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華族と家族  作者: どばどば
第1節 華の咲く場所
3/37

ー3

単語の説明です。


・礼節

  立ち居振る舞いの作法。


・少佐、准佐

  軍の階級。本作品では、上位から数えて少佐は7番目、准佐は8番目の階級。

 翌朝、結城はいつも通り屋敷を出た。結城の姉は其の頃、染音の部屋に行った。

 染音はまだ眠っていた。姉が窓掛を開けると部屋は一気に明るくなり、染音にも其の光が当たった。



 其の時、扉を叩く音がし、侍女が入ってくる。

「失礼致します。」

「お早う。」

結衣(ゆい)様、お早うございます。お部屋にいらっしゃらなかったのですが、此方(こちら)に居らしていたのですね。」

「ええ、染音の様子を見に来ていたの。それで、暖炉をお願い出来るかしら。今朝も冷えるわ。」

「かしこまりました。」

侍女は膝を軽く曲げ、礼をしてから、暖炉に薪をくべて火を点けた。僅かに音を立て、火は、少しずつ大きくなっていく。同時に、衣擦れの音がし、寝台の方を見ると、染音が上体を起こしていた。

「後は任せて。」

結衣が然う言うと、侍女は先程と同様に礼をしてから、部屋を出た。

 染音は目を擦り、欠伸をした。

「漸く起きたのね。」

「・・・!」

染音は声の主に気付き、驚いた様だった。

「全く、こんな時間まで寝ているなんて、みっともないわね。」

「・・・ごめんなさい。」

「・・其れが人に謝る態度だなんて信じられないわ。其れは其れとして、さっさと着替えなさい。そして、食堂に行って、朝食を済ませたら、地下室に来なさい。良いわね。」

結衣はきつく、そして、冷たく言い放った。染音は体を震わせ、俯いた。染音を一瞥し、結衣は部屋を後にした。



 染音は言われた通り、着替えた後、用意されていた朝食を食べた。地下室への行き方が分からず、侍女に案内してもらった。

「やっと来たのね。」

「・・・ごめんなさい・・」

「まぁ、良いわ。早速――と、言いたい所だけど、自己紹介がまだだったわね。私は結衣、結城の姉よ。」

「・・・あの・・わた――」

「知っているわ、染音ね。早速だけど、社交舞踏(ダンス)の練習をするわよ。」

「・・・社交・・舞踏・・・?」

「ええ、然うよ。」

「・・でも・・・どうして――」

貴女(あなた)は山城家に恥を掻かせるつもりなのかしら。」

結衣の其の怒気の籠もった声に染音はびくっとした。

「華族なら出来て当然。社交術なんて、基本中の基本よ。他にも、算術、裁縫、教養ね。学院に行っていない貴女には無理でしょうけれど。最低限の事は出来ないと駄目なのよ。結城は山城家の当主。たとえ、養子だとしても、当主の娘なら尚更よ。」

「・・・」

「全く、そんな歳にもなって何も出来ないなんて。」

「・・・ごめんなさい・・」

「兎に角、やるわよ。」

然うして、練習が始まった。



「何回も言っているでしょう。其処の歩幅はもう少し広く。」

「はぁ・・・はぁ・・・」

「手も全然駄目。指先まで意識しなさい。」

「・・・」

「此処で一度休憩ね。では、礼節の練習をするわよ。」

「!・・・でも・・・休憩――」

「礼節なんて如何ってことないわ。充分休憩よ。」

「・・でも・・息が――」

「口答えするの?」

「!・・・ごめんなさい・・」

「では、やるわよ。」



「只今戻りました。」

「お帰りなさいませ、結城様。」

「お帰り、結城。」

「姉さん、今日は怒鳴らないのか。」

俺は冗談混じりに言った。姉も軽く微笑んだ。

「華街にはもう行かないのでしょう。」

「嗚呼、染音が来たからな。此処二ヶ月は染音に会う為に行っていた様なものだ。」

「・・然うね。」

「とは言ったものの、今まで大分世話になったからな。時々挨拶にでも行こうと思う。まぁ、俺が行かなくなるのは、あの人達も薄々思っていただろうがな。」

「ええ、然うね。其の時は私も一緒に行くわ。」

きっと門の前まででしょうけれど、と姉は付け加える。

「其れで、染音はもう寝たか。」

「十一時だもの。当然よ。」

俺は一度様子を見に、部屋に行った。姉も一緒に、だ。

 染音は寝台でぐっすりと眠っていた。

「とても疲れている筈よ。朝から社交術の練習をして、午後は然うね、歴史と裁縫をやったわ。」

「朝から・・?」

「ええ、時間が無いのよ。一月(ひとつき)後には鹿鳴館に行くことになっているでしょう。算術や他の技能は諦めるしかないわ。最低限、此の國の歴史は教養として、裁縫は(たしな)みとして、必要だから。」

