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[前回のあらすじ]
結衣の手紙の続きでは、衝撃の真実が明らかとなった。
羽染彩羽公開処刑の執行人は結衣であったのだ。さらに、結城の母を殺害した犯人は不明とされていたが、なんとその犯人もまた結衣であった。
そして、結城はこれまで結衣を姉として慕っていた。しかし、結衣は結城の実の姉ではなく、別の華族の血統であることも明かされた。
手紙にはさらに続きがあり、結衣が屋敷を去る理由がついに暴かれる――
最後に私が屋敷を去る理由を此処に記しましょう。
染音が屋敷に来た年の霜月、私はある人に屋敷に招待され、赴きました。応接室に案内され、暫くすると其の人が来ました。晴風です。晴風は侍女に出て行くように言い、二人になりました。
本日は――
挨拶は要らない。
言葉を遮られ、其の様な事を言われたものですから、少々立腹してしまいました。
大変優秀で、結城が慕っている方ですから、どの様な方かと思えば、挨拶もせず、敬語もお使いにならないなんて、少々無礼ではありませんか。
其の口も直ぐに利けなくなる。
私は気を取り直す様に咳払いをしました。
其れで、ご用件は。
俺に協力しろ。拒否権は無い。
!・・失礼ですが、帰らせていただきます。何をおっしゃるかと思えば――
応接室を去ろうと、把手に手を掛けました。
山城結城にお前の過去を知られたいのか。
!・・・
私は固まってしまいました。
お前が執行人であることと母親を殺害したことを知られても良いのか。
・・・何故貴方が其れを。
協力するならば教えてやらんことは無い。
・・貴方の言い成りにはなりません。相応の対応をしてもらわなければ――
こうしよう。俺の命令に一度従えば、其の都度お前の質問に一つだけ答えよう。お前が納得するまで詳細に、な。そして、此れ以外にお前が望むことを一つだけ提供しよう。常識の範囲内でな。
・・・やはり拒否は出来ないのでしょうね。分かりました。
俺の気分を変えないように態度に気を付けることだな。
っ・・・
私は屋敷を出ました。こうして、晴風がどの様な人間であるかを知ることになったのです。
最初の命を受けたのは、其の翌年の葉月の上浣です。再度晴風に呼ばれ、応接室で二人になりました。
何でしょう。
最初の命令だ。八雲家の者を殺して来い。
!・・何故そんな事を――
拒否するのか?
!・・・いいえ、やります。
私は其れが染音を深く傷付けることを知っていました。しかし、秘密を守る為には実行するしかなかったのです。指示された葉月の五日、午前に私は八雲家を訪ねました。玄関で出迎えてくれた八雲彩乃さんは大層優し気な方でした。笑顔で中へ通してくれた彩乃さんを、非情にも、扉が閉まると同時に無防備な背を斬り付けたのです。そして、倒れゆく其の体に間髪入れず胸を貫きました。彩乃さんは音を立てて床に臥しました。すると、奥の方から足音が聞こえてきました。私は急いで其方の方へ行き、足音の主を殺害しました。彩乃さんの夫です。私は二人に辛い思いをさせぬよう、素早く殺害しました。愛する者の死は決して癒えることの無い心の傷となることを知っていたからです。こうして、私は三度罪を犯しました。血塗れの刀を鞘に仕舞い、足早に去りました。貴方に新聞を手渡した時や扉越しに染音の泣き声を聴いた時は胸がとても苦しくなりました。私の所為で亦大切な人を傷付けてしまったのだと。
そして、晴風は報酬は何が良いか尋ねてきました。
貴方は羽染家、そして、山城家とどの様な関係が有るのですか。
染音が育った家を知っているということは何らかのつながりが有るに違いないと考えた私は然う質問しました。晴風は答えました。
晴風家と羽染家は何百年と互いを疎ましく考えていた。晴風家は羽染家の明晰な頭脳を、羽染家は晴風家の武力を。隣國との戦争が始まれば、晴風家が中心となった。代々剣豪であった晴風家は敵兵を容易く薙ぎ倒す。だが、消耗は付き物だ。其処で目を付けたのが羽染家だと聞いている。羽染家は此の政略結婚として互いに一人差し出すことに同意した。そして差し出されたのが俺であり、羽染彩羽だったようだ。羽染家は愚かな選択をしたな。武力で劣る羽染家が対等な立場に立てるとでも考えていたのか。まぁ、良い。あの女も同じだ。夜な夜な屋敷を出ていたことが知られないとでも思っていたのか。身籠っていたにも関わらず、赤子が消える筈も無い。何処かにやったことなど容易に推測出来る。そして、八雲家の後、山城家に居ることを鹿鳴館で確認した。山城も馬鹿な奴だ。自ら養子だと言ったのだからな。
羽染様や結城を侮辱することは許しません!
