神話と魔法
リブ、ルルム、僕たち3人は謎の狼の魔獣が出ると言われるデオン山脈に向けて森の中を歩いていた。
「のぉお前さんよ。我はもう1歩も歩けんぞ!おんぶじゃだっこじゃ肩車じゃ!」
「頑張ってよリブー。まだまだ先は長いんだよ?」
「じゃからゆーとろーが!歩幅が違うんじゃよ!ほ・は・ば・が!まぁ?お前さんが我に歩けと言うなら?このまま歩き続けてやらんこともないがのぉ。その魔獣を見つける頃にはその新剣ビカースもどーなっていることやらのぉお前さんよ?」
「わかったわかったよ!おんぶすれば良いんでしょ!」
「よーわかっとるじゃないか!お前さんよ。成長したのぉ」僕とリブがそんな会話をする。
「あなた達!状況が判ってるんですか?緊張感というものを持って下さい!しかもそのお子さんは何なんですか?勝手に付いてきたと思ったらそんな小さな子まで一緒だなんて!」
もうかれこれ2時間ほど歩いているが、依然としてルルムは怒っているようだ。何度か話しかけてみても全く状況は打破されなかったのだ。
「むぅ。そこの小娘よ!我は幼子などではないぞ!しかもこーして付いてきているのにもちゃんと意味があるんじゃ!我の力も反映される故、キントレをせねばなぁ!」と僕の背中にしがみつきながら幼女が答える。
彼女は鍛冶神リブ、僕が契約を交わした神様にして、その昔神具を作れることで人間から神に進化した神。ただいまはそんな彼女を良しとしない連中に追われてこの下界に逃げている身らしい。
「何ですか!?その言い方は!どこからどう見たら子供じゃなくなるんですか!?」食ってかかるルルム。さっき感じた悠々とした堂々としたそんな姿は何処にもなく、そこには年相応の少女に見えた。僕がそんな風に考えていると背中の幼女が得意げに話し始める。
「ふふん。魔法とは心の力ぞ?自分の心もろくに制御できん小娘が大魔法使いの弟子とはのぉ。まぁ雑談は一件落着、終いに仕舞いにしてのぉ。お前さんや?」リブは背中越しに僕の方を覗き込んで話し続ける。
「まぁ多分じゃろーがなぁ。今回の魔獣とーばつは赤子を手をひねるより簡単に終わるじゃろぉよ。」…………!?
「えっ!リブ?どういうこと!?」僕は慌てて聞き返す。その言葉を待ち望んだかのように嬉しそうに、得意げに、にんまりと赤髪幼女は笑う。
「そもそも考えても見ろお前さんや?神が神に襲われたとて死ぬと思うか?答えは否じゃ。もし万が一にも死ぬようなことがあろうと、神の御魂はまたすぐ天界へと戻る。簡単に言えば無限復活ループじゃよ!」
「じゃあどーやって!?それなら神を殺すことなんて出来ないんじゃ………」
「………!?神!?もしかしてあなた神様なんですか?」ルルムは先程までのつんけんとした態度が嘘のように飛びついてくる。
「今さらじゃなぁ。いかにも我は鍛冶神リブであるぞ。まぁ自己紹介はあとからゆっくりとしてじゃなぁ」喜んでいる。ルルムの対応に心の底から幼女が喜んでいる。
「至極簡単な話じゃよ。至ってシンプルな、悪魔のような抜け道。刺客送るんじゃよ。まぁ早い話追い込むだけ追い込んで我を悪魔に食わせるんじゃがな。」リブは上手いこといったろ?と言わんばかりにどや顔を決めつつ続ける
「そーすれば我の魂は堕天する。かなり力の強いの神なら堕天したところで、悪魔になるだけ。しかしのぉ我は人から神になった故神としての力はそれほど強くなくてのぉ。もし堕天すれば悪魔にすらなれないかものぉ。」
