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[前回のあらすじ]
軍病院で目を覚ました結衣。
早く屋敷に戻りたい一心で軍医に無理を承知で頼み込む。軍医の叱責を受けるも、結局軍医も結衣の意志を汲んだ。
結衣は迎えに来た侍女と共に屋敷を目指した。
昼頃に軍病院を出たというのに、屋敷に着いたのは夕方頃になってしまった。中に入ると、私は侍女に一言礼を言った。其の儘寄り添ってもらい、中央階段を上る。階段は想像を超える辛さだった。上り切る頃には息が上がり、欄杆に寄り掛かる。
其の時、目前の扉が開き、染音が出てきた。
「・・結衣さん・・!」
「はぁ・・はぁ・・染音・・」
「・・大丈夫ですか・・?」
「・・ええ・・大丈夫よ・・」
私は微笑み、染音に歩み寄る。そして、頭をそっと撫でてあげた。
「・・暫く、抱き合うのはお預け。学院へも、行くことは出来ないわ。」
「・・・痛い・・ですか・・」
「・・ええ。けれど、少しだけよ。心配しないで。」
言い聞かせても染音の表情は曇った儘だった。
「部屋の外では冷えてしまうわ。中に入って。」
染音は小さく、はい、と答えた。
私は自身の部屋に入ると懐かしさを覚えると共に、氷の様な冷たさを感じた。
「お薬は此方に置いておきます。軍服等の衣類はいかが致しましょう。」
「机上にお願い。其れと、暖炉をお願い出来るかしら。」
「かしこまりました。」
侍女は手際良く作業を熟す。
「私はもう寝るわ。軍病院から戻って来て、疲れてしまったの。其れに、横になっている方が楽だから。」
「かしこまりました。後程、お水をお持ちしておきますので。」
「有難う。では、お休みなさい。」
「お休みなさいませ。」
侍女は礼をして、部屋を出て行った。私は諸々の薬を飲み、寝台に横になった。
俺は夕食を済ませ、自室に戻った。今日帰ってきたという姉の様子が気になるが、部屋に入る訳にはいかない。屋敷に戻ってきたとは言え、暫く会うことは無いだろう。椅子に腰掛け、太刀の手入れをする。其れを終えると、いつもの場所に置く。俺は横にある姉の長刀を徐に手に取った。他人の刀を勝手に手にするのが良くないが、姉の長刀に少々興味が有った。
真っ白の鞘には所々血が付着していた。よく見ると、鍔にも付着している。柄に至っては、柄巻に血が浸透している様にも見える。嘗て見た柄巻は灰色であったと記憶しているが、赤黒い。恐らく、あの日軍病院に向かう最中、姉が持っていた為であろうか。既に一月近くも経ってしまっている。鞘、鍔は落とせば良いが、柄巻は布を替えるしかあるまい。だが、俺がやる訳にはいかない。
俺は刀を引き抜いた。特有の擦れる音ではなかった。引っ掛かる様な音がした。擦擦と音を立てた刀身にも血が付着している。姉の刀だけは、あの時の儘、時が止まっている様であった。俺はそっと刀を元に戻した。刀には使者の魂が宿るとも言われている。無論、刀の状態が使者の状態である訳ではないことは既知の事だ。
ただ、姉が心配だ。
「・・・」
目覚めは最悪だった。多少日が差し込んでいるけれど、部屋の中は薄暗い。何か、全身が妙に熱い。嫌な感触。
状態を起こそうとすると、痛みが走る。手を伸ばし、薬を手にし、飲み込んだ。時間をかけ、深く呼吸をする。落ち着いてから立ち上がり、寝台を見ると、染みが出来ていた。大分寝汗を掻いてしまった様。私は袖で額の汗を拭った。時計を見ると、既に八時を回っている。
私は布団を抱え、部屋を出た。丁度染音の部屋から侍女が出て来て、目が合った。侍女は駆けて来ると、直ぐに布団を持った。
「お早うございます、結衣様。如何かなさいましたか。其の汗も、少々暑かったのでしょうか。」
「いえ、然うではないの。ただ、寝汗を掻いてしまって・・お布団を替えようと思ったの。」
