1.持たない者が敗者になるのは必然
「ここからは未踏領域らしいからな。気ぃ抜くなよ!」
最近新たに発見されたばかりの、未踏破ダンジョン。
さっきまでの洞窟エリアから一転、パーティーは木々が生い茂る森林エリアに突入した。
【斥候】のイーサンを先頭に、【勇者】のユリウスが続き、【魔術師】のネビアと【聖女】のミールが後ろを歩く。
そして、荷物持ちの俺が最後尾。
幾ら魔法の鞄があると言っても、容量には限度があるし、重量が完全にゼロになる訳じゃない。
肩に鞄の紐が食い込むけど、気にせず皆の後を追う。
「シャル……重くない、大丈夫?」
「これ位は平気だよ、ミール。ありがとう」
「おい、そこッ! 喋ってんじゃねーぞ!」
前を歩くユリウスが吠えるが、構いはしない。
もう、気にする事も、突っ掛かる事もなくなって久しい。
俺の人生は……既に負けが決まっているような物だから。
あの日──
『貴方が神から賜ったジョブは【毒魔法使い】で、スキルは『スナッチ』一つだけよ』
成人を迎えた俺達は村を出て、街にある冒険者ギルドへと『神託』を受けに足を運んだんだ。
幼なじみ三人でパーティーを組み、仲間を集めて、目標は大きく魔王討伐のはずが……
先に『神託』を受けたユリウスとミールは、選ばれし【勇者】と【聖女】で、俺に与えられたのは最底辺のジョブと使えないスキルが一つのみ。
後ろを振り返るのが怖い。
二人にどんな顔を見せれば良いのか、分からなかった。
『はぁ……前の二人が【勇者】と【聖女】だったから、無駄に期待しちゃったじゃない』
そんな事、俺には一切関係無いのに。
数ある魔法系統職の中でも最底辺──【毒魔法使い】
覚える魔法は、微々たる継続ダメージを与え続けるしか価値のない《ポイズン》ただ一つだけ。
それなのに、伸びるステータスは「MP」や「INT」と言った魔法系統職向けの物。
いわゆる、外れスキルと呼ばれる──『スナッチ』
敵を倒す事でスキルを習得出来る筈なのに、余りの確率の低さからか、成功したと言う記録は残っていない。
そもそも雑魚モンスターを一匹倒す事ですら、俺には命懸けだって言うのに。
『悪い事は言わないわ、冒険者は……諦めた方が身の為よ?』
ギルドの受付嬢は、心底面倒臭そうにため息を吐きながら、夢見ていた俺に深い絶望を与えた──
パーティーは、森林エリアを突き進む。
しかし、今の所は会敵も散発的で、ユリウスが気に掛けるほど襲撃は続かなかった。
「……余り敵も出て来ないようだし、今の内に少し休むぞ。イーサンは俺と交代で警戒だ」
「あいよっ! 毒野郎、俺の分も用意しとけよ!」
そう言い残し、イーサンは周囲の警戒にパーティーを離れた。
やがて、パーティーメンバーは一本の大きな大樹の木陰に座り込み、俺は早速鞄から水筒を取り出して皆に手渡す。
「シャル、ありがとう!」
そう言ってくれるのは、いつだってミールだけ。
ユリウスなんて、いつも俺から引ったくるように奪っていくし、最後は投げ付けてきやがる。
もう、関係性は幼なじみの親友ではない。
俺はただの雑用係。
「あー、生き返るぅ……アタシも荷物持つだけの仕事がしたいわぁ。MPも減らないし、随分と楽そうだから、ねぇ」
ネビアは何かにつけて、同じ魔法系統職の出来損ないである俺を馬鹿にしてくる。
すき好んで魔法が使えない訳じゃないけど、今ではもうすっかり慣れてしまった。
今はいないイーサンなんて、常に俺を便利な虫か何かみたいに扱うんだからな。
それもこれも、俺があの誓いに縛られ続けているせいだ。
俺がパーティーを抜けるなんて言い出したら、きっとミールを悲しませてしまうんだろうな……って思うと、中々言い出す訳にもいかないんだ。