「えっ………じゃあどーなるの?」僕は不安げにそれでもしっかりと事の顛末に耳傾ける。
「我も話にしか聞いたことがないが、悪魔になれなかった神。神の世界からも悪魔の世界からも拒絶された存在。還るところもなく、戻ろうにと戻れない。輪廻転生の世界で取り残された存在。荒御魂なるじゃろうなぁ」
「荒御魂?」僕は聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。
「俗に言う悪霊ですよ。地縛霊や背後霊。色々いますけどその話からすると浮遊霊ですか?」ルルムが真剣そうにリブに顔を向ける。
「いかにも!理由がなんにしろ荒御魂になった神は………いや。神でも悪魔でもない中途半端な存在は何処の世界にも悪影響にしかならぬ。大義名分を掲げてその存在を残りカスを。消すんじゃよ」リブは少し寂しそうに話した。
「じゃあもしかして………その魔獣って……」ルルムが何かを察したかのように…………何!?僕には全く判らない。
「ウルよ。我は本当に眷属選びを失敗したかも知れぬのぉ。まぁ変に考えて不安を抱えながら後に引けぬ戦いに身を投じようとする奴よりは断然ましかのぉ?」といいながら幼女はあざ笑うかのように少女をみる。本当に神なのだろうか?立ち位置が魔王にしか見えない………まあ僕には何でこんなことを言っているのかすら分からないのだが………
「話がそれてしまったのぉ。まぁ要するに、十中八九その魔獣は魔獣など低級なものでなく。地を揺らすものにして、太陽と月を喰らいしもの。フェンリルじゃろーなぁ。我の数少ない友達じゃ!」どんどん魔王身を帯びてくる幼女に対し、血が引いていくのが分かるほど青ざめていくルルム。
「心配には及ばんよ。神話なんていうものは、神と悪魔の行動を人間達が断片的に見て勝手に思い描いた夢物語にすぎん。想像力とは本当に恐ろしいのぉ。」
「じゃあそのフェンリルさんに襲われたんですか?」僕が聞く。
「いや。さすがにそんなことはないとでしょう。だとすると……」ルルムが僕の意見を一蹴して考え込む。
「察しがいいのぉ。刺客は別のやつじゃよ。フェンリルの妹にして、大地を司るものにして、海に巣くうものヨルムンガンドじゃ。やつらは姉妹じゃからのぉ。助けに入ってくれたんじゃがの。他の神に襲われ死に体の我を庇って奴も相当傷を負っているはずじゃが………お!やっとかのぉ」
突然木々の生い茂る視界の狭さが解き放たれる………
そこには木のないスペースが出来ていたその一番奥に1頭の大きな赤毛の狼が横たわっていた。
「フェンリルじゃ!!」リブが嬉しそうに僕の肩を叩く。僕らはその狼に駆けよる。
「おぉ。リブ……君も無事下界に逃げられんだね。」狼はゆっくりと小さな声を出す。近づいて気づいたが、その毛は赤毛などではなく、至る所が傷付き、血で真っ赤に染まっていたのだ。
リブは僕の背中から飛び降り、駆け寄る。
「何を言うか!主のおかげじゃ。世話になったな。直ぐ手当を……」
「ワオーーン」野生の狼だろう。どこからともなく雄叫びが聞こえる。それとつかの間茂みから3匹の狼が走ってくる
「さぁ。お前さんよ。我の命の恩人を助けるんじゃ。こんな中じゃ傷の手当てもできぬからなぁ」
3匹の狼が襲いかかってきた。僕は急いで鞘からビカースを出すと先程までの石の剣から朝見た青白い宝剣へと姿を変える。
3匹の狼たちの攻撃をいなしながらビカースを振る……軽い!!
