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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter5・ワルプルギスの夜の宴
96/105

昌国君討滅作戦3

 鴉軍(あぐん)が散った。

 ゲオルクに背後から突っ込まれる寸前に、歩兵の中央突破を断念した。三つに分かれ、犠牲の大きかった左翼を突きぬけて離脱していく。

 後ろが見えているのか。そう思うほどの、際どいタイミングでの転進だった。

 三隊に突き抜けられた左翼は、完全に崩されている。

 しかしまだ、終わった訳ではない。敵が三つに分かれたのは、むしろ好機だと、今は思える。


「首だ。昌国君(しょうこくくん)の首だけを狙え。他には構うな!」


 突撃の勢いのまま直進して、敵の二隊の背後を駆け抜ける。昌国君がいるのは、一番遠い隊だった。

 鴉軍は、互いに距離を取るように動いている。決定的な決着を着け損なったので、また仕切り直しというつもりなのだろう。

 戦況が仕切り直されれば、次は確実に負ける。今ならばまだ、五分の勝ち目がある。

 昌国君の隊。捉えた。まだ遠いが、ぶつかれるはずだ。ぶつかり合いを避けようとすれば、戦場から離れて行ってしまう。

 他の二隊も、昌国君だけを狙っている事に気付いたようだ。反転し、戻って来る。だが遠い。右後方から、昌国君の脇腹を食い破れる。

 ゲオルクの目の前で、昌国君が急旋回した。ゲオルク隊の鼻先を掠めて、逆にこちらの右手に回り込んでくる。

 こちらの馬首を右に巡らし、鴉軍を正面に捉えようとする。ここまで来たのだ。意地でも、喰らいついてやる。

 そんなこちらの気迫を感じ取ったのか、鴉軍が正面からぶつかってきた。

 昌国君。ゲオルクの正面から、向かってくる。互いに剣を構えた。

 すれ違いざまに、剣を振るう。昌国君の剣は、一瞬のうちに斬り上げ、斬り下ろす連撃として襲ってきた。

 斬り上げを(かわ)しながら、剣を振るう。体勢が崩れたが、手応えはあった。斬り下ろしが襲ってくる。辛うじて剣で受けきった。

 駆け抜けた。被害を確認する。互角だった。鴉軍相手に、互角にやり合った。

 肩に痛みが走った。血。躱したと思ったが、昌国君の一撃を躱し切れていなかった。幸い、傷は浅い。駆けながら布で縛り付けて止血した。

 昌国君に手傷を負わせたかどうかは分からない。しかし、まだ指揮が取れる状態である事は間違いない。

 敵が集まってきた。やむなく一度、昌国君の隊から離れる。合流されるともう、昌国君を討つのは無理だ。三隊を引き離したままにしておかなければならない。

 敵が追ってくる。昌国君の隊も、背後についてきた。

 左から敵が迫っている。押されるままに右へ動いた。押してきた隊が、昌国君の本隊と合流する。

 あえて、合流した敵に向かった。まともにぶつかれば、潰される。ぶつからず、すぐそばを駆け抜ける。

 敵の一隊がすれ違い、ゲオルク隊と逆方向に駆けて行く。完全に、意表を突く事が出来た。

 だが別の一隊が、ゲオルクの前にいた。昌国君の本隊だった。さらに、左から別の一隊が突っ込んでくる。

 この動きすら読まれた。いや、誘われたというのか。

 避けきれるものではなかった。横から突っ込まれる。逃げて、少しでも犠牲を減らすので精一杯だった。それでも、かなりの兵が討たれた。

 敵は執拗に喰らいついてくる。振り切れない。気が付けば、昌国君の本隊が並走していた。今ここで二方向から突撃を受ければ、間違いなく全滅する。

 無理を承知で、昌国君の本隊にぶつかっていった。死なば、もろともだ。

 しかし昌国君は、あっさりとそれをはぐらかして逃げた。

 昌国君とぶつかれなかった時点で、全力で退避した。無理に昌国君を狙ったせいで、他の隊に対して隙だらけだ。

 案の定、一隊が背後にぴったりとついてきた。しかも、昌国君の本隊までもそこに加わってくる。

 完全に追い回される立場に置かれてしまった。

 ならば、引き回してやる。

