表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter5・ワルプルギスの夜の宴
98/105

騎士の決闘2

 決闘が始まる。戦に近い形式で、まずは矢合戦を執り行う。

 ゲオルクは短弓に(かぶら)矢を(つが)え、天に向けて放った。ほぼ同時に、コンスタンツェも鏑矢を放つ。

 二本の矢が音を重ねる。それを合図に、両軍から相手に向かって一斉に矢が放たれた。

 どちらも馬の脚は止めたままだ。鍛錬は積んでいるとは言え、馬上で両手を使うのは難しい。

 まして騎兵用の短弓は、歩兵の使う長弓の半分程度の射程しかない。実戦で好んで使用する者は稀だ。

 射程ぎりぎりの距離で打ち合っているので、届く矢に勢いはない。鎧に当たれば弾き返される。それでも、運悪く鎧の隙間に当たれば、負傷して離脱を余儀なくされる。

 ゲオルクも矢を射るよりもむしろ、飛んで来る矢を剣で払い落とす方に専念した。

 ある程度脚を止めての矢合戦をすると、どちらからともなく駆け始めた。走りながらの矢合戦に移行する。

 走りながらと言っても、歩かせるより一段上と言う速さだ。速く駆けさせると、揺れによって狙いが定まらない。

 走りながらの騎射は、止まっているよりも遥かに難しい。必然的に放つ矢も少なくなる。その上双方共に動いているので、なかなか当てる事は難しい。

 矢合戦による負傷で戦線離脱したのは、コンスタンツェ方は三人。ゲオルク軍は六人だった。互いの兵力差を考慮すると、引き分けだろう。

 ここまでは、儀式の様なものである。いよいよ互いに全力を尽くしての、ぶつかり合いが始まる。

 まずはぶつかり合いを避け、慎重に動きを見定める。

 向こうがどう挑んで来ようと相手にせず、常に一定の距離を保つように駆ける。当然向こうは、ぶつかり合いに持って行こうと猛追を掛けてくる。

 その速さ、動きの鋭さは、鴉軍(あぐん)よりいくらかマシと言うレベルだ。正直なところ、驚きを禁じ得ない。

 寡兵だからと言って、不用意にぶつかってはならない相手だと思った。それどころか、相手を視界の外に見失うのも拙い。

 ここぞという一瞬の速さと鋭さは、鴉軍に匹敵する。あるいは、一瞬だけなら鴉軍すら凌駕しているのではないか、とすら思えた。

 一瞬でも相手を見失えば、死角から致死の一撃を喰らう。直感的にそう感じた。決して、目をそらしてはいけない相手だ。

 見るべきものは見た。これ以上は、戦いながら図るしかない。反転し、正面からのぶつかり合いを挑んだ。

 意外にもぶつかり合いを避けて、ゲオルク軍の脇をすり抜けた。そしてそのまま背後に回ってくる。

 自軍が寡兵である事を考慮して、正面切ったぶつかり合いは避ける気の様だ。

 背後を容易く取られる気はない。あえて馬速を落とし、並走した。

 しかし、できれば一度、正面切ってぶつかっておきたかった。

 伝え聞くところによると、コンスタンツェは小技として、閃光弾を使うという。ぎりぎりの勝負でそれ使われると、首を獲られかねない。

 こちらに有利な状況で一度追い込み、閃光弾を消費させてしまいたい。そう何発も備えている、という事は無いはずだ。一度か、多くても二度。

 馬速を僅かに上げ、前に出ようと動く。そうはさせじと、向こうも馬速を上げる。何度か前を取ろうと繰り返し、急に馬速を落とした。コンスタンツェの背後に就く。

 コンスタンツェの隊が、二つに分かれた。二十騎にも満たない一隊が、ゲオルク隊の前に立ち塞がる。脚を止められた。

 そこへ、もう一隊が横から突っ込んできた。コンスタンツェ本人を含む隊が、ゲオルク隊の先頭集団へ。いや、ゲオルクの首を狙っている。

 背筋が冷たくなった。コンスタンツェが、すれ違いざまにゲオルクの脚を切り落とそうと剣を振るう。

 とっさに反対側に自ら落馬した。無論、すぐに馬上に戻る。掠める様な一撃を加えたコンスタンツェ隊は、そのまま走り去る。そうやって、少しずつ削っていくつもりか。


「団長」


 ゴットフリートが血相を変えて駆け寄ってきた。落馬したので、いきなり討たれたかと思ったのだろう。


「大事無い。勝負はこれからだ」


 一度離れたコンスタンツェ隊が戻って来る。正面からぶつかる構えだ。こちらが体勢を立て直さないうちに、正面から一撃を加えようというのか。それとも、こちらが避ける事を期待しているのか。

