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プロローグ 妹は転生する

新作でーす。二、三話はストックあるのでがんばります

 ――私がそれを思い出したのは……確か高熱に浮かされていた時だっただろうか。


『ふふふ……兄さん。私と一緒に、ずっと一緒に暮らしましょう? ええ。心配も不安も抱くことはありません。ただ、一緒に暮らすだけですから』

『――ッ!? く、くるな!』


 それは怯える青年とそれを追いかける美少女でしょうか。

 どちらも私好みの容姿で、声で髪で身長で服装で……どれもこれもが私の好みにピタリと当て嵌まる。

 男女二人はとてもよく似た造形で、叶うことなら衣装ケースに仕舞って飾っておきたいくらいだ。


 ……でもそれはできないと私は直感する。

 だって、


『――ま、待って兄さん!!』

『誰が待つか!』


 逃げる青年は気づかない。道路からはずれてこちらに飛び出してくるトラックの姿に。兄しか見えていない少女ですら、一瞬目を奪われてしまう。……そのせいで、反応が遅れてしまう。


 ――青年はトラックに挽かれ、さらにはガードレールの破片がその少女の胸に突き刺さる。


『あ、ぁぁ……兄さん……ごめん、なさい……ごめんなさい……』


 ……生きて。


 そこで夢は終わる。

 私はすっかり熱は冷めて、背中にはびっしゃりと汗をかいていた。見下ろせば、視界の端に映る栗色の髪。

 鏡を見れば翡翠色の瞳を見ることができるだろう。

 ――前世(・・)とはまったく異なる容姿。


 そう、前世です。私は、ディーリヤ……ディーリヤ・ディバルト。元、日本人で――異世界に転生してしまった少女でした。

 それを自覚した途端、前世での記憶の蓋が開かれ……私は再び眠りについてしまうのです。





 私こと『ディーリヤ・ディバルト』は、この異世界において公爵家と呼ばれる貴族の家の長女にあたるそうです。

 兄弟姉妹の類は兄しかおらず、それなりに裕福で厳格であることが有名だそうです。


「……それで、私は昨日の貴族のお披露目会の帰りに高熱で倒れてしまい……家まで運ばれたというわけですか」


 私は冷静に今までのできごとを並べて記憶の整理をつけていく。

 幸い、前世も今世も頭の出来は悪くないようですので、十歳とは思えない思考を繰り広げていく。


「さらに付け加えるなら、日本人という前世を持つ――か」


 このことは誰にも言えるわけがないと早々に判断を下す。ほどほどに円満な家庭環境をわざわざ壊す要素を与えなくてもいいでしょう。


「……前世の名前……は思い出せませんが、知識と思い出――それに、『兄さん』」


 その言葉をぽつりとつぶやくと、全身に熱い液体が流れ込んだのかと錯覚するくらい強い眩暈に襲われる。

 胸の内にはとくんと高鳴る心臓。

 そうして脳裏によぎるのは暖かい兄との記憶の数々と、最期の光景。


「ああ……兄さん……」


 思い出しただけで涙があふれてきそうになる。小さい頃の思い出から、大きくなって愛していることを自覚した夜。

 そうして、兄に想いを告げて、戸惑わせてしまったこと。そのすべてが鮮明に思い出せる。


 ――けれど、それ以上に気がかりなことが一つ。


「兄さんも、転生……したのでしょうか?」


 私も転生できたのだ。きっとそうに違いない。……確証もなければただの推測にすぎないけど、一緒に死んで私だけということは考えにくい。

 というよりも私がそう易々と兄さんと離れ離れになるとは思えない。


「まあ、それは追々捜すとしましょう。……それより現状とこの世界について知らなければ」


 まずは、『ディーリヤ』の幼少のころからの知識や記憶をたどっていく。

 物心ついた時からの記憶なら鮮明に思い出せる。とうぜん、基礎知識や貴族の心得なんかも。そこでまず驚いたのが、この世界には魔法があるようです。

 ゲームや物語のように自在に火や水を操り、貴族はその中でも更に強力な魔法を使えるそうです。


