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華族と家族  作者: どばどば
第2節 操り人形
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ー8

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 初めて入ると、あまり変わりませんでした。床は絨毯で、寝台(ベッド)、机と椅子がありました。部屋は変わらなくても、温かみはありませんでした。冷たい、と感じました。

 決まった時間には食事があって、それ以外はやることがありませんでした。窓も無かったので、椅子に座って、夜には、寝台に横になりますが、全然眠れません。でも、気づくと寝ていて、気づくと朝になっていました。

 なぜか、毎晩のように思い出しました。両親と過ごしていた時のことです。結城さんは、全部話してくれました。だから、私も知ってもらおうと思います。



 父と母はとても優しく接してくれました。私が小さい頃、母は絵本を読んでくれました。父は昼間家にいなかったので、夜、母と代わるように相手をしてくれました。毎日、たった一時間、もっと短かったかもしれません。小さい頃のことはこのくらいしか覚えていません。



 六歳になり、学院初等科に通い始めました。外出したことがなかった私はとても不安でした。そのこともあって、母は学院までついてきてくれました。門に着いても、私はなかなか母の手を離そうとしなかったそうです。よく覚えていませんが、私は泣いてしまっていたようで、大丈夫だと言い聞かせてくれていたと思います。

 ようやく落ち着いた私は母と別れ、中に入りました。一人になるととても寂しかったです。泣くのを我慢して、自分の席で静かに過ごしていたと思います。

 一日が過ぎて、帰る時間になりました。外に出ると、母が待っていました。私はすぐに母に抱きついてしまいました。母と一緒にいると、とても安心できました。次の日からも母は毎日、私と一緒に学院まで来てくれて、毎日迎えに来てくれました。それがとても嬉しくて、手を繋いで歩きました。


学院は如何(どう)


ある日、母は私に聞きました。私は困ってしまって俯きました。楽しいとは言えませんでしたが、母に心配をかけたくなかったからです。


友達は?


母は付け加えました。私は小さく首を横に振りました。すると、母は控えめに微笑んで、どこかに行きました。母は分かっていたのかもしれません。今考えると、そうだったと思います。戻ってくると、私に本を一冊手渡しました。


此の本を読んでみたら?


母はそう言って微笑みました。私は小さく頷きました。それからです。学院で、講義の合間やお昼にはずっと本を読んでいました。



 中等科に進学しても変わりませんでした。毎日母と学院に行き、母は迎えに来てくれました。母が渡してくれた本を私は読みました。母は私がちょうど読み終わりそうな時に、新しい本を用意してくれました。

 一方、大事な勉強は全くできませんでした。初等科の時から勉強はできませんでしたが、それを深刻に思い始めたのは、中等科壱年生の夏前の通知書です。ほとんどが丙で、裁縫は丁でした。こんな通知書を母や父には見せたくありませんでした。育ててくれたのに、という思いや落ち込ませてしまうかもしれない、怒られるかもしれないと思うと少し怖かったからです。でも、大好きな母や父に隠し事をしたくなかったので、私はおそるおそる見せました。


染音。


母はそっと私の名前を呼びました。私は体を震わせました。でも、母は怒りませんでした。心配しないで、大丈夫よ、と言い、私を抱き寄せ、そっと頭を撫でてくれました。父も私を責めませんでした。母と同じように、励ましてくれたのです。私にはあまりにも優しすぎました。とても辛かったです。翌日から私は自習するようにしました。それまでも全くしていなかったわけではありません。でも、それまで以上にやるようにしました。

 母や父は私の体調を気にかけ、早めに寝るようにずっと前から言ってくれていました。だから、夜起きているのは大変でした。九時には寝ていたので、十時ではとても眠くて、そのまま机で寝てしまうこともありました。朝起きれず、母に起こしてもらうこともありました。そして、学院の講義中に寝てしまうこともありました。ただでさえ、分からないのに寝てしまって、それで勉強のために夜起きて、また講義で寝てしまって、私はどうしてこうなのだろう、と思うこともありました。

 自分が悪いのは確かで、だから、どうすればいいのか分かりませんでした。次の通知書も変わっていませんでした。逆に、丁の数は増えていたくらいです。それでも、母と父は怒りませんでした。それは私のことがどうでもよかった、というわけではなかったと思います。私は確かな温かさと優しさを感じていました。母と父は優しすぎただけです。その優しさに私は甘えてしまっていたのかもしれません。



 中等科前期だったので進級はできましたが、学院の先生に呼ばれることが何度かありました。成績のことです。先生に言われたことは分かっていました。自分でも、分かっていました。でも、弐年生になっても変わりませんでした。相変わらず裁縫は全くできず、学院に残り、補習に参加しなければいけない日も少なくなかったと思います。被服室に一人で残って、できもしない裁縫をやりました。母は私が遅くなる日でも、門の所で待っていました。私が母のもとに行くと、決まって母は優しく微笑みました。そして、手を差し出してきます。私は逃げるようにその手を握りました。



