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第十話 最愛を喪った。



 私は一仕事終えた気分で家に帰り、兄さんの部屋を訪ねました。

 ちょくちょく、誰にもバレないように差し入れなんかを持っていきましたが、ここ最近は陛下との密談でくることができなかったので、兄さんが無事なのか少し不安です。


「兄さ~ん? 私です、ディーリヤです」


 しかし、なんど扉を叩こうが、なんど呼びかけても返事がありません。

 不思議に思った私は、「ごめんなさい……」と小さく呟いて、扉を開けると――


「え……」


 そこに、兄さんはいませんでした。


***


 これはどういうことなのでしょうか。兄さんはここから出られないはずですし、なにより逃げ出した形跡もありません。

 なにもない殺風景な部屋のままですし、荒らされたという感じでもありません。


「そこのメイド」

「はいなんでしょ――ひいっ」

「兄さんは、ドコ?」

「し、シース様……なら、先日ここからお出でになられましたが」

「……っ。そんな!?」


 私は項垂れてしまう。

 どうやら、少し遅かったようで……兄さんの追放は、すでに行われていたようです。


「ですが、毎日欠かさず確認をしていたはず――あ」


 そういえば、昨日は隠れてここを抜け出して王城に向かって……そのまま帰ってきたのは昼過ぎだったはずです。

 出ていく前に兄さんがいることを確認して、そのまま安心してしまい、帰ってきたときに確認することを怠ってしまった。


「くっ……」


 油断していました。

 魔族を殺して、目先のことに捉われて……大切なものを見落としていました。これはどうしようもなく、私のミスです。

 悔しくて握った拳から血が滴って、近くにいたメイドに悲鳴を上げられる。


「どうして……どうしていつも兄さんは、私の傍からいなくなってしまうのですか……」


 ようやく手に入れられるはずの幸せな生活――だというのに、肝心の兄さんはいない。前もそうです。

 あの両親から逃げ切って、二人で慎ましく暮らせるはずだったのに……あんな事故が起きてしまった。

 こうして転生という形で再開できたからよかったものの――もしあのまま、死に別れとなってしまったらと思うと、ぞっとします。


「ああ、……兄さん。今、行きます」


 私は回復したばかりの魔力を全開に、窓から飛び降り――兄さんが向かいそうなところに目星をつけ、そこに走り去っていくのでした。

 兄さんはきっと冒険者となって、路銀を稼いで……ここから離れていくでしょう。その前に、なんとしてでも確保しなければ。


「それに――暗殺者の警戒もしなければ」


 すでに兄さんを追放したということは、父は暗殺者を手配できたということになる。

 そうなればいつ殺されてもおかしくはない。兄さんが殺される――それだけは絶対に阻止しなければいけない。

 兄さんは私のすべてです。それを失うということは、すなわち私の人生のすべてが意味をなさない。


「兄さん……!」


 私は王都を【光速移動】で駆け抜けながら、兄さんの姿を必死に探している。

 ……思えば、前世で兄さんを追いかけているときも、こんな感じで必死だった気がする。そこで、二人は命を落とし――


「っ、なんて嫌な想像している場合ではありませんっ」


 王都にある冒険者ギルドを駆け巡り、兄さんの姿はなく……冒険者御用達の店も一応見てみましたが、兄さんはいなかった。

 つまり、


「依頼に出かけている可能性が高い――」


 ということで、王都の外にある森にやってきたのですが……ここは魔族のような魔力で満ちており、その気配こそ魔物なのだと私は理解しました。


***


 薬草といえば、森ですし……森ならば目撃者も少なくなるでしょう。

 つまり、暗殺者が狙うとしたら格好の場所です。

 もしかしたら、兄さんはきていないかもですが――ここ以外に考えられないのです。兄さんに魔法はありませんし、あまり危険を冒すような人でもありませんから。

 それに、妹の勘が告げています。……ここに兄さんがいると。


「兄さん――――!!!!」


 悲鳴のように声を張って、兄さんに届くまで叫び続ける。