「・・然うだな。だが、無理だけはさせないように。」

「分かっているわ。心配しないで。」

俺は机や本棚を見た。昨日は無かったが、姉が用意したのだろう、本が大分有った。

「取り敢えず、俺も寝るとしよう。」

「然うね、私も寝るわ。」

姉と俺は染音の部屋を出た。

「其れと、結城。」

「如何した。」

「たまには早く帰ってくるのよ。でないと、染音が悲しむわ。」

「・・嗚呼、然うだな。」

「じゃあ、お休みなさい、結城。」

「嗚呼、姉さんも。」



 翌日も結衣は六時頃、染音の部屋に行った。今朝は既に侍女が暖炉に火をかけていた。

「あら、お早う。」

「お早うございます、結衣様。」

侍女は一度立ち上がり、礼をする。

「今日は早いのね。」

「ええ、結衣様がお出でになると思いまして。」

「助かるわ、有難う。」

「恐れ入ります。」

「朝食の方は?」

「もう直ぐ出来上がります。」

「然う。染音は、朝食を食べたら地下室に呼んでくれるかしら。」

「かしこまりました。」



「では、今日もやるわよ。一通り、昨日のお(さら)いからよ。覚えているわよね。」

染音は俯いた儘、一応、と小さく答えた。

 結衣は大きく溜息を吐いた。其れから、仕方無さそうに、節奏(リズム)を刻んで染音に踊らせた。

「一度()めて。」

「!・・・」

「全く駄目。昨日よりも酷いわ。といっても、昨日も変わらないわね。」

「・・・ごめんなさい・・」

「昨日教えたこと、覚えているわよね。言ってみなさい。」

「・・・」

「・・はぁ、呆れたわ。たった一晩で忘れるなんて。」

「・・ごめんなさい・・・」

「最初からやり直しよ。」

こうして再び、地獄の様な練習は始まった。



 午前の練習を終え、午後は十三時から裁縫をすることになっていた。

 だが、染音は三分遅刻し、結衣の叱責を受けることとなった。結衣の強い口調に、染音は体を震わせ、俯くほかなかった。

 染音の部屋には昨日から縫製機(ミシン)が置かれていた。既に其処には昨日裁断した布が置かれていたが、結衣は其れを手に取り、広げた。

「切り目が汚いわ。こんなのでは全然駄目。」

「・・・でも・・」

「でも、何。」

「・・・まだ、少ししか・・やったことがなくて・・・」

「其れで?」

「!・・・あの・・慣れてなくて・・・」

染音の頬に涙が伝った。

「私が教えたでしょう。其れでも、此の有様は、一体如何すれば良いのかしらね。」

結衣は溜息混じりに肩で一つ呼吸をし、仕方無いわね、と呟いた。



「・・はぁ・・・」

姉が俺の机の椅子に座り、魂まで抜ける様な深い溜息を吐いた。染音が来てから早三週間が経った。

「如何した。」

「・・もう三週間が経ったのに、まだ終わっていないのよ。」

「社交術か。」

「ええ、鹿鳴館に行く日まで二週間程しか無いのに・・」

「心配するな。俺が先導すれば大丈夫だろう。」

「然うかしらね・・いえ、結城を信頼をしていない訳ではないけれど、染音が心配で。」

「今までは出来ているのだろう。其の調子で出来れば問題無い。」

「・・然うね・・然ういえば、今日の仕事は? もう六時を回っているわよ。」

「今日は午後からだ。」

「あら、其れは丁度良かったわ。一度染音と踊ってほしいのよ。行く前に、ね。」

「嗚呼、然うだな。其れで、染音はまだ寝ているのか。」

「ええ、でも、そろそろ起きると思うわ。様子でも見に行く?」

俺は短く、嗚呼、と答える。



 姉と俺は部屋を出て、中央階段へ向かった。其の時、侍女が走ってきた。其の方向から、恐らく染音の部屋に居た侍女だろう。

「結衣様、結城様、大変です・・!」

「如何した。」

「染音お嬢様の体調が優れず、微熱もございまして・・」

「! 其れは大変だ。」

俺は走って染音の部屋へ向かった。姉も走ってきたが、侍女は別の所へ向かった。

 中に入ると、染音は当然ながら寝台(ベッド)で横になり、布団を被っていた。染音の名を叫び、直ぐに駆け寄る。そして、膝を突き、染音の手を握った。染音は起きているか如何か分からなかったが、小さく喉を鳴らしていた。

 暫くして侍女が来た。

「失礼致します。お薬とお水でございます。」

「嗚呼、有難う。其処に置いておいてくれ。其れと、染音は何時(いつ)頃からだ。」

「詳しくは・・・気が付いたのは今朝のことでございます。小さく唸っていたものですから・・」

「然うか・・」

「ただ、此処の所、少々食欲が無かった様に思います。お食べになることはなるのですが、残すことも少なからずございましたし・・お食べになるのに時間がかかっておりましたので・・」

「きっと疲労の所為(せい)ね。ごめんなさい、睡眠は確保していたつもりだったのだけれど。」

俺は染音の手を握る手に力を入れた。今はただ染音が心配だった。元々体力が有る訳でもない。取り敢えず、今は様子を見よう。俺は椅子を寝台の横まで持ってきて座り、再び染音の手を握った。



