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華族と家族  作者: どばどば
第2節 操り人形
9/37

ー3

単語の説明です


・甲

 学院の成績の位の一つ。最高評価。


 あの女性には、暫く、()しかすると二度と会うことは無いと思っていた。

 しかし、其れは間違いだった。



「失礼致します。結城様、お客様がお見えに。」

「・・?」

翌夜、寝ようと思っていた頃、部屋に来た侍女は()う言った。

 既に十時を回っているというのに、客とは一体・・・

「既に中へ通しておりますので、お召し替えの後、お部屋へ。」

「・・分かりました。」



 言われる(まま)に俺は着替え、其の部屋に行った。

 初め、目を疑った。

 其処(そこ)に居たのはあの女性だった。向かいの長椅子(ソファ)に腰掛け、手は膝の上で揃えられていた。

 俺に気付くと、再びあの時の様に微笑んだ。其れから、俺は長椅子に座るよう促された。立場が逆の様な気がするが・・・

「其れで、此の様な時間に如何(どう)なさいました?」

「ふふ、結城さんにお会いしようかと思いまして。駄目でしたか?」

「! いえ、決して・・」



 不思議な人だった。

 特段、嫌悪感を抱く訳ではないが、華族にも関わらず、そして、昨日会ったばかりだというのに、親し気に其の女性は話すのだ。



「私はまだでしたね。羽染彩羽(はぞめいろは)、然う申します。お願いいたしますね。」

然う言うと、再び微笑む。

 其れから、静かに立ち上がると、俺の横に座り、(からだ)を寄せてきた。そして、静かに、お酒が飲みたい、と言う。侍女は直ぐに部屋を出て、酒を取ってきた。

 酒が注がれた猪口を手に取ると、傾け、一気に飲み干してしまう。猪口を洋卓(テーブル)に置くと自ら酒を注ぎ、手に取る。

「さあ、貴方(あなた)もいかがです?」

耳元で囁かれた其の声は奥深くまで染み渡った。響く様な、しっとりとした声。俺は洋卓の上に有る猪口を手に取った。其れを確認すると、其の女性、羽染彩羽さんは微笑み、(また)一気に飲み干してしまった。

「女性ながらに、其の様にお飲みになっては・・」

「お下品でした?」

「!・・」

羽染さんはさらに軀を寄せてきた。柔らかく、包み込む様な温かみが伝わってくる。一言、尋ねてくる其の姿は、そして、酒を飲む姿も、下品などという言葉からはあまりにも遠く、(むし)ろ美しかった。



 しかし、其れから、羽染さんは何も話さなかった。ただ、俺に軀を預け、目を閉じている。俺も特に話すことは無かった為、黙っていた。



 どの程度時間が経っただろうか。其れ程長くはないと思うが。

 暫くすると、羽染さんは(おもむろ)に立ち上がった。

「ふふ、今日は此れで失礼致しますね。」

羽染さんは微笑み、部屋を出て行った。俺も其の後を追い、部屋を出ると、姉さんも居た。

「結城、此の方とお話したいの。部屋に戻っていてくれないかしら。」

「ん、嗚呼。」

俺は一言挨拶をしてから自室に戻る。何を話すのか、気にならない訳ではなかったが、明日の為に早く眠りにつきたかった。



 昨晩の事はなんだったのだろうか。

 幾ら考えようとも答えなど見つかる筈も無かった。



 昨日に続き、羽染さんは亦訪ねてきた。同じ部屋で、酒を飲みながら――俺は一口程しか飲まなかったが――他愛の無い話をした。聞けば、羽染さんは中等科伍年の女学徒であるという。其の姿からは女学徒などと思えない程大人びていた。優し気な雰囲気をしていた為、学院では多くの親しきご友人が居るものだと思ったが、決して其の様な事は無く、(ほとん)ど話したことも無いらしい。其れを聞くと、確かに、多少(なり)とも近付き難い気がしなくもないが・・・。

 成績は優秀で全て甲だという。驚いていると、結城さんもでしょう、と笑われた。自ら他人に言ったことは無いが――せいぜい姉さんくらいのものだ――学院で伝わっていたのか。尋ねても、羽染さんは微笑むばかりで何も言わない。



