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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter5・ワルプルギスの夜の宴
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インゴルシュタット奪回2

 蜂起の数日前から、街には不穏な噂が流れ始めていた。

 近々生活用品の大幅な値上げがあるという、身近でいかにも在りそうなものから、蒼州(そうしゅう)公派の残党が十万の軍勢で押し寄せてくるという荒唐無稽なものまで、噂は多種多様だった。

 一つだけ共通するのは、どの噂もそれを耳にした者に、漠然とした不安を抱かせた、という事だ。

 無論これはゲオルク軍も協力した、蜂起に向けての工作である。

 不安というものは、乾いた藁束の様なものだ。それ自体は何の害も及ぼさなくても、火の粉の一つでも飛べば、一気に燃え上がる。

 決行の時が来た。しかし、街はいつもと変わらぬ平静を保っているように見える。間違いなく、すでに始まっているはずだが、それを知る者はまだ少ない。

 ゲオルクも今はまだ、待機場所となっている借家の二階から街を眺めていた。何も、起きている様には見えない。

 それでも、すでに事は進んでいる。ツィンメルマン卿の配下が、街の高官や軍の将校を一斉に襲撃しているはずだ。

 それは生還する事を考慮しない、相打ちを前提とした襲撃だ。死を覚悟しているからこそ取れる戦法。死ぬ気なのは、ツィンメルマン卿一人だけではない。

 各地で、同時に火の手が上がり始めた。やっと街にも混乱が起き始める。重要な施設に、一斉に放火をしたのだ。

 普通に放火を試みても、警備が厳しくて近づく事も出来ない。だからここでも、命と引き換えの放火が行われているはずだ。計画段階では、自ら火だるまになって突っ込む、というような事が計画されていた。

 ゲオルク軍の出番は、もっと後だ。今は見ているしかない。見ているだけでも、苦しくなってくる。それでも、見届けなければならないのだと思う。

 街が一気に騒がしくなる。扇動により、市民が暴動を始めたらしい。臨時税が課されるとか、軍が食糧を買い占めるとか、そんな噂が、さも事実であるかのように叫ばれている。


「そろそろか」


 呟き、全軍に出動準備を命令した。

 一階に移り、目を閉じ、腕を組んで椅子に座った。これから先の情況は、次々と伝令が報告に来る。

 ツィンメルマン卿とその配下の軍勢が、堂々と行動を開始したようだ。インゴルシュタットの解放を唱えて、市内を暴れ回っている。

 最初の襲撃が効いたようで、市内の軍勢は指揮系統を失い、混乱状態にある。市民の暴動もあり、どう対処すればよいか分からずにいる様だ。

 ここで敵が組織立った抵抗をしてくれば、ゲオルク軍が対処するはずだったのだが、どうやら出番はもう少し先になったようだ。

 ツィンメルマン卿率いる残党軍と蜂起市民は、本城に向かって進撃を続けている。市民も卿の配下が扇動しているので、大まかな動きは制御できる様だ。

 すでに市内では、実際より桁が一つ多い数の残党軍が市内に突入している、という話が流布している。事前に十万の軍勢と言う現実離れした噂が有ったので、それより桁が二つ小さいと、さも事実のように感じるらしい。


