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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter5・ワルプルギスの夜の宴
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不毛な抵抗2

 ゲオルクは騎馬隊と共に街を駆け、逃げ惑う人々を誘導する。

 それと同時に、街の情況。軍の展開情況も、見定めた。

 駐屯軍も、市内各所に戦線を築き始めている。要所要所にバリケードを築き、本城を中心とした地域を自分達の領域として、暴徒を食い止めている。

 暴徒を鎮圧するには、兵力が足りないという事だろう。あるいは、すでに救援を要請しているのかもしれない。

 ともあれ、戦線が突破され、押し込まれるような事態になれば、駐屯軍は防衛に全力を傾ける以外に無くなる。ゲオルク軍の行動に介入する余裕も、無くなるはずだ。

 暴徒は数こそは多いものの、武器も貧相なら、統制も取れていない。戦線を突破するのは、よほどの事が無ければ難しいだろう。

 つまりゲオルクは、戦線に穴を開け、暴徒の群れがそこに殺到する様に仕向ければ良い。

 戦線に穴を開ける事自体は、難しくはない。防衛線に対して突撃を掛ければ、突破できるだろう。

 しかし、それでは犠牲が出る。正面から突破する以外に無いからだ。犠牲を厭う気はないが、犠牲は最小限に止めたいし、必要のない犠牲は払いたくはない。

 それに、ただ穴を開けるだけでは意味が無い。穴に暴徒が殺到して、敵を押し込んで初めて戦略目的が達成される。

 だがその暴徒は、誰であろうと見境無しに襲い掛かる、狂犬のような状態だ。連携が取れる相手ではない。

 敵と敵を、かみ合わせる様な事が必要になる。上手く利用してぶつけ合わせ、ゲオルク軍だけは上手く逃げ延びるという綱渡りが求められている。

 だが、だからこそ死力を尽くさなければ成功はおぼつかないし、死力を尽くさないのならば、初めから何もしなければ良かったのだ。

 ゲオルクは、死力を尽くす方を選んだのだ。


「暴徒が来ます」

「身を隠せ」


 横道に駆けこむ。騎馬では、一列にならなければ通れないような道だ。全騎が入るには、前に進み続けるしかない。

 大通りから離れる。反転はできない。通りを一回りして、戻って来るしかない。

 熟知していると言う程ではないが、大まかな街路図は頭に入っている。何と言ってもここは、かつての主家の城下町だ。

 再び大通りに出た。暴徒と駐屯軍が衝突している後方だ。

 頃合いを見計らって、暴徒の群れを突っ切り、駐屯軍に突撃する。それで、戦線に穴を開けられるはずだ。

 ただ開いた穴に、暴徒が殺到しなければ意味が無い。だから、暴徒が崩れる前に動かなければならないし、ゲオルク軍が暴徒を蹴散らしてしまわないようにしなければならない。

 面倒臭い事だが、この場で冷静な判断ができるのは、ゲオルク軍だけなのだ。他人の分まで目配りしてやるしかない。敵の分までだ。

 暴徒は、一歩も退かず果敢に前に出続けていた。いや、無謀に、というべきだろう。武器は貧相で、扱いは素人。当然、軍としての統制もない。ただ、前に進むだけだ。

 やめてくれ、と、祈るようにつぶやいていた。彼らがこちらに向かってくれば、それはもう、かつてのオステイル解放戦線ではないか。

 向かい合っているときは、手強い敵だった。恐ろしい敵でもあった。だが今思い返すと、ただただ哀しい存在だ。救い、というものを見失った、哀しい存在だった。

 今この街を支配しているのも、同じだ。表向きは、灼熱の狂気と狂乱にしか見えないだろう。だがその根底にあるのは、どうしようもない哀しみだ。

 ここに、光はない。どこにも、光は見えない。一条の星明りも見えない、闇の中だ。

 どこかに、光はあるのか。夜明けは、来るのか。どこへ向かえば、それは見つかるのか。

 自分にそれを問う資格は、あるのか。自分は間違いなく、光を奪い去った側の一員だ。人を、絶望の闇に突き落とした側の人間だ。


「このままでは、持たんな」


 前方で繰り広げられる、暴徒と駐屯軍の押し合いは、あまり芳しい情況ではなかった。無秩序な押し合いで被害を出し過ぎた暴徒側が、崩れかけている。

 暴徒は数だけはある。一旦退いて、何度もぶつかる。その程度の駆け引きができるだけでも、大分違うはずだ。しかし、それができない。


「こっちだ」


 後方へ駆けた。暴徒側に、もう一押しを助けてやる必要がある。だが、ゲオルク軍が直接手を下す事は出来ない。

 すぐに、別の暴徒の一団と遭遇した。迂回し、背後に回る。

 広がって、暴徒を押した。散らばらない様に、絞り上げながら追い立てていく。ほとんど羊の群れを追い立てる様なものだ。

 暴徒と駐屯軍のぶつかり合いの場まで別の暴徒を追い立て、そのまま背後から押した。

 いきなり背後からやって来た集団に、最初の暴徒集団は面食らい、小競り合いも起こした。だが、すぐに一丸となって駐屯軍を押し始めた。ゲオルク軍が圧力を掛けているので、前にしか進みようがないのだ。

