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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter5・ワルプルギスの夜の宴
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インゴルシュタット奪回3

 インゴルシュタット救援軍との戦いは、一向に活路を見いだせずにいた。

 これ以上時間を掛けると、敵に更なる増援が加わるという事態も考慮しなければならない。

 こちらは、ゲオルク軍だけで何とかするしかない。ツィンメルマン卿の部隊は、市内を制圧するので手一杯だ。

 犠牲を厭わない攻撃を掛ければ、目の前の敵に勝つ事はできる。しかしそれでは、死に花を咲かせようというのと、何が違う。そこは、強く否定しておかねばならなかった。

 そうしないと、それの何が悪い、とゲオルク自身思ってしまいそうだった。

 両軍が対峙する。敵も、ゲオルク軍を容易く突破する事は出来ないと理解し、焦りを捨て、腰を据えて戦う覚悟を決めたようだ。

 駆け回り続けなくて良くはなったが、敵を撃破する事は、難しくなった。


「ゲオルク様、街のツィンメルマン卿から伝令が参りました」

「ツィンメルマン卿から?」


 良い報告とは思えなかった。勘ではなく、単純に事態が好転する出来事など、想像できない。残党軍の蜂起を抑えきれなくでもなったのだろうか。


「ツィンメルマン卿からとの事だが、何があった?」

「はっ。敵軍およそ一千二百が、南方よりインゴルシュタットに迫っている事を確認いたしました」

「なんだと。確かな事だろうな」

「少なくとも敵軍の接近は、斥候が確認いたしました。このままでは街を守りきれません。撤退して、籠城の準備をお願いいたします」


 籠城など、不可能だ。つい数時間前に制圧したばかりの都市に拠って、まともな籠城戦などできる訳がない。

 それにしたって、敵の動きが早すぎる。これではもう、都市を放棄して逃げるしかない。だがツィンメルマン卿は、城を枕に討ち死にする事を選ぶだろう。

 とにかく、街までは退かなければならない。ここでツィンメルマン卿を捨てて逃げれば、何のためにここまで来たのか分からない。


「分かった。すぐに撤退すると、卿に伝えてくれ」

「はっ」


 使者が去ると、代わりに各隊の隊長達を召集し、情況を説明した。


「そういう訳で、撤退を余儀なくされた。だが敵を目の前にしている情況で退くのは、難しい。一度全面攻勢に出て一撃を加え、即座に退く」


 全面攻勢の用意が、慌ただしく整えられた。敵もそれに気付き、応戦の用意を整える。


「全軍、突撃(ロース)!」


 鯨波(とき)の声を上げて、ゲオルク軍が一斉に走り出す。騎兵も歩兵の前に立ち、敵に向かって突進した。

 最精鋭である騎兵と赤隊を、レイヴンズに当てる編成での突撃だ。接近戦になれば、新兵の多いレイヴンズが一番弱い。レイヴンズが崩れれば、そこから全線崩壊に持ち込める。

 その程度の事は、敵も承知している事だ。朱耶軍が、赤隊を側面から突いてくる。

 ゲオルクはそれを待っていた。まともにぶつかっては敵わない戦力差だが、不意を打てば別だ。一度だけなら、騙しも効く。

 レイヴンズに突撃を掛ける途中で反転し、ゲオルクは後ろへ向かって駆けた。その先にあるのは、今まさに赤隊の脇腹を突こうとしている朱耶軍の、脇腹だ。

 朱耶軍に突っ込み、隊列を崩した。後はもう、滅茶苦茶に暴れながら、手当たりしだいに当たる敵を討つだけだ。

 とにかく止まらない。駆け回りながら、剣を振るった。五度、手応えがあった。それが敵を討ったのかどうかは、分からない。


「ゲオルク様、敵が退いて行きます」

「良し、撤退!」


 騙しは効いて、こちらの目論見通り、敵は退き上げていった。こちらも、素早く兵をまとめ、街まで撤退する。

 これだけ見れば、勝ち戦の様にも思えるだろう。だが、負け戦だった。最初から負けている、負けが確定した後の戦だった。ただ、負け方を少しだけましにしたというだけの事だ。

