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華族と家族  作者: どばどば
第2節 操り人形
15/37

ー9

単語の説明はありません


[前回のあらすじ]

 拘置所から戻った染音から結城は一冊の帳を受け取った。

 そこで、染音が市民であった時の生活が明らかになる。

 ある日、両親から、実の親子ではないことが告げられ、染音は華街へ行く決意を打ち明けた。

私ね、華街(はなまち)に行くことにしたの。


華街? 如何(どう)してそんな所に。まだ十三歳だろう。其れに、あの場所には行ってほしくない。


・・・でも・・


でも、如何した。


・・もうお父さんやお母さんには、迷惑をかけられないから。今まで、育ててくれたことは、とても嬉しいし、感謝もしてるの・・・でも・・だから・・これ以上は・・・


無理しないで。其の気持ちだけで充分よ。


然うだ。大丈夫だ。全然、迷惑なんかじゃない。


ありがとう・・・でも・・どうしてもなの・・・お願い・・


父と母は困ったような顔をしました。でも、どこか悲し気で、父と母のそんな顔は見たことがありません。だから、父と母に迷惑をかけないように家を出るのに、それで迷惑をかけてしまって、どうすればいいのか分かりませんでした。


如何してもって言っても・・・


嗚呼、然うは言ってもやはり・・・


父と母は顔を見合わせたので、私はしばらくしてから言いました。


あの・・何とかするから・・・だから、大丈夫。


私はあまり強く言えず、俯いてしまいました。

 すると、母は微笑みました。


然う。其れで、何時(いつ)向かうの?


うってかわって明るい口調でした。驚いて、固まってしまいましたが、小さな声で、明日の昼頃、と答えました。母は台所に行きました。

 この日の夜、父は仕事の都合で家にいませんでした。次の日の朝には帰ってくるようで、最後に会えると分かったので、安心しました。

 母と二人、私の部屋で荷物の整理をしました。母はいつもの、穏やかな表情で衣服を畳んでいました。私はその横に座って、旅行鞄に詰めていきました。


此れも持って行く?


母は時々聞きました。私は小さく首を横に振りました。できるだけ、この部屋に残していきたかったからです。


今日は一緒に寝る?


・・うん。


私は母についていって、母と一緒に寝台(べっど)に入りました。無意識に、母に体を寄せていたようで、母は小さく笑って、私の頭をそっと撫でてくれました。


温かい・・


口から漏れていたのか、母は、ふふ、と笑いました。それから静かになりました。


然うよね。


大分時間が経ってからだと思います。母は私の耳元で囁きました。そして、私の頬に指をゆっくり滑らせました。私は泣いてしまっていたようでした。そっと顔を母のほうに向けると、母はまっすぐに私を見つめていました。断ち切らないといけないと分かっていても、私はつい、母のほうにさらに体を寄せてしまいました。



 目が覚めると、母の姿はありませんでした。寝台から出て、居間に行きました。


お早う。

お早う。もう少しで出来るから、待っていて。


既に父は帰ってきていて、母は台所で作業をしていました。時計を見るともう十一時をまわっていました。

 料理ができると、三人で食べました。



 食べ終わり、荷物を玄関に持ってくると、父は父の部屋に行き、すぐに戻ってきました。


此れを持っていきなさい。


其の儘だといけないわ。此の箱に入れましょう。


父は、母が持ってきていた長く四角い箱にそれをしまいました。


他の人には見せては駄目よ。とても、大切なもの。


大切なもの・・?


ええ、染音にとっても、大切なの。


私は小さく頷きました。


お父さん、お母さん、ありがとう。


父と母に私は抱きつきました。



 最後に見た父と母は笑っていました。並んで、私に手を振ってくれていたのです。

 随分と歩いたと思います。少し高い壁に沿って歩くと門がありました。中に入ろうとすると門の人に止められてしまって、入れませんでした。働きたいと言っても駄目でした。どうしても、父と母の所に戻ることになるのは嫌だったので、強く言えませんでしたけど、何とかお願いし続けました。そうして、やっと入れてもらえました。でも、その人を見ると、私の気持ちを汲んでくれたようではありません。きっと、華街の支配人に突き返されると思って、とりあえず通したのだと思います。

 中を歩いていると、華街の人に見つかって部屋に連れていかれました。支配人が来ると、はじめ私が勝手に入ったのだと勘違いしたようで、軍に連れていかれそうになりました。私は通してもらったことや働きたいということを言いました。

 誤解は何とか解けましたが、それでも、相手にしてもらえません。


お前みたいな奴に何が出来る。


私は何も言えませんでした。実際まだ十三歳で、お酒も飲んだことなんてあるはずがありません。こんな性格の私が、見ず知らずの男の人の相手をするのも無理です。私はそれでもお願いすることしかできません。支配人は断り続けていましたが、最後は呆れたように、雑用として認めてくれました。ただ、少しでも早くこの場を収めたかっただけだと思います。



