(1)2014年4月
2014年6月 加美洋子
私は中学校通用門で待ち伏せていた。その人は通用門から帰ろうとして校舎の陰から出てきた。私は門の陰から出て立ちはだかった。
「日向先輩。お待ちしてました」
開襟シャツ姿の上級生、日向肇先輩は顔色一つ変えずに応じた。
「何か俺に用事か?加美」
ええ。用事があるからわざわざこの通用門で待ち伏せしているというガセ情報流したのですから。先輩はそれが偽情報だと思ったようですけど先輩研究は私の方が一枚上です。
「はい。何の事かは察しておられますよね?」
「さあ。何の事やら俺には分からないな。とは言えこのまま帰らせてくれるお前じゃないだろう。ここでやり合うのはどうかと思うぞ」
周りでは下校する生徒が不思議そうに様子を見ながら通り過ぎていた。
私はポケットからある鍵を出してみせた。
「生徒会室か。流石にその辺りは抜け目ないか」
日向先輩はため息をついてお手上げの仕草をした。
私は生徒会室の引き戸の鍵を開けると先に中に入って窓を開けて新鮮な空気を入れた。西へ寄り始めた日差しが眩しい。
日向先輩はそっと引き戸を閉めると中央に置かれた長机の端のパイプ椅子を引っ張り出して腰掛けた。
「さて、加美。何の用だ?生徒会長選ならその気はないぞ」
私はそのセリフは予想はしていた。でもやっぱり怒りがこみ上げてきた。
「先輩ならこの学校を変えられます。先輩が生徒会長にならないと始められないんです」
日向先輩は私の「告白」に顔色一つ変えなかった。この人は現執行部の要石、副会長に1年生の時になっている。会長は人を見る目だけはあった。そう、要するに日向先輩はとてもできる人なのだ。
「それは俺の目的とか問題意識じゃないな」
「私の話を聞いてくれたらやるべきだって思ってくれるはずです。作戦はあります。信用される顔が必要なんです」
日向先輩は一瞬興味を持ってくれたように見えた。でも首を横に振った。
「やりたい奴、やる余裕がある奴がやるのはいい。でも今の俺にはないな」
そういうと日向先輩は立ち上がった。
「これだけ頼んでもダメなんですか?」
私は自分の声に驚いた。決して声量は大きくないが低めの声に自分でも驚いた。引き戸に手を掛けていた先輩が一瞬動きを止めて振り返った。
「お前が何をやるべきか決めているならお前が何故立たないんだ?」
悔しさ。苛立ちと怒り。認めたくない思い。
「なんの実績もないこの間まで小学生だった生徒の言う事を学校が聞いてくれると思えないんです。準備時間が足りません」
日向先輩は困った顔を一瞬したかのように思えた。
「人にはいろんな事情がある。そこまで見込んでくれてうれしいけどな。でも今はダメだな」
日向先輩は淡々とそう言うと引き戸を開けてその向こうへと消えて行った。今、感じているこの思いは絶対に忘れない。心にそう刻み込んだ。