 街に戻ると、防戦の準備は部下に任せ、ゲオルクはツィンメルマン卿の下へ急いだ。どうせ、防戦の準備と言っても、城門を閉じるくらいしかできないのだ。


「卿!」

「ゲオルクか。お主の配下も無事に戻ってこれたようで、何より」

「そんな事は良いのです。まずは、南から敵が迫っているというのは確かなのでしょうな」

昌国君(しょうこくくん)の置き土産だそうだ。捕らえた総督府の官僚が、得意げに語ってくれたよ。昌国君が、何かあればすぐに各地に情報が行き渡る情報網を残して行ったとな」

「敵の動きがやけに早いのは、そのせいか」


 昌国君はどこまでも、ゲオルクらの前に立ちはだかるらしい。ここまで来るともはや、宿敵と言うよりも、運命が立ち塞がっている様な気がしてくる。


「ツィンメルマン卿。内部の敵も完全に排除できていない状態で、抗戦は不可能です。城を捨て、落ち延びませんか」

「その答えは、聞かずとも分かっているのではないのか?」

「予想が裏切られて欲しい、と思っています」

「残念だが、私はここを動く気はない」


 苦い思いを噛みしめるしかできなかった。覚悟していた事だが、ツィンメルマン卿の死の覚悟を、覆す事はできそうにない。

 城壁の防備に就いた。軍を二つに分け、敵が攻め寄せてくる西と南に配置する。ゲオルクは、西の城門の辺りで指揮を取った。

 攻撃は、敵が城壁の外にたどり着いてから、すぐに始まった。

 何日も、何十日もという、本格的な籠城戦でなければ、十分に耐え抜ける兵力差だ。ただしそれは、内に不安が無ければだ。

 どれだけ籠城できるかは、ツィンメルマン卿の部隊が、外の軍勢と呼応しようとする残党軍を、どれだけ抑え込めるか次第だろう。

 インゴルシュタットの市壁は、流石蒼州(そうしゅう)第一の大諸侯であったユウキ公爵家の本拠だけあって、高くそびえ立っている。

 敵も梯子や縄を調達してきてはいるが、長さが足りなくて用をなさない物も多くある。

 だがこちらも、投げ落とす石などの備えはまるでない。果たしてこれは戦なのかと思うような、見ているだけという状態が多くあった。

 だがそれも、長くは続かなかった。

 市内各所で火の手が上がる。喧騒が、不意に大きくなったような気がした。

 市民の暴動だ。今度は総督府軍が、ゲオルクらに不満を持つ市民を先導して、暴動を起こさせたのだ。ツィンメルマン卿の部隊では、もう抑えきれなくなっている。

 先の暴動での被害者と加害者。ユウキ公爵家があった頃からの市民と、新しく流入してきた市民。日常の些細な怨み。あらゆる対立の火種に、油がぶちまけられた。

 市民同士の殺し合い。できれば、見たくは無いものだった。

 市内での騒ぎに合わせて、外からの攻撃も激しくなっている。長さの足りない梯子も継ぎ合せて、城壁上に登ってくる。

 城壁上で斬り合いが始まった。ゲオルクも三人斬り伏せ、城壁から叩き落とした。


「ゲオルク様、あれを!」


 暴徒と化した市民の集団が、こちらに向かって進んでくる。城門を開き、外の軍勢を迎え入れる気だ。それを阻止しようと、ツィンメルマン卿の部隊や、反対派の市民が立ち塞がっている。だが数と勢いが違う。津波に飲まれる様に、飲み込まれて行った。


