表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華族と家族  作者: どばどば
第2節 操り人形
13/37

ー7

単語の説明はありませんので、本文へお進みください




 刃が目前に迫る。



 斬られる。瞬時に悟った。

 俺は反射的に目を(つむ)ってしまっていた。

 だが、長刀が俺に届くことは無かった。代わりに甲高い金属音が鼓膜を震わせる。



 そっと目を開けると、長刀は目前で止まっている。数瞬の後、漸く理解出来た。鞘から僅かに出した長刀の刃で、腕を伸ばし、長髪で軍服に身を包んだ女性が其の刀撃を防いだのだ。女性は長刀を引き抜くと同時に、(しのび)を押し退ける。忍は抵抗すること無く、むしろ其の力を利用する様に後方へと跳んだ。

「結城! 怪我は無い!?」

「姉さん! 何故此処に!」

「今は――」

忍は跳び上がり、上層の窓から逃走した。

 其の瞬間、姉と俺の周囲は煙に包まれた。やられた。何時(いつ)の間に煙筒を落としたのか皆目見当もつかない。そして、当然視界はかなり悪く、姉の背が見える程度だ。

「結城、動かないで!」

姉は依然長刀を構えた(まま)だった。

「結城後ろ!」

姉が叫んだ。俺は振り向こうとする――だが、突然腰に衝撃が走る。鋭い、瞬間的な痛みだ。俺は数歩蹌踉(よろ)めいた。下を向くと切先が見える。真っ赤に染まり、一滴、二滴、と血が垂れてゆく。姉は俺の横を走り抜け、そして、後方で鈍い音がする。



 煙が晴れたのは暫くしてからだった。何とか、腰に刺された物を抜く。見れば、俺の太刀だった。何故俺の太刀が・・・視線を先に向けると、姉は誰かを俯せにし、其の背に足を乗せ、首元に長刀を当てている。

「姉さん・・何を――」

此奴(こいつ)がやったのよ! 貴方(あなた)を刺したのは此奴よ!」

「・・其の人が・・?」

「貴方を裏切ったのよ! やはり鬼の・・・!」

俺は俯せにされている人を見る。流石に目を見張るものであった。何故ならば、其の人は染音だったのだから。其れにしても何故――少々意識が朦朧としてきた。そろそろ辛いな――



 其の後、軍が現場に来て其の場を収めた。結城は軍病院へ搬送され、結衣と染音は軍へ連行された。結衣は自ら同行を要求したのだった。本舎の一室に連行されると、染音は手を縄で縛られ、椅子に座らされた。結衣は部屋の隅に立っていた。机越しに軍人は質問をしては誌に書き留めてゆく。染音は目に涙を浮かべていた。結衣は其の軍人に()()だけ伝える。()()()()()()()()()、結衣は頭を下げた。

 然うして、染音は独房に収容され、結衣は屋敷へ戻った。帰路、結衣はふと、華族で良かった、と思ったが、直ぐに其れを恥じた。



 俺は翌朝目が覚めた。服を(めく)ると腹には包帯が巻かれている。少し手を触れただけでも激痛が走った。ふと横を見ると、軍服が掛けられている。少し左にずれた腹の部分は真っ赤に染まり、駄荷袋(ずぼん)には幾つか筋が出来ている。

 今でも半ば疑っている。俺を刺したのは本当に染音なのだろうか。俺の太刀が使われていたことから、鹿鳴館の置き場に行ったことになる。置き場は施錠されているし、警備員も居た筈だ。



 十二時を回った頃だった。

「災難だったな。」

「少佐。」

「つまらない物だが、加須底羅(カステラ)だ。」

晴風少佐は手にしていた紙袋を横の机に置いた。紙袋には独特の書体で『百華堂』と印刷されている。百華堂は和菓子の老舗で人気が有る。さらには多くの雑貨も販売しており、主に女学徒が立ち寄る場所である。姉も当時は屡々(しばしば)立ち寄っては、少々値は張るものの買ってきていた――値段相応の味で恐らく此の街で一位二位を争う程だろう――ただの見舞いだというのに。俺が礼を言うと少佐は笑って返す。