私は思わず叫びました。刹那、首元に冷気を感じました。私の首元には、刃が有ったのです。
口に気を付けることだ。
結局聞き出すことが出来た情報は其れだけでした。私が感情的になってしまった為に機を逃してしまいました。
次の命は然程遠くありませんでした。長月の十五日、呼び出され、受けた命はこうでした。鹿鳴館で貴方を襲う晴風を止めろ、という物です。不思議に思いませんでしたか。あれ程素早い攻撃など、知っていなければ止めることなど出来る訳がありません。しかし、私が聞いていたのは此れだけです。怪しく感じていましたが、まさか染音があの様な事をするとは微塵も考えていませんでした。だから、染音に酷い言葉を浴びせてしまったのです。
そして、私は一つ、質問をし、晴風は答えました。
俺は初めから奴を殺すと決めていた訳ではない。初めに殺すと決めたのは、羽染彩羽。奴の夜這いが赦せなかったからだ。先ず取り掛かったのは戦後処理だ。お前に此の苦労が分かるか。新聞記事を操作し、軍内部でも情報操作し、僅か数年で永代華族の処刑まで導くんだ。処刑が決定する前に、俺は羽染彩羽を除く羽染家、黎泉院家、俺以外の晴風家を皆殺しにした。軍の注目を避ける為に、第二、更には第三駐屯所を爆破した。軍を混乱に陥れ、邪魔者を排除したが、未確定要素が有った。執行人だ。此れも数年を費やし、制度を確立した。執行人は特課の軍人が務めるという制度だ。特課所属の軍人は少ないからな、お前を執行人にすることなど容易い。執行日までの情報を操作し、あの馬鹿な女を態と逃がし、奴の元へ行かせることで全ての準備を整えた。二十年後の準備も、な。執行日、奴を素早く見つける為、奴の屋敷に届く新聞だけ別の物を用意した。場所を知らなければ焦るからな、其れが奴だ。お前も見ただろう。あの馬鹿な姿を。群衆を抜けられると何故思ったのか、俺は奴を拘束した。其れから、お前等は面白い様に意の儘に動いてくれたからな、計画の大幅な変更は不要だった。唯一の未確定事項、お前の母親の殺害もお前自身が済ませてくれた。そして、一年前の鹿鳴館で出来損ないの小娘を見た瞬間、小娘は奴に重度に依存し、駒として利用価値が有ると踏んだ。
其れで染音に・・・
然うだ。予想通り、小娘は奴を殺さなかったが、苦を与えるには充分だった。逆に、あの程度で死んでも興醒めだったがな。何故なら、奴を殺すのはお前だからだ。
!・・私が・・・?
如月の二十一日だ。
私は其の日の事を詳細に説明されました。当日、ただ殺害するのではなく、元々晴風の仲間であった様に振る舞えと言うのです。
・・私は常に結城の姉として生きてきました。結城を殺すだけでなく、其れまでも捨てろと言うのですか。幾ら命令でも――
奴に知られたいのか。
!・・・其れは・・
確かに俺の目的はお前等三人を殺すことだが、重要なのは苦しみの果ての死だ。お前が殺してこそ、俺の愛人を奪った奴は小娘への未練を残し、お前の裏切りに失望し、死に絶える。小娘は如何だろうな。
・・・
お前の事を随分恐れている様だったな。お前の名を口にしただけで体を震えさせていた。
!・・
其の反応を見る限り其の様だ。だが、其れも小娘の手によって直に解消する。つまり、奴が死ねば、次の拠り所はお前だ。其の時お前が死ねば、如何なると思う。勿論、お前は小娘の手によって殺される。残った小娘の脆弱な精神は確実に崩壊する。そして、俺が殺す。
・・然うですか・・・
お前の質問以上に情報を与えてやった。釣りが欲しいものだな。
充分過ぎる程に、既に払いました・・!
