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華族と家族  作者: どばどば
第3節 硝子の積み木
21/37

ー4

単語の説明はありません


[前回のあらすじ]

 軍病院で目を覚ました結衣。

 早く屋敷に戻りたい一心で軍医に無理を承知で頼み込む。軍医の叱責を受けるも、結局軍医も結衣の意志を汲んだ。

 結衣は迎えに来た侍女と共に屋敷を目指した。

 昼頃に軍病院を出たというのに、屋敷に着いたのは夕方頃になってしまった。中に入ると、私は侍女に一言礼を言った。其の儘寄り添ってもらい、中央階段を上る。階段は想像を超える辛さだった。上り切る頃には息が上がり、欄杆に寄り掛かる。

 其の時、目前の扉が開き、染音が出てきた。

「・・結衣さん・・!」

「はぁ・・はぁ・・染音・・」

「・・大丈夫ですか・・?」

「・・ええ・・大丈夫よ・・」

私は微笑み、染音に歩み寄る。そして、頭をそっと撫でてあげた。

「・・暫く、抱き合うのはお預け。学院へも、行くことは出来ないわ。」

「・・・痛い・・ですか・・」

「・・ええ。けれど、少しだけよ。心配しないで。」

言い聞かせても染音の表情は曇った儘だった。

「部屋の外では冷えてしまうわ。中に入って。」

染音は小さく、はい、と答えた。



 私は自身の部屋に入ると懐かしさを覚えると共に、氷の様な冷たさを感じた。

「お薬は此方(こちら)に置いておきます。軍服等の衣類はいかが致しましょう。」

「机上にお願い。其れと、暖炉をお願い出来るかしら。」

「かしこまりました。」

侍女は手際良く作業を熟す。

「私はもう寝るわ。軍病院から戻って来て、疲れてしまったの。其れに、横になっている方が楽だから。」

「かしこまりました。後程、お水をお持ちしておきますので。」

「有難う。では、お休みなさい。」

「お休みなさいませ。」

侍女は礼をして、部屋を出て行った。私は諸々の薬を飲み、寝台に横になった。



 俺は夕食を済ませ、自室に戻った。今日帰ってきたという姉の様子が気になるが、部屋に入る訳にはいかない。屋敷に戻ってきたとは言え、暫く会うことは無いだろう。椅子に腰掛け、太刀の手入れをする。其れを終えると、いつもの場所に置く。俺は横にある姉の長刀を徐に手に取った。他人の刀を勝手に手にするのが良くないが、姉の長刀に少々興味が有った。

 真っ白の鞘には所々血が付着していた。よく見ると、鍔にも付着している。柄に至っては、柄巻(つかまき)に血が浸透している様にも見える。(かつ)て見た柄巻は灰色であったと記憶しているが、赤黒い。恐らく、あの日軍病院に向かう最中、姉が持っていた為であろうか。既に一月(ひとつき)近くも経ってしまっている。鞘、鍔は落とせば良いが、柄巻は布を替えるしかあるまい。だが、俺がやる訳にはいかない。

 俺は刀を引き抜いた。特有の擦れる音ではなかった。引っ掛かる様な音がした。擦擦(がりがり)と音を立てた刀身にも血が付着している。姉の刀だけは、あの時の儘、時が止まっている様であった。俺はそっと刀を元に戻した。刀には使者の魂が宿るとも言われている。無論、刀の状態が使者の状態である訳ではないことは既知の事だ。

 ただ、姉が心配だ。



「・・・」

目覚めは最悪だった。多少日が差し込んでいるけれど、部屋の中は薄暗い。何か、全身が妙に熱い。嫌な感触。

 状態を起こそうとすると、痛みが走る。手を伸ばし、薬を手にし、飲み込んだ。時間をかけ、深く呼吸をする。落ち着いてから立ち上がり、寝台(ベッド)を見ると、染みが出来ていた。大分寝汗を掻いてしまった様。私は袖で額の汗を拭った。時計を見ると、既に八時を回っている。

