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[前回のあらすじ]
結城が手にした封筒には、結衣からの手紙が入っていた。
結衣は、過去を知ってもらわなければならないと言うも、思い出話と称して、幼少期からの自身の想いを出来事と共に綴っていた。
手紙は続いており、その先に書かれていたのは――
さて、思い出話は此の程度にしておきましょう。此処からが本題です。貴方は私の事を姉として慕ってくれ、信頼してくれました。若しも私が、貴方に嘘を吐き続けていたとしたら、貴方はきっと、私を軽蔑することでしょう。
先ず、羽染様についてです。
先述の通り、私は羽染様を尊敬していました。羽染様と貴方の営みを微笑ましく思っていました。単刀直入に言います。羽染様を殺したのは私です。俄かには信じられないと思いますが、事実です。私が殺しました。軍人が、永代華族、羽染家の公開処刑を知らないと思いますか。つまり、私は当然知っていました。軍による戦後処理によって、あの年の一年前には既に決定していました。処刑の事実を認めたくありませんでしたし、あの方を助けたいという思いに偽りは有りませんでした。しかし、真に私を苦しめたのは執行人が私であることでした。当時、何故私が執行人となったのか分かりませんでした。羽染様がおっしゃった、変な気を起こさないように、という言葉は、私が最も羽染様の救出が可能であった為でしょう。私があの方の殺害を受け入れることが出来ない一方で、あの方は当の昔に私に殺害されることを受け入れ、私を赦してくださっていたのです。執行当日、正確には、執行直前、羽染様が居らっしゃる処刑台に、漆黒の執行服に身を包んだ私は上り、羽染様の横に立ちました。私自身の長刀を片手に。執行服は文字通り全身を覆い、頭部まで隠れ、外からでは誰か判別出来ない様になっていました。其の時だけは其れで良かったと思いました。貴方に知られずに済むと思ったからです。
執行時刻が近づき、私は長刀を翳しました。其の時、ふと大衆の最奥を見れば、「誰か」が暴れていました。
嗚呼、見られてしまう。私が罪を犯す瞬間を。
しかし、私の気持ちを察したのでしょう、羽染様が不意に小さな声で話しました。
私は羽染様の最期のお言葉を忘れた時は有りませんが、たとえ羽染様のお言葉であっても、私自身が、羽染様がおっしゃる様な人間であるとは思えませんでした。
私の意識が戻った時には全てが終わっていました。私の長刀は鮮赤に染まり、足元は音が立つ程に血が溜まっていました。羽染様は其の微温い血の中に俯せに居ました。終に私は罪を犯してしまったのです。余りの恐怖に私の脚は動きませんでした。徐々に、私の軍靴に血が染み込んでゆくのを感じることしか出来なかったのです。
以降、其の軍靴を幾度か処分しようとしたことが有ります。其の絳いものを見たくありませんでした。しかし、あの方を灼熱の地獄へと突き落とす様に感じられ、出来ませんでした。然うして、其れは凡そ二十年間私の傍に有りました。
私の罪は此れだけではありません。六年後、私は再び手を汚すことになりました。
皐月のある日、母が屋敷に戻ってきていました。貴方は仕事でしたから、母と二人で私の部屋に居ました。例の様に近況報告等、母の質問に答えたり、裁縫をしたり、と静かな一時を過ごしました。普段、母は夜の九時頃に軍病院に戻ります。しかし、此の日だけは母は九時を回っても軍病院に戻りませんでした。寝台に並んで座っていたのですが、母はそっと立ち上がると、私の長刀の元へと行きました。一瞬、母にまで、あの事を知られてしまうのではないかと心拍の音が大きくなった様に聞こえました。
結衣と結城に謝らないといけないわ。
母は背を向けた儘言いました。
お母様、突然何を・・
羽染家の処刑の事なのだけれど、実は・・
母は私の刀を両手でそっと持ち、振り返り、私を見つめてきました。
実は、羽染家の処刑の決定に関わっているの。
!・・其れは一体・・
ごめんなさい。ある日、軍人の方が居らして、質問をしてきたの。其れで、私は頷くことしか出来なくて・・
私は思わず立ち上がり、一歩詰め寄りました。
私は結衣や結城を裏切ってしまったの。だから――
お母様!
私が叫ぶと、母は瞬間肩を揺らした様に見えました。
其の必要は有りません! 仕方の無いことです! 軍に逆らってはお母様が危険です! 結城も私も決してお母様を恨むなどということは・・
・・結衣。
お願いです。此れ以上、結城に辛い思いをさせないでください・・
・・私は、二人を裏切った上で生きるなんて出来ないわ。想像して。若しも私が自殺をしたら、結城は其の思いを何処にやれば良いのか、きっと分からなくなる。だから、結衣が結城の道標となってほしいの。姉の、結衣に。
然う言うと、母は両手で長刀を差し出してきました。
出来ません・・!
