2.見える全てが真実とは限らない
『俺は絶対に【剣王】になって、魔王をこの手で倒してやる!』
あれは……まだ皆八歳になった頃だったっけ。
『はいはい。ユリウスの夢は、もう何度も聞いてるわよ』
いつものように俺とユリウスは木剣を持って、剣の稽古ごっこをして遊んでいた。
この頃はまだ、生まれの早いユリウスの方が身体もでっかくて、力も強くて、俺はずっと負け続けていたんだ。
ミールはそれを近くの家の壁にもたれ掛かりながら、見つめていた。
負けた俺を慰めるように近付いてきて、そっと手を差し伸べてくれる。
そして、『頑張ったね』──って、微笑んでくれていた。
『私だって、【神官】になるんだから! いつか……そうなれるように一緒に頑張りましょうね! ……シャルは何になりたいのか、もう決まったの?』
誰にも……負けない力を身に付けたい。
そして、ミールを守れるような人になりたい。
勇気が、欲しい。
だから──
『俺は……』
《────────────》《────────────》《────────────》《────────────覚えた》
……視界が……徐々に、開けてくる。
横向きの、地面。
それ以外は、何もない……奥には、壁。
またあの時の誓いか……
もう、叶わない夢だと分かっていても、どうしても諦めが付かない。
俺に力と、ほんの少しの勇気さえあれば……なんて、幾度となく思い続けてきた。
それにしても、俺は生きている……のか?
身体をもぞもぞと動かして……ん?
どこも……痛くない。
それどころか、ひどく調子が良くて、身体が軽い。
「何で……ミール……」
「あら、起きたみたいね」
「────ッ!」
後ろから、声がした。
……女性の、声。
飛び跳ねるように身体を起こし、しゃがんだまま身構えて、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいたのは──さっきのデーモンが横たわる姿……と、その隣にしゃがみこむ一人の女性。
この辺りでは珍しい黒髪が肩口に掛かり、すらっと細い両腕で頬杖を付きながら、妖しく光る深紅の双眸で俺を捉えて微笑んでいる、同年代に見える美女。
そんな事より……どう考えてもおかしい、この状況。
ピクリとも動かないあのデーモンは、死んでいるの、か?
一体、どうなって……
「そんなに警戒しなくても。大丈夫よ、私はあなたに手を出さないから。他の仲間達も、無事に脱出したみたいよ? こいつが、一人だけ殺っちゃったみたいだけど」
「……アンタ、誰だ? いや、状況を……説明してくれないか?」
「私の名前はエリシャ。私があなたをここへ呼んだの。ただ、それだけの事よ?」
「……え、は?」
目の前のエリシャと名乗る女性が、俺をここに呼んだのだと告げるが……
そもそも、ここは何処なのか。
頭の中で整理が追い付かない。
とりあえず、ミール達は無事らしい。
それだけでも救われはする。
──いや、待て。
彼女が呼んだのだとすると、あのデーモンは……
「私は、【魔王】よ」
唐突に、エリシャの口から告げられた、真実。
絶望は、終わっていなかった。
むしろ、より一層濃密に醸す。
「────」
もはや、口を衝いて出る言葉もない。
きっと、彼女は嘘を吐いているんだ。
そうだ、これはきっと夢の中なんだ。
そうやって、現実からの逃避を考える。
「ちょっと、話を聞いているの? ねぇ【勇者】」
「──おい、待てッ! それは人違いだ!」
聞き捨てならない発言を耳にして、はっ、と冷静な自分が戻ってきた。
虚ろになっていた顔をバッと上げると、目と鼻の先にはエリシャの顔があって。
とても……綺麗な顔だった。
余りにも近いその深紅の瞳には、思わず吸い込まれてしまいそうな魔力が秘められている。
魔王の魅力に取り入られてしまいそうな自分を、何とか律するのが精一杯。
──だが、俺はただの【毒魔法使い】で、【勇者】なのはユリウスだ。
一体、エリシャは何の話をしているのか。
既に、人違いとかで済まされる状況じゃあない。
「いいえ、あなたの事よ【ゆう……えっ!? ちょっと、どういう事ッ!?」
エリシャの手は俺の頭に伸びて、がっちりと捕まえられた。
逃げようにも、とても女の子とは思えない力で、その場に押し留められて。
顔が、近い──
「ふーん……なるほどねぇ。あなた、《スワップ》されたのよ。本当は勇者だった癖に、スキルごとその役割を奪われたのね? しかも、よりにもよって【毒魔法使い】だなんて。なんて……面白い生き物なのかしら。一体、あなたはどっちになれるんでしょうね?」
「──は? どういう──」
「ねぇ、【毒魔法使い】は、何も出来ない最底辺のジョブだって思ってるでしょ?」
急に頭を掴む手は離されて、身体はふわっと浮いて地面に落ちた。
尻餅を突く俺を掬い上げるように、エリシャの手が俺を掴んで引き上げ、向かい合わせに立ち上がる。
蠱惑的な笑みが、そこにはあった。
まるで、理解が追い付かない。
余りにも現実離れした、エリシャの話。
「【魔王】になれるのは、【毒魔法使い】だけなのよ。私が、かつてそうだったように」
「ちょっ、と……どういう事だよッ!?」
そんな話、俺は知らない。
それどころか、誰も──
「私には視えるのよ。この世界における、システムの構築者側になったから。ふふっ、お願いがあるの。あなたを呼んだら理由が変わっちゃったけど、結果は一緒だわ。私を……殺してくれない?」
俺は魔王から、唐突で突拍子もないお願いをされた──
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