「私がやっておきます。結衣様は安静になさってください。お食事も用意致します。」
「有難う。其れと、今日からは下の部屋で寝るわ。階段が大変だから・・」
「下階に空き部屋は・・・其れでしたら、私の部屋をお使いください。後程、準備を致します。」
「其れでは申し訳無いわ。応接室なら空いているでしょう。」
「お体を冷やしてしまいます。」
「大丈夫よ。」
「其れでは、長椅子等動かさなければなりませんね。其れも、やっておきますのでご安心を。」
「・・有難う。」
侍女は小さく礼をして、階段を降りてゆく。本当に、気を遣ってくれているのね。他の子達にも、何か礼をしてあげたいくらい。
私は窓際の椅子に座って外を眺める。時折風に吹かれ、葉を揺らす木々。
私は水を一口飲んだ。本当は熱いくらいの紅茶を飲みたいのだけれど、流石に無理ね。けれど、先程口にした侍女の手料理はとても美味しかった。
私が居る応接室は広く感じられた。既に長椅子や洋卓は片付けられている。床には敷布団が畳まれて置かれている。最初、侍女は、寝台を持ってきましょう、なんて言うから驚いてしまった。そんな重い物は大変でしょう、敷布団で充分よ、と私が言うけれども、侍女は問題無いと答えるので、何とか説得した。無理をしなくても良いのに。
今日も私は早めに寝ることにした。侍女が窓掛を引くと、部屋は途端に暗くなる。暗いと言っても当然夜程ではないけれど。私が横になると、侍女は優しく布団をかけてくれた。礼を言い、お休みなさい、と続けた。
私は神社に居た。広い境内。同じ景色が何処までも続いている様。私はゆっくりと歩みを進める。
其の時、背後から同様に草を踏む音が聞こえ、私は振り返る。結城だった。けれど、表情は見えない。ただならぬ恐怖を感じた。否、恐怖などという微温いものではない。得体の知れない、「何か」。結城であることさえ、疑いたくなってしまう程に。
「其の手の・・其れは何?」
「・・・」
返事も無く、一定の速度で「結城」は歩いてくる。「結城」の両手には刀が握られていた。刀身は不気味に光を反射している。私は思わず、崩れ落ちてしまう。けれど、追いつかれないように後退る。しかし、当然「結城」の方が速い。其の距離は徐々に縮まってゆく。
私の身体は震えている。
「・・結城・・お願いだから――」
目前の「結城」は一本の刀を振り上げ、そして――
「~~~~~~!!」
直後、激痛が襲う。数瞬の後、理解した。其の刀は私の右脹脛を骨ごと貫通している。「結城」が力を入れたのでしょう、刀はさらに一段深く刺さり、痛みは激しさを増す。
「結城」はもう一本の刀を振り上げ、そして――
痛みは増すばかり、其の刀は右腿を容易に貫通している。鮮赤の血は止めどなく流れる。悶え苦しむ私を「結城」は見つめている。痛い。痛い。痛い痛い痛い! 模糊ける視界の中、一体何処に持っていたのか、更に一本刀が見える。
「・・結城・・・もう・・已め――」
「結城」は亦、其れを振り上げ、そして――
「!・・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・」
私は目を見開いていた。応接室の天井が見える。既に明かりは灯っている様。そして、私の呼吸は大分乱れているのでしょう、胸が上下している。
「結衣様、大丈夫ですか。」
私は視線を其方に向けた。侍女が横に居て、床に直接座っている。
其の時、目前に白い物が小さく音を立てて落ちてきた。
「・・此れは・・・?」
侍女は其れを拾い上げた。
「結衣様の額に乗せていた物です。熱が有る訳ではありませんが、一晩中魘されている様でしたので。」
侍女は其れに水を含ませ、絞ると、私の額にそっと乗せる。
「随分と汗を掻かれていたので、お顔や胸元だけですが、拭いておきました。」
