男の娘娼婦(14)は女騎士(30)のビッチビチ正妻になる。
どうして私が大柄で男性的な体つきをした女騎士様に、たった一晩だけ無償で体を許したのか、そのことについて今から話そうと思う。
騎士様との出会いは本当に偶々、私がよく男を引っ掛ける狩場としていた酒場に行ったことからはじまる。彼女は店の隅っこの方で一人憂鬱そうに酒を飲んでいた。はじめて騎士様を見たとき、本当に男かと思った。そして今にも酔い潰れそうな様子を見てカモだと思い、介抱するふりをして金を巻き上げることにとした。
「そんなに酒を飲んで大丈夫ですか?」
「う、うるさい!」
「何かあったご様子ですね。私でよければ話を聞きますよ。こういうのは誰かに話して楽になるのが一番ですからね」
騎士様は私を一瞥すると嘲笑するように口を開いた。
「娼婦か? 私は金なんか持ってないぞ。全部酒に使ったからな」
こんなことでカチンと来てはいけない。娼婦になるとイライラすることは一杯ある。それにこういうダメ人間は一度心を開くと常連になってくれる。
「金が欲しくてやっているわけではありません。私は騎士様のような立派なことをやっているお方に悲しんでほしくないのです」
「ふん、口が上手いじゃないか。それならタダでやらせてくれるのか?」
「騎士様がお望みなら幾らでも」
「だったら私と来い。その言葉、嘘じゃないか確かめてやる」
私は騎士様に手を掴まれると酒場を後にする。夜も深く夜の店以外は一様に閉まっていた。私以外の娼婦も多数見られる。
「気持ち悪い」
「大丈夫ですか?」
「ダメだ。吐きそうだ」
「路地裏へ行きましょうか」
騎士様の醜態を見せるわけには行かないと私は人通りがない路地裏へ行くことを提案する。
「なんだ。路地裏でするのか?」
「違います。吐きたいのでしょう?」
騎士様は口に手を押さえて見悶えた。路地裏に着いた途端、騎士様の口から大量の吐しゃ物が吐きだされる。
「すこしは直りましたか?」
「私に優しくしても何も出ないぞ」
「はいはい。そんなこと言う暇があるなら腹にあるもの全部出してください」
「情けない。娼婦に介抱されるなんて」
「私が好きでやっているだけですから。そんなこと気にしないでください」
持っていたハンカチで騎士様の口を綺麗に拭く。とつぜん吐かれたので、ちょっと服に飛び散ってしまったようだ。お互いにゲロ臭い状態である。そんな状態で連れられてやってきた場所には大きなお屋敷が建てられていた。私は驚いて騎士様に視線を送る。
「今さら驚いても手遅れだからな。ふふ、トラウマになるまでセックスしてやるから覚悟しておくんだな。泣いて叫んでも許さない」
騎士様はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言うので、これから起こることを想像して恐怖した。手を引っ張られながら大きな門を潜ると、燕尾服を着た女性が現れた。彼女は横にいる私の存在に驚きながらも冷静に騎士様に聞く。
「お嬢様、その方は?」
「こいつは私を誑かそうとした娼婦だ。お仕置きするから連れてきた」
「えっ、騎士様がお嬢様?」
「やっぱり気づいていなかったのか」
執事様は近づくと私たちが漂わせている臭いに気づき、足を止める。
「お酒臭いですね。またどこかで飲みに行ってたんですか?」
「そうだ。どこで飲もうと私の自由だからな」
「執事様、タオルとお水を用意できませんか? 騎士様はここに来るまでに何度も吐かれて汚れているのです」
「それでしたらすぐ女中に用意させますのでご安心ください。それとお嬢様は私の方で何とかするので貴方様はお嬢様にバレないようこっそり帰ってください。それと迷惑料としてお金を幾らか用意しておきますので」