「城門を死守しろ!」

「やめろ。不要だ」


 もういい。これ以上は、無意味だ。


「襲われている者、脱出を望んでいる者を助けつつ、城外に脱出する。北へ向かえ」


 そう指示を出すと、ゲオルクは僅かな伴周りを連れて、本城へ向かった。


「卿! ツィンメルマン卿!」

「なんだゲオルク、まだいたのか。お主が付き合わなければならぬ理由は無いのだぞ」

「申し訳ありません。力及ばず、敵に侵入を許してしまいました。もはや抗戦は無意味、落ち延びて、再起を図りましょう」


 茶番だと思いながらも、あえて言った。ツィンメルマン卿と目が合う。ふっと、吸いこまれそうな気がして、目をそらした。

 それで、勝負は決まってしまった。


「ゲオルク。覚えているか。この街が、公爵様のお膝元であった頃の姿を」

「今と、それほど変わりはしません。今日は多少騒がしいようですが」


 面白くも無い冗談だが、卿は笑った。明るい笑いだったが、かえってそれが、酷く寂しげなものに思えた。


「儂はもう、昔のこの街の姿が、どんなものであったかも良く分からなくなってきた。だから、今の街が昔と変わったのか、変わっていないのかも、良く分からん」


 遠くに来すぎたのだ。ユウキ合戦以来、ずいぶん長い間戦い、遠くに来た。ゲオルクですら、そう思う。

 ツィンメルマン卿には、もうこれ以上、全てが遠くなっていく事は、耐え難いのだろう。

 故郷にも等しい思い出を忘れないうちに、全てを終わりにするつもりだ。


「最後に、一つだけ尋ねたい事がございます。卿にとって、蒼州公派の理想とは、なんだったのですか?」

「さあ。実は、良く分かっていなかったのだ」

「え?」

「ただ、私が信じ、忠義を尽くすと決めた主君が。公爵様が信じて追い求めたものだ。だから私も、ただ信じて追い求めた。それが何かも分からずにな」

「それで、良かったのですか?」

「後悔はない。蒼州公派の理想とやらは良く分かっていなかったが、私は公爵様と言う人を信じた。そこに、微塵の後悔も無い」


 (うらや)ましい様な気持ちになった。人を信じ、それが何かも分からないままに、追い求められるという事が、羨ましかった。できればゲオルクも、そう在りたかったと思う。

 だがゲオルクは、考えてしまったのだ。自分達が追い求めた理想とは、なんだったのかと。どうする事が、どうなる事が、理想を現実にする事なのかと。

 その答えが出ない限り、なんのために戦うのか、分からなくなる。この思いとは無縁だった、ツィンメルマン卿が羨ましいと思った。


「私の答えは、君の悩みを解決しなかったようだな」

「恐れ入ります」

「良い。もしかするとお主は、公爵様と同じ場所に立っているのかもしれん。そうだとしたら、それは上に立つ者が、ただ一人で抱えなければならない事なのだろう。私には分からなかったがな」


 何と答えればいいのか、分からなかった。まさか、という思いもある。そうかも知れない、という思いがある。様々な思いが錯綜して、まとまらない。


「いかんな。そろそろ逃げられなくなる。早く行け。共に死のうというのなら、別に構わぬが」

「いえ。部下達もおりますので、まだ死ぬ訳には参りません」

「ならば、生きろよ」


 別れの言葉。探したが、言葉は何も見つからなかった。ただ深々と頭を下げ、それを別れとするしかできなかった。

 本城を出ると、北の城門へ急いだ。すでに敵軍は、本城の至近まで迫っている。北への道は、戦火を逃れる人並みで一杯だった。東も同じ情況だろう。

 北の城門を出たところで、軍勢と合流した。見たところ、全軍が揃っているようだ。


「これで全員か?」

「戦死か。動けなくなったか。各隊に数人、戻って来ていない者はいますが、ほぼ全員揃っています」

「分かった。我が軍はこれより北方のチクハ山に一旦陣を置き、友軍の生存者を受け入れる態勢を取る。隊列を乱すな。旗も高く掲げろ。進発!」


 ゲオルク軍が、敗軍とは思えない整然とした行軍で北へ進んでいく。

 ゲオルクは振り返り、遠ざかって行くインゴルシュタットの街を見た。

 煙が上がっていた。火元は、街の中央。本城の辺りだろうと思った。不思議な事に、白煙だった。

 まるで火葬場の煙じゃないか。ゲオルクのつぶやきは、誰にも聞こえないまま、風に流されて行った。

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