 増した圧力に、駐屯軍が苦戦を始めた。だがこれだけならば、まだぎりぎり耐えられるだろう。何と言っても暴徒には、作戦と言うものが無さすぎる。

 頃合いだろう。一旦下がり、暴徒に掛けていた圧力を無くした。五騎を暴徒の中に突っ込ませ、駆け回らせた。

 それで暴徒はある程度散った。五騎が戻って来る。


突撃(ロース)!」


 暴徒の群れを突っ切って、駐屯軍へ突撃する。突っ込んでくるゲオルク軍を暴徒が避け、道ができる。集団が散らばったので、避けるだけの余裕ができていた。

 突き抜けた。駐屯軍にとっては、完全な不意打ちだったろう。おそらく、考える力も失いかけていたに違いない。ただ前に出てくる人間を虐殺する事は、考える力を急速に奪う。

 ゲオルク軍が駐屯軍を蹴散らすと、呆然とそれを見ていた暴徒達は我に返ったように、また進みはじめた。

 しばらく暴徒の進撃は止まらないだろう。駐屯軍側は、圧倒的に兵力が足りない。二段、三段の防衛線を構築する余裕はない。

 駐屯軍は防戦に手一杯になり、勢いづいた暴徒も、駐屯軍を襲い、城を目指して進み続ける。ゲオルク軍と無関係の市民は、しばらくの間放置されるはずだ。


「この隙に、一人でも多くの市民を逃がせ」


 言って、偽善だと思った。暴徒は、市民ではないのか。駐屯軍は敵だから、殺されても構わないのか。たった今自分は、市民である暴徒を利用し、戦わせ、死に追いやったではないか。

 自らの偽善を笑い、悔いるのも、今更遅すぎる事だ。自分はずっと、御立派な大義の名の下に、人を敵味方と差別し、死を積み上げて来たのではないか。

 本物など、どこにもなかった。全ては偽物。紛い物だった。それを信じた自分は、ただ愚かだった。

 その愚かさが、多くの者を殺してきたのだ。今更悔いたところで、遅すぎる。

 市民の避難誘導は、順調と言って良かった。騒乱が街の中央へ向かっているので、ゲオルク軍が押さえた場所以外からも、大勢の市民が逃げ出しているようだ。


「市街の安全も確認できています。大分多くの人間を、助けられたと思います」


 ゴットフリートが、疲れてはいるが、明るく報告してきた。


「私が殺してきた人間を思えば、贖罪にはならんな」

「そんな――」

「何も言うな。ゴットフリート」

はい(ヤー)


 一人殺した罪が、一人助けた事で贖われるとも思っていない。十人を助けるために一人を殺す。その考え方が、間違いの一端だったのではないか。

 だからと言って、他に良い方法も分からないのだが。


「団長。そろそろ離脱するべきかと。総督府の救援軍と鉢合わせると、面倒な事になります」

「そうだな。離脱し、砦へ帰還する。全軍にそう伝達しろ」

はい(ヤー)