視線を下に落とすと、私の服の釦は外され、腹まで出ていた。私は恥ずかしくなり、直ぐに釦を閉めた。
「一晩中って・・如何して知っているの?」
「勝手ながら隣に居させていただきました。何か有っては大変ですから。」
「・・貴女は、眠れていないのね。」
「三時間程、眠ることが出来ましたので。」
「・・ごめんなさい、私の所為で。今からでも眠ると良いわ。お疲れでしょう。」
「其れは出来ません。侍女でございますから、結城様、結衣様、染音お嬢様の為に尽くします。お赦しください。」
「・・・」
侍女は立ち上がると、礼をして、部屋を立ち去った。
私は迷惑ばかり掛けてしまっている。結城や染音に、侍女の子達にも。
若しかすると、私は、此処に居ない方が良いのかしら・・。
胸の痛みは無くなってきたけれど、私は毎夜夢に悩まされることとなった。所謂悪夢。私は刀を一本ずつ刺されてゆく。最初は右脹脛、右腿、翌日は左脹脛、左腿、次の日は腹を、其の亦次の日は両腕を。全身から血が溢れ出る。地に染み込み切らず、溜まってゆく血。最早、血に浸かっているのかと錯覚する程に。其れでも私は死なない。死ぬことも出来ず、只管激痛に耐える。殺してほしいと願ってしまう。残っているのは胸のみだけれど、胸を刺される夢は一向に訪れない。
気付けば卯月を迎えていた。まだ包帯は必要だけれど、痛みは殆ど無い。階段を上ることも歩くことも何も問題無く熟すことが出来る。食事も以前と同程度の量をとることが出来る様になり、睡眠時間も戻した。
染音は再び共に過ごすことが出来ると分かると、私に抱き付いてきた。そんな染音を受け入れずには居られない。染音の頭を優しく撫でてあげると、染音は小さく声を漏らした。
結城も以前と変わらない様子の私に安堵している様に見えた。
翌夜、私は染音の部屋を訪ねた。
「・・結衣さん・・・」
「お勉強の邪魔をしてしまったかしら。」
「! いえ、大丈夫です・・」
「然う。染音は、お風呂、まだよね。」
「・・はい・・」
「此れから入ろうと思うのだけれど、染音も一緒に如何?」
「!・・一緒に・・?」
染音の頬が紅潮し、染音は俯く。
「折角だもの、良いでしょう。」
「・・・はい・・」
染音と私は移動し、衣服を脱ぐと浴室へ入る。
「背、流すわ。」
「!・・ありがとうございます・・」
椅子に座る染音の後ろで膝を突き、染音の背に手を当てる。とても更更としていた。
小さな背。とても、小さい。こんな背に、全てを背負っているのね。
私は肩越しに前へ腕を回し、顔を近づける。石鹸と湯気の匂いが鼻を刺激する。
「・・・結衣さん・・?」
「とても安心するでしょう。」
私は其の背に身体を密着させる。顔は見えないけれど、染音はきっと頬を赤らめている。
「・・?・・腕に――」
「見ては駄目。」
「!・・」
思わず強い口調で言ってしまった。染音は瞬間身体を震わせ、ごめんなさい、と呟く。
「こんな物、見てはいけないわ。」
「・・・」
私は染音から身体を離した。
「・・ごめんなさい。直ぐに分かるわ。」
「・・・?」
体調がすっかり良くなった姉は、毎夜俺の部屋で過ごす様になった――流石に自室で寝るが――俺の部屋に来る前は染音と過ごしているらしい。飲み物を片手に、姉と俺は他愛の無い話をする。姉は心底から楽し気な笑みを浮かべ、其れを見ると、俺はとても安心し、そして、嘗ての記憶が蘇る。俺が学院初等科に属していた頃の姉は何時でも笑みを浮かべていた。其の笑みは俺の心を洗い流し、希望となっていた。だが、俺が中等科に進学しようとしていた時だっただろうか、気付けば一切が消えていた。姉は微笑む様になり、笑みを浮かべることは無くなった。だから、再び姉が笑みを浮かべるということはとても嬉しい事だ。
卯月の四日の夜も、結衣は染音の部屋に行った。
「あら、お勉強中だったのね、ごめんなさい。」
「・・いえ・・大丈夫です・・・」
