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[前回のあらすじ]
仲直りをした結衣と染音。それまでと一変し、共に過ごし、愉し気に会話をするようになる。
そんな中、結城達は鹿鳴館開催日が変更されたことを知った。
不審に思った結城は、鹿鳴館へは参加せず、染音と共に愛馬で出かける。
そこで、晴風少佐と遭遇し、身構えると、背後から聞き慣れた声がして――
――ずっと一緒に居れば良いのに。
少佐とは反対側、すなわち俺の背、愛馬を向かわせた方から聞き慣れた声がした。
振り向けば軍服姿の姉が歩いてきている。
「貴方も然う思うわよね。」
姉は愛馬の首に手を当てた。だが、愛馬は吠え、其の手を振り払う。
姉は少々距離を取ると、再び歩き出す。
「ふふ、随分と嫌われてしまったのね。其れは然うと、結城は何故刀なんかを持っているの?」
「・・姉さんにも同様の質問をしよう。」
姉は亦微笑む。愉し気で、不敵な微笑みだ。普段の姉とはまるで別人であり、此の様な姉を見たことなどない。
姉は少佐の元まで行くと、平然と肩を並べ、刀を地に突く。
「・・姉さん、何の真似だ。」
「真似も何も、私は晴風家の人間よ。確かに血は山城家だけれど、立場は全くの別物だもの。」
「・・其れで、何をするつもりだ。」
「ふふ、何でしょうね。」
姉は口角を軽く上げる。そして、其の右手が微かに動き――
「行け!」
「っ・・!」
俺が叫ぶと、愛馬は染音を乗せた儘、直ぐに駆け出した。其れと同時に――正確には、其の時には既に――姉は刀を抜き、鞘を投げ捨て、目前に迫っていた。
瞬時に引き抜き、其の刃を受け止める。
「何故行かせてしまったの。折角二人揃って、と思ったのだけれど。」
「・・・」
刀を大きく振り、引き離そうとする。だが、姉は反発すること無く上方に跳ぶ。空中で一回転し、瞬時に背後に回り込む。其れに反応し、俺は横から後方に刀を振る。着地すると同時に体勢を低くした姉は数糎単位で躱す。刀が捉えたのは遅れた髪先だけであった。姉が居た場所には髪がひらひらと、本人はさらに後方へと避けていた。焦る様子も無く、余裕の表情をしている。
俺は体勢を立て直し、姉に迫る。俺の刃が姉の肩に届く。然う思った途端、其れは防がれる。姉は俺の刀を弾くと、瞬時に回し蹴りを入れる。脇腹に喰らった其れは姉の身体からは考えられない重さであった。体心を的確に捉えたのだ。俺は蹌踉めいてしまい、姉は間髪入れず突攻撃をしてくる。切先を視界に捉え、咄嗟に地を蹴り、すんでの事で避け――
出来なかった。姉が通り過ぎると、右腕の袖は裂け、前腕に瞬間的に鮮赤の直線が出来た。振り返ると姉は背を向けていたが、直ぐに身を翻す。腰まで有る長髪は其れに追いつかず遅れ、数本が腕などに引っ掛かっていた。気にする風も無く、姉は切先を地に当て、目を閉じていた。そして、其の儘切先を地に当て、擦擦と音を立てながら、一歩、二歩、と近づいてくる。俺は刀を構え、攻撃に備える。
三歩、四歩、姉は地を蹴った。向かってくる刃を受け止める。甲高い金属音が頭に響いた。とても嫌な音だ。姉と俺は互いの鍔を当て合い、押し合う。押し負ければ首に届きそうだ。
「貴方は一つ過ちを犯している。」
「・・何だ。」
「貴方が私に勝ったことが有る?」
「・・・」
以前軍の演習でも幾度か有ったが――半ば揶揄されてのことだが――俺は全敗していた。然うだ、確かに俺では姉に勝てない。
「・・其れならば、姉さんも一つ過ちを犯している。」
「・・何よ。」
「自身の身体が冷え易いことは姉さん自身が最も理解している筈だ。此の時期の屋外は寒かろう。」
「・・・」
「そして、姉さんにしては妙に遅い。」
俺が然う言った途端、姉の顔は不機嫌其の物になった。軋んだ音を発する白歯が姿を覗かせる。
姉の右足が一瞬動いた。其の瞬間――
「ぅ・・・!」
目前の姉は突然表情を歪ませ、同時に俺の胸元と腹に何かが触れる感触がした。姉の手は、否、全身は震えていた。
「・・こん・・の・・・聞い・・」
姉の口端から血が流れ落ちる。俺は視線を落とした。胸元と腹に当たっていたのはいずれも真っ赤に染まった長刀であった。
然う。俺に刺さっている訳ではない。当たっている。其れは姉の胸、腹を貫通しており、後方に柄が二つ見えた。此方に歩いてくる少佐の姿も目に映る。
「お前、其奴を殺す気が無いだろう。」
然う言う少佐は其の柄に手を掛け、一気に引き抜いた。
「っ・・・!」
「此れで対価は払ってもらう。」