 ぶつかる事を選んだ。すでに、軍容は立てなおしている。乱されたとき、いかに早く立て直せるか。十分に鍛え上げてある。

 万全とは言えないまでも、十分な勢いを着けてぶつかった。

 互角か。互角という事は、数に勝るこちらが有利だ。こちらが寡兵の戦いばかりしてきたので、有利という実感は無い。

 それでいいのかもしれない。互角のぶつかり合いを続ければ、先に力尽きるのは向こうだ。しかし、寡兵の側が数で勝る方と互角に戦うという事は、それだけ強いという事でもある。

 互いに突き抜け、距離を取る。その間も、常に敵を視界の内に捉えている。もう一度、正面からのぶつかり合いを挑んだ。今度は、先程以上に万全だ。

 コンスタンツェはやはり、ぶつかり合いを避けた。ゲオルク隊の突撃を、ぎりぎりで(かわ)す。

 だが、ただ躱しただけではなかった。駆け抜けるゲオルク隊の最後尾に突っ込み、数騎を切り落として駆け去る。


畜生(シャイセ)!」


 思わず悪態を吐いた。こちらが何かしかけると、巧みに切り返して、小さく斬り込んでくる。

 かと言って、相手の出方を待つ余り後手を引くのも拙い。

 不意に、これは軍の戦い方ではないと思った。一対一の剣の立ち合い。その延長線上にある戦い方だ。

 こちらが斬り込む。それを見切り、後手必殺の一撃を加える。半端な実力では、最初にゲオルクの首を狙って来たとき、討たれていただろう。

 向こうが軍ではなく、個人の立ち合いとして動くのなら、こちらも立ち合いとして相手を見切り、返す。

 コンスタンツェが来る。二手に分かれた。こちらの頭を押さえ、動きを止めた隙にゲオルクの首を狙ってくる動きだ。

 一度見た動きに、そう何度もやられるほど甘くは無い。

 コンスタンツェは左からゲオルクを狙ってくる。ゲオルクは隊の前半分だけを反転させた。躱す。隊の後ろ半分が前に出て、コンスタンツェ隊の脇腹を突き破る。

 コンスタンツェ本人は捉えられなかったが、部隊には痛撃を与えた。

 一つにまとまったコンスタンツェ隊が、正面から来る。ぶつかる寸前に躱し、横腹に突っ込む。

 突っ込む直前に、敵が遠くなった。部隊が大きく蛇行して駆けている。包み込まれると直感した。このまま、突き破るしかない。

 後ろから敵が迫ってきた。寡兵だ。どうとでも対処できる。そう思ったが、敵は散らばりながら、ゲオルク軍に合流するように部隊の中へ入り込んできた。

 乱戦になる。いや、敵はほとんど戦わず、部隊の流れに合わせて駆け回っているだけだ。それでいて、内から動きを妨害してくる。

 部隊の中に入り込んだ異分子を排除しようとすれば、コンスタンツェがその隙に突っ込んでくる事は明らかだ。

 組みつかれたようなものか。まともに戦おうとしない敵を、振り払う事が出来ない。その間にも、コンスタンツェの本隊はこちらの隙を窺っている。

 寡兵に振り回されていては、向こうの思う壺だ。多少危険でも、攻めを強行する。槍を突き出すように、一列縦隊で突っ込んだ。これならば、妨害も難しい。

 コンスタンツェが先頭に立って、同じ様に一列縦隊で突っ込んでくる。こちらの縦隊の先頭とすれ違いざまに剣を交えたが、それより後方の兵とは、ただすれ違いながら迫ってくる。

