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単語の説明はありません。
[前回のあらすじ]
染音の帳の後半では、鹿鳴館で結城が襲われた事件の経緯が判明した。
なんと結城が信頼していた晴風少佐が染音を扇動したのであった。
まだ真実がはっきりとは分からない中、結城は迷いの日々を送る。
また、その帳をきっかけに、結衣と染音はようやく互いに歩み寄ることができた。
「大分冷えるわね。」
「・・はい・・」
平日は当然学院へ行く。師走の上浣になっており、雪が連日降る。地には数糎積もっていた。
女子部の門に着くと、結衣は染音の角襟服の洋袴の雪を払った。
「・・ありがとうございます・・」
「ええ、行ってらっしゃい。」
「!・・はい・・」
校舎へ向かう染音に、結衣は手を振った。
ある日曜日、結衣は染音の部屋を訪ねた。
「染音の手袋、少し大きかったでしょう。だから、作ったわ。」
「!・・手袋を、ですか・・・?」
染音は寝台に座っている結衣の隣に座った。
「ええ、革だから暖かいと思うわ。染音の手に合うと良いのだけれど。」
結衣が染音に渡すと、染音は手袋を嵌めてみた。其れは丁度だった。試しに何度か指を曲げ伸ばしする。光に反射する濃い青黒色が艶やかであった。
「・・すごいです・・・!」
「ふふ、有難う。其れと、此れが襟巻。もう師走、此れからさらに冷えるから。」
染音は手袋を外し、襟巻を受け取る。折られている物を少しずつ広げ、首に巻いてみた。結衣が軽く整えてやった。
「良く似合っているわ。良かった。」
「・・結衣さんは・・本当に上手です・・・」
「然う、有難う。」
「あの・・私も・・作ってみたいです・・・襟巻を・・」
「ええ、少し待っていて。」
結衣は自室から、裁縫の一式を持ってきた。
「襟巻なら、此の糸が良いと思うわ。色は数種類有るから好きな物を選んで。」
染音は暫く眺めると、濃紺色の糸玉を手に取った。
「良い色よね、私も好きよ。」
「・・結衣さんに似合うかなって・・思って・・」
「あら、私の為に?」
「!・・はい・・作ってくれたので・・・お礼に・・」
染音は頬を薄赤く染め、視線を逸らす。
「染音は裁縫が得意だから直ぐに出来るわ。学院で作った袴や浴衣もとても綺麗に出来ていたわよ。」
「!・・本当ですか・・」
「ええ。」
結衣は微笑んだ。そして、染音に道具を手渡す。
結衣と染音は以前とうってかわってよく話す様になった。また、一緒に過ごすことも増えた。染音は気が随分と楽になり、体調を崩すことも殆ど無くなった。学院への往復はあの様な殺伐とした時間ではなくなった。母と娘の様に手を繋ぐことも有った。
あれからも毎日仕事に行っているが、変わった事は無い。まるで何事も無かったかの様だ。少佐も変わらず同様に接し、軍の様子も変わり無い。染音の文章に書かれていたことを忘れた訳ではないが、其れが嘘の様に感じられてしまう。己の正気でも狂ったのか、己を疑ってしまう。
一方、屋敷で見る染音は、姉と話せる様になり、嬉しそうにしていた。三人揃って食事を取る時は何とも無く話す様になった。以前よりも染音を含め、本物の家族の様に思える――姉は元々家族であるが――姉と染音が話しているのを見ると、微笑ましく、染音は笑わず常に俯いているものの楽しそうであった。
年が明け、睦月になると寒さは一層厳しくなる。そんな中俺を乗せてくれる愛馬に感謝する日々だ。
「山城准佐、お聞きになりましたか。」
本舎の廊下を歩いていると、同じ隊の人が駆けて来た。休憩ということも有るのだろう、其の人は珈琲を片手にしていた。
「如何しました。」
「次回の鹿鳴館は、時期が早まるそうです。」
「早まると言いますと?」
「地区によっては既に通知が届いていますが、如月の二十一日です。」
「何か理由が有るのですか。」
「通知文書では、前回の事が有り、軍の都合で警備強化の為に其の日になったと書いてありました。」
「然うですか。」
「申し訳ございません。今頃になって幾度も話に出してしまいまして。」
「気にしないでください。説明の為には致し方有りません。」
「其れにしましても、山城准佐は何時でもご丁寧にお話しますね。私は下級なのですから、其の様に話されなくとも宜しいのですが。」
「いえ、其の様な事は・・」
華街の件については、話さなくとも良いか。
「市民にも変わらず、と聞いたことが有ります。」
「・・少々気が引けてしまいまして。」
「結城、手紙が来ているわ。鹿鳴館に関する事の様だけど。」
「嗚呼、開催日が早まるそうだな。如月の二十一日だったか。」
「あら、知っているの?」
「丁度今日隊の人から聞いた。」
俺は念の為、其の手紙を受け取った。部屋で紙面を見ると、聞いたことが書いてあった。隊の人を疑っていた訳ではないが、一致していたことが俺を安心させた。だが、時期が早まったことに関しては疑問が残る。かつて何が有っても開催日の変更が無かったのだ。不可能である場合、中止にするというのが慣例であった。其れが変更ともなれば、聞き流すということは出来まい。
如月の二十一日、今日は大分冷え込む。午後三時頃、染音の部屋に行った。
「結城様! 染音お嬢様がお召し替え中でございます。少々お待ちくださいませ。」
「!・・結城さん・・・」
染音は反対側へ顔を向けた。
「今日の鹿鳴館へは出向かない。」
「!・・」
「結城様?」
「準備をさせておいて悪い。染音の着替えも馬車も構わない。」
「・・かしこまりました。」
「ただ、馬で適当に出掛けようと思う。」
「!・・・どこに行くんですか・・?」
「ただの散歩だ。特に目的地は無い。」
「・・それなら・・・私も良いですか・・・?」
「・・・嗚呼。」
染音は私服に着替え、俺に連いてきた。
「・・・軍服ですか・・?」
「嗚呼。」
「・・刀も・・持って行くんですか・・?」
「何か有っては困る。」
染音は今一分からないといった表情をした為、俺は頭を撫でてやった。
乗馬し、取り敢えず正面の道を選んだ。雪は道の両端に寄せられていた。空気は澄んでおり、吸い込めば多少冷えるが心地良い。染音も一枚羽織り、問題は無いと思われる。
商店街へと続く道に差し掛かった時、先に人影が見受けられた。刀を二本、腰に携えた人である。俺は少々距離が有る所で馬から降り、歩いて行った。
其の人は振り返り、俺等の方を向いた。
「山城、こんな所で何をしている。鹿鳴館に遅れてしまうぞ。」
「晴風少佐こそ、何をしておられるのですか。」
少佐から返事は無かった。俺は愛馬の背を数度叩き、屋敷に戻るよう合図をした。
突然動き出した馬に驚いたのだろう、染音は一瞬目を見開き、小さく声を漏らしたが、直ぐに不安気に俺を見てくる。
「何故帰す。」
「ずっと一緒に居れば良いのに。」
連載小説18本目をお読みいただきありがとうございます
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