晴風は笑みを浮かべて立ち去りました。何が与えてやった、よ。其れが、私を苦しめることを知っていたくせに。然う思いました。実際、私の精神は限界を迎えていたと思います。全て仕組まれていたことを理解すればする程、やり場の無い怒りが込み上げ、其れ以上に悲しみが私を襲いました。再び、罪を犯す日がやってくるのですから。
如月の二十一日、私はどの様に映っていたのでしょうか。私は正気ではありませんでした。貴方を殺してまで、犯した罪を隠蔽しようとしてしまったのですから。けれど、貴方を長刀で傷付けてしまった瞬間、全て分かりました。私が犯した罪がどれ程重く、どれ程貴方を傷付けてしまったのか。私が生きていたことでどれ程貴方を苦しめてしまったのか。そして、私には、貴方を、貴方だけは殺すことが出来ないということを。
其の直後、私は胸を貫かれました。ですが、痛みなど、若しかすると感じていなかったのかもしれません。そして、血塗れの私でも貴方は抱きしめてくれました。貴方が支えてくれたことが嬉しかったのです。貴方は如何して其れ程までに優しいのでしょう。
軍病院で目を覚ました翌日、晴風は私の病室へ来ました。其の時、私は晴風に告げました。晴風を殺す機会を与えてくれるように。晴風は暫く沈黙していましたが、最後に承諾しました。そして、今日に至ります。
私は貴方に謝らなければなりません。今日まで私は貴方に嘘を吐き続けてきました。私は偽りで出来た人間です。其れなのに、私は貴方を愛してしまった。苦しみから逃れる様に、私は貴方を抱き、貴方に接吻した。偽りの、穢れた愛を貴方に触れさせてはいけなかった。私は貴方に甘え、貴方の温もりに触れてはいけなかった。私は、貴方の傍に居てはいけなかった。其れでも、貴方の傍に居たかった。貴方の温もりに包まれたかった。貴方を心の底から愛してしまっていたから。
私が最も恐れていたのは、貴方に嫌われてしまうこと。貴方は、私の全てだから。こうなってしまったのは全て、何をするにも私に勇気が無かったから。若しも、私に、大切な方のお願いを拒絶する勇気が有ったのなら、敬愛する方のお願いを拒絶する勇気が有ったのなら。そして、愛する貴方に嫌われる勇気が有ったのなら、こんな事にならなかったのかもしれない。
私はせめてもの償いにと、毎年羽染様がお眠りになっている場所、貴方のお母様がお眠りになっている場所を訪ね、穢れた血を捧げました。私の血など、お飲みになりたくなかったかもしれないけれど。私の気休めに終わってしまっていたのかもしれない。けれど、何もせずには居られなかった。私を見る時が有れば、両腕を見て。右腕に十七箇所、左腕に十一箇所、罪の証が有る筈だから。
ごめんなさい。私は最期まで貴方に迷惑をかけてしまう。せめて、貴方の為に死にたかった。貴方に染音との平穏な、幸福の日々を差し上げたかった。
いいえ、こんな綺麗事では、本当に素敵で、綺麗な心を持つ貴方に失礼ね。
私は此の地獄から抜け出したい。もう、楽になりたいの。
こんな私を、赦して。
最後の方は、姉とは思えない程乱雑な字だった。
「・・・」
手に力が入る。紙が静かに音を立てた気がした。
「・・・結城さん・・」
「・・・」
名を呼ばれた気がした。俺は姉からの手紙を封筒に戻し、机上に置いた。そして、部屋の奥の方へ歩みを進める。其処で、俺はしゃがんだ。大きな血痕が有った。俺はそっと手を当てる。血は本棚にまで飛散していた。姉はこんなものを毎日見て過ごしていたというのか・・・俺は立ち上がり、次は寝台の側へ行き、同様に手を当てる。当然、冷え切り、生気など感じられない。
立ち上がり、染音の方を向いた。
「・・結城さん・・・?」
「・・・姉さんの元へ行く。」
「!・・それなら・・私も・・・」
「駄目だ。危険だ。」
「・・それでも・・私も何か・・」
「駄目だ。」
「・・・私も・・結衣さんを――」
「駄目だ! お前が居ては足手纏いになるだけだ! 此処に居ろ!」
「!」
俺は侍女宛ての封筒と太刀を持ち、部屋を飛び出した。
「ゆ、結城様・・!?」
「嗚呼、然うだ。此れを読め。其れと、染音を頼む。」
「え、あ、あの、結城様・・!? 何を・・」
部屋を出て直ぐの場所に居た侍女に封筒を押し付け、屋敷を飛び出した。
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