「そろそろ、かな」


 いくら指揮系統が崩壊しているとは言え、本城に敵が迫れば、総督府軍もそれなりに組織的な抵抗をするだろう。ゲオルク軍も加わり、一気に敵を掃討するべき所だ。

 ただ、こういう作戦の場合、いかに素早く敵の急所を抑えるかが重要になる。その為には、敵の動きを正確に捉える事が必要になる。

 もう少しの間ここに留まって、敵の動きを見極めるべきだと思った。

 街は今、混乱の極みにある。この情況で、正確な情報を得るというのは、非常に難しい。

 だから街中に放ってある斥候には、見たものを見たまま伝える様に。耳で聞いたものは、音だけ報告し、一切の声を無視するように厳命した。

 この情況で、言葉ほど不確かなものも無い。動きだけを見極め、動きから意味を見極めるべきだ。

 ツィンメルマン卿の軍勢は、将校を失って麻痺している市内の軍勢を、片端から殺し回っているようだ。


「何をやっているのだ」


 思わず苛立った声を漏らした。街の占拠を目的とするなら、中枢である本城を最優先に制圧するべきだ。それを後回しにして敵兵を殺して回るなど、愚策でしかない。

 だが、気持ちが分からないでもない。これは復讐であり、仇討なのだ。ならば、ゲオルクが止めろと言ったところで、止まる様なものでもないだろう。

 ただ、厄介な事に、軍の行う虐殺に触発されて、暴動を起こした市民の攻撃的になってきているようだ。建物の破壊や放火はもとより、市民同士の乱闘も起き始めているという。

 苛立つ思いを抑えながら、ゲオルクはただ機を待った。


「ゲオルク様、暴徒の鎮圧に、軍が出動しました。およそ三百」

「出陣する。全軍だ」


 厳戒態勢はすでに解かれているので、本城にもそれほど多くの兵が詰めている訳ではない。鎮圧の為に動いた兵を叩けば、本城はほぼ空だろう。

 ゲオルクと、同じ借家に潜んでいた兵が街路に出て、本城へ向かう。初め数十人の集団だったのが、街中に潜んでいた兵が続々と集まって来て、紛れもない軍隊が出来上がる。

 参集した兵が三百を超えたかというところで、暴徒の鎮圧に出てきていた敵軍と遭遇した。


突撃(ロース)!」


 敵は思いがけず、まともな武装をしたゲオルク軍と遭遇して、混乱するよりもむしろ、戸惑っている。間髪を入れずに斬り込んだ。それで敵は、あっけなく崩れた。

 鎮圧に動いている敵は、ここだけではない。街のあちこちで、同じ様な戦闘が繰り広げられているはずだ。


「ツィンメルマン卿に伝令を出せ。市内の制圧は我らが引き継ぐ。卿は城への攻撃を開始するように。と」


 とにかく、都市の制圧を成功させてしまう事だ。それで少なくとも、この場ではツィンメルマン卿も、死ぬ理由が無くなる。

 あるいは、何度か勝ちを重ねれば、死ぬのを思いとどまるかもしれない。生きて、戦い続けようという気になってくれるかもしれない。

 勝つ事だ。とにかく、勝つ事だ。どこにも光明が見えなくても、目の前の戦に勝てば、道は少しずつ、開けてくる。

 だから、どんな手を使ってでも、勝たなければならない。

 ゲオルク軍は今、騎乗している者はいない。鎧も、ほとんど着けていない。部隊を識別する、派手な色衣装も脱がせている。代わりに、色布を頭に巻いて識別している。

 全て、市民の中に紛れ込むためだ。暴徒と化した市民の中に紛れ込み、鎮圧部隊が攻撃を始めたとき、初めて姿を見せて、襲い掛かる。

 それで何度でも、繰り返し奇襲を掛ける事ができる。しかも敵が、向こうからやって来てくれるのだ。待ち伏せには、これ以上の好条件はない。

 無論これは、暴徒と化した市民を盾か、囮に使っている事に他ならない。本来守るべき存在であった民を利用し、犠牲にしている。

 そこに苦悩が無い訳はない。しかし、苦悩など、何も救わないし、何も変えられはしない。現実を変えるのは、行動だけだ。

 ならば行動するしかないし、行動するからには、成功させるために全力を尽くさなければならない。そして、弱小な今の自分達が勝つためには、なりふり構ってはいられない。


「ツィンメルマン卿の部隊、本城への攻撃を開始しました。抵抗は少ないようです」

「そうか」


 城が落ちるのは、時間の問題だろう。市街地の制圧も、じきに完了する。


 日が中天に差し掛かる頃になって、城は陥落した。市街地の制圧も七割方が完了し、後は残敵の掃討という段階だ。


「西方より敵軍が、この街へ向けて急行しています。その数一千以上!」

「迎撃する」


 予想はしていたが、周辺にいた軍勢を、残らずかき集めて急行してきたようだ。

 街の外から敵が迫ってきた場合、市内の抑えをツィンメルマン卿が担当し、ゲオルク軍が迎撃する。全て事前に想定し、対応を決めていた事だ。混乱はない。

 それにしても、だ。もう少し、市内をしっかりと抑え込んでから敵を迎え撃ちたかった。援軍の到着に合わせて、市内の残党が息を吹き返したら面倒だ。

 ツィンメルマン卿が、本城の攻略を最優先にしてくれていたら、もう少し時間の余裕はあったはずだ。復讐のために、相手にしなくてもいい敵兵を殺し回った事で、時間を無駄にした。

 いまさら言ったところで、どうしようもない事だ。

 市壁の外に展開する。市街戦では出番が無かった鎧や長槍。それに、各隊の派手な色衣装も身に着け、本来のゲオルク軍の姿になる。


「敵軍は一千四百。うち朱耶(しゅや)家の騎兵が二百。歩兵は半数が総督府軍。半数がレイヴンズのようです」


 思ったよりも敵が多い。朱耶家の騎兵が急行してくることは、まだ想定の内だ。だが、レイヴンズが付近にいたというのは、痛い誤算だ。

 せめて数日の間、インゴルシュタットを占拠したという事実が欲しい。その後ならば都市を放棄しても、勝ったと主張できる。

 そのためにも、ここで救援にやってくる敵軍を、なんとしても撃破しなければならない。


「敵先頭部隊を確認。真っ直ぐこちらに来ます!」

「構え!」


 土煙を立てて迫って来るのは、朱耶軍騎兵だ。歩兵の姿は見えない。騎兵だけでまず急行してきたようだ。

 何の問題も無かった。ゲオルク軍全兵力での密集隊形の前には、二百騎ではどうしようもない。

 浅く突っかけて来ては引く事を繰り返す、牽制に近い攻撃に終始した。友軍が無い状態では、他にやりようもないのだろう。

 この戦は、時間稼ぎが目的ではない。反撃に出て押し包んでしまいたかったが、深く突っ込んでこない以上、捉えようがなかった。それに、いくらもしないうちに、敵の歩兵が到着してくる。