 敵は三隊。うち、昌国君の本隊を含む二隊が追ってきている。あえて、残りの一隊の方へ向かった。それも、正面からぶつかっていく。

 後ろの敵が戸惑った。対応が追い付かず、引きはがされる。

 しかし、昌国君の本隊だけは、やはり着いてくる。このまま行くと、前後から挟み撃ちだ。

 反転した。背後の昌国君に挑む。前にいた敵が、好機と見て猛然と迫ってくる。そこへ、一度は引き離した敵も追いついてくる。

 敵味方の全部隊がぶつかった。しかし、秩序だってぶつかったのは、ゲオルク隊と昌国君の本隊だけだ。他の二隊は、お互いに相手の存在が予想外だったおかげで、混乱している。

 それどころか、昌国君の本隊の動きを邪魔してさえいる。互角どころか、ゲオルク軍が押していた。

 昌国君。いた。今度こそ首を。そう思ったが、敵味方が入り乱れていて、思う通りに駆けられない。

 すれ違いざまに一度、剣を打ち合った。そこまでだった。これ以上留まる事は、無理だ。

 抜けた。昌国君本隊の兵を、十騎以上討ち取ったはずだ。

 だが、昌国君の首は取れなかった。鴉軍が、完全に一つにまとまっている。

 勝ちの目が、完全に消えた。今の鴉軍なら、どう動いてもゲオルク軍を倒せるはずだ。このままゲオルク隊とぶつかって殲滅もできるし、歩兵に再び突撃すれば、今度は壊滅させられるだろう。

 だが、負けるにしても、負け方と言うものがある。


「死ねや、者共! 昌国君を道連れにして死ね!」


 それしかない。もはや、差し違える方法でしか、昌国君を討てない。それすら、酷く分の悪い賭けだ。それでも、万に一つでも可能性があるのなら。

 ゲオルクは雄叫びを上げ、先頭切って敵に突撃した。付き従う味方は、すでに半分を切っている。三十数人。敵は、こちらの五倍ほどか。

 だから、なんだ。一人が五人斬り倒せばいいだけではないか。そう考えれば、大して無茶な事でもない。

 鴉軍が、(くさび)型の陣形を組んで突っ込んできた。正面からぶつかる。ぶつかり合いとは言えなかった。黒い奔流に、飲み込まれるようなものだった。

 昌国君。向こうからやって来た。俺を討つ気か。だが、そちらからやって来るとは好都合な。

 首を狙って、横一文字に剣を振り抜く。容易く止められた。目が合った。昌国君が、笑いかけた。

 認められたのだ。俺は、この人の記憶に残ったのだ。

 剣が弾き飛ばされた。死を覚悟した。目を閉じた。風が、吹き抜けていく。

 風が過ぎ去った。とても穏やかだ。これが、死なのか。


「団長」


 目を開いた。生きている。馬にも乗っている。

 最後の突撃を試みた兵達は、散り散りになっていたが、ほとんどが生きていた。


「昌国君は?」

「去って行きました。正直、今も信じられません」


 歩兵も騎兵も、油断無く隊列を整えている。しかし、戦は終わったのだと理解した。戦場を覆っていた、戦の気配が感じられない。


「団長!」


 歩兵からゴットフリートが、馬を飛ばしてきた。


「御無事で」

「どうも、そうらしい」

「最後の突撃で、団長の討死を覚悟しました。情けを掛けられたのでしょうか?」

「多分、違う」


 自分は確かに昌国君に認められたのだろう。しかし、だからと言って情けを掛けて、討てる敵将を討たないという事は、昌国君はしない。

 それに、ゲオルク自身、情けを掛けられたという感じはしないのだ。もっと他の何か。


「おそらく、勝ったのだろう。昌国君は、逃げたのだ」

「勝った、ですか?」

「差し違える気で、最後の突撃をした。あの時我らは、死兵になっていた。昌国君は、死兵と戦う事を避けたのだと思う。受け流された、と言えばいいのかな」

「しかし、そんな事をしなくても、団長らを全滅させられたと思うのですが」

「全滅していただろうな。だが、引き換えに昌国君を討てていたかもしれない。万が一にも討たれる事を、昌国君は避けたのだ」


 思えば、昌国君と剣を交えたとき。ゲオルクを殺す気で攻撃してくれば、こちらも本能のままに食い下がっていただろう。あえて剣を奪うに止めた事で、毒気を抜かれたという感じがある。


