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[前回のあらすじ]
神社で結城は皆と共に、姉である結衣の土葬をする。
結城と染音との関係はいまだに良いとは言えないものだった。顔を合わせず、互いに口を聞かない日々が続く。
そんな中、染音の体調不良を聞きつけ、結城が学院へ迎えに行く。
だが、そこでも、結城と染音との思いがすれ違ってしまう。
染音の体調が回復したのは四日後のことであった。此の日の朝、染音は更衣を済ませ、侍女と共に学院へと向かった。
「染音お嬢様?」
「・・・?」
「暫く、お尋ね出来ませんでしたが、何故あの日、お一人でお戻りになったのです?」
「!・・それは・・」
染音が話すと、侍女は小さく、然うですか、と答えた。
「・・私はただ・・・結城さんは、私の事が嫌いなのに・・どうして来たのかなって思っただけで・・」
「結城様が染音お嬢様を・・? その様な筈がございません。大切に想っておられます。結城様が口にするのは、染音お嬢様のご心配ばかりでございますから。」
「・・多分・・侍女のお姉さんだからです・・・結城さんは優しいから・・言わないだけです・・・言ったら、みんなが悲しむから・・」
「お優しい結城様でしたら、染音お嬢様をお嫌いになるなどということはないのではありませんか・・」
「・・・」
染音は小さく首を振った。
「・・優しくても・・あんな事を言ったら・・流石に、嫌いにもなります・・・それに私は・・」
「・・・」
暫く、二人は無言になり、雪を踏む音だけが響く。
「染音お嬢様、此の様な時に申し上げるのは失礼でございますが・・」
「・・・?」
「今日は屋敷へお戻りになる前に、振袖を調達しなければなりませんので、其方へ行きましょう。」
「・・振袖・・?」
「はい。年が明けた睦月の二十三日にお会いしなければならない方が居らっしゃるのです。」
「・・・分かりました・・」
年が明けたからといって何かが変わる訳でもない。連日雪は降り、夜は酷く冷え込む。学院は数週間の冬季休業を経て、再開していた。学院へ迎えに行ったあの日を最後に、亦染音を見ない日々が続く。染音の様子は屡々侍女から聞いていたが、侍女の曇った表情や口調から、染音はあまり元気が無い様だ。気温の低さによる体調不良という訳ではないらしく、やはり精神的に疲れてしまっているのだろう。染音に嫌われているからといって、染音が如何でも良い訳ではない。染音の事は心配であり、侍女にも迷惑を掛けてしまっていることも申し訳無く思う。染音を変わらず愛しているものの、其れを伝えた所で逆効果だろうし、そっとしておく他は無い。
睦月の二十一日、此の日も仕事の為、軍へと赴く。そして、例の様に熟してゆく。
気付けば昼になっていた。一通りの仕事を終えた俺は伸びをする。
「志布志さん、食堂へ行きませんか。」
「はい、是非。」
鷯さんと俺は食堂へ行き、向かいあって座ると、各々注文した物を食べる。
「・・先日、と言いましても、昨年の神無月ですが、ご気分を悪くしてしまったのなら、申し訳ございません。」
「鹿鳴館の事でしたら、本当に宜しいのです。山城少佐に染音さ――いえ、ご令嬢との舞踊に誘っていただいたことは、嬉しく思いますし、ご令嬢のご気分もお察し致しておりますので。」
「・・然うですか。」
「一つだけ、宜しいですか。」
「何でしょう。」
「本当に、私で宜しいのでしょうか。私などよりも優秀な方は多々居らっしゃいます。志布志家より、高貴な華族の方も居らっしゃいます。私などでは、山城少佐のご令嬢には、不釣合でございます。」
「・・いいえ、貴方しかおりません。大切なのは、家督などではなく、幸福であることです。」
「・・・・」
二日後の睦月の二十三日、今日も雪は深々と降り続く。
「染音はまだか。」
「直ぐに参ります。」
玄関で待つこと数十分、侍女と共に染音が部屋から出てきた。染音は薄い桃色の振袖を着ていた。袖には流れる滑らかな金色の細い曲線が数本、刺繍を施されていた。髪は櫛で結われ、薄化粧が、染音を一段と可愛らしく見せる。
外に出ると、志布志家の馬車が待っていた。志布志家の侍女に礼を言い、乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
志布志家の屋敷は遠かった。雪道だということも有るだろうが、一時間以上もかかった。
侍女に案内され、屋敷に入ると和室に通された。和室には鷯さんと其の両親が居た。挨拶をし、暫く話をした――染音は終始俯き、何も話さなかったが――
「では、私共は此の辺りで。」
「然うですね。」
「後はお二人にお任せしましょう。」
俺は鷯さんに挨拶をし、鷯さんの両親と共に別室へと移動した。襖が閉まる前に、染音を一瞥すると、哀し気な目をしていた。
「・・染音さん、私との婚約は嫌ですか?」
「!・・・」
染音は小さく首を振った。
「断ることが出来るのは、今が最後です。私は、其の様な暗い面持ちの染音さんとの婚約など、喜ぶことは出来ません。」
「・・・断ることなんて・・・出来ません・・結婚・・・させてください・・」
「私の母は、染音さんを迎え入れることではなく、山城少佐のご令嬢と婚約することで志布志家が安泰になることを喜んでいます。父も、婚約自体を喜んでいるに過ぎません。染音さんを真っ直ぐに見ているのは山城少佐だけです。其れでも、宜しいのですか。」
「・・・はい・・」
六日後の夜、式を明日に控えていたことも有り、落ち着かなかった。明日には、染音は此の屋敷を出て行ってしまう。然う思うと何もせずには居られず、染音の部屋に向かった。
扉の前で一度深呼吸をした。其れから、扉を数度叩き、染音、と名を呼んだ。返事は無いが、耳を澄ませば、衣擦れの音がする。
俺はもう一度深呼吸をした。
「体調だけは、気を付けるように・・・染音、立派な大人になったな。」
暫く待てども反応は無かった。俺は背を向け、中央階段を降りてゆく。
だが、其の時、背後から扉が開く音がし、足音がした。
「っ・・・結城さん・・」
「・・・」
俺は歩みを止めるが、決して振り向かなかった。
「・・結城さん・・・私は――」
「明日は朝早い。もう寝ると良い。」
染音の言葉を遮り、俺は再び歩き出した。
自室に入り、扉を閉めようとした時、其処に侍女が居ることに気付き、手を止めた。
「結城様。」
「ん・・」
侍女が気を利かせてくれたのだ、紅茶を淹れ、差し出してくる。俺は両手で其れを受け取った。
「染音と話したいことが有れば、今夜済ませておくと良い。」
「伝えておきます。」
侍女は深く礼をした。其れを見届け、扉を閉めた。
参ったな。今夜は、眠れそうにない。
31本目をお読みいただき、ありがとうございます
引き続き、更新がありましたら、本作品をお楽しみください
少々悩んでしまいまして、もう少しもう少しと考えていたら、前回の投稿から一週間以上も経ってしまいました
楽しみにされていた方もいらっしゃると思います
お待たせしてしまい、申し訳ございません
質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください
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