 ゲオルク隊の中に入り込んでいる敵も、ここぞとばかりに暴れはじめた。隊の動きで対処する事は、できない。

 ゲオルクは自らコンスタンツェに向かった。どの道、一騎打ちを避けて通れる相手ではない。

 コンスタンツェが、低く剣を構えながら迫る。攻撃は斬り上げ。だが初撃は、こちらの体勢を崩すための攻撃。二撃目が本命と見た。

 一撃目を受けると見せかけて、躱す。そして、馬を狙って剣を振るった。卑怯とは思わない。騎乗しての戦闘では、当然の戦法だ。

 コンスタンツェが手綱を強く引いた。彼女の馬が棹立ちになる。ゲオルクの剣は、馬甲に当たって弾かれた。

 ならばと、直接彼女の首を狙って剣を横に振るう。馬ごと頭を下げて掻い潜り、頭を上げながら斬り上げてくる。

 辛うじて躱したが、コンスタンツェは一歩踏み込んで、返す刃を振り下ろしてきた。避けきれない。頭だけは、ぎりぎりで躱した。

 右肩に衝撃が走る。運良く鎧のおかげで、かすり傷も負わずに済んだ。しかし、鎧の肩部は弾け飛んでいる。無傷で済んだのは、全くの幸運でしかない。

 逃げの一手しかなかった。このまま切り結んでも、不利を覆せずに押し返される。剣技においては、彼女の方が上だ。

 だが、彼女の癖が一つ見えた。初撃を斬り上げ、返す刃で仕留める。それが彼女の、いわば得意技だろう。

 それを破ればあるいは、と思ったが、二連撃の速さと鋭さは尋常ではない。無理に正面から当たるのは、やはり愚の骨頂か。

 そもそもだ。彼女はまだ、噂に聞く閃光弾も使用していない。手の内を全ては見せていないという事だ。

 相手の手の内が分からないうちに、不用意な事をするのはやはり危険だ。当初の計画通り、まずは手の内を全て引き出させる。相手の全てを見切ったと確信してから、本当の勝負を挑むべきだろう。

 両軍が離れる。ゲオルクは息が上がっていた。自身で何度も激しい斬り合いをしたせいもあるが、それ以上に精神的な重圧の為だ。

 一撃一撃が、鋭い刃の様だ。それを受け続けるのは、相当の精神力を必要とする。精神力を振り絞ろうとすれば、体力も消費する。

 だが苦しいのは、向こうも同じはずだ。ゲオルク隊が押され続けている様であるが、元が寡兵であるコンスタンツェの方は、攻撃する度に払う犠牲も馬鹿にならない。

 焦りは、あるはずだ。ある程度まで数が減れば、もう集団としての力を発揮できない。集団ではない人の集まりは、集団の力の前に飲み込まれる。

 そうなる前に、決着を着けなければならないという焦りが、必ずあるはずだ。

 コンスタンツェが動く。今までとは、全く違う動きを見せてきた。横に広がり気味に展開して、押してくる。

 寡兵の側があえて押してくるという事に、彼女の自信と焦りが見えた。数の差などものともしないという自信と、危険を承知で情況を打開しなければという焦りだ。

 このまま削り合いを続ければ、いずれ捨て身になるだろう。捨て身になられれば、数の差も何もかも、ひっくり返されかねない。それだけの底力を持っている。

 ならばこちらが、先に捨身になる事だ。敵を追い詰めて、決死にさせる前に、一気に勝負を決する。

 敵の手の内全てを見ていないという危険はある。だがこのままでは、目先の危険を避けるあまり、より大きな危険を招きかねない。

 ここで討ち死にすれば、所詮それまでの運だったという事だ。


「ここで決めるぞ。者共、コンスタンツェの首級を上げよ!」


 馬腹を蹴った。コンスタンツェに、真っ直ぐ向かって行く。こちらから挑むのは、この戦が始まって初めての事だ。

 そして、最後にしてやる。

 コンスタンツェ。小細工など無用。技も無い。正面からぶつかり、全身全霊を込めて剣を振るった。受けられる。鍔ぜり合った。

 力の勝負になれば、男に分がある。押す方向を左に向ける。全力で押し返してきた瞬間、流した。

 流れたコンスタンツェの剣を、さらに右へ叩く。剣が彼女の手を離れ、宙を舞った。


「もらった!」


 止めの一撃を振るう。コンスタンツェの腕が振られた。それを視界の端に捉えた瞬間、目を瞑り、自ら落馬した。

 瞼の上からでも、激しい閃光が一瞬走った事が分かった。直視していれば、間違いなく視力を奪われていただろう。

 閃光が止むや否や、馬に飛びつく。無事に馬上に戻れるか、賭けだった。賭けは、勝った。コンスタンツェは、予備の剣を抜いてゴットフリートの鉄鞭と渡り合っていた。


「団長。御無事で!」

「無事どころか、我が策成れりよ!」


 短いやり取りをする間も、鉄鞭が唸りを上げ、剣と打ち合う。予備の剣は細身で短いため、コンスタンツェは苦戦している。

 またと無い好機だ。ゲオルクも参戦し、二対一で斬り合う。


「覚悟!」


 気合と共に剣を振るう。コンスタンツェの目が、鋭く光った気がした。いや、はっきりと、笑った。


「なにっ!」


 コンスタンツェが、馬上から跳躍した。ゲオルクの剣は、虚しく空を切る。


「このっ!」


 ゴットフリートが、着地したコンスタンツェの脳天目掛け鉄鞭を振り下ろす。コンスタンツェはそれを悠々受け止めると、ゴットフリートの馬を突いた。

 馬を倒され、ゴットフリートが落馬する。その隙にコンスタンツェは自分の馬に戻り、高笑いを上げながら離脱していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