第二話 異世界の兄
不思議な夢を見てから一週間――今日もリン様との訓練です。
「はあっ!」
初日に比べて少しは洗練された――と思いたい動きを繰りだして、リン様の喉元を狙いますが、木剣の腹で剣先を食い止められる。
少し剣を傾けて後ろに流される……その直前でぱっと手を引いて、態勢を整え治す。
そして、また前進して右から思い切り剣を振るう。
しかし、私は突然腹部から強烈な痛みを感じて、悶えてしまう。膝が鳩尾に入り、呼吸がくるしくなる。そうして、そのまま蹴り上げられて地面に転がる。
「まだ……!」
息を整えて、再び立ち上がり――リン様のほうへと駆け寄っていく。
「……っ」
突進からの刺突――しかし、簡単に防がれてしまう。どころかわき腹にいいものを受けてしまった。
「……ディーリヤは動きもいいけど、今一つなにか足りない気がする」
「それは私もそう思います」
「うーん? 魔法が開花したら何か変わるかな?」
大抵、この世界の人間は魔法を使います。もちろんリン様も魔法を使います。……私との試合ではまだ一度も使ってはくれませんが。
前に見たときは、リン様は氷の鎧に、砕氷を空中に散りばめ空間を把握し――叩き切るという戦法を取っているそうです。
「けど魔法に頼りすぎるのもよくないから、ひとまずはこのまま訓練しよ」
「わかりました」
私はあの夢を見てからというもの――かなり真面目に訓練に取り組んでいると思います。いつか兄さんを探しにいくためには、生き抜いていくために力がいりますから。
あの女神は近くにいるといっていましたが……それらしき人には未だにあったことがありません。
本当に『兄さん』なら、私が察知できないはずがありませんから。
「はあ……難儀ですね」
「? どうかした?」
「いいえ。ただの独り言です」
訓練は再開する――
***
午後、父からの呼び出しにより予定されていたものはすべてキャンセルされて執務室にきていました。
険しい顔を隠しもせず、娘の前だというのに葉巻をふかしている。
正直かなり煙たいです。
「それで、一体何の用ですかお父様」
「ああ……実はな、お前の兄であるシースが帰ってくることになった」
「……そうなのですか?」
兄――シースは王都にある学院に通い詰めている。
そこでは私の受けている訓練なんて比じゃないくらい厳しいカリキュラムが施されているとかなんとか。
ディバルト家の長男としてそこに……確か十歳から通っているはずです。
「うむ。今年の魔法開花の儀に合わせて一度帰省させることにしたのだ」
「ああ……そういえばもうすぐ誕生日でしたね」
日本で言えば今は秋ごろの季節感。あまり日時を気にしたことがなかったので気が付きませんでした。
「……一体どんな魔法が開花するんでしょうね」
「優秀かつ、珍しいものであることだな。そうでなければ示しがつかん」
「…………」
父はそういいますが、私からしたら魔法が使えるというだけでかなり稀少なのですが……言っても聞かないでしょうね。
子に対する過剰な期待――嫌なことを思い出しそうです。
子育てにまったく関心のない父が唯一私たちに興味を示すものといったら……こういった貴族社会でいかに価値があるかどうかですからね。
「誕生日を迎える零時すぎ――そこでどのような魔法か確認する。それにお前も出席しろ」
「わかりました。……ところで兄はいつ頃帰宅するのでしょうか?」
「翌日だ」
父はそういって、深く煙を吐き出すのでした。