 ある日のことです。

 確か、夏季休業が終わって、葉月の終わり頃だったと思います。この日も母は門の所で待っていました。私は小走りに母のもとに行きました。


帰りましょう。


母はいつものように微笑んで、手を差し出してきます。母と私は手を繋いで歩き始めました。でも、私は後ろから聞こえた会話に立ち止まりました。母も止まりました。


もう中等科弐年生ですのに。


初等科でもなし、母のお迎えなんて。


初等科でも其の様な事は有りませんわ。


とてもお恥ずかしい事ね。


小さな笑い声と共に、消えていきました。そっちを向かなかったので、誰が話していたのか分かりませんでしたが、誰かは関係ありませんでした。


ごめんなさい。


母は申し訳なさそうに微笑んで、言いました。そして、再び歩き始めました。手を離すことはありませんでした。母の一言が、その言葉が、いっそう辛く感じました。私のことを何と言われても、少しは悲しいけど、仕方のないことだと分かっています。でも、私の大好きな母が、自分のせいで傷つくのは、耐えられませんでした。本当に辛くて、悲しくて、私は泣いてしまいました。歩みを止めた私に気づいて、母は私のほうを向きました。


大丈夫よ、気にしないで。


母はそっと手拭(てぬぐい)で私の頬をふきました。でも、涙は止まりませんでした。その場に私はしゃがみ込んでしまいました。母の顔を見ると、胸が締めつけられる思いになって、だから、見ないようにしました。母は隣にしゃがんで、私の背中をさすってくれました。それが逆に辛かったのです。母の温もりが伝わってくるようで、涙はいっそう溢れてきます。そんな私を、母は、膝が汚れることを気にすることなく、膝をついて抱いてくれました。



 その次の日からも母は変わらず、一緒に学院に来て、迎えに来ました。門の所で母と会う度に、あの会話が頭の中で繰り返されて、辛かったですが、母を拒むことなどできませんでした。

 でも、ある日の帰り道、私はつい、聞いてしまいました。


お母さんは、どうして私なんかを迎えに来るの・・?


その時は自分がどのようなことを口にしたのか分かっていませんでした。今思うと、酷いことを聞いてしまったと後悔しています。しばらくして、母は答えました。優しく微笑んで、です。


だって、早く染音に会いたいもの。少しでも、早く。出来るだけ、染音と長く、一緒に居たい。然う思うの。駄目かしら。


何も言えませんでした。とても嬉しかったのは、本当です。でも、私が母を縛りつけてしまっているような気持ちになりました。



 次の日曜日、どこへも行かず、家にいました。部屋にいると、戸が開いて、母が顔を出しました。何やら話があるようで、私は母についていきました。居間には、父が座っていました。母は父の隣に座り、私は向かい側に座るように言われて、座りました。

 すると、父と母は静かに話し始めました。私は信じられませんでした。


何か聞こえない?


聞こえる?


ええ、声の様な、小さいけど。


然うか、一度見てくる。


助かるわ。


父が外に出て、しばらくすると、自分を呼ぶ父の声が聞こえた、と母は言います。外に出ると、家の前の所に赤子はいたそうです。冷えてしまう、放っておけない、ということで家の中に入れて、世話をしたそうです。赤子の近くに封筒があって、父と母は読みました。


 この時、私は自分が拾い子であることを初めて知りました。私は突然、怖くなりました。大好きだった母と父が本当の母と父ではなかったからです。怖かったのは、その事実よりも、母と父は本当に私を愛してくれていたのかどうかでした。本当の子供でもないのに、愛するなんてことはないと思いました。

 父と母は私を気遣ってくれたのか、しばらく黙っていました。それから、聞いたのは手紙のことです。封筒に入れられていた手紙には、名前のこと、私を置いていったのはどういう人なのか、事情、お願いが書かれていたそうです。その時の私は全く分かりませんでした。その人がどういう人なのか分からず、自分が何かも分かりませんでした。

 でも、一つだけ、聞きたいことがありました。


お父さんやお母さんは、本当は、どう思ってるの?


一瞬驚いたような顔をした父と母ですが、母は嬉しそうに、私に対する想いを話しました。父も、母に続いて私への想いを話してくれました。それには、本当に愛してくれているのだと安心させてくれるような力がありました。そして、私が感じていた温もりは、嘘じゃなかったんだと、思わず泣いてしまいました。



 でも、次の日から私は変に考えてしまうようになりました。それまでと違って、確かに母と父のことは大好きなままでしたけど、どこか他人のような感じがして、一緒に食べる時や一緒に歩いている時、夜寝る時も何かがずっと私の中にありました。私はそれに耐えられなくて、数日後、母と父に話しました。


私ね、華街に行くことにしたの。













連載小説14本目をお読みいただき、ありがとうございます


更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います


また、意見、感想等ありましたら、遠慮なくお声かけください

お待ちしております


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