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華族と家族  作者: どばどば
第2節 操り人形
8/37

ー2

単語の説明はありませんので、このままお進みください

 約束通り一週間後の今日は愛馬で街へ出た。

 染音は久々の馬で、其の高さにはまだ慣れていない様だった。

 午前八時頃には既に明るかったが、決して暑くはなく、日差しが辛い訳でもない。春の爽やかな、心地の良い日だ。

 俺は先ず西側へ向かった。



「此の様に街へ出るのは久方振りか。」

「・・はい・・・学院に通い始めたのは先週で・・・それまでずっと・・・」

「然うか。では、今日は良い気分転換になれば良いが。」

「・・はい・・」

染音は見たことが無い景色に目を奪われていた。

 聞けば、八雲家に住んでいた時、学院以外で出掛けたことは殆ど無かったらしい。まして、遠出などは一度も無いという。そんな染音には今日は良い日になるだろう。

「其れで、染音は両親から、羽染家の事は聞いたことが有るのか?」

俺は周囲を確認してから、然う尋ねた。

「・・いえ・・詳しくは・・・聞いたことがあるのは・・私を拾った時のことくらい・・です・・・」

「然うか。実は、俺は染音の生みの親、羽染彩羽さんと関係が有った。」

「!・・・本当の・・お母さん・・ですか・・・?」

「・・嗚呼。染音の母、彩羽さんの事は何時(いつ)か話さなければならないことだ。だが、何時話すべきか・・」

「・・・今・・聞かせてください・・・結城さんが・・良ければ・・・」

「だが、今日は街を巡る約束だろう。話をしていては碌に街を見ることは出来ない。良いのか。」

「・・はい・・お願いします・・・」

「然うか。分かった。」

俺は一度深呼吸をした。




 今から十八年前、俺が十五歳の頃の事だ。姉さんは四つ上だから当時十九歳だった。其の年、長年続いていた五十年戦争が漸く終結した。姉さんに習ったか。事の発端は更に五十年前に遡る。此の街から東に向かった場所には広野が有る。其の広野は資源地帯で其の資源を巡っての事だという。

 戦争が終結したと言っても街に変わった様子は無かった。何故ならば、我が軍が最前線で止めていたからだ。強いて言えば、鹿鳴館での行事が増えたことくらいだ。



 当時俺は学院中等科参年だったから、出兵ということは無かったが、父は当然出兵していた。

 父から聞いたことは無い。だが、他の華族の人からこう聞いたことが有る。父は前線には出ず、後方で街への飛び火を防いでいた、と。飛び火しそうになったことは確かに幾度か有ったという。稀に起きる其の状況で、父は尽力したそうだ。其の結果、市民への被害を零にした。世間的に見れば、評判は良い。勲章まで授かった。だが、俺から見れば、父はそんな風には見えなかった。前線に出なかったことは裏を返せば、命を捧げなかったということではないか。他の華族に対しても誇れることではないと思うことも有る。

 愚痴は()そう。其れで、父は戦争が終結して間も無く此の世を去った。確か、三十九頃だったか。嘗ての事は知らないが、体が弱く、持病が有ったそうだ。

 葬儀の日、俺は父の遺した刀を初めて手にした。其の重みは今も確かに覚えている。十五歳だった俺は亡き父の後を追い、当主となった。其の日は酷い雨で、昼間だというのに暗かった。

 此の日の姉さんの表情(かお)も覚えている。口は堅く結ばれ、其の眼は悲し気ながらも強さを感じた。ただ、何処(どこ)を見つめていたのか、分からない。少なくとも目前ではなかった。何処か遠くを、そんな眼をしていた。姉さんは昔から頼りになる人だ。俺は何か有れば、姉さんの元へ行った。俺を気遣ってか、其の日、立ち尽くしていた俺の肩を軽く叩いた。そして――いや、此の日の話はもう良いだろう。あまり関係は無いし、聞かせることでもない。



 其の年の神無月の二十六日、俺は初めて鹿鳴館に赴いた。姉さんも一緒にだ。初めてあの大広間(ホール)を見た時は流石に驚いた。其れで、挨拶をしなければならない人は数える程しか居なかったから、姉さんと俺は上の露台(バルコニー)洋盃(グラス)を片手にゆっくりしていた。

 俺は何となく下方の大広間を眺めていた。優雅な曲に何組かの男女が踊っている。

「気になるの?」

「・・いや、特に意味は無い。」

「然う。ふふ。」

「・・?」

振り返ると、姉さんは愉し気に笑っている。

「一緒に踊りましょう。」

「・・・」

姉さんは持っていた洋盃を近くの洋卓(テーブル)に置くと、直ぐに階段を降りて行く。俺は茫然としていたが我に返り、其の背を追った。

 下に行くと、姉さんは既に踊る場所に居た。其れを見つけ、傍に行くと、依然として笑っていた。そして、そっと手を差し出され、俺は其れを握り返した。然うして、姉さんと俺は節奏(リズム)に合わせて踊り始めた。

如何(どう)?」

「・・・嗚呼。」

此の時の姉さんは、今までで最も美しかっただろう。屡々(しばしば)袖が捲れ、現れる腕、細い首筋、降り注ぐ装飾電灯(シャンデリア)の光に反射する色白の肌が視界に入る。微かな陰影が其れを際立たせた。赤みがかった黒の長髪は揃って、しかし、美しく乱れる。そして、其の眼を真っ直ぐに俺に向けてくる。ただただ、姉は綺麗で、愉快そうであった。



 其の後、姉さんと俺は屋敷に戻る為、玄関(エントランス)に向かった。だが、扉の横に女性が一人、立っていた。其の女性は足音に気付いたのか、振り返り、俺等の方を向く。

 端整な顔立ちをした人だった。整えられた黒髪は真っ直ぐに下に伸び、華奢な(からだ)をしていた。(まさ)に美しさ其の物だった。

「お名前を、お伺いしても?」

「・・・!・・山城結城と申します。」

俺はあまりの美しさに見惚れてしまっていたが、慌てて名乗り、頭を下げる。次いで、姉さんも名乗り、礼をした。

「山城結城様、結衣様。素敵なお名前でございますね。」

其の女性は、然う言うと微笑んだ。

「あな――」

突然腕を引っ張られ、体勢を崩してしまう。何事かと思えば、姉さんだった。其の儘、姉さんと俺は出て行き、馬車で戻った。其の人のしっとりとした声は頭から離れなかった。そして、最後に、女性の口が動いた様に見えたが、聴き取ることなど当然出来なかった。


連載小説8本目をお読みいただきありがとうございます


更新がありましたら、お読みいただきたく思います


また、意見等ありましたら、遠慮なくお声かけください

お待ちしております

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