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いよいよ第2節の始まりです
彼らの日常はさらに熱を帯び、物語は深化していきます
引き続き第2節の前書きでも必要な際は単語の説明を行います
今回は単語の説明はありませんので、このままお進みください
神無月の二十六日が終わり、再び仕事漬けの日々が始まる。
鹿鳴館で染音を残し、立ち去った時から染音を見ていない。寝ていても一目見ようと染音の部屋に向かうのだが、姉や侍女に止められてしまう。何でも、鹿鳴館で辛い思いをしたらしく、其の夜は泣いてしまったらしい。
姉が対応というか、面倒を見た様で、一安心・・は出来ないが、大丈夫だろう。しかし、相当傷は深いらしく、此の一週間ずっと塞ぎ込み、殆ど食事もとらず、泣き続けていたという。
「お帰りなさいませ、結城様。」
「嗚呼、只今。」
今日は普段よりも早い午後七時頃に戻ることが出来た。其れも、晴風少佐のご厚意のおかげだった。染音の事を聞かれ、状態を話すと、『そんな事なら今日くらい早く帰ってやれ。俺等でやっておく。』とおっしゃったのだ。
俺は侍女に染音の事を尋ねる。
「染音お嬢様はお部屋に。」
「然うか。其れと、姉さんは居るのか。」
「結衣様でしたら、軍の方へ。」
「軍?」
「はい。暫く、染音お嬢様はそっとしておく、とのことで。」
「然うか。」
荷物を侍女に預け、染音の部屋に行った。
染音は寝台で布団を被っていた。
「染音?」
「!・・・結城・・さん・・・」
染音はゆっくりと上体を起こし、俺の方を見たが、直ぐに俯いてしまう。
「姉さん達から話は聞いた。此の一週間、辛かったな。悪かった。ずっと一人にして。」
「・・・本当は・・ずっと・・」
「如何した。」
「・・私は・・・ずっと独りでした・・・ここに・・私の居場所は・・・ありません・・・」
染音の頬を涙が伝う。嗚咽も、喘ぎも無く、ただ静かに。
「染音が責任を感じることはない。」
「・・・でも・・」
染音の横に座り、片腕でそっと抱き寄せた。
「!」
「安心しろ。」
「・・・駄目です・・・私は・・」
其れでも、染音は俺に背を向けようとし、顔を背ける。
「染音も家族だ。」
「!・・・駄目・・です・・・」
「何故だ。」
「・・私・・・」
其れから染音が話したことは、まだ聞いていないことだった。
小さな声で涙ながらに、あの日、そして此の一週間の思いを話す染音は何と弱弱しく、俺が離れたら崩れ落ちてしまう様だった。仕事ばかりしていた俺は・・・気付いてやれなかった。
如何言えば良いのか分からない。
やはり、染音をこんな所に連れてくるべきではなかったのだろうか。
染音は、市民として、自由な方が良かったのか。
然うすれば、染音は苦しまずに・・・だが・・
俺は頭を撫でてやった。そして、大丈夫だと言い聞かせた。
結城の仕事漬けの日々は続く。
其の日、結城と話したことで、染音の気持ちは幾分楽になり、落ち着いてきた。
数週間経った頃。既に霜月の中浣で、雪が降り始める時季だった。此の日は明朝から降り、地にはうっすらと積もっていた。
朝食を済ませ、部屋で一度落ち着いた染音は、午前中結衣の部屋を訪ねた。
「何か用? 仕事中だから早めに済ませて。」
「!・・はい・・あの・・・次の鹿鳴館は・・・ありますか・・?」
「当然よ。一度限りという訳が無いでしょう。次に行くのは弥生の十日ね。」
「・・あの・・・」
「早くしなさい。」
「! はい・・・あの、もう一度・・だけ・・・社交舞踊を・・・教えてください・・」
結衣は突然走らせていた洋筆を止め、暫く動かなかった。
「もう一度、社交術を?」
「・・はい・・・」
「嫌よ。」
「!」