「一晩経って、調子は如何(どう)だ。」

「今朝は少々痛みましたが、動かなければ何ともございません。退院は来週の予定です。」

「然うか。其れ程重い訳ではないのだな。」

「はい。」

「復帰を楽しみにしている。無理はしなくて良いが。」

「少佐を始め、隊の皆様に申し訳無いので、なるべく早く戻ります。」

「お前は真面目で信頼も有る。誰も文句は言わん。」

少佐は長くは居なかった。仕事の合間にわざわざ来てくれたのだ。尚更退院が待ち遠しい。



 少佐が見舞いに来たのは其の日だけではなかった。毎日昼頃に此の病室を訪ねてきた。其の都度、ちょっとした和菓子を持ってくるのだった。

 退院日、軍医と軽く話して、病院を出た。侍女が馬車を用意していた為、其れに乗って屋敷へと向かう。僅か一週間程ではあったが、屋敷が懐かしく感じる。

 中に入ると姉が、お帰りなさい、と優し気な微笑みと共に抱き付いてくる。

「無事で、良かった。」

姉がそっと呟き、俺は、然うだな、と一言だけ返した。



 仕事に復帰し、再び日常が始まる。例によって一人居ないが。以前の生活に戻った様だった。まだ二人であった頃の生活だ。俺はあの部屋には行かなかった。名前を口にすることも無かった。姉や侍女に変に、気を重くさせぬように。姉も部屋に行く様子は無く、名を口にすることも無い。ただ、以前よりも微笑む様になったと思う。そして、少なくとも俺は三人の生活に慣れてしまっているのだろう、物足りなく、平坦に感じられた。



 此の一月(ひとつき)はとても長かったと思う。特に仕事から屋敷に戻り、朝を迎えるまでが日に日に長くなっていたと思う。

 今日の空は雲に覆われている。時折吹く風は肌寒い。愛馬で向かった先は拘置所だ。

 漸く此の日が来たのだ。中に入り、玄関(エントランス)の椅子に腰かける。



 十二時丁度、廊下の向こうから複数の足音が響いてくる。看守と染音だ。染音は帳の様な物を抱いて、下を向いている。俺は立ち上がり、看守の元へ行く。そして、話を聞いてから染音を引き取ることとなった。

 門を抜け、愛馬を横につけた。

「染音、乗れるか。」

「・・・歩いて・・」

「然うか。」

何とか聞き取れる程度の声だった。そして、あまり顔を此方(こちら)に向けようとしないが、染音のしたい様にさせた。

 俺が歩き出そうとすると、愛馬が低く唸り、体を寄せてくる。言い聞かせるが、繰り返し唸るばかりだ。此れでは致し方無い。

「染音、悪いが乗って帰ろう。此奴が乗せていきたいと聞かなくてな。」

「・・・」

染音は何も言わずに頷く。染音を先に乗せ、俺も乗ると合図をせずとも愛馬は勢いよく駆け出した。



「・・あの・・・」

「如何した。」

「・・少し・・庭にいても・・・いいですか・・?」

「嗚呼、構わない。ただ、あまり体を冷やさないようにな。」

「・・・はい・・」

染音は屋敷に着くと然う言った。俺が良いと言うと、染音は小さく頭を下げ、屋敷の裏へと姿を消した。

 夕食時、珍しく三人揃って食べた。俺の隣に染音、向かい側に姉が座っている。だが、あの時の様に一言も話すことは無かった。もう一年以上も経ったのだ。普通に話してもおかしくはない。染音も姉とは仲良く出来ているとも言っていた。ただ、今は染音がそんな気分でもなく、姉も気を遣っているのだろう。其れも当然だ。俺も同様の立場に立てば、話すことなど出来ないだろう。

 姉は手早く食べ、直ぐに部屋へと向かってしまった。

「染音、大丈夫か?」

「・・・」

染音は料理に(ほとん)ど手をつけていなかった。

「・・・ごめんなさい・・食欲が無くて・・」

「無理はしなくて良い。だが、食べることも大切だ。辛いが、体調を回復しなければな。」

「・・・はい・・」

確かに今日見た時から、以前よりも細くなっている気がしていた。拘置所とはいえ、体調管理はされていた筈だ。染音が思う所も有ったのだろう。

「・・あの・・・」

俺が食べ終わり、席を立とうとした時、染音は小さな声で引き留めた。俺は座り直し、如何かしたのか、と尋ねる。染音は横に置いていたあの帳を手にし、両手でそっと差し出してくる。

「・・・あっちにいる時に・・思ったこととか・・書いたので・・・結城さんに・・」

「然うか。」

「・・でも・・・その・・少しだけ、怖いです・・・」

「・・分かっている。」

染音は依然俯き、目を逸らす。俺は立ち上がり、最後に染音の頭を撫でてやった。染音の体が震えている様に思えた。紅茶を淹れてもらい、自室に戻る。腰掛け、受け取った帳の表紙を捲った。













連載小説13本目をお読みいただき、ありがとうございます


更新がありましたら、引き続きお読みくださると幸いに思います


よろしければ意見、感想等をお願いいたします

作品の執筆や改善にあたって、参考とさせていただきます

お待ちしております


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