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華族と家族  作者: どばどば
終節 月下美人
28/37

ー2

単語の説明はありません


[前回のあらすじ]

 先日、結衣に関して結城と揉めてしまい、すっかり気が滅入ってしまった染音。学院からも休養措置が取られ、屋敷で過ごしていた。

 およそ三か月後には結城が退院し、屋敷に戻って来た。そして、以前の様に結城と染音は抱き合った。

 その時、結城は染音が成長していたことを感じ、染音の後押しをしてやることを改めて決意した。


 日曜日、俺は神社へ赴いた。本殿の方へ行くことは少なく、久方振りであった。翌日から軍へ復帰することが決定していた為、其の前に気持ちの整理をしたかった。途中、巫女と挨拶を交わし、奥へと行く。

「おや、山城様、珍しゅうございますな。」

声をかけてきた其の方に礼をする。宮司様だ。常装(じょうそう)に身を包む姿は何時(いつ)拝見しても厳かなものであった。宮司様も小さく頭を下げる。俺は宮司様の元へ行った。

「お話は此方(こちら)まで届いております。さぞご苦労なされたのでしょうな。本日は其の事で来られた様で。」

「・・其の通りでございます。恥ずかしながら・・・」

宮司様は軽く笑い、俺は並んで境内を歩く。乾いた白砂利の音、緑葉を揺らす桜木も心地良い。やはり気を鎮めるには此処(ここ)が良いのかもしれない。

「此れ程広くては、四、五名での管理は少々骨が折れますでしょう。」

「先代から継いだ際は其の様に感じましたが、何しろ、御神の土地でございますから。宮司になり、気付けば五十年。良い意味で、慣れたというものです。」

「・・ええ。」

地が草に変わると、軽い、擦れる音が響く。陽光を反射する草が眩しい。

如何(どう)かなさいましたか、遠くを見つめて。」

「・・・いいえ。」



 染音に辛い思いをさせたくなかった。真っ先に、然う思った。華街と、此れでは、何方(どちら)が辛いのだろうか。染音は連れて来るべきではなかったのかもしれない。

 ・・以前も似た様な事を考えていた気がする。嗚呼、俺は変わっていないのか。情けない儘だったのだ。

 姉の最期の姿は、鮮明に覚えている。姉は戻って来ない。二度と、屋敷に戻って来ることは無い。二度と、共に食事をすることも、並んで歩くことも・・今までの日常の全てが、懐かしく思われる。其の日常は、姉によって出来ていたことを知った今、姉を忘れることなど出来ようか。姉が居なくとも、やっていくことは出来るだろうか、と不安が募る。俺が屋敷に戻ってからというもの、侍女は皆、俺に気を遣ってのことだろうが、以前と変わらぬよう努めている様だった。俺は取り繕うこともせず、皆に不安を与えるばかりで・・みっともない。

 姉は何と強い人だったのだろう。何と立派な人だったのだろう。姉を失い、全てを知り、初めて分かった。姉は三十年以上も、涙を見せず、ただ只管(ひたすら)に大切な人に尽くし続けていた。そんな姉の愛を受けた俺は幸福なのかもしれない。



 其の夜、俺は折れた刀を手入れしていた。既に血は落ちているものの、何時までも気味の悪さは残っている。侍女が部屋に入って来た。頼んでいた紅茶だ。俺は礼を言い、其れを受け取った。

「染音は、如何している。」

「お部屋でお勉強を。」

「・・然うか。」

俺は紅茶を一口飲み、深呼吸する。

「・・結城様、此方を。」

「ん・・」

侍女が両手で手拭を差し出してくる。俺は其の意図が分からず、受け取らずに居ると、侍女は自身の頬を縦に指でなぞった。俺も自身の頬に指を触れさせる。微かに湿っていた。

「・・済まないな。」

俺は苦笑して、其の手拭を受け取った。



 翌日、以前の様に仕事へと屋敷を出た。驚いたことに、染音も見送ってくれた。今まで、俺が仕事へと向かう時刻では、染音はまだ眠っていた。だが、今日は既に起きており、侍女と共に――瞼は重そうで、礼をする仕草も辿辿(たどたど)しいが――見送ってくれたのだ。

 配属先は変わらず第二隊であった為、其の場所に向かう。すると、向こう側から人が歩いて来るのが見えた。其の人は俺に気付くと、()()()()()()をした為、俺も頭を下げる。

