが、本当に『勇者』だったとは」

「ね? 僕の言うことに間違いはなかったでしょ」

「ああ……これで私はさらなる力を手にすることができた」


 そこはいつもの書斎――ディバルト家の当主と、幼い少年がそこで映し出されていた戦いを眺めていた。

 それはどんな魔法なのか、全く予想もつかないが……ともかく当主は魅入っていた。

 娘の戦いに――ではない。その『光の勇者』の圧倒的な力にだ。


「く、ふふふ……よもや私の子から、勇者が輩出されたなどと王族連中が知れば、こぞって王子を婚約者に仕立て上げようとするだろう……!」

「あーそううまくいくかな?」

「ふん。うまくいくに決まっている。なにせ、私が後ろ盾についているのだからな」

「いや、そういうことじゃなくてさ……ま、いいや」


 その幼い少年は、ディーリヤが持つ『憎しみ』に気付いていた。今だって、魔族と戦っているというのに、その意識はこちらに向いている。……それが気遣うものではなく、『ぶっ壊してやりたい』というものだということにも気づいている。


「ああ、いいなあ……今度の勇者は面白そうだ」


 その幼い少年――に見える、魔族はとても興味深そうに勇者であるディーリヤを見つめている。

 何百年という時を生きる魔族にとって、勇者の誕生は危惧すべきであることと同時に……祭りごとのように楽しい出来事でもあるのだ。


「まあ、お前がいれば簡単に魔王の討伐まで持っていけるだろう」

「そうかもね」


 もはや、ディーリヤの父の話などは聞いていなかった。その眼差しはすべて、ディーリヤに向けられていた。



 ――さあ、君はこれから何をするんだい? その勇者、英雄の力で。


***


「? ……っと、危ない」

「余所見してる余裕があるのか!」

「ええ。そうですね」


 なにやら、視線を感じたので上空を眺めていたら、魔族に軽く吹き飛ばされてしまいました。まあ、強化された体ならとくにダメージはないのですが。


「くっ、厄介だな。その強靭な体は」

「まあ、そうでしょうね。この魔法は、持ち主を英雄にまで押し上げる力がある――そうですから!」


 私は持っている光の剣を投げつけて、新しく生成して……【光速移動】で一瞬で距離を詰める。

 加速された一撃は頑丈な魔族の皮膚を突き破り、血が噴き出す。

 けれど、……肉を斬らせて骨を断つというのでしょうか。ただでさえ肥大化している腕を更に膨らませて、私の腕ごと捕らえられてしまいました。


「ふっ! これで――!」

「――――【光の盾】」


 とっさに消耗の激しい魔法を使って、魔族の攻撃を防ぎます。

 頑丈なその盾は、ヒビが入る程度で済み――私は無理矢理腕を引き抜いて距離を取ります。手放してしまった剣の代わりを生成しようと、右腕を突き出す。


「……っ!? つうっ……」


 こめかみ辺りに、鋭い痛みが走りました。瞬間的なもので、光の剣も問題なく生成できましたが……なにか大切なものを失った喪失感のようなものが胸をよぎります。

 なんなんだ……と武器を構えた瞬間、視界がぐらついて思わず額を押さえてしまいます。


「なんだ? 魔力切れ、か……いかに勇者といえども、底があるということか」

「魔力……」


 そういえば、いつの間にか体を巡る温かい力を感じなくなっていました。

 ……じゃあ、今使っているこの力(・・・・・・・・・)はなんでしょう? いえ、考えるまでもありませんか。なにか、大切なものなのでしょう。


 まあ、ここは少し落ち着きましょう。

 焦って、いいことなんてないのですから。落ち着いて、目の前の魔族を殺しましょう。


「せいっ!」


 もはや躊躇いなんてありません。頭痛が酷く、鈍くなりますが……今度は光の槍を生み出します。

 それを左手に抱えて、【光速移動】を発動させ――一気に距離を詰める。

 私はまず、その移動の途中で槍を投擲し、魔族の足を封じる。


「あ、ガァ!」

「ふっ――!」


 そうして腕を両断し、魔族の武器を取り除く。私は、そこまで一息で行うと、少しだけ息を吐いて……首を切断するために剣を振り上げる。

 しかし、そう簡単には魔族は殺されてくれないようで……


「ふんっ!! 舐めるァ!!」

「……っ。さすが、ですね」


 全身を膨張させ、……どころか失った腕の代わりに地面から腕を模った岩を作り出す。


