ー9
単語の説明はありません
※注意※
本文中一部、読者様の表示設定によっては文字が正しく配列されない場合があります
ご了承ください
[前回のあらすじ]
高等科へ進学し、初めての夏を迎える頃、図書堂へ向かう染音は二人の女学徒、滌堂院と久城に引き留められる。
初め、滌堂院は微笑みつつも、香月家そして山城家への不満を語るのだった。そして、滌堂院は染音に釘を刺し、久城もまた滌堂院に関して忠告をした。
また、相変わらず鷯の母とは上手くゆかない生活が続いていた。学院を休みがちであった染音は、鷯と神社へと出かけた。そこで、染音は鷯に、接吻しても良いか尋ねたが――
――接吻、しても良いですか・・?
其の日の夜。
「・・・」
編み物をしていた染音は、深く息を吐いた。
翌日も染音は学院を休み、自室で編み物をしていた。椅子に座る染音の足元では、樰が伏せ、大きな欠伸をする。
突然、扉を叩く音がし、染音は肩を震わせた。入って来たのは、鷯の母であった。
「学院をお休みになって、何をしているかと思えば・・・」
「・・ごめんなさい・・・」
鷯の母は大きな溜息を吐いた。
「・・・何か、ご用――」
「昼食のお時間でしょう。態態私が呼びに来て差し上げたというのに、失礼な方ですのね。」
「ごめんなさい・・・」
「侍女が皆手を離せないというので、私が来て差し上げましたの。侍女も所詮市民ですし、然程役に立ちませんわね。」
「!・・・」
「其れは然うと、以前から少々気になっていましたけれど、其方の箱には何が入っていますの?」
鷯の母は、机の横に立て掛けられている長く四角い箱に視線を向ける。
「あの・・何か大切な物らしくて・・・開けたことが無いので、詳しくは・・・」
「では、ご存じでないのですか?」
「・・・ごめんなさい・・」
「・・・・」
鷯の母は暫く黙り込んでしまった。
「・・然うですのね。兎に角、早く来なさい。」
「・・・はい・・」
染音は立ち上がると、棒針と糸を椅子に置き、樰の背を撫でてやった。そして、鷯の母の背を追った。
元来の休日が過ぎ、染音は再び学院へ行った。
休んでしまった際の課題等について先生と話し、終えた頃には六時を回ろうとしていた。荷を整理しようとするが、六時には図書堂を始め、殆ど全ての教室は施錠されてしまう為、染音は校舎を出て直ぐの場に有る木椅子に腰掛けた。
幾らか取り出し、改めて目を通していくが、ふと聞こえる足音に染音は手を止めた。間も無く、校舎から二人の女学徒が出て来ると、二人は其の足を止める。
「まぁ、染音さん。」
「!・・滌堂院さん・・・其れと・・久城さん・・・」
染音は数瞬の後、慌てて小さく頭を下げた。
「お隣、失礼致しますわ。」
鞄を久城に預けると、滌堂院はそっと腰を降ろした。そして、久城にもう一方の木椅子に座るよう促した。
「・・いつも、一緒に居るんですか・・・?」
「ええ、久城さんは私よりも優秀な方ですもの。」
滌堂院が久城を一瞥すると、久城は背を伸ばし、小さく頭を下げた。
「改めまして、其の様なお顔をなさって、如何しましたの。」
「!・・・其れは・・」
染音は俯きながらも、先日鷯と出掛けた際の事を話した。
「・・・其れで、断られてしまって・・・」
「当然ですわ。」
「・・・?」
「華族が其の様な行為をするものではありませんわ。市民の低俗がする淫らな行為ですもの。」
「!・・でも・・・」
「お分かりでないのね。恐らく、染音さんは何方かと似た夢をご覧になっているのでしょう。」
「・・・?」
滌堂院は徐に久城へ手を差し出した。久城は鞄から紙切れ――少々小さく綺麗に切断された物――と洋筆を取り出し、滌堂院に手渡した。其れ等を受け取ると、滌堂院は洋筆を素早く動かし、直ぐに久城へ渡した。其の際、明後日までに手配なさい、と囁いた。
久城は紙面を確認すると、滌堂院の鞄を返した。そして、立ち上がると、礼をして走り去った。
「では、私共も行きましょう。お送り致しますわ。」
「!・・・有難うございます・・」
屋敷に着くと、染音を降ろし、滌堂院は微笑みと共に手を小さく振った。口元の紅が印象的であった。
「・・・染音さん。」
「・・はい・・・」
自室に向かおうとする染音を、鷯の母が制止する。其の表情は険しいものであった。
「滌堂院様にお送りいただくとは、一体どの様な風の吹き回しですか・・!」
「・・・偶然会って――」
「然う言う事ではありませんわ。如何しましょう。三百、いえ、五百・・・けれど、多すぎてはやはり・・」
鷯の母は頬に手を当て、独りでに悩み始め、何か呟いている。
暫くすると、侍女を呼び付けた。
二日後、染音が学院から屋敷へ戻ると、鷯の母が染音の元へ駆けて来た。
「染音さん、貴女は一体何をなさったのですか。」
「・・・?」
小声ではあるものの、切羽詰まった口調であった。
「兎に角、応接室へお急ぎになって。」
鷯の母が染音の鞄を半ば強引に取り、促した。
応接室に入ると、奥の長椅子に女学徒が座っていた。其の女学徒は直ぐに立ち上がり、礼をする。
「久城と申します。」
「・・・」
染音は小さく礼をし、恐る恐る手前の長椅子に座る。其の後、久城も腰を降ろした。
「・・今日は何か・・・」
「此方を。」
久城は鞄から封を取り出し、洋卓に置き、染音へ差し出した。染音はそっと手に取り、便箋を取り出した。
『 書物を沢山お読みになって、随分とお疲れでしょう。
染音さんの為に、目のお薬をご用意致しました。
此方をお使いになって、どうぞ目をお覚ましなさい。
滌堂院 』
「・・・」
染音が何も言わずに居ると、久城は小さな木箱を洋卓に置いた。
「・・其れは・・・」
「此方がお薬でございます。」
久城が蓋を開けると、中には柔らかな布上に寝かせられた小瓶が有った。其の小瓶には透明な液体が入っている。
「・・・でも・・お薬とかは一度も・・・・」
「ご安心ください。私が致しましょう。」
小瓶を手に取り、久城は其の栓を外すと、栓を布上に置いた。そして、立ち上がり、染音の傍に行った。
「お顔を。」
「!・・あの・・・」
久城が染音の顎に手を当てると、染音は肩を震わせた。
「あの・・・自分で・・」
「ご自身では少々難しいかと。」
「・・・でも・・」
「さぁ。」
手に力を込め、久城は染音の顔を上方へ向けた。
「少々の辛抱でございます。目をお開けください。」
「・・・」
染音は目を細く開ける。其の瞼は震えていた。
久城は小瓶を静かに傾けてゆく。
「ご忠告致しましたのに。」
35本目をお読みいただき、ありがとうございます
引き続き、更新がありましたら、お読みくださると幸いに思います
また、前回出来る限り早く投稿すると申し上げたにも関わらず、再び間を空けることとなってしまいました
申し訳ございません
質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください
お待ちしております
今後ともよろしくお願いいたします