ズバズバズバン!!一振りで3匹の狼たちを倒してしまった……
「リブ!!凄いよこの剣!!凄く扱いやすいよ!!!」
「当たり前じゃろぉ!?我を誰と心得るぅー!鍛冶神リブであるのじゃぞ~」喜んでいる。幼女は口角を緩めまくりながら話す。
「むっ!」リブが不意に僕の背後を見る。
「グルルル」気づけば狼たちの殆どはこちらに来ていて僕たちを囲っていた。至る所からうなり声が聞こえる。
敵討ちを、同胞の弔い合戦をするために。
「敵討ちもあるが………奴らはどーしてもフェンリルを食いたいんじゃろうなぁ。フェンリルは狼の悪魔じゃからな。その血肉を喰らえば………あわよくば自分が…まぁ獣のような知能指数の低いやつの考えはよーわからのぉ?お前さんよ。」やれやれっというように幼女は僕の横に戻っていた。
「ほれ!もう一仕事じゃお前さんよ。ん!ところであの小娘は何しておる?」
そう聞いて辺りを見回すと端の方ででルルムが座り込んでいた。
「どうしたの!?ルルム!?大丈夫?」僕はリブを連れて駆けよる。
「無理です…私には……魔法使うのが怖いんです……私は全属性の魔法も使えます………魔法に必要な魔力だって人の何倍も………でも…師匠の元でどれだけ学んでも………コントロールが出来ないんです……もしかしたらっておもったけど………やっぱり無理です………今打てばみなさんが………」
そー言って余計うなだれる彼女の手から檜の杖?が滑り落ちる。
「それなら僕が!僕にだって!!」ぼくはその杖を手に取る。今まで魔法も使ったことなんてない。でもきっと!僕にも少しくらいのほんと一握りの魔力くらい……
「ないぞ?お前さんよ。お前さんに魔力の才能があるならビカースが反応するはずじゃよ。」煽るように。馬鹿にするように。
「今お前さんは何を望む?まぁ高望みは己を滅ぼす……が……ある程度の願いならその神剣ビカースは答えてくれるはずじゃ。お前さんの出来ることをするんじゃ。考えろ。我に我の眷属は獣よりは頭が良いって事を証明するよきチャンスじゃろ?」全てを見透かしているようにリブはにやつく。
………………きっと僕がどれだけ頑張ってもこの数は倒せないだろう。しかし、ルルムならきっと。なら僕がやれることは……………
「ルルムこれ!」僕はその場から動かないルルムに杖を渡す。
「僕は弱いから………無理矢理付いてきて君に迷惑をかけちゃってる。ごめん。それでも!僕は皆を助けたいんだ!!皆で生きて帰りたいんだ!我が儘でもいい!!独りよがりでもいい。君の力を貸してほしんだ!僕が皆を!フェンリルを!リブを守る!!だから君は何も心配せず魔法を打って欲しい!!!」
「でも………」心配そうに僕を見つめるルルム。
「大丈夫!何も心配しないで」自信なんて無い。それでも……きっと
「分かりました………」決心したようにルルムは呪文を唱える。
「荒れ狂う雷撃よ…我が願いに答え…その怒りの赴くままに…その力を我に貸したまえ!」
「なかなかやるのぉ。お前さんや?早くなんと貸せねば我ら全員仲良くお手々繋いで感電死するぞ?」リブの言葉が僕の耳を通り抜ける。
「サンダーストーム!!」
「僕の願いは皆を守ることだ!ビカース僕の願いを叶えてくれ!!」叫びながら宝剣を前に出す…いやその時点でもうビカースは宝剣ではなくなっていた。いつかわったかはよく分からない。でも気づけば。僕たちを。フェンリルまでも包み込むほど大きな盾になっていたのだ。
途端大きな雷鳴が鳴り響く………ルルムがいない!!はやく!!助けないと!!……バキッと音を立て巨大な盾になったビカースにひびが入る。
「心乱すなお前さんよ。あの娘は安全じゃ。どれ程魔力がコントロール出来ないからと言って魔法は詠唱者を傷つけることなどないわ。」リブは僕の考えなんて全てお見通しのように、厳しくそれでも優しく横から声をかけてくる。
少しして雷鳴がやみ……
「大丈夫ですか?」と心配そうなルルムの声が聞こえる。
僕はとても安心して………地面へと崩れる。とたん先程まで、巨大な盾だったビカースがまた最初の石の剣に戻る……
そして僕の目に映ったのは、真っ黒焦げになった地面だけだった。
1匹残らず……跡形もないほどに……
「雷撃だけでここまでやるとわのぉ。まぁ魔獣でもない狼の群れに全魔力を使えば当たり前かのぉ」
1歩も動けない僕とルルムを尻目にリブは1人楽しそうに笑っていた。