 私は布団を抱え、部屋を出た。丁度染音の部屋から侍女が出て来て、目が合った。侍女は駆けて来ると、直ぐに布団を持った。

「お早うございます、結衣様。如何かなさいましたか。其の汗も、少々暑かったのでしょうか。」

「いえ、然うではないの。ただ、寝汗を掻いてしまって・・お布団を替えようと思ったの。」

「私がやっておきます。結衣様は安静になさってください。お食事も用意致します。」

「有難う。其れと、今日からは下の部屋で寝るわ。階段が大変だから・・」

「下階に空き部屋は・・・其れでしたら、私の部屋をお使いください。後程、準備を致します。」

「其れでは申し訳無いわ。応接室なら空いているでしょう。」

「お体を冷やしてしまいます。」

「大丈夫よ。」

「其れでは、長椅子(ソファ)等動かさなければなりませんね。其れも、やっておきますのでご安心を。」

「・・有難う。」

侍女は小さく礼をして、階段を降りてゆく。本当に、気を遣ってくれているのね。他の子達にも、何か礼をしてあげたいくらい。



 私は窓際の椅子に座って外を眺める。時折風に吹かれ、葉を揺らす木々。

 私は水を一口飲んだ。本当は熱いくらいの紅茶を飲みたいのだけれど、流石に無理ね。けれど、先程口にした侍女の手料理はとても美味しかった。

 私が居る応接室は広く感じられた。既に長椅子や洋卓(テーブル)は片付けられている。床には敷布団が畳まれて置かれている。最初、侍女は、寝台を持ってきましょう、なんて言うから驚いてしまった。そんな重い物は大変でしょう、敷布団で充分よ、と私が言うけれども、侍女は問題無いと答えるので、何とか説得した。無理をしなくても良いのに。



 今日も私は早めに寝ることにした。侍女が窓掛(カーテン)を引くと、部屋は途端に暗くなる。暗いと言っても当然夜程ではないけれど。私が横になると、侍女は優しく布団をかけてくれた。礼を言い、お休みなさい、と続けた。



 私は神社に居た。広い境内。同じ景色が何処までも続いている様。私はゆっくりと歩みを進める。

 其の時、背後から同様に草を踏む音が聞こえ、私は振り返る。結城だった。けれど、表情は見えない。ただならぬ恐怖を感じた。否、恐怖などという微温(ぬる)いものではない。得体の知れない、「何か」。結城であることさえ、疑いたくなってしまう程に。

「其の手の・・其れは何?」

「・・・」

返事も無く、一定の速度で「結城」は歩いてくる。「結城」の両手には刀が握られていた。刀身は不気味に光を反射している。私は思わず、崩れ落ちてしまう。けれど、追いつかれないように後退(あとずさ)る。しかし、当然「結城」の方が速い。其の距離は徐々に縮まってゆく。

 私の身体は震えている。

「・・結城・・お願いだから――」

目前の「結城」は一本の刀を振り上げ、そして――

「~~~~~~!!」

直後、激痛が襲う。数瞬の後、理解した。其の刀は私の右脹脛(ふくらはぎ)を骨ごと貫通している。「結城」が力を入れたのでしょう、刀はさらに一段深く刺さり、痛みは激しさを増す。

 「結城」はもう一本の刀を振り上げ、そして――

 痛みは増すばかり、其の刀は右腿を容易に貫通している。鮮赤の血は止めどなく流れる。悶え苦しむ私を「結城」は見つめている。痛い。痛い。痛い痛い痛い! 模糊(ぼや)ける視界の中、一体何処に持っていたのか、更に一本刀が見える。