「・・・うぅ・・」

「!」

染音がうっすらと目を開けて、俺の方を見た。

「姉さん――」

部屋には既に、姉や侍女の姿は無かった。

「・・・結・・城・・・さん・・」

「染音・・! 大丈夫か。」

「・・・少し・・辛い・・です・・」

声はいつも以上に小さく弱弱しかった。表情も苦しそうで、呼吸は少し乱れていた。

 薬を飲ませる為、俺が支えてやりながら、染音は上体を起こした。だが、一人では起きていられず、俺に寄りかかる。染音の額に手を当てると、先程よりも熱かった。机上の薬と水を手に取り、染音に飲ませた。其れから亦横にした。

 染音は何かを探す様に手をゆっくりと動かし、俺の手に当たると、そっと握った。

「・・・ずっと・・どこに・・・」

「仕事だ。朝六時には此処を出ている。帰ってくるのは、特に遅い日は夜の十一時過ぎだ。」

「・・・一緒に・・いたい・・です・・・」

「然うしてやりたいのは山々だが、仕事だから仕方無い。特に俺の隊は夜遅い。」

染音は悲し気な顔をしたが、直ぐに目を窓の方に向けた。俺も窓の外を見ると、どんよりと曇っていた。雨が降るのか。今日は馬車だな。

「其れで、姉さんとは如何だ。」

「・・・! 結衣・・さん・・・ぁ・・様・・・?」

「『様』なんてつけなくて良い。」

「・・・」

「其れで、姉さんとは如何だ。」

「あの・・それが・・・」

「如何した。」

「!・・・上手く・・やれています・・・とても・・優しくしてくれて・・・」

「然うか、其れなら良かった。だが、悪い。相当無理をさせてしまったな。体調まで崩して。」

染音が、いえ、と答えるのがかろうじて聞こえた。

「取り敢えず、今日は此の儘安静にな。辛いかもしれないが、食事もしっかりとるように。」

「・・・はい・・ありがとう・・ございます・・・」

午前中はずっと染音の傍に居た。此の三週間は染音と会っていないも同然だ。染音が心配であったから、久方振りに話すことが出来たのは良かった。染音も嬉しそうにしている。



 気付けば、十二時を回っていた。俺は、染音の手をゆっくりと離して立ち上がった。

「・・・?」

「悪い、仕事の時間だ。」

「!・・・そんな・・あの・・・もう少し・・だけ・・・」

「此ればかりは如何しようもない。悪い。」

「・・・」

「だが、今日は早く帰ってくる。」

「!・・本当・・ですか・・・?」

「嗚呼。」

俺は染音の頭を軽く撫でてやった。染音は安心した様に目を閉じた。

 染音の部屋を出ると、侍女が軍服の上着を持って立っていた。其れを受け取り、馬車の事を尋ねる。既に準備は出来ているという。侍女が玄関の扉を開け、傘を差す。俺が馬車の所まで来ると、侍女が馬車の扉を開けた。一言礼を言ってから乗り込む。侍女は、行ってらっしゃいませ、と言い、其の扉を閉めた。

 程無くして、馬車は走り始めた。



「やぁ、山城准佐、今日は午後からだろう。」

軍の本部に着き、本舎に入ると直ぐの所に晴風(はれかぜ)少佐が居た。晴風少佐は俺の隊の上司だ。歳は二つ上で其れ程離れていない。昔から良くしてくれていた人だ。特徴という訳ではないが、兎に角剣術の腕は凄い。恐らく軍一の腕前だろう。

「ええ、然うです。」

「俺は午前で終わりの日だ。先に失礼するぞ。」

「はい、お疲れ様でした。」

少佐はひらひらと手を振って歩いて行った。俺は其の背に礼をした。



「全く、体調管理も出来ないのね・・」

「・・ごめんなさい・・」

結衣は染音の寝台の横の椅子に座り、脚を組み、腕組みもしていた。真っ白で綺麗な太腿が覗かせていた。染音は顔を窓の方へ向ける。

「こんな時に体調を崩して、如何するの。」

「・・・」

「言っておくけど、二週間後に鹿鳴館に行くことになっているのよ。」

「・・鹿鳴館・・?」

「ええ、華族の社交場よ。もう言わなくても良いわよね。」

「・・・」

「恥を掻かせないで。」



 此の日は午後六時頃に屋敷に戻った。染音は再び嬉しそうに、小さな手で弱弱しく俺の手を握っていた。何を話す訳でもなかったが、染音が一緒に居たいと言っていたことも有り、仕事に行く前の様にしていた。

 夕食の時には、持ってきてもらい、共に食べた――衛生的に良くないことは分かっていたが、染音を想うと傍に居てやりたかった――染音と共に食べるのは、染音が来た日以来で、三週間の事で、懐かしく思った。











連載小説3本目をお読みいただきありがとうございます


以前漢字表記に関する意見を頂戴し、再検討いたしました

しかし、作品の都合上漢字表記させていただくものが多数ありますので、ご了承ください


引き続き更新がありましたら、お読みくださると幸いです


また、ご意見等ありましたら、遠慮なくお声かけください

お待ちしております

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