第一話 察知
「初めまして冒険者様。私はディーリヤ・ディバルトでございます」
「ん……よろしく」
講師に来た冒険者に挨拶することになり、中庭で向かい合っている。その佇まいは凛としており、羨むような銀の髪は妖精のようだと老若男女問わずそう思わせるでしょう。
「わたしは、リン。リングベル・フィーアス。気軽にリンって呼んで」
「分かりましたリン様」
表情が分からないので気難しい方だと聞かされていたが、意外と距離を詰めてくる。なんだか猫を思わせるような人です。
とはいえ、その腰には剣が携えられていますし、なにより剣を少しかじっていた私でも分かるくらい歩き方に隙がない。
きっとこの人は強いのだろう。一目で勝てないと理解しました。
「とりあえず、軽く打ち合いでもしてみる? わたしは貴女のことよく知らないし」
「そう、ですね。では木剣を――」
「必要ない。わたしは武器は使わない」
「――そうですか」
「ん……とりあえずわたしに一撃当てれたら、にしよう」
メイドから木剣を受け取って、とりあえず自然体に構えてみる。
よく日本の剣道では正眼に構える――なんて言いますが、私は右手に剣を持ち腰を低し左手を突き出す構えを取る。
これがなんがかしっくりくるのですが、剣の講師からは「貴族の淑女らしくない」と呆れられてしまいました。
「……へえ」
目の前の冒険者は褒めてくれたようですが。
――右足のつま先で地面を蹴り、一気に距離を詰める。
その勢いで左足も突き出して、地面を蹴りさらに加速する。前のめりになりつつ、右足で踏み込み……剣を下から振り上げる。
「ふっ――!」
「速い――けど、甘い」
その速さに任せた勢いをつけた攻撃は半歩ずれることで簡単にかわされてしまう。しかし私は諦めず、転ぶことを利用して受け身から素早く立ち上がり突き攻撃を繰り出す。
服が汚れることすら厭わず、最速で突いたというのに完全に見切られている――まるで私の動きが全て読まれているように、すらりとかわされてしまう。
「なら――」
左足を軸に回転し、横薙ぎに剣を振るう――それを身を屈めて回避する冒険者に、両手持ちに切り替え振り下ろす。
「うん――合格」
そう呟いて冒険者は、私の手首を取って……瞬間私の視界がぐりん、と回り始める。
気が付いたときには組み伏せられており、私は地面に這いつくばっていた。
「くっ――!」
「はいおしまい」
逆手持ちから首元に目掛けて剣先を向けますが、軽く弾かれてしまい……剣は遠くに飛ばされてしまう。
「筋はいい。――それに躊躇いもない」
「それは……どうも」
「だけど、一撃一撃の間が多い。そこを突き詰めれば危なかったかもしれない」
要は、「無駄な動き」が多いということでしょうか。
繋ぎ――そこが課題ですか。
「でも、本当に強い。……貴族なんてやめて冒険者にならない?」
「それは――まあ、機会があればということで」
「ん、待ってる」
上からどいてもらい、立ち上がると土汚れをなるべくはたきおとす。
メイドは慌てて顔をぬぐうものを渡してくるので、汗なんかもふき取って少しさっぱりする。冒険者は、汗一つかいていなかった。
「リン様は強いですね」
「そう……わたしより強い人なんてたくさんいるよ」
「それは、想像が難しいですね」
そうして、冒険者――リン様は薄く笑って、木剣を手に取る。
「さ、ここからは私も攻撃するから――きちんと防いでね」
リン様はそういって、姿を消して……後ろから強い衝撃が走るのでした。
***
リン様との訓練を終えると、今度はいつものように座学や礼儀作法の練習……それも終えて、部屋に戻る。
ベッドに疲れた体を預けて、しばし微睡んでいるとそのまま眠りについてしまった。
そこで私は、幸せな夢を見ました。
その内容は覚えていませんがとても幸せだったことは感じています。そして……その夢の後のことでした。
私は、女神に出会いました。
『――目覚めなさい。光の勇者よ』
「……ここは」
真っ白い。ただひたすらに真っ白い。
そして、そこには黒と白――二つの色を織り交ぜた髪の不思議な女性がいました。顔はベールに覆われてよく見えませんが。
私は寝転んでいたのか、その人に見下されていて……いや、私が立ち上がっても見下されています。
「浮かんでる……?」
『――光の勇者よ。貴女に光の恩寵を』
「話は聞いてくれないのですね」
『――この力で何をするかは貴女の自由です。転生者よ』
「――ッ! なんでそれを!?」
私が転生者だということは誰にも知られていないはず……です。
けれど衝撃を受けている私を差し置いて、その人は私に光の球体を差し出してくる。両手に抱えて、私に渡そうとしている。
それを受け容れてよいものか判断しかねている私にじれったいと感じたのか、むりやり押し付けてくる。
「ちょ……やめてください」
『――――』
「無言で押し付けないでくださいよっ」
転生してから一番感情が揺れ動いたような気がします。避けようにも体は動きませんし、さっさと受け取らない私に怒っているのかちょっと乱暴に光の球体を胸に押し付けてくる。
私は必死に抵抗しますが、球体は私に吸い込まれるように消えていき――視界がぼやけていく。
私はそれに抗い、近くにいたそいつの手を掴む。
「あなた、何者ですか?」
『――……女神です。一応ですが』
「なら、一つだ……け。に、いさんは……どこにいるッ」
薄れゆく意識でずっときがかりだったことを訊ねる。
女神は困ったように口元をゆがめながら、私に伝えてくる。
『――近くにいます。いずれ会えるでしょう』
その答えに満足して……私の意識は落ちていくのでした。