「・・結城・・・もう・・()め――」

「結城」は(また)、其れを振り上げ、そして――



「!・・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

私は目を見開いていた。応接室の天井が見える。既に明かりは灯っている様。そして、私の呼吸は大分乱れているのでしょう、胸が上下している。

「結衣様、大丈夫ですか。」

私は視線を其方(そちら)に向けた。侍女が横に居て、床に直接座っている。

 其の時、目前に白い物が小さく音を立てて落ちてきた。

「・・此れは・・・?」

侍女は其れを拾い上げた。

「結衣様の額に乗せていた物です。熱が有る訳ではありませんが、一晩中(うな)されている様でしたので。」

侍女は其れに水を含ませ、絞ると、私の額にそっと乗せる。

「随分と汗を掻かれていたので、お顔や胸元だけですが、拭いておきました。」

視線を下に落とすと、私の服の(ボタン)は外され、腹まで出ていた。私は恥ずかしくなり、直ぐに釦を閉めた。

「一晩中って・・如何して知っているの?」

「勝手ながら隣に居させていただきました。何か有っては大変ですから。」

「・・貴女(あなた)は、眠れていないのね。」

「三時間程、眠ることが出来ましたので。」

「・・ごめんなさい、私の所為で。今からでも眠ると良いわ。お疲れでしょう。」

「其れは出来ません。侍女でございますから、結城様、結衣様、染音お嬢様の為に尽くします。お赦しください。」

「・・・」

侍女は立ち上がると、礼をして、部屋を立ち去った。

 私は迷惑ばかり掛けてしまっている。結城や染音に、侍女の子達にも。

 ()しかすると、私は、此処に居ない方が良いのかしら・・。



 胸の痛みは無くなってきたけれど、私は毎夜夢に悩まされることとなった。所謂(いわゆる)悪夢。私は刀を一本ずつ刺されてゆく。最初は右脹脛、右腿、翌日は左脹脛、左腿、次の日は腹を、其の亦次の日は両腕を。全身から血が溢れ出る。地に染み込み切らず、溜まってゆく血。最早、血に浸かっているのかと錯覚する程に。其れでも私は死なない。死ぬことも出来ず、只管(ひたすら)激痛に耐える。殺してほしいと願ってしまう。残っているのは胸のみだけれど、胸を刺される夢は一向に訪れない。



 気付けば卯月を迎えていた。まだ包帯は必要だけれど、痛みは殆ど無い。階段を上ることも歩くことも何も問題無く(こな)すことが出来る。食事も以前と同程度の量をとることが出来る様になり、睡眠時間も戻した。

 染音は再び共に過ごすことが出来ると分かると、私に抱き付いてきた。そんな染音を受け入れずには居られない。染音の頭を優しく撫でてあげると、染音は小さく声を漏らした。

 結城も以前と変わらない様子の私に安堵している様に見えた。



 翌夜、私は染音の部屋を訪ねた。

「・・結衣さん・・・」

「お勉強の邪魔をしてしまったかしら。」

「! いえ、大丈夫です・・」

「然う。染音は、お風呂、まだよね。」

「・・はい・・」

「此れから入ろうと思うのだけれど、染音も一緒に如何?」

「!・・一緒に・・?」

染音の頬が紅潮し、染音は俯く。

「折角だもの、良いでしょう。」

「・・・はい・・」

染音と私は移動し、衣服を脱ぐと浴室へ入る。

「背、流すわ。」

「!・・ありがとうございます・・」

椅子に座る染音の後ろで膝を突き、染音の背に手を当てる。とても更更としていた。

 小さな背。とても、小さい。こんな背に、全てを背負っているのね。

 私は肩越しに前へ腕を回し、顔を近づける。石鹸と湯気の匂いが鼻を刺激する。

「・・・結衣さん・・?」

「とても安心するでしょう。」

私は其の背に身体を密着させる。顔は見えないけれど、染音はきっと頬を赤らめている。

「・・?・・腕に――」

「見ては駄目。」

「!・・」

思わず強い口調で言ってしまった。染音は瞬間身体を震わせ、ごめんなさい、と呟く。

「こんな物、見てはいけないわ。」

「・・・」

私は染音から身体を離した。

「・・ごめんなさい。直ぐに分かるわ。」

「・・・?」



 体調がすっかり良くなった姉は、毎夜俺の部屋で過ごす様になった――流石に自室で寝るが――俺の部屋に来る前は染音と過ごしているらしい。飲み物を片手に、姉と俺は他愛の無い話をする。姉は心底から楽し気な笑みを浮かべ、其れを見ると、俺はとても安心し、そして、嘗ての記憶が蘇る。俺が学院初等科に属していた頃の姉は何時(いつ)でも笑みを浮かべていた。其の笑みは俺の心を洗い流し、希望となっていた。だが、俺が中等科に進学しようとしていた時だっただろうか、気付けば一切が消えていた。姉は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、再び姉が笑みを浮かべるということはとても嬉しい事だ。



