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古代ユダヤ人の苦難

 さて、「苦難」「死」「復活」はキリスト教において重大な意味を持っている。この点は鳥居の苦難、自殺未遂、そしてそこから結実した傑作歌集『キリンの子 鳥居歌集』とも通底するものがある。

聖書において苦難が描かれているのは、紀元前995年頃のダビデ王の創設によるイスラエル王国が、紀元前922年ごろの王ソロモンの死後、北イスラエル王国、南ユダ王国に分裂して以降、エジプトやアッシリア王国との過酷な侵略戦争においてである。




 この過酷さの極致ともいえるのが飢餓の描写である。私は敢えて人がタブーとする人肉食について触れる。本文の冒頭で述べたように、現代は過酷であるが、聖書の時代もまた常軌を逸した過酷な世界だったことを強調したいからである。

聖書には幾点か人肉食についての記述がある。申命記28:47-57、列王記下6:26-29、エレミヤ書19:9、哀歌4:10、ミカ書3:2 である。



このうち、列王記下の記述のみが事実記述となっている。そのほかは、いずれも、ユダヤ人が人肉を食わねばならぬほどにまで飢えるというのは神の怒りであるという解釈記述となっている。例えば申命記のそれは、


 「あなたがすべての物に豊かになり、あなたの神、主に心から喜び楽しんで仕えないので、 あなたは飢え、かわき、裸になり、すべての物に乏しくなって、主があなたにつかわされる敵に仕えるであろう。  …(中略)… あなたは敵に囲まれ、激しく攻めなやまされて、ついにあなたの神、主が賜わったあなたの身から生れた者、むすこ、娘の肉を食べるに至るであろう」。




 恐ろしい記述であるが、古代パレスチナの都市はいずれも堅固な城壁に囲まれていたから、上記の文章を見てわかるように長期の攻城戦になることが多かった。北イスラエルの首都サマリヤの陥落には3年、エルサレムの陥落には2年の期間がかかっている。こうなると城内の食料がなくなるわけで、容易に食料不足という事態が考えられる。




 こういったことは、同じように堅固な城壁で都市を取り囲んでいた古代中国においても見られたことで、飢餓状態に陥った住民が子を取り換えて食うといった事態が起こったことが、歴史書に頻出する。自分の子を食うには忍びないからである。




 列王記の記述もこれに似ている。子を取り換えて食おうというので自分の子を差し出した女が預言者エリシャのところにきて、取り換えた先の者が自分の子をくれないので食べるものがないと訴えてくるのである。




 まったくもって悲惨な事態としか言いようがないのであるが、これが神の下した裁きであることが、哀歌には見える。


「わが民の娘の滅びる時には

情深い女たちさえも、

手ずから自分のこどもを煮て、それを食物とした。

主はその憤りをことごとく漏らし、

激しい怒りをそそぎ、

シオンに火を燃やして、

その礎までも焼やき払はらわれた」。


 古代オリエントの諸大国、アッシリア、バビロニア、エジプトなどの国々の残虐さは、われわれの想像を絶する。


「楔形文字の碑文は血なまぐさくなっている。その王は、彼が征服した諸都市の城壁を引き裂かれた人間の皮膚で張りめぐらした、と無味乾燥な記録文書でも書くような調子で報ずるのである。これらの冷酷無情の征服者たちに対する気狂わしいまでの不安は、現存するその時代のイスラエル文学のなかに、わけても古典的予言の信託の中に、語られているのである」(マックス・ウェーバー『古代ユダヤ教(下)』岩波書店、647頁)。


 当時のユダヤ人は決してこういった諸大国と対等の国力を持っていた訳ではない。それこそ、今風に言えば、アメリカとアフガニスタンほどの差があったと見るべきであって、大国の侵略は、抗しがたい天災のようにさえ思われたであろう。そして、そのたびに想像を絶する残虐な行為に見舞われ、自分たち自身も耐え難いほど辛酸を舐め、その苦しみは想像を絶するものであったことがわかるのである。



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