 私には空き部屋が渡されました。四畳くらいの小さな部屋で、入った時は少しほこりっぽかったのを覚えています。私は咳き込みながら、掃除をして、荷物を整理しました。その部屋は一階の隅で、高床ではありましたけど、下からも寒さが伝わってきました。そして、その部屋に行くには他の遊女さんの部屋の前を通らないといけなかったので、それが少し辛かったです。みんなはとても綺麗な人達で、自分の着物を持っていました。お仕事で着るものです。その着物もとても綺麗で、私は与えられていなかったので、それが私と他の人達との差を見せているようでした。

 ご飯はその部屋で、一人で食べるのが普通です。普通というよりも、そうする他なく、他の人と食べたことは一度もありません。時々聞こえてくる笑い声が苦手でした。



 私は何もできませんでした。次の日から始まった雑務は大変でした。朝起きるのさえ辛くて、体力の無い私は、廊下の雑巾がけも時間がかかってしまいました。お酒の種類も多くて、見たこともなかったので、待たせてしまうことも多くありました。だから、華街の人に怒られてしまって、時に他の遊女さんから嫌がらせを受けることもありました。ばけつの水をわざとこぼしたり、私を遊女さんの部屋につれていって・・・それで、余計に仕事が遅くなって、怒られたりもしました。

 でも、本当のことを言えるはずもなく、私は毎日布団の中で泣きました。今まで、こんなことは一度もありません。相手にされないことが当たり前だった私はどうすればいいのか分かりませんでした。なかなか寝つくこともできず、毎晩父と母のことを思い出してしまいました。



 そんな生活が一年も続きました。

 でも、ある日の夜、一度私の部屋に戻ろうとしていた時です。華街の人が私のもとに息を切らして呼びに来ました。私はわけも分からないまま、振り袖を着せられて、お酒の乗った盆を渡されました。そして、三階につれてこられました。


此の部屋の客の相手をしろ。


そう言われて、私は一人残されました。一番不安だったのは、一人だったことではありません。襖一枚の向こう側にこれから相手をする人がいることでした。手が震えてしまって、一度盆を床に置きました。そして、他の遊女さんがしていたのを見よう見まねで、挨拶しました。でも、実際に中に入るととても緊張してしまいました。


名は。


姓は。


齢は。


隣に座ると、その人は次々に聞いてきました。拙い返事しかできません。お酒も、最初の一杯は注ぎましたけど、それからは一度もできません。その人が自分で注ぐのを見ると、自分はどうしてこうなのだろう、とまた考え込んでしまいました。お酒も注げず、話すこともできず、体を寄せることもできなくて、最後は眠ってしまって・・・どう思われているのか想像することさえ嫌でした。

 ごめんなさい。本当は、お酒を注いだり、普通に話したりしたいと思って、そうしようと頑張りました。それでも、私にはできませんでした。



 その人はそれからも来ました。こんな私を否定せず、華街に来ると、窓の外を眺めて、お酒を飲みました。時々話すことは、どこか市民的でした。でも、それは決して悪い意味ではなくて、そのおかげで私はあまり壁を感じずに済んだのかもしれません。

 最初は嫌でした。でも、少しずつその時間が、落ち着くことができる時間になっていきました。その人は、私が失敗しても決して怒らず、むしろ優しく接してくれました。それが、とても安心できました。でも、言い換えれば、甘えてしまっていました。



 それから、二月(ふたつき)ほど経った時、この日はよく覚えています。その人が来たと思ったら、相手をするのではなく、引き取りたいと言われてとても驚きました。でも、でき損ないの自分では失礼だと思って、断ってもらおうとふいに思いました。多額の借金があると言えば、きっと諦めてくれる、そう思いました。それでも、其の人は私を引き取りたいと言うので、困ってしまいました。ちゃんとした返事ができなくてごめんなさい。あんな態度をとってしまいましたけど、不安もありましたけど、本当はとても嬉しかったです。華街から出られて、その人の近くにいられる、そう思うと安心できました。こうして、今の生活が始まりました。




 俺は帳を閉じて、床についた。時刻は十時頃で、明日の朝は早い為、丁度良いだろう。



「早くしなさい。」

「!・・はい・・」

染音は角襟服(セーラーふく)を着て、結衣と共に屋敷を出た。此の日から学院に復学することになっていたからだ。門の所まで来ると、結衣は直ぐに立ち去った。

 学院では、組の女学徒に尋ねられることが多々有った。其れは染音や結城の体調の事であった。何故染音の事まで皆が心配しているか分からず、返事はするものの、困惑してしまっていた。



 少々帰りが遅くなり、夕食は一人で済ませることとなった。今日は珈琲を淹れてもらい、帳を手に取った。そして、紙を挟んでおいた(ページ)を開き、続きを読む。











連載小説15本目をお読みいただき、ありがとうございます


更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います


また、前書きに以前報告いたしました「あらすじ」をようやく追加することができました

詳細は活動報告にて投稿させていただきましたので、そちらをご覧ください

しかし、いまだ完全ではないため、今後も改善を加えていく予定です


質問、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください

作品の執筆にあたり、参考とさせていただきたいと思います

お待ちしております


今後ともよろしくお願いいたします


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