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華族と家族  作者: どばどば
終節 月下美人
30/37

ー4

単語の説明はありません


[前回のあらすじ]

 軍病院から連絡が入ったその日、染音の元へ行った侍女から告げられた事実。

 ついに、結城の姉、結衣が息を引き取ったのだった。

 なかなか受け入れられない染音と侍女は揉めてしまい、結城は侍女達に三日間の休養を取らせることにした。

 結城は自室で一人になると、軍病院で見た姉の姿を思い浮かべ、結衣の髪束を見つめる。


 翌日の午前、俺は侍女、染音と共に神社へ向かった――染音は侍女や俺から離れて歩いていたが――先ず、宮司様と話をした。其れから、殿の一室に運ばれていた姉を横抱きし、境内を歩いてゆく。皆も共にだ。



 ある一本の桜木の前で立ち止まる。そして、姉をそっと地に寝かせた。俺は立ち上がり、侍女や染音の名を呼んだ。侍女は姉の傍に行くと礼をして、正座をする。初め、染音は俯いた儘反応しなかったが、暫くして、姉の元へと歩いていった。侍女は立ち上がり、深く礼をした。代わる様に染音が傍に横座りをする。姉の顔を見つめる染音の目に涙が浮かぶ。だが、地に手を突き、染音は堪えている様だった。



 桜木の根元を、根に気を付け、穴を掘った。そして、宮司様から水を含ませた(しきみ)の枝葉を受け取り、姉の唇にそっと当て、其の唇を湿らせる。静かに深呼吸をし、再び姉を横抱きする。そして、掘った穴の底に姉を寝かせ、髪や服を整える。此れで、手を離せば、二度と姉に触れることは出来ない。俺は一度目を閉じ、手を引いた。其れから、姉の胸元に小刀を置き、掬鋤(すくいぐわ)を手に取った。

 土を、少しずつ、かけてゆく。姉の身体が、色白な肌が、隠れてゆく。土をかけてゆけばゆく程、胸が痛んだ。次の土をかけようとした瞬間、手が止まってしまった。此の一杯をかければ、姉は完全に見えなくなってしまう。俺には、耐え難かった。だが、其れ等を払拭しなければならない。俺は、震える手で、土を放った。



 残りの土を被せ、最後に掬鋤で地を軽く叩き、地を固める。

 然うだ。人は、こうして、死んでゆくのだろう。俺は自分自身を、後悔を恨んだ。



 あの日、姉が見送ってくれた最後の朝、あの抱擁と接吻が、姉と交わした最後の愛。姉が望んでいたのなら、一度でも多く、姉を抱擁し、接吻をしてやれば良かった。学生時代、姉を拒まず、一日でも多く、手を繋いでやれば良かった。僅か一秒でも、早く屋敷に戻れば良かった。姉が嬉しく思うのなら、望んでいたのなら、性交までもしてやれば良かった。俺は、何もしてやれなかった。姉の愛を受け取ってばかりだった。

 姉さんからは、俺はどの様に見えていたのだろう。俺から見た姉さんは、とても頼りになって、優しくて、愛に溢れていた。姉さんは、自身の愛を穢れた愛だと言う。だが、決してそんな事は無い。純粋で、温かくて、安心出来る、そんな愛だ。俺が小さい頃から、姉さんは何かと俺を気に掛けてくれた。何か有った時、姉さんは俺を優しく包んでくれた。自慢だった。姉さんは美人で、勉学も出来て、とても優しい。俺は幸せ者だ。姉さんと共に過ごせたことを嬉しく思う。

 其れと、今は染音と少し揉めてしまっている。心配をかけて悪い。だが、今の染音を見れば、きっと驚くだろう。染音は随分と立派になった。自分の意思で一歩を踏み出し、一人の大人になったのだ。何時か屋敷を出て、生きてゆくことになっても、今の染音ならば、大丈夫だろう。

 暫く姉さんを一人にしてしまう。だが、俺は役目を果たした後、近々姉さんの元へと行く。

 其れまで、待っていてほしい。



 其れでは、再び会う時まで。



 姉さん、左様なら。



 其の日から四十九日、出仕しないこととなった。

 侍女が居ない三日間、侍女に貰った助言を元に、食事の準備や掃除など、全て俺がやった。普段侍女がやっていることを自らやると、其の苦労が分かる。侍女に改めて礼を言おうと思った。其の一方で、染音を一切見ていない。食事を用意するのだが、染音は其れを口にしなかった。数日間も何も食べていないことで、染音の体調が心配であった。