 羽染さんが訪ねてきたのは此の二日間だけではない。たとえ雨雪が降ろうと、僅かに瓦斯灯(ガスとう)が灯る夜道を一人で歩いて来るのである。来るのであれば迎えにあがると言っても、頑なに断られてしまう。



「結城さんは、何故私の名前を呼ばないのですか。極稀に呼ぶとしても『羽染様』だなんて。」

「其れは、純粋に、貴女(あなた)が羽染家の方だからでございます。羽染家は、山城家などとは比較するのも失礼でございましょう。ですから――」

「そんな事を言わないで。」

「!」

こんな感覚は知らない。女性において、気兼ねなく敬語を用いずに会話をするのは身内の者、侍女程度の筈だ。他の華族、()して羽染家の人間から言われるなどと誰が考えるだろうか。

 混乱する俺を無視するかの様に、羽染さんは続ける。

「あの日から、毎日お話していたでしょう。結城さんは、私の事が嫌い?」

「!・・・いえ・・」

「其れなのに、ずっと様付けなんて、私は嫌。如何か、私の事を名前で呼んで。」

「・・しかし・・」

「お願い。」

「・・・彩羽様・・」

「様付けは嫌だと言ったのに。」

口では然う言いつつも、表情は嬉しそうにいている。次からは様付けしないで、と彩羽さんは付け加えた。

 そんな彩羽さんの様子に俺は気恥ずかしくなり、顔を逸らせる。彩羽さんは横に座り、軀を預けてきた。

「此の時期、桜が綺麗ね。今は夜、青みがかった色がとても綺麗。」

「・・・」

「桜が、何故赤みがかっているか、知ってる?」

「血の色であるとよく言われますが・・」

「然う。そんな事、有る筈も無い。でも、()()()()()、桜は美しい。見ている此方(こちら)が引き込まれてしまう。」

「・・何故桜のお話を?」

「ふふ、特に意味は無いわ。気にしないで。」




「丁度いつもの喫茶店(カフェ)だ。十二時を回った頃だ、昼食にしても良いだろう。」

「・・はい・・」

店内は半ば埋まっている状況だった。もう少し経てばさらに混むだろうから丁度良かった。いつもの席に案内してもらい、注文を取る。

「・・私のお母さんって・・・少し・・変わった人だったんですね・・・」

「ん、然うだな。だが、決して悪い意味ではない。恥ずべきことだが、俺は直ぐに心酔してしまった。あの方は、本当に不思議な人だった。話せば話す程魅かれてしまう。其の年の卯月、其の辺りからあの方は敬語を使わなくなったと思う。其の所為(せい)も有るのだろう。俺も徐々に敬語を使わなくなっていった。だが、嬉しかったのだろう、一層微笑む様になった。両親、姉以外の人とあれ程親しくなったことなど、当時は無かった。」

「・・・」

「心配は無用だ。」

「・・あの・・今は何処に・・・知っていますか・・」

「!・・・慌てるな。順を追って話す。」

「・・・はい・・」

注文した食事が届き、俺と染音は食べ始めた。

 何か話す訳でもなく、静かであったが、染音を見ると、自分の母の話を聴くことが出来たからか、安心した様に見える。

 食事を済ませると、今度は東側へ向かった。




 其れからも彩羽さんは毎晩の様に訪ねてきた。

 此れはある日の事だが。

「結城さん、今日は・・」

「何だ。」

彩羽さんは俺の横に座り、手を俺の肩に置いた。そして、こう囁く。

「今日こそ、しましょう・・?」

「・・何をだ。」

「ふふ。」

軀を寄せつつ、俺の上半身を押し、半ば強引に横にさせられた。彩羽さんは俺の上に乗り、軀を密着させてきた。軽いが、確かな重さと温かさが伝わってくる。ただ、彩羽さんの顔が目前に有り、少々恥ずかしかったが。