「土属性、ですか」


 魔法は何も人間の特権ではありません。

 魔族だって魔法が使えるのです。……これを見てもまだ、「魔法は神からの贈り物」だという研究者がいるのだから困ったものですよね。

 おそらく、神から贈られる魔法とは――っと、考えている暇はないようですね。


「せやああ!!」

「くっ……重い……」


 その剛腕から繰り出される上からの超重量攻撃――【光の盾】が一瞬で砕かれるくらいには強力です。

 消耗の激しい魔法をそう何度も使えるはずもなく……私は、回避を選択します。

 砕かれることもいとわず、剣を防御に使うこともあり、さらに私の消耗は加速してく。


「はあ、はあ、はあ……まずいですね。あと一回、でしょうか」


 今扱える魔法で一番消耗の激しい【光の盾】換算ですが……ラスト一回。

 これをどの魔法に使うか……それが肝でしょう。ここで、選択肢を誤ってはいけません。


 ――素早く動ける【光速移動】か。


 ――敵をいともたやすく攻撃できる、【光の剣】か【光の槍】。


 ――防御を貫通するほどの【光線】。


 ――あらゆる攻撃から身を守る【光の盾】。


 ……もしくは、全く別の魔法。他にも使える魔法は、あるにはあるのですが……正直今以上に選択肢が増えてもこまりますので、ここは切り捨てますか。


 さて、どうしましょう?






 ――私の意識は、私の意思を無視してどんどん加速していく。

 それが、光魔法【光速思考】の片鱗だということにはその時気づきませんでしたが、私はそんなことも気にならないくらい集中していました。

 どうしたら、この魔族を殺すことができるのか。

 どうすれば、兄さんのためになるのか。

 何をしたら、兄さんは喜んでくれるのでしょうか。ああ、またあの笑顔を見せてほしい。私はそのためになら、何だってできそうな気がするのに。


「っと、我ながら兄さんのことばかりですね」


 まあ、そのためだけに前世は人生を費やしてきましたし……生まれ変わっても私の目的は変わっていません。

 すべては兄さんの幸せを私が勝ち取ること。

 そのために障害はすべて取り除く。


「なので――」


 全力を尽くして、この魔族を殺す。


***


「うおおおお!!」

「――ッッ!! アアア!!」


 痛みも何もかもをかなぐり捨てて、私は駆け出した。

 剛腕の嵐の中を潜り抜けていく。一度たりとも当たってはいけないなら……当たらなければいいのです。

 だからといって、……【光速移動】は使えません。あれ、直線しか移動できないので。

 そして、武器で防御もしないので、【光の剣】も【光の槍】も使いません。


 私が使うのは――


「――【光の盾】!」


 そこにありったけを詰め込む。私の持ち得るものすべてをつぎ込んで――この魔法は少しばかり先の段階へと踏み込むことができる。

 光の盾は、光輝き……形状を変えて、変えて……やがて私の体に薄く纏わりついた。


「……うおらァ!」

「うぐ……カハッ!?」


 私が止まったことを隙と捉えて、魔族は全力の拳を私に打ち込む。私は耐えきれず、遠くに吹き飛ばされてしまう。

 けれど、そこに私へのダメージはありません。

 それどころか……


「あ、グアァ……な、なぜ……!?」

「ふ、ふふ……」


 むしろ、魔族の腕のほうがダメージを負っています。

 岩の腕を伝って、肩までひしゃげて……捻じ曲がっています。


 ――そう、まるで……自分の拳を全力(・・・・・・・)で打ち込んだかのようなダメージです。


「なる、ほど。……これが、光魔法の先ですか」

「どう、いう……ッ」


 その言葉を最後言い切ることはさせません。

 これ以上時間を与えることはさせたくありません。私は、ぎりぎりで残った魔力で脚力を強化して、一気に駆け寄りその首を撥ねる。


 血が噴水のように溢れだし、私にかからないようによけようとするのですが……思いの他、消耗が激しいのかその場に倒れ伏してしまい、思い切り血の雨を浴びてしまう。


 まあ、もうそれを不快だと感じる程度の気力も沸いてこないので……このまま諦めることにしましょう。

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