少佐は長刀を鞘に仕舞うこともせず、歩いて行き、一瞬の内に姿を消した。
金金という音に、俺の意識は目前に戻される。力が抜けてしまったのだろう、姉は刀を落としていた。呼吸は乱れ、軍服は濃赤に染まっている。吐血しながらも、姉は其の脚を引きずり、歩みを進める。支えてやると、姉は震える腕を俺の背に弱弱しく回す。
「・・結・・城・・・」
「姉さん、気をしっかり持て。」
俺は強い口調で言い聞かせる。
「・・・ごめんなさい・・」
姉は再び噎せる。血が俺にかかる。首元に感じる生温かさが気持ち悪い。其れが軍服越しにも伝わってくる。
「直ぐに軍病院に向かう。」
「・・・私の・・刀・・を・・・」
姉の刀と鞘を拾い、姉を横抱きした。
「!・・結城さん・・!」
屋敷に入ると直ぐの所に染音と侍女が居り、俺に気付くと、駆け寄ってくる。だが、直ぐに其の足を止めた。
「結城様・・!」
二人が驚くのも当然だ。軍服は血塗れで、右腕には包帯が巻かれているのだ。
「問題無い。俺は右腕に切傷を負っただけだ。」
「・・・」
染音は俯いているが、心配そうに上目を向けてくる。
俺は一度時計を見た。午後七時を回った頃だ。
「夕食はもう済ませたのか。」
「っ・・いえ、まだでございます。」
「ならば、後程、準備を頼む。」
「かしこまりました。既に支度を始めておりましたので、然程お待たせせずには・・」
「分かった。其れと、染音は部屋で待っていてくれ。然う心配するな。」
俺は染音の頭を撫でてやる。染音は小さく返事をすると、仕方無さ気に自室に向かった。仕方無さ気と言っても当然不満が有る訳ではなく、如何ともし難い為であろう。俺も、其の侍女を連れ、自室に戻った。
「結城様、結衣様に一体何が・・・」
「・・姉さんか。」
「染音お嬢様から僅かばかり聞いておりますが・・」
「・・・」
両手を差し出す侍女に軍服の上着を渡した。
「姉さんは重傷を負い、軍病院に居る。」
「!・・重傷、でございますか。」
「嗚呼。」
侍女に事情を説明した。
「最後に見た時には姉さんの意識が有った。死にはしないだろう。」
「・・・」
「完治するには二月ばかりかかると軍医は言っていた。其の間、染音を宜しく頼む。」
「・・かしこまりました。しかし、此の件に関してはいかが致しましょう。」
「話してやってくれ。他の侍女にもだ。」
翌朝、不在の姉に代わり、染音を学院に送ってやった。当然ながら、染音は暗い面持ちをしていた。最近は染音に心配ばかりかけてしまい、情けない限りだが、染音はこんな俺や侍女に気を遣い、何かと自分でやろうとするらしい。
屋敷に戻り、今度は軍へと向かった。午後からの日ではあったが、明日以後の量を多少也とも減らしておきたかった。本部に着き、例の部署へと廊下を歩いていく。
「山城准佐ではないですか、何故此の様なお時間に?」
「いえ、特に理由は有りません。」
「はぁ・・」
「何かご用ですか?」
「然うでした、御前中将がお呼びで。」
「分かりました。此れ等を置いた後、向かいましょう。」
「お荷物であれば、お預かりしましょう。」
「然うですか。助かります。」
俺は其の人に渡し、廊下を戻った。本舎のほぼ反対であったから本当に助かった。
「失礼致します。」
「おお、来たか。先程山城君が来たという連絡を受けたんだ。済まんな、山城君。」
俺は軽く頭を下げた。
「山城君に話が有ってな。」
「と、申しますと?」
「急で済まないが、異動してもらうことになった。」
異動・・? 此の様な時に如何したものか。
「入隊した時から山城君には今の隊でやってきてもらったが、明日からは第二隊に移ってほしい。」
「・・第二隊、承知致しました。」
「其れに伴って少佐への昇格も確定している。第二隊小隊長として、牽引してくれ。」
「何故昇格まで・・」
「儂が推したんだ。山城君の事を信頼しておるからな、はっはっは!」
豪快に笑う中将に俺も控えめに合わせる。
暫くすると、中将は真剣な顔つきになった。
「昨日の件だが、山城中佐が襲撃されたのだろう。山城君も腕に負傷したようだが。」
「・・・はい。」
「まだ犯人は分かっておらん。軍人が襲撃されるなどただ事ではない。秘密裏に捜査を進めさせている。」
「秘密裏に、ですか。」
「まだ表に出すべきではない。内部に犯人が居るかもしれん。儂が信頼している者にやらせている。山城君も用心するように。」
「・・・はい。」
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