 卯月の四日の夜も、結衣は染音の部屋に行った。

「あら、お勉強中だったのね、ごめんなさい。」

「・・いえ・・大丈夫です・・・」

結衣は寝台に腰掛けた。染音は椅子を引き、結衣の方を向いた。

「此処での生活は楽しい?」

「!・・はい・・結衣さんや結城さん・・みんな、良くしてくれて・・・でも・・最近は・・・」

「辛い事が多かったわね、ごめんなさい。」

「・・結衣さんが謝ることでは・・・皆さんが・・居てくれて良かったです・・」

「然う。一つだけ、質問をしても良いかしら。」

「・・・?」

結衣は深呼吸をし、染音の眼を真っ直ぐに見つめた。

「私は、染音の事が大好きよ。染音が、私の事を如何思っているのか教えてほしいの。」

「!・・勿論・・・大・・好きです・・」

染音の頬が紅潮する。

「良かった。有難う、染音。」

立ち上がった結衣は満面の笑みを浮かべ、染音の頭を撫でる。そして、其の儘部屋から立ち去った。



 翌日、卯月の五日、此の日も当然仕事が有る。準備を終えた俺は玄関へと向かう。

「待って、結城。」

侍女が扉を開けようとした瞬間、上方から姉の声が聞こえた。見ると、姉は階段さえも駆け降り、其の勢いの儘、俺に抱き付く。

「ど、如何した。」

突然の事で、又、嬉しそうな姉の顔が目前に有り、此方(こちら)が気恥ずかしくなってしまう。

 直後、姉は俺に接吻した。唇を離した後も姉は変わらず、笑みを浮かべている。侍女が目前に居るというのに、よく出来るものだ。

「結城は私の事、如何思っているの?」

「・・言わずとも分かるだろう、姉さんの事は変わらず愛している。」

「ふふ、有難う。私も、結城を愛しているわ。行ってらっしゃい。」

「嗚呼。」

俺は姉と侍女に見送られ、屋敷を後にした。扉の向こう側に隠れていった姉は素敵な笑みを浮かべ、其の綺麗な眼で俺を見つめていた。



 今日も、帰れば日常が待っている。皆で夕食を共にし、静かで、安心出来る時を過ごす。然う思っていたのだが、侍女の二言目に少々驚いてしまった。

「反応が無い?」

「はい。昼食を終え、結衣様は、ご本人がおっしゃった通りお部屋に居らっしゃると思うのです。ですが、扉を数度叩いたのですが、お返事も無いのです。」

「寝てしまっているのでは?」

「まだ八時でございますが。其れに、黙ってお眠りになるということもございませんでしょうし。」

言われてみれば、確かに然うだ。

「何か用が有るのか。」

「染音お嬢様が少々・・」

「然うか。染音を呼んでくれ。」

「かしこまりました。」

階段を上り、姉の部屋の前に来る。暫くすると、染音も来た。

 俺は扉を数度叩いた。だが、幾ら待とうと音すらしない。やはり眠っているのか。

「入るか。」

「!・・それは・・でも・・」

「分かっている。だが、姉さんは先日まであの状態で、何が有るか分からん。対処が遅れてしまっては大変だろう。」

「・・・」

俺は一言言って扉を開けた――居ない?

 其処(そこ)に姉の姿は無かった。俺は足元に冷気を感じ、微かに窓が開いていることに気付いた。俺は染音に連いて来るよう言い、中に入る。最後に入ったのは怒られてしまった時であるから、実に二十四年振りだ。あの時と殆ど変わらなかった。俺が窓を閉めると、背後から俺を呼ぶ染音の声がした。振り向くと、染音は机を見つめていた為、見ると、机上に封筒が三封有り、其々(それぞれ)、俺、染音、侍女等の名が書かれている。


然うか。


俺は瞬時に悟った。
















連載小説21本目をお読みいただき、ありがとうございます

更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います


また、質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください

作品の執筆、改善にあたり、参考とさせていただきます

お待ちしております


今後ともよろしくお願いいたします


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