「ダメです。私は騎士様に愚痴を聞くと約束しました。それを反意にすることはできません。そのかわり今日ここであったことはどこにも言いふらさないので安心してください。何でしたら魔法で誓いを立ててもかまいません」
「しかしお嬢様は三十路とはいえ、結婚を控えた身。そのときまで処女という潔白の体でいないといけないのです」
「気づきましたか?」
「はい。お嬢様は鈍感なので気づきませんが、お嬢様の身の回りの安全を常に守っている私なら性別を見破るくらいはお手の物です」
「御見それしました」
「あの執事様が思っているようなことは起きないと思います。なぜなら本当に愚痴を聞くだけでございますから」
「わかりました。その言葉を信じましょう。部屋の外で女中を何人か待機させますので、何かございましたら遠慮なくお呼びください」
「わかりました。ありがとうございます」
「いつまで二人で話しておるのだ」
振り向くと騎士様が不機嫌な顔をしてこちらを見ていた。
「もう終わりました。それでは私はこれで」
執事様はそう言うと下がっていった。
「さっさと寝室に行くぞ」
私は騎士様に手を引かれながら寝室まで行く。扉を開けて中に入ると豪華な飾りのされたベッドが目に入る。私はそこへ強制的に座らされた。
「良い眺めだ。お前は絵になる」
ベッドに座らされた私を騎士様が目の前で立ったまま眺めてくる。
「騎士様、気持ち悪くありませんか?」
「これくらい大丈夫だ。それよりエッチするぞ」
「ダメです。自分のお体を大事にしてください」
「うるさい! お前は私のお母さんか」
「騎士様が自分の身を大事にしてくださるなら私はお母さんにもなります」
「セックスをやらないならお前は何をしてくれるんだ? 娼婦」
「愚痴を聞きに来ました。私に胸に閉まっていること全部吐きだしてください」
騎士様は神妙な顔つきになった。ジッと私の顔を見て、言おうか考えている様子である。シーンッと静まりかえる部屋から騎士様の声だけが聞こえはじめる。
「私は誰もが恐れる武皇の娘なのだ」
武皇とはこの国の将軍のことだ。戦場の鬼と相手に恐れられ、倒した数は数え切れない。でも武皇は敵だけではなく、味方にさえ怯えられている。その理由は噂ではあるが、武皇は使えないと判断したら味方でさえ、簡単に斬ってしまうと。その噂があるため、武皇は恐怖の対象として敵国だけではなく、自国民ですら嫌悪しているのだ。
「だから、みんな私を怖がって近寄ってくれないのだ。学生時代なんか友だちの一人もできなかったんだぞ。それで結婚もできないまま、三十路になってしまった。世間では行き遅れと言われる年齢だぞ」
「大丈夫ですよ。きっと良い人が現れますから」
「そんな気休めの言葉なんか聞き飽きた。それとも何か。娼婦、お前が結婚してくれるとでも言うのか」
「私と結婚してしまったら、それこそ世間に笑われてしまいます。自分に自信を持ってください。騎士様はお綺麗なのですから」
「娼婦、お前の名は何と言うんだ?」
「ミィシェーレと申します。騎士様」
「ミィシェーレか。お前に似て美しい名前だな」
「ありがとうございます。今度は騎士様の名前を教えてください」
「私はテオドラ・ファウストだ。私のことは気軽にテオドラと呼べ。私もお前のことミィシェーレと呼ぶから」
「テオドラ様」
「なんだ?」
「私テオドラ様に言ってないことがございます。聞いてくれませんか」
「わかった。聞いてやるから話せ」
「ここに来るまでテオドラ様を騙していました。私はこんな格好ですが男でございます。男娼婦なのです」
テオドラ様は鳩が豆鉄砲を食ったようにキョトンとしていた。それから数秒のタイムラグがあって、ようやく再起動する。
「なっ! こ、股間を見せろ」
「そ、それは嫌です!」
「お前が男か確かめるために見るのだ。決して邪なことは考えていないぞ」