「――魔法は、十三歳のときに開花して……どんな魔法が使えるかは個人次第」


 今の私は十歳なので、どんな魔法が使えるのかは……三年後に判明しますね。多少なりとも憧れてしまいます。

 兄さんならもっとはしゃいでいそうだな、とそんな光景がありありと思い浮かんで少し笑みがこぼれてしまう。


「それから――っと、そろそろメイドが起こしに来る時間ですね」


 壁にかけられた高そうな時計の針を見て、私はベッドの中にもぐりこむ。

 そうして、コンコンとドアがノックされる音が響いたので私はさも今起きたかのように見せかける。

 欠伸を噛み殺して、朝日のまぶしさに目を細める。


 メイドの入室を許可させて、着替えを手渡される。

 少し動きにくい子供服に着替えた後は、朝食のために食堂へと向かう。この屋敷は公爵家ということもあり、かなりの広さを誇っている。

 ということなので、部屋ごとの移動は少し面倒だったりする。


「――おはようディーリヤ。熱はもう下がったのか」

「はい、もうすっかりと。お父様」


 お父様――ハロンド・ディバルト。現ディバルト家の当主にして、国の重鎮。国王との遠い血縁でもあるため、地位、権力はかなりのものになる。

 おまけにお父様は優秀であるため、国王からの信頼を厚く……そして厳格であることが有名だ。


「そうか……まあ、あの場で倒れなかっただけ幸運と言えよう。今度からは体調管理にも気を付けるように」

「はい」


 実の子に向けるものとは思えないくらい冷たい声音。

 今に始まったことではないので、私は普通に朝食を食していく。きっと彼なりの気遣いだと割り切ってしまえば、そうでもないのだ。

 ちなみに母はいない――私が五歳のときに不幸な事故で魔物に食われて死んでしまったのだ。


「…………」

「…………」


 私たちの間には会話はない。お互いに会話を必要としていないこともあるが、お父様は忙しそうに書類に目を通している。

 朝食を食べている時間すら惜しいのだろう。

 そんな父が娘との会話をしたいとは思えない。


 だから、気持ち早めに食べ終わり……部屋に戻るのだった。


***


 私の一日は、だいたい淑女のレッスン。自衛のために軽く剣の稽古。あとは歴史、算術などの座学で費やされる。

 前世を思い出したからといって、特にすることもない私はそれをひたすらに頑張っていった。

 兄さんを探した気持ちもあるにはあるが……衝動のままに飛び出したり、行動するのはよくないのだ。

 きちんと計画を立てないと――また失敗してしまう。

 前世の経験を活かして、私はおとなしくしている。


 そうして一ヶ月が過ぎたあたりでしょうか。

 いつものように目が覚めると、なにやら屋敷が騒がしいことに気が付きました。耳を澄まして屋敷内のメイドの話を聞いてみれば、私に冒険者の教師がつくようになるみたいで、その冒険者が国の中でかなり有名な英雄だそうです。


「……なぜ、今になって?」


 この世界は危険で一杯です。

 だから貴族の子は自衛や一人でも生きていく術を学んでいく。そのため凄腕の冒険者を雇うことはよくあることです。

 しかし、私の場合は女性ですので――最低限の腕さえあればいいわけでして……剣の講師がついているので冒険者から学ぶことはないと思っていました。


 花嫁修業の講師を雇ったと言われれば納得はできるのですが。


「まあ、兄さん以外に体も心も許すつもりなどありませんが」


 髪の毛から爪先、魂までもが兄さんに受け取ってもらう予定なのですから。誰だろうとあげるつもりも、私以外からも受け取ってもらうつもりもありません……。

 前世では拒否されてしまいましたが、今度こそはうまく事を運ぶつもりです。


「兄さん……あなたは今、どこにいるのですか……」


 ――私が恋焦がれ、想い馳せる相手……兄さんとの出会いはもうすぐなことにまだ気づかない。

 いつか出会えることを珍しく、願う私はまだ気づかない。

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