鈍感な幼馴染から言われた一言で日常が揺らいだ私の話
それは何て事の無い、いつもの日常。
花の高校生な私――福井かな――は今日も自宅への帰路についていた。
隣を歩く幼馴染、深山幸太と共に。
今日も笑顔が素敵だな、と思いつつ幸から話しかけてくれる事は殆どない為、共通の趣味であるWeb小説の話題を振って自宅までの道程を会話しながら楽しんでいた。
私は深山幸太、幸の事が好きだ。いつからなのかは、定かでは無いけれど、人見知りで言葉少なな私の隣にいつも居てくれた幸の事が私は好きだ。だからそれとなく、だけど何度も話題に出す、幼馴染とのハッピーエンドで終わる小説についての感想を言っていた、そんな時だ。私にとって衝撃的な言葉を幸が口にしたのは。
「幼馴染って負けヒロインの確率が一番高いよな」
――――――え?
日常が崩壊する足音が微かにした。
「正確に数えた訳じゃないけど、そんな感じじゃない?」
何の考えもしていなそうな、呆けた表情をしているその顔を見て少し気持ちを立て直した私は、その顔に拳を叩き込みたくなっていた。
私がそんな事を考えているとも知らずに幸はのんきな顔をしたまま黙ったままの私を心配したのか、少しばかり早口に言葉を重ねてくる。
「別に小説の事を非難したい訳じゃないからな? 急に黙ってどうした? 大丈夫か?」
あなたの事が好きな幼馴染の私は、絶賛あなたの言葉にダメージを受けている最中です。
何て言えたら良いが、言える訳もなく、大丈夫――と言って俯き加減に歩いていると幸が口を開いた。
「ん、じゃあな」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、直ぐにここが自宅の前だと気付いた私は、少しでも気にかけてもらえるように、自分なりに精一杯な笑顔で。
「じゃあね、幼馴染の深山幸太君」
そう言って、恥ずかしさに襲われた私は急いで家の中に入った――
「……可愛い過ぎかよ」
思わずといった様子で呟いた、幼馴染の言葉を耳にすることなく……。
******
家に帰った後も幸の言葉が頭から離れなかった私は、終始上の空だった、らしい。家に帰ってからは色々と考えていたからそのせいだと思う。
そうやって色々と考えていても明日は直ぐに来るわけで、私はいつも通りの時間に斜め前の幸の自宅の前まで歩いていく。
と言うか、中学生になっても、高校生になっても、家が近いってだけで自宅の前まで迎いに来る子何てそうそういないんだから、少しは気づいても良いと思うんだけど。あの鈍感な幼馴染は露ほども私が幸の事を好きだとは思っていないらしい。
確かに幸の前では昔からあまり感情を表に出して来なかったし、今は友達の前ではそれなりに楽しく過ごしているから、幸は一緒にいて思うところはあるのかもしれないけど、それでも……
そうやって私が幸に対する愚痴をつらつらと考えていると、不意に幸の家の玄関が開いた。
「よっ」
そう言って、また私に何も考えてない代表みたいな顔をさらしてくる。
「おはよ、いこ?」
だから、私も何も考えてないふりしていつも通りに振る舞う。
鈍感なあなたは、きっと気づかないだろうけど、私は今日……
幼馴染のあなたに告白する。
******
私のバカ!
お昼を誘おうと思っていたのに、直前になって怖じ気づいた私は、結局学校ではあまり話せなかった。そんな私を気にかける事もなく幸は普通に過ごしていたから余計に気が落ち込む。
それでも、家に帰る時は一緒なため、無言で幸と共に自宅への帰路へとついていた。
沈んだ様子の私に気づかないのか、それとも、気を使って触れないでいてくれるのか、多分前者だと思うけれど、この静かな空間も嫌いではなかった。
いや、これじゃ駄目だ、このままだと、また幸に甘えてこの時間を享受し続ける事になる。この先もずっと一緒にいられる訳じゃないのに。
何か言わないと。
そう思った私は、隣を歩く幼馴染を見ずに、前を向いたまま何かを考える事もなく口を開いた。
「付き合おっか……私達」
――――――え?
ちょっと待って……私、今何て?
いや、これはチャンスだ、いつも素直になれない私に神様が、いや幼馴染を応援する人たちがくれたプレゼントだ。
「……え?」
「だから――」
幸が戸惑う様な反応をしつつ歩調を遅くしたため、私は足を止める、そして此方に目を向ける幸のその真っ直ぐな目、はちょっと今は無理だから、おでこの辺りを見つつもう一度その言葉を重ねた。
「付き合おっか……私達」
普段よりもさらに固くなってしまった声でそう言った。
「…………」
「…………」
「……どこに?」
んんっもうっ! 本当に! この鈍感系主人公は!