「そうじゃなくてテオドラ様は女性でしょう?」
私がそう言うと「そ、そんなことか」と、テオドラ様は顔を真っ赤にしてうつむく。もしかして照れているのかな。そう思ったら急にテオドラ様が可愛く見えてきた。
「命令だ。すこしだけでよいので見せなさい」
「わかりました」
拒否しても無駄だと察した私はしかたなく履いていたズボンをすこし下げる。いつも客にやっていることなのにテオドラ様に見せるのは、なんだか恥ずかしい気持ちになった。テオドラ様は露わになった私の息子を興味深そうに注視してくる。
「マジか。いや、ク○ト○スという線も」
「酷いです。そんなに私のは小さいですか!」
私が怒るとテオドラ様は「今のは違うのだ」と、必死に誤魔化していたが許さない。怒ると頬が自然と膨らむ。テオドラ様はそんな私を見て顔を呆れ顔になる。
「馬鹿者め。そういうところが男に見えないのだ」
「むぅ、もういつまで見ているんですか!」
「す、すまん」
テオドラ様は照れくさそうに目を逸らす。私はズボンを上げて元の位置に座った。
「反省してます?」
「し、してるぞ」
テオドラ様の顔を睨むと彼女は逃げるように顔を明後日の方向に向けた。彼女は私が息子を見せてから変にこっちを意識してくる。その様子は、まるで童貞のようであった。それからも会話は続いた。大半はテオドラ様の学生時代の愚痴を聞かされるだけであったが、これはこれで面白かった。彼女には意外と話術があったのだ。どれくらい話しただろうか。夜も深くなってきて流石に眠たくなってきた頃、テオドラ様が急に体を預けてくる。
「ミィシェーレ、すこし抱きついていいか?」
「テオドラ様、私は男ですよ」
「かまわん。本当に抱きつくだけだ」
「それならどうぞ」
テオドラ様は私をベッドに押し倒すと腹の辺りに頭を乗せてきた。サラサラの髪が腹を擦ってくすぐったい。
「こうしていると母がまだ生きていた頃のことを思いだす。母は私が泣いていると、よく抱きしめて慰めてくれた」
「良い母なのですね」
「当たり前だ。何たって武皇と結婚した女だぞ。誰よりも強く気高く美しかった。私の自慢の母だ」
「お前はどことなく母に似ている。優しいところや、そうやって頭を撫でる手の柔らかさも。お前は男なのに可笑しいよな」
テオドラ様はその言葉を最後に眠ってしまわれた。私は起こさないようにジッと座る。窓から漏れる月明かりに彼女の美しい顔が照らされる。
「テオドラ様、綺麗です。私だったらすぐお嫁さんになるのに」
「その言葉、本当ですか?」
背後から突然女の声がしたことにより「ひゃっ!」と、声を上げてしまった。私は慌てて口を塞ぐ。テオドラ様は深い寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。私はその様子を見て深く息を吐く。
「その声は執事様ですね」
「そうです。すみません、驚かせてしまったようで」
「そうですよ。私本気でびっくりしたんですからね」
「次からは気をつけるので許してください」
「さっきの聞いてましたか?」
「それはもうバッチリと」
「忘れてください」
「嫌です。それよりあの人間不信で有名なテオドラお嬢様を一日で落とすとは貴方やりますね。流石は娼婦と言ったところでしょうか」
「そんなとことを褒められても嬉しくありません」
「あの本気でテオドラお嬢様と結婚したいのなら、私が今から役所に行って結婚届を持ってきましょうか」
「結構です」
チュンチュンと、窓の方から鳥の鳴く声がした。見るとカーテンの隙間から光が漏れていた。いつの間にか朝になっていたらしい。
「もう朝なので私は帰りますね」
「朝食は食べないのですか?」
「私のマイルールで客とは一日一夜の関係にしかならないと決めています」