こんな状態のまま、ずるずるとこのパーティーで半年間を過ごして、未だに俺だけはレベルは1のまま。
勿論、使える魔法は……《ポイズン》だけだ。
「不味いッ! 皆ッ、逃げる──」
不意にイーサンの声が響き、途絶えた。
何かが潰れるような、ひどく不快な音と共に。
「えっ!?」
「何だッ!」
「ちょっと、嘘……でしょ……」
「あ、悪魔……」
声が聞こえた方向に、イーサンの姿は無かった。
代わりにあったのは、地面に広がる赤い染みと、その上に立つ異形の人影。
不自然に手を地面に押し付けた体勢からは、何が起こったのか、火を見るよりも明らかだった。
俺も、小さい頃におとぎ話の中で聞いた事がある。
牛の頭にコウモリのような羽、鞭のようにしなる尻尾……腕は四本あって、全身が筋骨粒々で赤黒い。
だけど、実際目の当たりにするのは、勿論初めて。
俺の記憶が間違っていなければ、あれは確か……上位悪魔のデーモン。
それにしても──
「な、何でこんな出来立てのダンジョンの、こんな浅い階層にいきなりデーモンが出てくるのよッ! もっと深部の、それこそ魔王の手前クラスのモンスターなんじゃ無かったのッ!?」
そう。
中層で出ると言われているレッサーデーモンならいざ知らず。
目の前の相手は、それの更に上位種なんだ。
間違っても、こんな無防備なタイミングで出会っていいような相手じゃあ無い。
「チッ……クソが! 分が悪い……ミールッ、ネビアッ、逃げるぞッ!!」
「ち、ちょっと、ユーリぃ。待ってよッ!」
「シャル!」
「ああ、ミール!」
勇者のユリウスが逃げると言ってるんだ。
ここで、俺が逃げ出さない理由なんて無い。
迫り来る恐怖を前に、大急ぎで広げた荷物を鞄に詰めて右手に取り、左手でミールが伸ばす手を掴もうと──
「《スリープ》」
「……は?」
「《フロスト》」
「──ネビア、よくやった! ほら、さっさと来い!」
「待ってってば、ユーリぃ!」
意味が……分からない……
何で……何が……
ネビアが放ったのは、ミールを眠らせる《スリープ》と、俺の足元に向けられた《フロスト》の魔法。
倒れ込むミールはそのままユリウスが担ぎ、俺の鞄を引ったくって走り去る。
ネビアも、その後に続くように駆け出した。
俺の身体は動こうにも足元が凍てつき、その場に固定されたようで、始めの一歩すら踏み出す事が出来ない。
パーティーメンバーの後ろ姿が、徐々に遠ざかる。
ミールに伸ばそうとした手は、掴まれる事なく。
これじゃあ、まるで……
ギギギ……と、錆び付いてしまった首をゆっくりと回す。
残酷な現実を確認する為に。
当然のように──目の前には、ひたひたと迫る恐ろしい悪魔の姿。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
こんな所で、俺は死にたくない。
ミールを守るって、決めたのに。
勇気が欲しいって、願ったのに。
絶望に抗え、運命を覆せ、最底辺から脱却しろ──
「うおおぉーッ!! 《ポイズン》《ポイズン》《ポイズン》《ポイズン》《ポイズ──」
瞬間、何が起こったのかは、分からない。
ただ、右の側頭部に受けた強い衝撃と共に、俺の意識は──
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シャルル 【毒魔法使い】 Lv.1
HP 300/300
MP 180/200
STR 11
VIT 9
DEX 10
AGI 11
INT 10
MID 10
魔法
《ポイズン》
スキル
『スナッチ』
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