3.奪う者、奪われる者
「【勇者】がダンジョンに侵入すると、そこを管理している【魔王】には分かるのよ。それで、私があなたを飼ったら面白いかもしれないな……って、思い付いたって訳。それが、あなたをここに連れて来た理由」
呆気にとられたままの俺を余所に、エリシャは語る。
愉しそうに、表情はとても晴れやかに。
余りにも可憐なそのエリシャの姿は、とても魔王には見えなかった。
「私も、別になりたくて【魔王】になった訳じゃなかったから。もうこの世界に未練も無いわ。ただ、役割に縛られてるせいで、自分一人じゃ死ねないのよ。だから……他の【魔王】達にも嫌がらせをして、暇潰しが終わったら報奨として私を殺して貰う。それが理想的な結末ね」
まるで人類の悲願が、魔王本人にとっては、ただの遊びにしか過ぎないとでも言いたげな口調で語る。
この世界においては、魔王が創成したダンジョンの為に飲み込まれた村も数多くあるという。
逆に言えば、ダンジョンのお蔭で栄えた街も確かにあるのだろう。
だが、人類の究極の命題とされているのは、全ての魔王を討伐しての世界平和。
現状、ダンジョンのせいで日々数多の命が危険に晒されている事に変わりは無いのだから。
それら人類の営みを総じて軽んじるような、エリシャの発言。
いや、そもそもとして、【毒魔法使い】が本当に魔王になるのだとしたら、魔王自体が人類な筈──
「でも、気が変わったの。私を殺す事で、あなたが【勇者】に戻れるのか、はたまた【魔王】に成長するのかを見てみた──いや、駄目ね。それじゃあ私が楽しめないわ。どうしましょう?」
どうしましょう、と……俺に聞かれても。
所詮、エリシャと俺とじゃ持つ者と持たざる者。
何れにせよ、俺には選択肢なんて無いんだろうし。
とりあえず、話のスケールがデカ過ぎて付いていけない。
俺はこの半年間、ずっとレベル1で荷物運びを演じていた身だ。
「何だって構わないし、好きにすればいいじゃないか。どうせ俺は最底辺の人間だ。今生きている事が不思議な位なんだからな。そもそも、俺に【魔王】なんて殺せやしない。お前の願いなんか、叶う筈がないだろ」
「あら、あなたは強いわよ? あなたを連れて来たそこのデーモンだって、一人で倒せたじゃない。ステータス見てみなさいよ」
さも平然に、エリシャは言った。
デーモンを倒したのが……俺だって?
最初から疑問ではあった。
そんな筈は無い、とも思ってはいた。
でも、心の何処かで、何かを期待している自分がいたのも……事実だった。
もし、俺に──
「『ステータスオープン』」
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シャルル 【毒魔法使い】 Lv.15
HP 480/480
MP 620/620
STR 19
VIT 19
DEX 32
AGI 36
INT 42
MID 20
魔法
《ポイズン》
スキル
『スナッチ』『オーバースペル』『フィアー』
『マルチアタック』
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半年間、一度も戦闘に参加出来なくて、一度も変わっていなかった俺のレベルは──、上がっていた。
それだけじゃない。
一つしか無かった筈のスキルまでも増えている。
こんな事が、本当に。
起こっても良いのだろうか。
幾度となく夢見た……奇跡。
「────ッ!!」
「ほら、本当でしょ? デーモンを倒したのは、紛れもなくあなたよ?」
「そんな……まさか」
「かれこれ、何時間経ったでしょうね。解毒さえされなければ、いつかはどんな相手だって殺せるわ。当然、私はそんな面倒臭い事しなかったけど」
──苦し紛れに放った《ポイズン》
五秒に一づつしかHPの減らない、価値の無い魔法。
そう思っていた。
モンスターに掛けたって、パーティーのラストアタックが取れる訳もない。
それを唱える事しか出来ないのに、ましてや低いステータスでまともにレベルなんて上げられる筈がない。
そうやって、諦めていた。
こんな現状を覆したのは、神では無く、一人の女性。
「でも、何でスキルまで……」
「《スナッチ》の効果に決まってるじゃない。それ、相手が超格上で、しかも最後まで一人で倒し切らないと奪えないわよ。まさに、【毒魔法使い】には打って付けよね」
そりゃあ、外れスキルと呼ばれる訳だ。
ただでさえ、ソロで超格上に挑むような無謀者自体が少ないだろうに。
それこそ今回の俺のケースなんか、起こそうと思って出来る事じゃない。
「それにしても、あなたに《スワップ》を使った相手、【魔王】の素質がバリバリありそうなスキル構成なのに、【勇者】なんかになっちゃって平気なのかしらね?」
「どういう事だよ」
「あなたの逆よ。中身は【魔王】なのに、【勇者】の皮を被ったヤバい奴になりかねないって話」
「な──ッ!!」
「心当たり……あるんでしょ? さっき、人違いって言ってたわよね?」
そんな……いや、まさか……
確かに、ユリウスと俺のジョブについては、一度も疑問に思わなかった訳じゃない。
事実として、村にいたある時期から急に俺が剣の稽古で負けなくなったんだ。
思えば、あの辺りから俺達二人の関係性は、徐々に崩れ出したのかも知れない。
でも、だからと言って……ユリウスを疑いたい訳じゃない。
「そうね、決めたわ。あなたの事、手っ取り早く強くしてあげる。それで、他の魔王の首を取りに行きましょう! それを見届けたら、きっと私も楽に死ねるわ。勿論、私は一切手伝わないけどね」
「いや、待ってくれ! 俺は、ミールの元に戻るんだッ!」
せめて、俺の無事だけでも知らせてやらないと。
ミールは優しすぎるんだ。
今頃、心配……してるんだろうな。
「駄目よそれじゃあ。全っ然、面白く無いわ。頑張ってせいぜい一日も早く強くなる事ね。じゃあ、行きましょう」
エリシャがパチンっと指を鳴らした直後、周囲の風景が大きくブレる。
クソッ……待ってろミール、いつか必ず──