(8)B 2018年6月7日木曜日
(承前)
「1年の近藤です。生徒自治会調選挙の立候補の届け出に来ました」
最初にやって来たのは1年生の近藤誠と彼の推薦人を引き受けた1年生男女の計3名だった。
「こちらへ。書類を見せてくれるかな」
当番責任者として会長席に陣取っていた俺は彼から書類を受け取った。彼の顔を見て加美洋子が中学校の生徒会長をしていた時の書記だった子だったなと思い出した。彼が噂の1年生だった訳だ。
俺は書類をめくって淡々と必要事項が書かれているか内容を確認した。
書類は何も問題なく近藤くんはこれで2018年度生徒自治会長選立候補第1号となった。そして立候補者たるこの子達に選んでもらわなきゃいけない事がある。
「近藤くん。立候補届は受理します。選挙期間中、事務所として空き教室を使えるけど」
その時だった。狙い澄ましたかのように加美洋子が引き戸を開けて角田さんと麻野くんと連れ立って部屋入って来るなり俺の席の前に来て軽く敬礼すると声高々に宣言した。
「加美洋子、遅くなりましたがやっぱり生徒自治会長選挙に立候補します」
近藤くんはお手上げの身振りで彼の推薦人2人に言った。
「ほら、加美先輩が出馬しないわけないんだよ。信任投票なんて虫のいい事許してくれる訳がない。ギリギリまで待って損した気分です」
ぼやく彼に加美洋子は言った。
「君だって駆け引きしている。お互い様。で、これは私からのたっての願いだけど選挙事務室に使う教室は北校舎の分は譲って欲しい。あとは正々堂々とやり合おう」
中学校時代、加美洋子の執行部にいた近藤くんは無駄な抵抗をしなかった。
「加美先輩のお願いなら仕方ないですね。この点は譲歩して中央校舎の1階の空き教室をこちらでもらいます」
近藤くん達1年生は手続きを終えると選挙事務所に行こうかと出て行った。そして加美陣営も手続きをさっと済ませると彼らも選挙事務所とする根城の物理化学準備室へ向かった。
台風一過。あっという間に生徒自治会室は静けさを取り戻した。結局は古城の言う通りになった。
加美との約束、トンチ問答の正解を確認しなけれなならない。
「悪い。ちょっとここを離れるけどいいかな?」
古城と陽子ちゃんは苦笑しつつ頷いてくれた。
北校舎の物理化学準備室。それは昨年の古城陣営の選挙事務所だった。北校舎に教室がある2年生にとって使い勝手のいい場所。俺が準備室に入るとそこには加美洋子しかいなかった。
「私だけです。すぐ来られるだろうと思って2人には先に帰ってもらいました」
「ものすごく心配してたんだが何のための駆け引きなのか教えて欲しいな」
加美洋子は窓際で俺の方を向いて睥睨した。威風堂々、天上天下唯我独尊がこれほど似合う女子高校生も中々いない。
「会長選は最初から出るのは出るつもりでした。迷いはありません。古城先輩や陽子先輩、日向先輩達の現執行部の実績を守り固める人は必要です。でも私が出るとなれば禅譲になってしまう。対立候補が出ないかも知れない。それでは私が面白くないって思いませんか?」
「思うかよ」と内心では毒突くが言ってもなあと気を取り直してい肇は返した。
「お前ならそうかもな」
加美は右手の人差し指を天井に向けて立てた。
「他にやる気がある人がいて対抗馬で出てきたら徹底的にやり合えばいい。その上で古城先輩がやったように執行部に加わってもらうなり一緒にやるもよし、外部から批判してもらうも良しです。私が負けるぐらいならそれこそ本望。祝福して放送委員会に専念するだけです。今日立候補して来た彼は中学校の時に一度不確かな動きをしてそれ以来気まずかったのですがこれを機に徹底的に叩きのめして副会長に入ってもらえたら最高の展開ですね」
「推薦人になった麻野ともう一人の子は当選したら三役か?」
加美は頷いた。
「麻野くんは立候補する気はないけど私をアシストするか止めるかする役は引き受けるよって言ってくれて。澄山さんは私の事を信じてついて行くよって言ってくれました。この二人には副会長か監査委員で入ってもらうつもりです」
麻野は道理で俺を牽制してきたわけだ。さて、麻野は本当に吉良に話をしなかったのか。吉良にとって麻野は一番弟子だ。知っていても麻野から口止めされていたのかも知れない。
「意図的に選挙戦にもつれ込むための駆け引きで俺を出汁に使った訳だ」
「でも、それだけじゃありません」
加美は満面の笑みだった。どうやら俺をネタに大いに楽しんでくれたらしい。
「先輩に4年前の私の懇願を袖にした恨み、ちょっとは知ってほしかったのです」
「俺の負けだよ。加美」
俺は素直に負けを認めた。すると加美洋子は笑顔で言った。
「ざまあみろ、です」
俺は加美と別れて生徒自治会室に戻った。古城に言った。
「お前が何を察知していたか知らないがよくまあ加美の駆け引きを見抜いたな」
古城は満足げだった。ほぼ推測通りだったらしい。
「フフン。加美さんはあの性格で出ないなんて思えなかったし、誰かさんが中学時代にあの子を袖にした事を利用して出ない方向で思わせようとしたのは想像が出来たし」
「なるほどね。俺はちょっとした道化扱いだったな。あいつの手のひらで踊った孫悟空か」
そんな事を話していたら下校のチャイムが鳴った
古城は妹さんと今日封切りのハイティーン向けアニメーション映画(なんでもサーフィンと恋愛テーマらしい)を観に行く約束があるとか言って猛ダッシュで帰って行った。ま。その前に余計な事を言ってくれたのだが。
「じゃ、妹を待たせてるから私は帰るね。施錠よろしく。二人は昨日の続きでラブラブしてゆっくりしたら良いよ」
「ミアキちゃんによろしく。……あのな、昨日の件はお前が想像してそうなそういうのじゃないからな」
「どうだか、どうだか」
そんな古城が帰った後、俺と陽子ちゃんは電灯を消して廊下へ出た。俺は引き戸を閉めて施錠した。俺は陽子ちゃんにちょっと切り出しにくかった話を持ち出した。
「陽子ちゃん。ちょっとお願い事があるんだ。招待といった方がいいかなあ」
「ふーん。その話、興味あるから職員室に鍵を返しに行きながらしましょう」
「今朝だけど……」
そんな話をしながら俺たちは並んで階段へ向かって歩いて行った。




