騎士の決闘3
戦況は、死闘と言うべきだろう。
お互いに、気力を振り絞って戦っている。気力の折れた方が死ぬ。そういう情況だ。
手の内など、お互いに出し尽くしている。体力の限界は、とっくに超えている。それでも、まだ動ける。次に動けなくなるのは、死ぬ時だ。
捨て身で、コンスタンツェの首を狙った。その首に刃を届かせる事は出来なかったが、あらゆる点で追い詰める事は出来た。
立て直す機を与えず、攻め立てる。
しかしコンスタンツェも、しぶとい。追い詰められてはいるのだ。だが追い詰められた状態から、不死身とも思える粘りを発揮している。
コンスタンツェ隊の一人を討ち取る事さえ、難しくなってきた。下手な攻めでは、逆にこちらが手痛い反撃を喰らう。
戦の様相も、無様になってきた。コンスタンツェ隊も鋭さを無くし、体当たりを喰らわせる様な突撃でぶつかってくる。
だがこちらも、同じかそれ以上に無様に喰らいつくしかできない。綺麗な切り返しをする余裕など、とっくに無くなっている。
兵一人一人を見ても、力任せに剣を振るう者がほとんどだ。ゲオルクも残った最後の余力は温存し、できるだけ疲れない戦い方で凌いでいる。
互いに一撃一撃が、重く響いてくる。
ゲオルクは疲労の濃い兵を前に出した。敵とぶつかる寸前、疲労した兵が左右に分かれ、まだ余力のある後方の兵が飛び出して、ぶつかる。
これは相当効くはずだと思ったのだが、四騎を討ち取っただけだった。それ以上は、いくら押しても押し切れない。
討ち取った四騎も、疲労で落馬寸前の兵だった。コンスタンツェ隊の力は、ほとんど削れていない。
逆にコンスタンツェ隊が、どこにこんな余力があったのかと思うほど、猛然と押し返してきた。
肌が粟立つのは、これで何度目だろう。疲労の濃い兵を左右に分けたため、数の差がほとんど無い。押したはずが、押し返された兵は脆い。
瞬く間に敵の鋭鋒が、ゲオルクの目前まで迫る。剣を構えた。背中は、とっくに冷や汗で濡れきっている。
「団長、ここは俺が!」
ゴットフリートが割り込んでくる。若いだけあって、まだ比較的余裕がある。
「気遣われるような歳ではないぞ」
捨て台詞を吐きながら、下がった。左右の兵をまとめる。
まとめた兵を率いて、コンスタンツェ隊に横合いから突っ込む。しかし、躱される。数が減ってきた分、小回りの利く動きをする様になってきた。
こちらも、躱されたくらいで退き下がりはしない。先の動きを読んで、もう一撃加えに掛かる。
一撃加えるどころか、隊の鼻先を掠める様に一撃を喰らった。余力の差が違う。ゲオルクがいくら食い下がろうとしても、兵の動きに差が出始めていた。
またぶつかり合った。やはり、押され気味になる。あえて一度退き、それから押し返した。
これは、効いた。してやられた事を、やり返してやったという、ちょっとした満足感を覚える。
戦場でそんな、くだらない優越感に浸った。甘いと言われれば、反論しようも無かった。
敵が、目の前にいた。部隊の前などではない。本当に、ゲオルクの目前だ。いつ、ここまで踏み込まれた。そう思う間もなく、剣が風を起こして迫ってくる。
胴を薙ぎ払われる。体が上下に両断される一撃だ。剣で受けた。剣が折れ、刀身が弾け飛ぶ。胴を薙ぎ払われ、ゲオルクは馬から叩き落とされた。
「団長!」
生きてる。声を上げようとしたが、地面に叩きつけられた衝撃で、息ができない。溺れた者がもがく様に、滅茶苦茶に手足を振り回した。胸一杯に、冷たい空気が入ってくる。
起き上がった。馬が牽かれてくる。飛び乗った。
傷は、負っていなかった。鎧が良かったので、守られていた。遠い昔、ユウキ公爵から下賜された鎧だった。
この鎧は、もう駄目だろう。
新しい剣を取り、指揮に戻った。しかし、もう指揮どころではなかった。兵は、最後の限界寸前の所にいる。
それでも、戦う以外に無い。疲労で息絶えるまで、戦い続けるしかない。
それから先の事は、断片的にしか分からない。気が付けば、駆けながら命令を下している。意識が飛んで、気が付けば、また別の局面で、指揮を取っていた。
戦っているのだから、本当に意識が飛んでいる訳ではないのだろう。しかし、自分が何をしているのか、分からなくなってきた。分からないまま、ただ戦っているという事だけは、分かる。
全てが終わるまで、このまま戦い続けるのか。何も分からないまま、ただ戦い続ける。
そうでは無いという事が分かったのは、突然だった。断片的だった意識が、急にはっきりとして来る。
何かが変わったと感じた。だがそれが、何であるか分からない。
コンスタンツェが、配下と共に正面から突撃してきた。ぶつかる。
あっけなく、コンスタンツェ隊は蹴散らされた。力尽きたのか。いや、そんなはずはない。さっきまで、あれほど驚異的な力を発揮していたではないか。
散り散りになるコンスタンツェ隊を見て、唐突に理解した。
