(4)B 2018年6月1日金曜日
(承前)
窓のそばに行って外を眺めながら薄めのコーヒーを楽しんでいたら寄ってきた月山さんに他の人には聞こえないような小声で話しかけられた。
「日向先輩、どうやって陽子先輩を騙したんです?」
「何を騙したというのか。意味が分からないな。仲のいい親友として一緒に古城を手伝ったり一緒に受験勉強したりしているだけだし。目指す進路と学校が一緒というのもある」
「世間は騙せても私は騙せません。日向先輩みたいな人があんな女神みたいな人のそばにいるのは天変地異級におかしいんです。いつかこの謎を暴いてみせますから」
「ははは」
この子、これで笑顔だからなあ。退治するとか言われないだけマシかもだけど月山さんは一体俺や陽子ちゃんの何を知っているというのか。実に不思議な難癖の付け方だったので苦笑いするしかなかった。
選挙管理委員会の告示日から受付締切日までの仕事は基本待ちだ。立候補届を出しに来る人をひたすら待つ。そういう仕事なので古城にしろ月山さんら当番委員にしろ気楽な感じではあった。
去年、古城は早々に立候補の届けを出し、遅れてもう一人の監査委員の吉良小夜子が出して締切後選挙戦に突入した。
今年はというと本命視されているのは加美洋子しかいないが先週聞いた噂や加美の不穏な発言がここに来て気になりだした。もしあいつが立候補する気があるならさっさと出しそうなものだが。
雑談をしたりしながら立候補者が来るのを待ったが結局17時30分を過ぎても誰も来なかった。思わず加美に「今日は生徒自治会室に来ないのか?」とメッセを送ったが未読スルーしてくれた。加美洋子は何をしているのか。世界は知らんと欲す。
俺は席を立った。
「ちょっと用事を思い出した。ごめん、陽子ちゃん。先帰ってて」
後輩から女神とまで崇められている親友は笑った。
「いいけど終わったらメッセ頂戴。待ってるから」
「分かった」
俺は生徒自治会室を出ると放送室に向かった。後ろからは月山さんが「あんな人待ってあげるなんて陽子先輩って人が良過ぎです」と言っているのが聞こえた。
加美の奴、ここに来ないのならあそこじゃないかな。歩くピッチが早まった。
引き戸のガラスからは灯りが見えた。引き戸をノックすると返事を待たずに開けた。
「加美さん、いるかな?」
生徒自治会室。18時のチャイムが鳴った。下校時間だ。俺はチャイムがなる少し前に戻っていた。待ち人をそのままって訳にはいかないし。
古城が先に当番委員の月山さんと1年生の子を帰らせた。
「3年生でちょっと打ち合わせがあるから先帰っていいよ。今日はありがとうね」
「古城先輩、陽子先輩、じゃあ、お先に失礼します」
そういって月山さん達2人が賑やかに帰って行くのを古城が見届けると俺の方を向いた。
「用事って加美さんに問い質しに行ったんだと思うけど会えなかった?」
俺は頷いた。
「御察しの通り放送室に行った。17時には帰ったって言われたよ」
1、2年生がいないのでオブラート抜きで聞いた。
「古城も陽子ちゃんも加美とは話をしているか?俺の方はメッセ送っても未読スルーされてるんだが」
二人とも首を横に振った。古城はあっけらかんとして言った。
「まあ、まだ1日目だしさ」
「そういう割に心配していないよな、古城」
「心配だけど心配してもねえ。ここでまた1月のような事聞いてそっぽ向かれても困るし」
「あの子だとその心配はある」
古城の気にした点に陽子ちゃんも同調した。そして陽子ちゃんは古城の手持ちカードを確かめようとした。
「で、会長。真面目な所、あの子が放送委員会一直線だった時の会長推薦で考えている子いるのかな?」
「なんとなくだけど現時点で言っちゃいけない気がする。でも考えてないわけじゃないよ。ただ、今は口にはしたくない……じゃ、帰ろうか」
古城は摩訶不思議な事を言った上で話を打ち切った。これ以上聞くなと顔に書いてあるので俺と陽子ちゃんは追求を諦めた。トンチか、これ?