「怯懦ではないぞ、ゴットフリート。昌国君は、自分の戦場を見誤らなかった。ここで死ぬ事、死を賭して戦う事は、彼の戦場ではなかったのだ」

「この戦場で負けても、この戦争全体を勝利に導くために、生きる事を選んだ。という事ですか?」

「これは、勝ったが負けたな。昌国君を撤退に追い込んだのは、間違いなく我らの勝利だ。しかし、昌国君を討てなかった。次に会うときは、さらに強くなった昌国君を相手にする事になるだろうな」


 ゲオルクは、しばらくの間その場に(たたず)んでいた。満ち足りた気持ちだった。

 先の事を考えるのなら、ここで昌国君を討ち損なったのは、痛恨事だろう。だがゲオルクには、どうでも良い事としか思えなかった。

 自分が空になるまで、全てを絞り出した。そして絞りきり、空になった自分の中に、清々しいものが満ちている。それに比べれば、他の事など全て、どうでも良い事としか思えなかった。

 やはり、自分は指揮官など向いていないな、と思った。まともな指揮官ならば、昌国君を討てなかった敗北を悔いるのだろう。

 自分は今、これでこのまま負けるのならば、それでも良いとすら思っている。


 反総督府勢力の軍勢は、各地の重要拠点のいくつかを潰す事に成功したらしい。

 ただ順調に行ったのは初めだけで、本格的な反撃が始まると、壊滅的な打撃を受けて敗走した。

 とは言え、これまでの残党によるテロとは、比べ物にならない被害と脅威を与えた事は、間違いない。

 それを裏付ける様に、改めて昌国君が六百の軍勢を連れて州都に入り、総督府はゲオルク軍を含む、蒼州公派残党に対する殲滅戦の用意を始めた。

 と言っても、反総督府派の攻撃によって、総督府の直轄軍は相当の打撃を受けたらしい。まとまった軍勢の動員には、多少の時間が掛かるだろう。

 また、どれほどの軍勢が動員されるかは、諸侯の動静次第、という事になる。

 諸侯軍の集まり方次第では、まだ対抗できるという見方をする者も、少なくは無かった。

 そういう、まだ諦めていない反総督府派は、軒並みゲオルク軍の下へと集結してきた。

 迷惑な話ではあるが、今や反総督府勢力中、最大最強で最も名声高いのは、ゲオルク軍なのだ。ゲオルク軍と共に、総督府と戦おうという希望を持たれるのも、致し方ない所ではある。

 ゲオルク軍の砦近郊には、反総督府派の将兵に加え、彼らが集めたのか傭兵まで集まり始めて、一千近い軍勢が集まろうとしている。


「否応無しだな、これは。うっかり追い散らそうものなら、反乱を起こされかねん」


 日に日に増えていく軍勢を眺めながら、ゲオルクは長溜息を吐いた。


「昌国君を撃退した、という噂が広まり、すでに勝利を疑っていないような情況の様です」

「嘘ではないだけに、否定しにくい所だな」

「このままでは、総督府との戦は避けられません」

「良いではないか。どうせ、避けられない事だ」


 ゲオルクが笑う。楽しんでいる様な笑みだが、酷く虚無的なものも漂う。


「我が領内での乱暴狼藉だけは、絶対に許すな。問答無用で斬って構わん」

はっ(ヤー)


 最後の戦いに向けて、全てが動き出したと思った。昌国君と雌雄を決しようという時も、最後の戦いだと思ったが、それ以上で、それとは違う。

 勝っても負けても。生き残っても死んでも。何か大きなものが、これで終わる。そういう戦になるという予感がした。

 もしそれを戦い抜いて、まだ生きていられたら。そのときは何か、新しいものを始められるのだろうか。

 まだ、気持ちの中にしかない理想の国へ向けて、全力で邁進(まいしん)できるようになるのだろうか。

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