「彩羽さん、何を――」

「もう分かるでしょう。」

彩羽さんは上半身を起こすと、俺の服の(ボタン)に手を伸ばす。俺は其の華奢な腕を掴んだ。

「駄目だ。」

「何故?」

「!・・駄目なものは駄目だ。」

「ふふ、照れないで。」

「侍女も居るだろう。」

「あら、二人なら良いの?」

「違う! 兎に角一度離れてくれ。」

「・・ふふ、仕方無いわね。」

俺の上から降り、彩羽さんは窓際に行った。俺も起き上がり、衣服を整える。彩羽さんを見ると、反省の様子など一切無く、愉し気に笑っている。全く・・大胆にも程が有る。

「・・突然何をするかと思えば、全く・・幾ら何でも時期尚早というものだ。」

「あら、でも、嫌な思いはしなかったでしょう?」

「!・・然うではない。何故したのか、だ。」

「・・・」

すると、突然笑顔は消え去り、暗い面持になった。月の影に照らされる其の顔は、あの時の様であった。

「貴方に会って、もうすぐ一年。名前で呼び合い、敬語を使わずに話す。貴方とは親しくなって、とても嬉しい。()しかして、其れは私だけ?」

「・・いや、勿論、俺も然う思っている。」

「随分と親しくなって、そろそろ良いかなと思ったの。」

「だから、時期尚早だと言っただろう。」

「では、もっと親しくなって、もっと時間をかければ良いってこと?」

「!・・然ういう訳ではない。こんな話は悪いが、彩羽さんは羽染家の人間だ。こんな俺とは、駄目だ。」

「・・・」

真っ直ぐに見つめてくる視線が辛かった。哀し気ながらも、求めてくる様な眼だ。

「・・実は、私はもう結婚しているの。二年前に既に・・」

「・・何故黙っていた!」

俺は詰め寄った。今まで微塵も彩羽さんに対して感じたことなど無かった怒りが突然込み上げてきた。

 俺が壁に手を叩きつけると、彩羽さんは軀を震わせ、俯いた。

「何故言わなかった。若し、知っていたなら、俺は全力で止めた。貴女が、此処に来るのを、全力で止めた。こんな所に来るべきではなかった。相手が居るのなら、其の人に尽くすべきだ。何故此処に――」

「仕方無いでしょう!」

突然の事に流石に驚いた。此の人が声を荒げるのだと。俺は思わず、数歩後ずさる。

「私の相手は永代華族。羽染家と其の華族の力をもってすれば、五十年戦争で敗れる可能性すら無かった。貴方も知っているでしょう。結果は私達の國の勝利。分かるかしら、ただの政略結婚よ。お互いの利益の為だけに。相手は私を想ってくれているみたいだけれど、私は・・申し訳無いけど何とも・・・そんな時に貴方を見つけて、私は恋をした。」

「・・・」

「私が愛しているのは貴方なの。其れだけは、分かってほしい。」

「・・・」

本音を言えば、俺も彩羽さんを愛してしまっていた。そんな事が許される筈が無いと分かっていながらも、愛しく思わずには居られなかった。だが、其の言葉を決して、口にしてはいけない。然う、口にしてはいけないのだ。

「・・毎日、遅くに来るのは然ういう事だったのか。」

「確かに、其れも有るわ。でも、もっと大事な事。私との関わりを知られては、貴方達も危ない。誰にも知られる訳にはいかないの。」

「・・・」

「いずれ、分かるわ。けれど、こんな事を言っておきながら、ごめんなさい。一つだけ。」

彩羽さんは静かに歩いてきて、俺に抱き付いた。一瞬、俺も其の小さな背中に手を回しそうになってしまう。だが、其れを必死に抑えた。

 暫くすると、彩羽さんはそっと離れた。

「迷惑を掛けて、ごめんなさい。左様なら。」

申し訳無さそうに微笑むと、小走りに部屋を出て行った。数瞬の後、窓の向うに駆ける人影が映った。



 其の部屋から遅れて出て、玄関広間(エントランスホール)で、閉め切った扉を眺める。

「良かったの?」

不意に背後から掛けられた声に驚き、振り返る。姉さんが、中央階段を降りてきていた。

 直ぐには答えられなかったが、一呼吸の後に、嗚呼、と答えた。

「此れで良い。彩羽さんは、幸せに暮らせるだろう。」

「・・然うだと、良いわね。」

俺は何も言わずに、姉さんの横を通り、部屋に戻った。













連載小説9本目をお読みいただき、ありがとうございます


更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います


また、意見等ありましたら、遠慮なくお声かけください

お待ちしております

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