 休暇から戻って来た侍女は皆、大分落ち着いたのだろう、顔色が良くなった様に見え、其の三日間が多少也とも役に立った様で安心した。其れから、侍女によれば、其の翌日に染音が泣いて謝りに来たのだという。兎にも角にも、侍女と染音との関係が良くなったのならば、一先ず安心といった所だろうか――相変わらず、俺には姿さえも見せないが――



 気付けば夏は過ぎ去り、長月になっていた。四十九日を終え、染音は以前の様に学院へ通い、俺は軍へ行き、平穏な日々を送っていた。軍の再編成以後、共に第二隊の配属となった志布志(りょう)さんを屡々(しばしば)食堂へ誘い、昼食を共にしていたことも有り、随分と親しくなったと思う。鷯さんはとても丁寧な口調で、博識な人だった。

 そんな折、鷯さんからという訳ではないが、軍内部で、晴風元少佐が獄中自害したという情報を耳にした。例の件も有り、無視は出来ないが、態態(わざわざ)侍女等に言うことでもないと思った。



 十月の下浣には染音と共に鹿鳴館へと赴いた。御前(ごぜん)中将は俺を気遣ってくださった様で、鹿鳴館への参列の有無を尋ねられた。何時までも気を遣ってもらうのは、頭が下がるがあまり気分は良くない。そして、何時までも言い訳など出来ないと思い、参列を決めた。染音の気分転換になるだろうとも思ったが、()しかすると、染音は嫌だったのかもしれない。馬車の中でも、鹿鳴館でも俺と少々距離を取り、ずっと背を向けていた。其の所為(せい)で表情は全く分からない。一応、俺が動けば、連いて来る。

 露台(バルコニー)に上がると、染音は(また)庭を眺める。深淵を思わせる濃青色の飲み物が注がれた洋盃(グラス)を両手で握っていた。

 暫くして、俺は染音を残し、階下に行った。鷯さんを見つけ、話をする。少々無理強いをしてしまったかもしれないが、染音と舞踊をやってくれるよう頼むと、快く承諾してくれた。だが、鷯さんが露台に行った儘戻って来なかった。恐らく、染音が原因だろう。こんな時に、染音に踊らせようとした自分を恥じ、鷯さんに申し訳無く思った。



 此の冬は大分冷える。霜月に入ろうかという時期に、雪が舞い始めた。例年よりも早く外套が必要になったことに少々苛立ちながらも、此の冬を越せば、春が来ることが楽しみであった。

 師走のある日、仕事をしていると学院から連絡が有った。如何(どう)やら染音の体調が優れず、医務室で休養しているらしい。講義へ戻ることは難しく、早退させることにした様だ。侍女に迎えに行ってほしいが、此の雪の中馬車を出すというのも、徒歩というのも大変であろう。屋敷へ連絡をし、隊の人達にも事情を話し、仕事を抜けた。学院に着くと、門の所に愛馬を残し、女子部の校舎へ入る。担当の先生と軽く話をし、染音を引き取った。

「乗れるか。」

愛馬の近くまで行き、然う尋ねる。だが、染音は何も言わない。一度染音の額に手を当てる。少々熱く、顔も赤い。

「徒歩では時間が掛かる。やはり乗馬した方が良い。」

「・・・歩きます・・」

「・・然うか。」

気は進まないが、本人が然う言うのでは仕方無い。染音の歩調に合わせ、帰路につく。

 其の途中、俺は気付いた。

「手袋と襟巻(マフラー)を新調したのか。」

「!・・・」

以前使っていた物とは異なる、濃い青黒色の手袋に襟巻をしていた。染音は、顔を僅かに反対側へ向けた。

「・・染音?」

「・・・何で・・結城さんが来たんですか・・・?」

「来ない方が良かったのか?」

「!・・それは・・・一人で・・大丈夫です・・・」

「っ・・然うか。此処(ここ)まで来れば屋敷まで然程(さほど)距離は無い。」

「!・・ぁ・・」

俺は乗馬し、其の場を去った。体調を崩した染音を一人残すのは心配だった。否、そんな事をするのは、間違いなのだろう。だが、俺が居ることで、染音が嫌な思いをするのなら、居ない方が良い。











30本目をお読みいただき、ありがとうございます

引き続き、本作品をお楽しみください


また、質問、意見、感想等ありましたら、ぜひともお寄せください

お待ちしております


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