結衣にしか頼めないの。さぁ・・
母は刀を抜きました。劈く嫌な金属音。不気味な光沢。
そして、私の目前に柄が差し出されました。
お母様・・・私には・・
結衣は悪くないわ。心配しないで。私のお願い・・ね。
!・・・
私は震える手で其の柄を握りました。すると、母は数歩下がって微笑みました。
本当は全てを吐き出したかったのです。大声を出し、ただ只管に叫び、此の場から逃げ出して、楽になりたかったのです。しかし、其れは母を苦しめるだけなのだと知っていた為、必死に抑えました。私の唇は酷く、きっと唇どころか全身が酷く震えていたのでしょう。其れでも、母の願いを全うする為、長刀が小さく音を立てながらも振り上げました。あの様に言っていた母も流石に怯えてしまったのでしょう、目を閉じ、少々俯きました。
数瞬の後、私は意を決し、振り下ろしました。ですが、途中思わず手を引いてしまいました。暫くして、目を開けると其処には胸元から血を流し、倒れている母が居ました。
お母様!
私は長刀を捨て、直ぐに駆け付けました。傷は浅く、母の息はまだ有る様でした。
・・・お母様・・
胸元から離した母の手は真っ赤でした。
・・結衣・・・まだ・・足りない・・・もう少し・・・
母は身体を引き摺り、長刀に手を伸ばし、掴みました。そして、私に差し出すのです。
・・・私の胸を刺して・・・
!・・・
私は首を横に振りました。首肯することなど出来る筈も有りません。けれど、母は依然長刀を突き付けてきます。お母様は如何して私を苦しめるのですか、其の言葉が頭に浮かびましたが、直ぐに振り払いました。私よりも、腹を痛め、産んだ我が子を裏切ってしまったという自責の念に駆られる母の方が余程辛いのだろうと思いました。
気付けば、私が握る長刀は母の胸に刺さっていました。私は瞬時に引き抜きました。
・・・有難う・・
母は弱弱しく、膝を突く私に抱き付いてきました。
・・結衣は偉いわ・・・泣かずに・・頑張っているのね・・・
・・・お母様との・・お約束・・・
・・ふふ・・・愛してるわ・・・
私の頬に柔らかい物が触れた気がしました。
其の後、母に頼まれ、神社へと連れて行きました。私は又しても罪を犯したのです。誰にも言えぬ罪を。貴方が知っているのは此の翌日からのことですね。私の事を微塵も疑わない貴方を見ると、私の事を心底信頼してくれているのだと実感しましたが、其れが一層私を苦しめました。否、私などが苦しんではなりませんね。罪を犯したのですから。
そして、此の世界が何かを知った、という言葉について説明致しましょう。私の部屋は嘗て母の部屋であり、机や寝台、本棚などは其の儘らしいのです。本棚は空だったのですが、最下段には古びた書が幾らか有りました。気にならない訳ではありませんでしたが、母が残していった物だったので、一切触れませんでした。
しかし、十四歳の春、私は好奇心に負け、手を伸ばしてしまったのです。旧書体でしたが、学院で習ったことを元に読むことが出来ました。私は次から次へと読み進めました。一冊終われば次へ、其れが終われば次へ、と。最後の一冊を読み終え、閉じようとした時、封筒が挟まれていることに気付きました。其れ等の書とは異なり、劣化は殆ど無かったので、気になり、中の書を読みました。其れは何方かから母に宛てて書かれた手紙でした。そして、私は全てを知りました。
貴方は私を随分と慕ってくれました。事実、私はとても嬉しかったのです。ですが、貴方に謝らなければなりません。私の此の身体に流れていたのは、貴方の物とは全くの別物だったのです。私は山城家の人間ではありませんでした。山城結衣という名は貴方の母が私に授けてくださった名です。
私の名は黎泉院焔乃。黎泉院家第三百八十一代当主です。黎泉院家は代々羽染家に仕える下級華族です。私が山城家に居たのは顔も知らない私の実の母が、貴方の母に預けたからです。一家の華族が所持する刀は一本のみです。貴方が山城家の当主であるのに、私も刀を所持していたことを不思議に思いませんでしたか。疑うことを知らない、優しい貴方は、軍の支給品だと思ったのでしょうか。
私の羞恥心に始まった入室の禁止は、事実の隠蔽の役割を持ち、更には殺害の隠蔽さえも背負いました。あの時叱責して良かったと思ってしまいました。絨毯が落ち着いた赤色であるお蔭で薪を持ってくる侍女に見つからずに済むかもしれないと思ってしまいました。後に考えれば、最低な事です。
最後に、私が屋敷を去る理由を此処に記しましょう。
連載小説23本目をお読みいただき、ありがとうございます
引き続き、本作品をお楽しみいただければ嬉しく思います
物語がクライマックスを迎えつつあるといいますか、終盤にさしかかるといいますか、かなり進展いたしまして、私自身緊張してまいりました
最後まで、全力で執筆いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします
また、質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください
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