それなりな量の怒りが湧いて来つつも、気持ちを落ち着かせて、私は会話を繋ぐ。
「付き添うじゃなくて付き合う、交際」
「……マジ?」
「マジ」
クラスの人達なら大体知っているような私の気持ちをこの鈍感幼馴染は本気で気づいていないみたいだ。だから、私はこの気持ちが届くようにと願って、幸を見つめる。
だけど、その気持ちは、届かなかったのか、それとも幸は……。
とにかく、幸は何を言うでもなく此方を呆けた顔で見るばかりなため、私は……。
「嫌なら別に良いけど」
そう言って、私は前に目を向け歩き始めた。幸がどう思ったかは分からないけれど、気持ちが少し落ち込んだ私は、俯き加減に歩いていた様で後ろから早足で追い付いた幸が軽い口調で口を開きつつ隣に並ぶ。
「あれだ……周りの友達が男つくってるからって自分も、とか思っ」
「そんな訳ないでしょ」
軽口にしたってひどい物言いだと思った私は、先程の怒りを再燃させつつ幸が言い終わる前にその言葉を遮った。今なら、怒りで火でも出せそうだ。
私の態度の影響か、少し真面目な口調で幸が私に問う。
「だったらなんで俺と付き合うってなるんだよ」
「はぁ」
真面目な口調であまりにも鈍感な発言をする幼馴染に思わずため息が漏れた。
確かに、いつも無愛想かも知れないけれど、それでも一緒に登校したり、お昼食べたり、たまに休日遊びに行くのは何だと思っているのか。本当にあまりにも鈍感な幼馴染に対して私はもう一度ため息を吐いてみた。
「はぁ」
「……さっきから、なんのため息だ」
「これだからこの男は……のため息」
心底呆れてますという表情が伝わる様にと、ちらりと幸の方を伺うと、何を言っているのか分からない、そんな顔をしていた。不覚にも笑いそうになったため表情を引き締め直していたそんな時だ。
「まるで俺が鈍感系主人公みたいな言い方だな」
「………………」
その言葉で私は、何故だか悲しくなってきていた。だけど歩みは止まらない、私は早く帰りたいのかも知れない。今日を早く終わらせたいのかもしれない。……不意に何かが、胸から溢れた。
「幸は私の事好きなんだと思ってた」
独りよがりな決めつけが、言葉が零れた。
「……………私は幸の事が好き……………」
幸は何も言わない……。いや、やっぱり締まりのない顔で此方を見ていた。
「顔赤いぞ、どうした? 大丈夫か?」
「……っ……赤くない」
「いやどう見ても――」
「うっさい!」
あの感じは多分聞こえてなかった、いや私がそう思いたいのかも。
色々と限界な私は足早に先を進んでいく。それでも幸にとっては何て事のない速度だろうけど、私は出来るだけ早く家に帰りたかった。
「………………」
「………………」
無言で歩いていると、幸はのんきな声で私に話しかけてきた。
「なぁさっき何て言ったんだ?」
「……っ……」
一瞬肩が跳ねたけど、きっとばれてない、と言うか、聞くの? それを? 色々と考えたい私は何もなかったかの様に歩いていく。
そんな態度をして幸が逃がす訳もないのに。
「なぁ気になるんだけど?」
少し間を置いた幸がそう言ったから私は、覚悟を決め……れはしないけれど、足を止めた。幸も足を止めた様で私の後ろにいる様だ。
だから私は……。
「………き」
「かな?」
自分が思うよりもずっと声が出てないって分かっていても、聞こえていない幸に少し感情をぶつけたくなる。だから、気持ちを抑えているのに、幸は問いかける様に私の名前を呼ぶ。それでも私は黙したまま。
「………………」
「………………」
「かな?」
もう一度名前を呼ばれて、私は後ろに居る幼馴染に振り返り。
「うう…………いい加減察しろ!」
自分でも、それはどうなのって言うだろう言葉を投げ掛けた。
「察しろと言われてもな」
ごもっともです……うん……それでも、さぁ……。
「うう……」
私は燻る感情の逃がし方が分からず幸を見上げる。本当に何をしてるんだろう私は……。昨日のあれから変だ。負けヒロインとかそんな言葉、元から知っているのに、幸の口からあんな言葉を聞きたくなかったんだ。
「なぁ今日はどうしたんだ? 朝から変だぞ?」
聞こえて来る幸の声はとても優しくて、甘美な響きで、このまま何でもないと言って日常に戻りたくなる。
でもそれは、きっと。鈍感な幼馴染が無自覚に仕掛ける、自分の気持ちを先送りにする、とても甘美で破滅的な罠だ。
だから私は……。
「………………」
「………………」
「……よし」
決意を籠める様に私は声にする。そして、この鈍感に終止符を、そんな気持ちで幸を睨んだ。
「察しろとか気付いてとか幸には無理って、私こそ気付くべきだった」
今あなたの悪くて、とても甘いところに文句を言ってるんだよ? 気づいてる?
「一緒に居るのが当たり前みたいな関係が終わるかもしれないのはとても怖い」
真剣に、この気持ちは鈍感なんて言葉に負けないように、でも少し怖くて、それでも絶対にこの目は逸らさない。
「だけど、もう逃げない」
だから、あなたも……
「私、幸が好き……」
幸は何も言わな――
「俺も」
――え
「俺も、かなの事が好きだ」
「……嘘、だって……」
私は、もうよく分からなかった。いつも一緒に居てくれるのは、私の事を好きだからだと思っていたけど、本当はただの優しさなんじゃないかって……。
「嘘じゃない」
俺は――と言って幸は言葉を重ねる。
「かなの事が好きだ」
「……っ」
いつもと違い真剣な顔をした幸は、冗談なんかじゃないと、そう言っている様で、私は。
「……っ……嬉しい……私も好き」
涙が止まらないまま、揺れる景色の中に大好きな幼馴染を見ながら、言葉を返した。
******
これは、鈍感な彼から言われた一言で日常が揺らいだ私の話。