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初雪

作者: たけだしろう

初雪


「おい、タダシ、今日は雪が降るそうじゃないか。どうする?」

「アキラか、そうだな。行こうか」

 授業が終わり下駄箱で待ち合わせていたタダシとアキラは、2人だけの秘密を実行しようとしていた。2人は、クラスは違うが互いの家が近く幼馴染だった。スキーが好きで、小学6年になった今、来年2月にある小学生最後のスキー大会を楽しみにしていた。2人が住む北国は12月の中旬から3月の初めまで、根雪となり暗い冬に閉ざされる。地元の人でも嫌になる季節だが、タダシとアキラは心待ちにしている季節なのだ。


 11月に入り日増しに寒くなってきたが、今日の天気予報では、夕方ころから雪が降るだろうとテレビでアナウンサーが言っていた。なるほど空を見上げると、どんよりとした灰色の雲が空一面を覆っていて、今にも雪が落ちてきそうな雲行きだ。2人は駆け足で家に帰り、カバンを玄関から中に放り投げて急いで自転車にまたがり、20分程のところにある街のスポーツ店を目指した。街までは下り坂が続き、ベダルを漕がなくても途中まで進むことが出来る。林の中の道を抜けると急に景色が広がり、それとともに今まで林で遮られていた冷たい風が、2人の真正面から吹き付けてきた。風は目を開けていられない程の強さで、ハンドルを握る両手も冷たさで感覚がなくなるほどだった。ようやく下り坂が終わり、街のはずれにある消防署を過ぎた辺りで2人は顔を上げ、一息つくことが出来た。

 スポーツ店は、小さな商店街を進んだ駅前の近くにある。2人は先週から三日にあげずスポーツ店に来ていた。店に近づくと、2人の視線はウインドーに釘付けとなった。今日はあったのだ。2人は急いで歩道の端に自転車を停め、ウインドーに両手をついて、額をこすり付けるようにしてそれに見入った。そこには、待ちに待ったスキーが展示されていたのだ。それも国産メーカーの真っ赤なメタルスキーだ。スキーの雑誌で「ヘッドの360」だとか「クナイスルのホワイトスター」などの高価なスキーは知っているが、間近でメタルスキーの実物を見たのは初めてだった。値札には19,800円と表示されている。メタルスキーは2人の憧れだった。今2人が履いているのは、合板製でエッジなしの安物だ。アイスバーンの上では危なくて滑ることが出来ない。スキー靴もゴム製のもので寒い時は固いのだが、少し気温が上がるとぶよぶよとなり足首を固定など出来ない。

 タダシとアキラは、寒い中、時間を忘れウインドーの中のスキーを食い入るようにして見ていた。

「タダシ、良いな。欲しいな」

「俺も欲しい!」

2人は、何時しか広々としたスキー場にいた。2人の足元にはメタルスキーがあり、それをコフラック製のスキー靴が支えている。2人はゲレンデの頂上からリフト乗り場に向かって、勢いよく滑り出した。右へ左へと整地されたゲレンデを思い思いにシュプールを描いて滑っている。エッジが雪面に食い込み、その跡がきれいに残されていて、リフトに乗っている人やゲレンデの中ほどにいる人は、2人のシュプールを羨望の眼差しで見つめている。リフト乗り場まで滑り降りた2人は、ストックを支えにして肘を曲げ両手を両脇に抱え、心地よい息遣いで今滑ってきたゲレンデを見上げている。2人は至福の中に浸っていた。

 その時だった。

「君達は、一昨日も来ていたね。そんなにこのスキーが気に入ったのか?」

と店員さんに声を掛けられたのだった。2人は一気に現実に引き戻された。もじもじしていると、

「だったら、中に入ってきなさい。本物に触れさせてあげるから」

店員さんのその言葉に2人はほぼ同時に、

「はい、お願いします!」

と元気に返事をし、スキーが並べられている店内に入った。

 そこには、ウインドーに飾られていたのと同じメタルスキーがあったのだ。2人はまたゲレンデに戻ろうとしたのだが、

「このスキーは国産で初めてのメタルスキーなんだよ。エッジはまだビス付きで、1本エッジじゃないんだが、メタルスキーでこの値段は画期的だよ」

と説明してくれた。確かにヘッドやクナイスルのスキーは5万円出しても買えない。それに比べれば安いに違いない。ただし、2人には1万円以上の金銭感覚はまだなかった。触ってごらんと言われて、ダダシとアキラは腫物にでも触るようにスキーの表面に触ってみた。つるつるとした真っ赤な表面は、2人を寄せ付けないハッとするような冷たさだった。逆に滑走面は真っ黒で、表面とは異なりザラザラしている。店員さんは、

「こうでないとワックスの乗りが良くならないんだ」

と2人には理解できない言い方をした。合板のスキー板には、仏壇からろうそくを2-3本持ってきて、滑走面に直にこすり付けてワックスの代わりにしている。また、スキーシーズンが始まる前には、シンナーで溶かした「ラッカー」をハケで滑走面に塗り、一晩乾かすとしばらくはワックスなしでもスベリが良くなるのだ。2人は時間も忘れ、メタルスキーに触っていた。すると、お客さんが来たようで、

「じゃ、もういいかな。もう少し大きくなったらお父さんに買ってもらいな」

という言葉を残し、店員さんはレジへと向かったのだった。


 まだスキーを見ていたかったのだが、「そろそろ帰らないと」と思い、2人はレジでお客さんの相手をしている店員さんに、

「ありがとうございました!」

と一言声を掛けて店を出た。すると灰色の空から、雪が降り出していたのだ。初雪だ。こんな日に憧れのスキーを見ることが出来て、タダシとアキラは満足した。帰りの上り坂はきつかったが、2人はまたゲレンデの中に戻っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] スキー板は全部同じに思っていたのですが、道具ということもあり奥深いのですね。 去年は雪不足でスキー場がどこも閉まっていましたが今年はどうなるのでしょうね。 ほどほどに降ってほしいと思います…
2020/09/20 19:07 退会済み
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