 命令を出した後も、ゲオルクはしばらくその場で避難する人の群れを見ていた。

 ふと、人の群れの中に何かを感じた。引っ掛かりを感じた辺りを、もう一度見る。見知った顔がいる、様な気がした。確証はない。


「おい。そこの男」


 何気なく声を掛けただけだが、男はゲオルクから隠れるように動いた。それが逆に目立ち、またゲオルクの何かを刺激した。男を、人ごみの中から引っ張り出す。


「やっ。貴殿は確か、ツィンメルマン卿の配下にいたな」

「はい。ゲオルク殿、おひさしゅうございます」


 助けた者の中に、一人でも知り合いがいた。その事を素直に喜んだのも、束の間だった。


「手負ったのか?」

「かすり傷ですので、お構いなく」


 確かに男の怪我は軽い様だ。しかし、それにしては衣服に血が多く付いている。返り血。それも、一人や二人を斬ったものではない。

 もしや、と思った。


「もしやこの暴動は、貴殿らが仕組んだのか?」


 男が目をそらす。


「答えろ!」

「……ああ、そうだとも。我らが市民を扇動した」

「なんと言う事を。止めさせろ! 今すぐに! ここで死体の山を築いて、それでなんになる!」

「無駄だ。今更誰にも止めようはない。分かっているだろう」


 唇を噛んだ。血の味が広がる。


「なぜ……。なぜこんな事をした」

「ツィンメルマン卿の仇だ。一人でも奴らを殺す」

「それが何になる! 今更そんな事をして、それでどうなる! 仮に軍と役人を皆殺しにして、街を制圧したところで、鎮圧に大軍が送り込まれて、それで終わりだ」

「分かっている」

「ならばなぜ!」

「なら、このまま黙っていろというのか!」

「これ以上、無意味に死体の山を築いて、それでどうなるというのだ!」


 ゲオルクは男を突き飛ばし、剣を抜いて突き付けた。


「そもそも。貴様はなぜここにいる。なぜ軍と戦わず、逃げる市民の群れに混じっていた!」

「……勝負はすでに着いた。いや、最初から着いている。暴徒はすでに息切れを始めている。殲滅されるのも、時間の問題だろう」

「そんな事は、分かりきっている。なぜツィンメルマン卿に殉じて、戦って死なない」


 男の目が、落ち着きなく泳いだ。


「死ぬのが怖くなったか。命が惜しくなったか」

「……ああ、そうだ。初めは死ぬ気だったさ。しかし、命が惜しくなった」


 男の目が、泳ぐのを辞めた。体から発する気配からして、変わった。開き直ったのだ。


「貴様はよくもぬけぬけと、数えきれない人間を死に追いやって、自分一人だけ生きたいと言うか」

「そうだとも。それの何が悪い。誰だって、命は惜しい。この人の群れがそれを証明している。

 貴様の言う事は全て正しい。俺はこの暴動を扇動し、多くの人間を死に追いやった。だが、だから俺は命を惜しんではいけないのか!? それは貴様が決める事か!?」

「確かに私にそれを決める権利は無いかもしれない。だが土壇場で命を惜しむくらいなら、初めから何もしなければ良かったではないか!」

「そんな事ができるか! そんな事が……ツィンメルマン卿の仇も討たず、何もせずにのうのうと生きるなどできるものか!」


 男は、鬼のような形相でゲオルクをにらみつけていた。だがその目からは、とめどなく涙が溢れている。


「……あの主人にして、この部下か」


 男は、かつてツィンメルマン卿が、自分だけ生き残ってしまった事を悔やんでいたときと同じ目をしていた。深い後悔と、抑えきれない激情に満ちた目だ。


「俺は命を惜しんで逃げた。逃げた先で貴殿に出くわしたのも運命だろう。殺してくれ。できれば、苦しまぬ様に」


 男が座り込み、目を閉じて静かにゲオルクの剣を待った。

 ゲオルクは剣を構えた。男は、少し俯いて、微動だにしない。このまま剣を振り下ろせば、綺麗に首を刎ねる事ができるだろう。死に望んで見事な覚悟、と言う他無い。そんな、静かな居住まいだった。


「ここで貴殿を殺して、それで何になる。死体を一つ増やして、誰が救われる」


 ゲオルクは剣を鞘に収めた。男が目を開き、ゲオルクを見る。


「拾った命だ。大事になされよ」


 ゲオルクはもう、男の方を見なかった。


 軍勢はすでに、離脱の準備を完了していた。歩兵の一部は、市民を守ってすでに市外へ出ている。


「済まない。余計な時間を取らせたようだ」

「いえ、参りましょう。団長」


 ゲオルクと騎馬隊は、殿(しんがり)について北門をくぐった。市外には、ここだけで数千の市民がいる。

 彼らは一様に、北へ向かって進みはじめた。行く当てがあって北へ行く者は少ないだろう。ただゲオルク軍が帰るので、そちらへ着いて行く者がほとんどのはずだ。

 彼らをどうしたものか。そう考えて、ゲオルクは止めた。

 どうにもできはしない。他人を救う事ができるなど、結局は思い上がりでしかない。ここで命を拾った彼らも、遠からず野垂れ死ぬだけかもしれない。つまりゲオルク軍は、誰も救えてなどいない。

 救ったなどと、救えるなどとは、思わない。そういう思いを、捨てようと決めた。

 背後の騒乱が遠ざかって行く。振り返り、街を見ようとして、止めた。振り返ったところで、何も無い。

 後悔すらも、そこには無いのだ。

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