結衣は寝台に腰掛けた。染音は椅子を引き、結衣の方を向いた。
「此処での生活は楽しい?」
「!・・はい・・結衣さんや結城さん・・みんな、良くしてくれて・・・でも・・最近は・・・」
「辛い事が多かったわね、ごめんなさい。」
「・・結衣さんが謝ることでは・・・皆さんが・・居てくれて良かったです・・」
「然う。一つだけ、質問をしても良いかしら。」
「・・・?」
結衣は深呼吸をし、染音の眼を真っ直ぐに見つめた。
「私は、染音の事が大好きよ。染音が、私の事を如何思っているのか教えてほしいの。」
「!・・勿論・・・大・・好きです・・」
染音の頬が紅潮する。
「良かった。有難う、染音。」
立ち上がった結衣は満面の笑みを浮かべ、染音の頭を撫でる。そして、其の儘部屋から立ち去った。
翌日、卯月の五日、此の日も当然仕事が有る。準備を終えた俺は玄関へと向かう。
「待って、結城。」
侍女が扉を開けようとした瞬間、上方から姉の声が聞こえた。見ると、姉は階段さえも駆け降り、其の勢いの儘、俺に抱き付く。
「ど、如何した。」
突然の事で、又、嬉しそうな姉の顔が目前に有り、此方が気恥ずかしくなってしまう。
直後、姉は俺に接吻した。唇を離した後も姉は変わらず、笑みを浮かべている。侍女が目前に居るというのに、よく出来るものだ。
「結城は私の事、如何思っているの?」
「・・言わずとも分かるだろう、姉さんの事は変わらず愛している。」
「ふふ、有難う。私も、結城を愛しているわ。行ってらっしゃい。」
「嗚呼。」
俺は姉と侍女に見送られ、屋敷を後にした。扉の向こう側に隠れていった姉は素敵な笑みを浮かべ、其の綺麗な眼で俺を見つめていた。
今日も、帰れば日常が待っている。皆で夕食を共にし、静かで、安心出来る時を過ごす。然う思っていたのだが、侍女の二言目に少々驚いてしまった。
「反応が無い?」
「はい。昼食を終え、結衣様は、ご本人がおっしゃった通りお部屋に居らっしゃると思うのです。ですが、扉を数度叩いたのですが、お返事も無いのです。」
「寝てしまっているのでは?」
「まだ八時でございますが。其れに、黙ってお眠りになるということもございませんでしょうし。」
言われてみれば、確かに然うだ。
「何か用が有るのか。」
「染音お嬢様が少々・・」
「然うか。染音を呼んでくれ。」
「かしこまりました。」
階段を上り、姉の部屋の前に来る。暫くすると、染音も来た。
俺は扉を数度叩いた。だが、幾ら待とうと音すらしない。やはり眠っているのか。
「入るか。」
「!・・それは・・でも・・」
「分かっている。だが、姉さんは先日まであの状態で、何が有るか分からん。対処が遅れてしまっては大変だろう。」
「・・・」
俺は一言言って扉を開けた――居ない?
其処に姉の姿は無かった。俺は足元に冷気を感じ、微かに窓が開いていることに気付いた。俺は染音に連いて来るよう言い、中に入る。最後に入ったのは怒られてしまった時であるから、実に二十四年振りだ。あの時と殆ど変わらなかった。俺が窓を閉めると、背後から俺を呼ぶ染音の声がした。振り向くと、染音は机を見つめていた為、見ると、机上に封筒が三封有り、其々、俺、染音、侍女等の名が書かれている。
然うか。
俺は瞬時に悟った。
連載小説21本目をお読みいただき、ありがとうございます
更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います
また、質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください
作品の執筆、改善にあたり、参考とさせていただきます
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今後ともよろしくお願いいたします




