第六話 覚醒
そう誓いを立てたとしても、今の私は魔法も使えない……ちょっと剣が使えるだけの小娘にすぎない。
だから、もう……一分一秒たりとも無駄にすることはできない。
「――くっ」
今日も、兄さんは冷遇されている。
部屋に閉じ込められているだけだが……満足に食事も与えられておらず、何かをすることも禁止されている。
それを私ではなく、他人がしている。
私の兄さんをそんな風に扱う人たちには、絶対に報いを受けさせてやります。でも今は力を蓄えることしかできない自分に歯痒いです。
「せやあ!」
そんな苛立ちを剣に乗せて、リン様にぶつける。
少々荒い太刀筋になってしまったが、むしろこちらのほうが勢いがついて若干押しています。
脱力と踏み込みを繰り返して、加速していき――あと一撃というところで、リン様の姿が掻き消えて、いつの間にか転ばされてしまいました。
「ふう……まだまだ。少し焦りが見えた」
リン様に剣を突き付けられながら、私のダメだしをしていく。
たしかに今の私は焦ってはいた。……少し頭を冷やすことにしよう。こうしているうちにも兄さんは辛い目に遭ってるのかもしれないのだから。
私は頭から思い切り水を被って、頭を物理的に冷やして滴る髪の毛を振り払って水気を取り除いていく。
――そうして、再びリン様のところへ立ち向かっていくでした。
「ディーリヤは、もう少し勢いをつけるか……それとも直線的な動きをやめるべき」
「あぐっ!?」
結構素早い動きだと思ったのですが、それでもあっさりといなされてしまう。
腕の立つ冒険者には、簡単に見切られて手玉に取られてしまう……なら、小細工を弄しましょう。
「っ!」
突進突きを横に躱され、下から思い切り蹴り上げられ、地面に転ばされてしまう。
……そこで、私は空いている左手で懐から小石を取り出す。
「ふっ――」
息を吐きながら、リン様に投擲する。私の筋力ではそんなに威力は出ませんが……注意を逸らすことくらいは――
「むだ」
「かはっ」
「あ……」
逆に小石を跳ね返されて、私の頭に命中してしまう。
ごつん、とそこそこ当たりどころが悪かったのか……私はそのまま気絶してしまいました。
***
それは、訓練を終えて部屋に戻る途中でしょうか? 父の書斎の前を通ったときに聞こえてきました。
「シース」と兄さんの名前が出されていたことから、私は好奇心から聞き耳を立ててしまいました。
「――ああ。だから、私の息子を――いや、出来損ないを始末してほしいのだ」
「……っ!?」
それは、兄さんの……暗殺の計画でした。
父ともう一人……若い男の声がして、私は気配を殺して、その会話の内容を聞き取っていきます。
「へえ、いいんだ。一応、貴族に連なる人を殺すってなると、噂が立つことになるけど」
「もちろん理解しておる。だからこそ、お前の出番という訳だ」
「……うん。僕は■■だからね。仮にバレても問題はないってことだよね」
一部、雑音が混じって聞こえなかったところがありましたが……それでも全容は理解できました。
「……兄さんをこの家から追放して、生活していくために冒険者になるから……依頼の途中で事故に見せかけて、…………始末する」
私は誰にもバレないように、部屋に戻って聞いてしまった計画を口に反芻する。
ああ、口に出すだけで体が震えてしまう。最愛が殺されてしまう……なんて、とても信じられないことを想定しなければいけないなんて。
「ええ。理解はしています……兄さんの境遇を鑑みれば、そんなことはありえるだろうと……予測はしていました」
私だって、バカではありせん。物語の主人公のように、能天気に何とかなるとか、ここから逃げ出せばいいなんて軽率な行動を取ることがいかに愚計かなんてわかっています。
分かっているからこそ……歯がゆい。
「くうっ……私に力さえ、あれば。未然に防ぐことだって叶うはずなのに……!」
本当に、本当に未熟な私で申し訳ありません。
けれど、今からでもできることはあるはずです。決して、諦めてはいけません。兄さんを手放したくないなら、少しでも何か行動するべきです。
「家からの追放を止めさせることは不可能ですし……その前に兄さんになにかできれば……けれど、結局依頼の途中で事故に見せかけられて――ですよね」
家を飛び出そうとしても、結局父かその手勢に捕らえられるだけです。
「……そもそも、この貴族――公爵家という枠組みのせいで、兄さんは」
ああ、憎い。
兄さんを追いやるこの見栄ばかりで体裁を気にする、父。その恩恵に預かっている私。いえ、むしろ兄さんを生きづらくしているこの世界にでしょうか。
「私がなんとかしないと……!」
こんな最愛に鞭打つ世界を許しておけるでしょうか? いいえ、許せるはずがありません。そのおかげで誰かが幸せに生きて居ようと、私に親切だとしても……そこに兄さんが含まれていないなら、関係ありません。
兄さんと幸せに暮らせる世界を作る――そう、それこそ私たちが死んでも一緒に居ることの意味なのです。
私はそのためなら、世界を壊す悪魔にでも……神にだってなれる気がします。
「――――そう、例えば……手始めに……この国の英雄から始めまるとしましょうか」
気が付けば私は……不思議な空間に立っていました。
私に宿る“力の本質”に気付いたおかげ、なのでしょう。
あの夢にでてきた女神と――光の球体は、魔法です。私の望みを叶えるために、神が与えた……ワガママな私に力をくれる魔法だったのです。
「――これは」
この空間はどこまでも広がる暗闇と……その中心で白く輝く、硝子の剣が突き刺さっていました。
これが魔法の核なのだと直感しました。
これを手にすれば、私には……強力な魔法の力が手に入ります。
「……不思議な感覚ですね。まさかこんなにも早く魔法を使えるなんて」
魔法は十三歳でなければ開花せず、扱うことはできない? いえいえ、私の年齢――まあ、精神的にはですが、とっくに十三歳なんて過ぎているのですよ。
前世を含めれば、この世界のルールは簡単に突破できてしまう。
「よい、しょっと」
私はとくに感慨もなく、あっさりとその硝子の剣を引き抜いて……直感に従って、その剣を胸に突き刺します。
「……っ」
そうして、記憶の濁流が流れ込んできます。
知らないはずの知識や、使い方……はてには、英雄としての生き方や、『魔王』なんてものの存在まで。
「なる、ほど……」
そのすべてを受け止めた私は指を鳴らして、この空間を白く染め上げる。たったそれだけのことで、この世界はひび割れ、崩壊していく。
「この魔法は――英雄や勇者のために作られた魔法、ですか」
その日私は、前代未聞の十歳で魔法を開花させ、さらには……英雄の魔法とされる『光魔法』を得たのでした。
これ書いてるときにアマゾンの曲が流れてきて爆笑してる