コンスタンツェ隊は、もう十騎も残っていなかった。すでに、部隊としての力を発揮できなくなっている。
ゲオルク隊は、まだ三十騎以上残っていた。
決着が、着いてしまった事を悟った。もはやコンスタンツェに、この情況を覆す方法は無い。
ゲオルクは、落胆している自分を見つけた。こんな形で勝敗が決した事に対して、落胆しているだけではなかった。どこかで、討たれる事を期待していた、と気づいた。
今ここで討たれれば、騎士のまま、騎士らしく死ねる。心のどこかで、そう思っていたのだ。だが同時に、どこまでも勝つ事を追い求め続けていた。
コンスタンツェが、僅かな伴と共に向かってくる。遮ろうとしたゲオルク隊の兵を蹴散らし、ゲオルクに迫る。
剣を交える。この期に及んでもまだ、驚くほど剣に気迫がこもっていた。
「過程は関係ない。最後に立っていれば!」
すれ違いざまに、そう叫んで駆け去っていく。まだ、勝負を捨ててはいないのか。ゲオルクさえ討ち取れば、まだ自分の勝ちだと信じている。
たとえゲオルクを討ち取っても、コンスタンツェ隊の全滅は免れないだろう。彼女が負けを認め、剣を捨てる事だけはあり得なかった。
それでもコンスタンツェは、ゲオルクに勝つつもりでいる。ここでゲオルクが討たれれば、一人の人間として、コンスタンツェの勝ちだ。
もはや部隊とは言えないコンスタンツェ隊の兵を、ゲオルク軍が一人ずつ討ち取っていく。
ゲオルクはコンスタンツェと、一対一で戦ってやりたい衝動に駆られて、前に出た。
腕を掴まれた。ゴットフリートだった。何も言わず、強い視線でこちらを見ている。
ここでゲオルクが腕を振りほどけば、それまでの事。そうゴットフリートも覚悟しているのだろう。
ゲオルクは隣で腕を掴むゴットフリートと、向こうで一人奮戦するコンスタンツェを交互に見た。
片方は、どこまでも勝利を追及する自分。もう片方は、たとえ討ち死にしても華々しくあろうとする自分だ。
どちらを選ぶか、迷った時間は短かった。
「腕を離せ、ゴットフリート」
「団長」
「私にはまだ、戦わなければならない相手がいる。だから、ここでは死ねん」
戦に勝つ事。勝つために、全知全能を尽くす事。それもまた、騎士の本分の一つである。
ゴットフリートが、手を離した。
「お前は、まだ余力はあるか?」
「ある、とは言えませんが、最後の一撃くらいなら、なんとか」
「ではそれは、命令あるまで取っておけ」
ゲオルク軍は後方で指揮を執るゲオルクの命ずるままに、コンスタンツェ隊を押し包み、討ち取って行った。
包囲の輪の中で、コンスタンツェが手負いの獣の様に暴れている。
だが、獣の様に吼えるでもなく、恨みや憎しみを叫ぶでもなかった。笑っている。心の底から愉快そうに、笑っていた。死ぬまで戦える事が、何よりも幸福だという様に。
ゲオルクが退却の合図を出させた。包囲の輪を解いたゲオルク隊が、ゲオルクの背後に整然と隊列を組む。ほとんど数を減らしてはいなかった。
包囲から解き放たれたのは、コンスタンツェ他二騎の、僅か三人だ。
ゲオルクは前に進み出て、語りかけた。
「もうよかろう、コンスタンツェ殿。貴殿は十分戦った。十分すぎるほどだ。誰も、貴殿の騎士道を疑う者などいない。だから、もういいだろう」
「何が良いというのだ。よく戦ったから、それで良いというのか。そうではないだろう。私も貴殿も、まだ生きている。戦の勝敗は、まだ着いていない」
「それほどになってもまだ、勝てると思っているのか。勝つ事を諦めないというのか」
「最後まで諦めないのが騎士だ。血の一滴でも残っている限り、戦い続けるのが騎士の誇りだ。私の誇りは、誰にも奪わせはしない」
コンスタンツェとその伴二騎は、剣を構えて突撃してきた。誰の目にも、それが最後の突撃だという事が分かった。
ゲオルクは、部隊の後方に下がった。代わりに数十騎が、コンスタンツェらに向かって行く。
あそこにいるのが自分だったとしたら、あのように戦えるだろうか、とゲオルクは思った。
二騎が打ち倒される。一人残ったコンスタンツェは、それでもまだ戦っている。前に進み続けている。
だがそれも、長くは続かなかった。とうとう、馬から落とされる。馬から落ちただけで、まだ討たれてはいなかった。
「待て!」
ゲオルクが鋭く叫ぶ。ゲオルク隊が動きを止めた。
「まだだ。私はまだ戦える!」
コンスタンツェは、よろめきながらも馬上に戻った。
「ゴットフリート」
「はっ」
ゴットフリートが、コンスタンツェの前に進み出た。
「ゲオルク軍、赤隊隊長。ゴットフリート・ベルンシュタインだ。手合せ願いたい」
「願っても無い」
馬上で、それぞれの武器を構える。長い膠着があった。
ここだな。ゲオルクがそう思ったとき、両者が同時に動いていた。
すれ違いざまに、勝負は着いた。ゴットフリートの鉄鞭が、コンスタンツェの首を刎ねていた。
ゲオルクは、宙を舞うコンスタンツェの首を目で追った。
どこまでも高い秋空に、高々とそれは舞っていた。