 森を駆け抜けて、駆け抜けて……辿り着いたその先で、兄さんに刃が迫っています。


「……ッッ!!」


 間に合え、と手を伸ばすも私と兄さんの距離は離れています。

 黒ずくめの暗殺者らしき風貌の人物は確実に兄さんの喉元に刃を突き立て――兄さんは、倒れてしまう。


「い、や……いや」


 暗殺者は【光の剣】で縫い付け、身動きを封じ……急いで兄さんの下へと駆け付けます。

 短剣を引き抜いて、……光魔法の知識にあった回復魔法を手当たり次第にかけていきますが、一向に傷は塞がらず……どころか徐々に悪化していく一方です。


「いや、いやです。逝かないで兄さん……生きて。お願いだから、生きて――!」


 返事はなく、感じ取れる生命の灯火はどんどん小さくなっていく。

 ……やがて、息も感じ取れなくなって……私はゆっくりと、兄さんん体を地面に下ろすと、暗殺者を視界に収める。


「――前、が……お前が、殺さなければ……殺さなければ、私があと一歩早ければ……あんな親さえいなければ……お前が殺した。兄さんを殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した――――私のせいで、兄さんが死んだ。私が殺した? 私が、殺した……」

「ぐ、ぅっ……この!」


 焼ける手を無視して、【光の剣】を引き抜いた暗殺者が私に毒針をしかけてきますが、そんなもの……今の私に効くはずもなく、親指と人差し指でその小さな鉢をつまんで……相手にさし返す。


「ぐ、ぐああああ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……また殺して、ごめんなさい。兄さん、兄さん兄さん兄さん――!」

「な、なんだよこいつ……くそっ」

「――【光線】」


 今度こそ動けなくするために、私は光の線で撃ち抜き、左足の膝から下を焼き切ってしまう。


「――ッ!?!?」


 声にならない悲鳴をあげると、そいつは必死に何かの言葉を発して……多分命乞いのようなものをしていたのだと思う。

 でも私は、その言葉をうまく聞き取るどころか――言語として認識していたかどうかすら怪しかった。


「ふ、ふひひ――あはっ、あははっ!」


 だって、兄さんがいない。

 この手の中で息絶えてしまったのだから――だから、もうどうでもいい。


「死ね」

「ぁ……」


 とりあえず、ひとまずの仇を討ち取った。

 次は差し向けた相手を――



「え――!?」



「あ、う……ここ、は」


 なにが、起こったというのですか?


 だって、確かに兄さんは――死んだはずなのに……でも、まあそんなことどうでもいいです。


「兄さん!」

「え?」

「兄さん……ああ、兄さん。生きてる……生きてるよぉ……」

「え、っと……? あの――」


 その次の言葉で私は、…………耳を疑ってしまいました。


「君。誰? 俺を殺したのは、君?」


 ……


「ああ、答えられないんだ。……じゃあいいや。【暗転】、【闇棘】」

「あ、がぁ……」


 突然視界が真っ暗になったかと思えば、全身に鋭い何かが突き刺さります。

 これは、明らかに魔法……ですが、なんでしょう。この禍々しい感覚。……でも、わずかに匂う魔力から、兄さんを感じ取れる。

 前世にも前にもなかった、荒々しくて乱暴な兄さん。

 そして――私を誰といった。


「記憶、そうし……つ」

「ああ、そうなのか。……まあ、なんか変な知識だけはあるし、生活にも困らなさそうだけど――どうしても君との関係だけがはっきりしないんだよね」

「ごほっ……私は、あなたの……あなたを、あなただけを愛する妹、ですよ」

「そう。……怖いから、今後一切俺には関わらないでほしいな」

「ふふ、そんな無体なこと、できるわけ――あぐぁっ」


 すると、兄さんは私を蹴飛ばして、閉ざされていた視界が開けます。

 ようやく目にすることができた兄さんは――その顔つきをそのままに、こちらに嫌悪を向けています。


「ああ……兄さ」

「【闇弾】」



 私はそこで気を失い、そして……最愛の兄さんの記憶と体をその日――失ってしまったのでした。





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