「山城少佐の復帰をお待ちしておりました。」

然う言い、其の人は再度礼をする。其の容姿は何処かで見たことが有り、其の声も聞き覚えが有る。

貴方(あなた)は・・志布志(りょう)さんですか。」

「左様でございます。」

「貴方も第二隊の配属に?」

「はい。入隊三年目で未熟でございますが、宜しくお願い致します。」

三度礼をする其の姿を見ると、本当に律儀な人なのだと思う。

「後程食堂へ行きましょう。少々お話が有るのです。」



 屋敷に戻ると、侍女だけでなく、染音も迎えてくれた。嘗てはよく抱き付いてきたものだが、然うはせず、礼をして、小さく、お帰りなさい、と呟いた。俺は染音の頭を撫でてやり、自室に戻った。

 其の日だけでなく、翌日からも同様にしていた。毎朝見送り、夜には出迎えてくれた。侍女によれば、染音は時間が有れば勉強をし、他にも礼節や食事の作法などを教えてほしいと染音に頼まれているそうだ。

 そして、染音との関わりは大きく減った。染音は、俺と話そうとしていない様にも見えた。夕食だけは共に過ごすが、染音は俯いてばかりで、何も話さない。表情は普段見えないが、時折見える其の表情は、哀し気にも、少々立腹した様にも、将又(はたまた)俺を避けている様にも見え、染音の気持ちが全く分からない。染音が然うするのであれば、ということで、俺も染音をそっとしておくことにした。



 然うは行っても、ある日の夕食を済ませた時のこと、俺は染音が少々心配になっていたことも有り、話したいと思った。自室へ向かおうとする染音の名を呼ぶと、振り返り、目を俺に向けるが直ぐに俯いてしまう。

「無理をしていないか。」

「・・・」

染音は小さく首を横に振る。

「染音の気持ちはとても大切に想う。だが、だからこそ気を張り過ぎてほしくない。無理や我慢をし過ぎてしまうのは良くない。大人も、愛する者に甘えることも、抱擁することも有る。」

「・・()()()・・ですか・・・?」

「嗚呼。」

「・・・やっぱり・・私は・・・子供ですか・・?」

「!・・」

「・・そう、ですよね・・私なんて・・・」

染音は走り出し、食堂を出る。俺は追い掛け、階段に差し掛かろうという所で、染音の腕を掴んだ。そして、染音の身体を俺の方へ向けさせ、両肩を掴む。染音は涙を流し、其の表情は怯えている様であった。

「!・・離して・・ください・・!」

染音は両腕で俺の体を押す。だが、染音の力程度では動かない。其れにも関わらず、染音は諦めずに俺の体を押し続ける。

「何故俺を拒む。」

「!・・そういう訳では・・・!」

染音の頬を、大粒の涙が滑り落ちてゆく。床に当たる小さな音が嫌に響く。

「・・・やっぱり・・私には・・・無理なんだって・・分かりました・・!」

「何故そんな事を――」

「私だからです・・・!」

染音は嗚咽を漏らしながらも、其の思いを吐き出す。

「結城さんに、頭を()()()()()()、喜べない・・!・・さっきの・・結城さんの、大人も、て言葉だって・・やっぱり私は子供なんだって・・・やっぱり、私には無理なんです・・! 私には無理だったんです・・・大人になるなんて・・・」

「・・――」

思わず、大声を出してしまいそうになった。今そんな事をしては、染音を苦しめるだけだ。

「・・・」

俺は染音の両肩から手を離した。俺を押していた為、染音は後方に倒れ、全身を階段に打ち付けた。嫌な、鈍い音がした。

「染音お嬢様!」

直ぐに侍女が駆け寄り、其の華奢な体に手を当てる。だが、染音は其の腕を握り、必死に離そうとする。

「・・一人で、大丈夫です・・!」

「しかし、お体を・・」

「大丈夫です・・」

染音は、勾欄(てすり)を掴み、蹌踉(よろ)めきながら、一人で立ち上がる。

「・・・もう・・結城さんと・・会いたくない・・話したくない・・!」

「染音お嬢様! 其の様な事をおっしゃっては・・!」

「結城様は染音お嬢様の事を――」

「良い。」

「・・結城様・・?」

「其れで良い。」

染音は背を向け、階段を上ってゆく。染音を支えてやろうとする侍女の腕を掴み、引き留める。

 俺は馬鹿だ。折角、染音は勇気を振り絞り、一歩を踏み出したというのに・・口を挟んだことで邪魔をしてしまった。俺は最低だ・・・



 翌、文月の二十九日、早朝四時頃に目覚めた。決して、気持ちの良い目覚めとは言えない。昨晩の光景を思い出すと、自身に嫌気が差し、溜め息を吐く。

 其の時――

「結城様!」

扉が勢いよく開くと同時に侍女が入って来る。寝間着姿ということは先程起きたのだろう。












28本目をお読みいただき、ありがとうございます

引き続き、本作品をお楽しみください


物語は最終節に入っています

最後まで全力で執筆いたしますので、ぜひとも最後までお付き合いください


また、質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください

お待ちしております


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