冷たく言い放つと、洋筆を置き、立ち上がる。そして、染音の方を向くと、結衣は腕組みをした。
「何故か分かるかしら。」
「・・私が・・全然・・・」
「然う、よく分かっているわね。貴女に幾ら教えても、全く出来ないのだもの。」
「・・・でも・・次は・・・ちゃんと――」
「無理よ。幾ら練習しても、出来る様にはならないわ。其れに・・」
結衣は一度大きく息を吐いた。
「次、普通に踊れたとして、先日の貴女の行いが帳消しになるなんて、考えていないわよね。」
「!・・・」
「はぁ・・呆れたわ。そんな訳が無いでしょう。貴女はずっと恥晒しの儘なのよ。」
「・・・」
「時間の無駄ね。だから、貴女は何もしなくて良いわ。もう一度、恥を掻けば良いのよ。ただし、自ら山城の姓を名乗らないようになさい。貴女は、山城家の人間ではないから。」
「!・・・」
染音は体を震わせ、小さく頷いた。
結衣は再び溜息を吐くと、染音の目前まで寄った。
「其れから、私の部屋には決して入らないこと。今回は知らなかったでしょうから、赦すけれど、金輪際入らないで。貴女の所為で、部屋が汚れてしまうわ。」
「!・・」
染音は亦小さく頷くと、震える手で把手を握り、扉を開ける。外へ出ると、閉める前に、俯いた儘、頭を下げた。
気付けば、卯月の上浣になっていた。結局鹿鳴館後も染音と話すことが出来たのは数える程しか無かった。そして、あんな事を言っておきながら、弥生の十日の鹿鳴館で亦染音を一人にしてしまった。少佐ではないが、軍関係者との話が有ったからだ。ただ、後から姉や侍女から話を聞いた限りでは、前回程酷くはなかったらしい。また、染音は先に帰ると予め聞いていた為、心配することも無かった。
此の日も夜の十一時頃に屋敷に戻ってきた。侍女に荷物を預け、染音の部屋へ様子を見に行く。
染音はまだ眠っていなかった。窓辺の椅子に座り、外を眺めている。
「!・・・結城さん・・!」
染音は嬉しかったのか、小走りに向かってきて、俺に抱き付いてくる。
「まだ寝ていなかったのか。」
「・・はい・・・桜が綺麗だったので・・・」
然ういえば、裏庭に桜木が数本有ったか。
「・・あの・・」
「如何した。」
「・・前に・・結衣さんの部屋に行ったら・・・部屋には入るなって・・怒られてしまって――」
「部屋に入ったのか。」
「!・・・はい・・」
俺は驚いてしまい、少々大きな声で染音の言葉を遮ってしまう。染音はびくっとし、下を向く。そして、ごめんなさい、と呟いた。
「・・私だから・・・ですか・・?」
「いや、俺も然うだ。」
「!・・結城さんもですか・・・?」
「嗚呼。だから、俺も姉さんの部屋には入らない。一度だけ、知らずに入ったことが有る。其の時は酷く怒られたものだ。侍女も同じだ。許されているのは、薪を運び込む時だけらしいが。」
「・・そう・・・なんですね・・・」
「特に変わった物が有った訳ではないと思うが、其ればかりは分からない。」
何時しか其の約束は当たり前の事となり、俺は全く意識していなかった。大した事ではないと思うが、機会が有れば、聞いてみても良いだろう。
「然うだ。一週間後に一日、休みが取れるだろうから、街を巡ってみようと思う。如何だ。」
「!・・本当・・ですか・・・!」
「嗚呼。久方振りに染音と過ごせる。」
染音は嬉しそうにし、抱き付く腕に力を入れてくる。力を入れると言っても、染音の場合僅かなものだが。
連載小説7本目をお読みいただきありがとうございます
物語は第2節に入りました
今後の展開にご期待ください
引き続きお読みくださると幸いに思います
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お待ちしております