「それじゃテオドラお嬢様とはもう会われないのですか?」
「はい。今日でお別れです」
「せめて最後に挨拶だけでもしていってくれませんか」
「嫌です。風のように現れて風のように去る。それが私の娼婦道ですから」
格好いいことを言っているけど、もしテオドラ様と別れの挨拶をしたら私の方が未練を残してしまう可能性があるので、このまま黙って去ることにした。
「わかりました。私は用があるので門までは女中がお送りします」
待機していた大柄な女中に連れられて玄関まで行く。玄関を開けると遠くの山から朝日が昇っているのが見えた。
「これでお別れです。テオドラ様」
私が門を跨ごうとしたとき、背後から聞き覚えのある声がした。
「そんなの嫌だ!」
振り向くとテオドラ様が立っていた。急いで来たからか、髪がボサボサで寝巻のままだ。彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。
「私はお前と別れたくない」
「私は娼婦です。客と寝るのが仕事。貴方のことも客としてしか見ていません」
「だったら私の専属娼婦になってくれ」
「ダメです。私はビッチなので」
「エレインから聞いたぞ。お前が私のお嫁さんになりたいと言ったって」
「まさかテオドラ様を起こしたのも?」
「ごめんなさい。私はお嬢様の執事ですので」
エレイン様は悪戯な笑みを浮かべてそう言った。
「お前が娼婦の仕事を続けたいと言うのなら私は止めない。本当は凄く嫌だけど我慢する。でも、これっきりなんて絶対に嫌だ」
「ミィシェーレ様、男なら覚悟を決めてください」
「テオドラ様は本当に私でよろしいのですか? 私はこう見えても多くの人と逢瀬を交わしてきましたよ。男でも女でも金さえ貰えれば股を開く男です」
「それでもかまわない。私はお前と一緒になりたいんだ」
「わかりました。やっぱり嫌だと言っても離しませんからね」
「それはこちらのセリフだ。お前が逃げだしたとしても地の果てまで追いかけて一生離さないからな。覚悟しろ」
私はテオドラ様の大きな腕に抱きつかれた。そして彼女のプルンとした赤い唇が私の唇へと落ちる。
「ミィシェーレ!」
「テオドラ様・・・・」
テオドラ様の抱く力がどんどん強くなる。でも決して苦しくない。むしろ心地よいとすら感じるほど、彼女に抱かれるのは気持ちよかった。キスして数分は経っただろうか。唇が離れた頃には私たちの息は切れ切れとなっていた。見つめ合いながら言葉を交わす。
「私テオドラ様のしてくれたキスが情熱的なせいで、今までキスした誰よりも気持ちよかったです」
「そんな恥ずかしいことを真顔で言うな。照れるだろ」
「テオドラ様と会えて幸せです」
「私もミィシェーレと会えて幸せだ」
私たちの顔からは自然と笑顔が漏れた。そして、どちらからともなく相手の唇へ自らの唇を近づけにいく。このまま二回戦が突入しようとしていた。
「ふふっ、ハッピーエンドってことですかね」
エレイン様の声に私たちはハッとして顔を離した。周りを見渡すとエレイン様だけではなく、女中たちが好奇の目で私たちを見ていた。テオドラ様は名残惜しそうにしていた。そして空気を読まない執事を恨めしそうに睨んでいた。
「さて、お嬢様もミィシェーレ様も朝食の準備ができておりますので、イチャイチャはその辺にして食堂へ向かいますよ」
私はテオドラ様と手を繋ぎながら食堂へ向かった。これからテオドラ様のお屋敷で暮らしていくことになるのだが、その話はまた今度しようと思う。
○
「ミィシェーレ、今度こそ私とセックスしてもらうぞ」
「テオドラ様、襲うのは無しです」
「もう我慢できないのだ」
「結婚するまで待ってください」
「お嬢様もミィシェーレ様も朝からお盛んですね」
読んでくれてありがとうございます。