 歩兵は六百ほどで、隊列もばらばらだった。総督府軍だという事が、旗で分かった。とにかく全速力で急行してきた、という様子だ。


「駆けるぞ」


 朱耶軍が突っかけて来るのに合わせて、騎兵を走らせた。隊列の整わない総督府軍に向かって、真っ直ぐ突っ込む。

 気付いた朱耶軍の一部が追って来るが、最短距離で敵に突撃するゲオルクの方が、どう見ても早い。総督府軍を正面から突き破り、背後まで突き抜けた。

 突き抜けた先に、整然と隊列を揃えた部隊がいた。一瞬、肌が粟立ったが、まだ遠い。

 脚を止めず、そのままレイヴンズに向かった。まともにぶつかる気はない。ここで足を止めれば、総督府軍を迂回して来た朱耶軍に、横から突っ込まれる恐れがあると思った。ついでに、レイヴンズの出方も見極めておきたい。


「フリート郡での借りを、この機に返してやろうか」


 ゲオルクは、正面からレイヴンズに向かって駆けた。駆けながら、動きを見定めようと目を凝らす。

 斉射。一斉に矢が飛んできた。急転回する。一呼吸前までいた場所に、矢の雨が降り注いだ。

 (クロスボウ)。レイヴンズはその時々で兵装を変えるが、今回は弩兵が多いようだ。

 むしろ、弩兵が多すぎるという気がした。前面に、長柄の武器を構えた兵を展開してもいない。これでは、このまま突撃すれば、容易く崩せそうだ。

 予想外の戦闘なので、騎兵に対する対応策が無いという事は、考えられる。だが、それだけとも思えなかった。

 もう少し深く探ってみる。突っ込むぎりぎりまで接近し、反転するつもりで駆けた。

 矢が放たれた。斉射ではない。一本の矢が飛び。その後、散発的に何本か飛んできた。狙いも甘い。


「新兵か」


 ゲオルクも新兵の調練は散々してきたので、すぐに分かった。あの部隊の大部分は新兵で、この近辺で調練中だったのだろう。

 ゲオルクに迫られて、命令も無く矢を放ってしまうなど、新兵特有の失敗だ。(クロスボウ)を主兵装にしているのも、弓よりもずっと初心者向きだからだ。

 これなら、旗下の七十四騎だけでも崩せるかもしれない。


「ゲオルク様、朱耶軍が」


 朱耶軍が、左右から迫って来ていた。これ以上は流石に、深入りのしすぎだ。

 向きを変え、右から迫る朱耶軍とぶつかる。ぶつかると見せかけて、直前で(かわ)し、すれ違った。

 その後も、朱耶軍と着かず離れずを保ちながら、徐々に下がる。これなら、レイヴンズから斉射を受ける心配はない。

 今は百騎だからそういう事もできるが、左の朱耶軍が合流してくると、厳しい。朱耶軍が合流するのに合わせて、一気に離脱した。総督府軍を、後ろから貫く。

 ようやくまとまりかけていた総督府軍を再び断ち割って、歩兵の下に戻った。これでまた、仕切り直しだ。機先を制した分、勢いはこちらにあるか。

 それに、なんの意味がある。ふと、どうしようもない虚しさに襲われた。

 虚しさが大きくなる前に、何かを考えてしまう前に、振り切った。今は、戦だ。

 敵の歩兵が、真っ向からぶつかってくる。いや、ぶつかって来るのは総督府軍だけで、レイヴンズは距離を保ったまま、援護射撃に徹しようとする。

 それが意外と厄介だった。対騎兵の密集隊形は、弓矢や鉄砲の斉射には弱い。動きも遅いし密度も高いので、撃てば当たる。

 だから騎兵で、レイヴンズの援護射撃を妨害しようとする。すると、朱耶軍が介入してくる。

 三対一の戦力差では、まともなぶつかり合いは避けるしかなかった。動きで、できるだけ敵を振り回すしかない。

 朱耶軍とレイヴンズを抑えてしまえば、歩兵はこちらが倍の数だ。包囲して押し包む動きを見せれば、総督府軍は下がるしかない。そしてまた、仕切り直す。

 互角に戦っている様だが、実際はこちらが綱渡りで抗っている。力尽きてしまえば、それで一巻の終わりだ。

 やはり、朱耶軍が最大の障害だった。朱耶軍。総督府軍。レイヴンズ。どれも単独なら、恐れるに足らない。三つのうちどれか一つでも敗走に追い込めれば、敵の全軍は崩れる。

 だがそれを、朱耶軍が巧みに阻止している。敵の三部隊の連携は、実際には朱耶軍の奮戦で連携を維持している。

 その朱耶軍も、撃破はできなくても、撤退に追い込む事はできるのだ。歩兵の二部隊さえいなければ。ゲオルク軍全軍で朱耶軍に当たる事さえできれば。

 現実には、騎兵のみでのぶつかり合いを余儀なくされ、そうである以上、まともなぶつかり合いを避ける戦法を取るしかない。

 寄せ集め軍の即興とは思えないほどに、弱点を上手く補い合っている。


「忌々しい」


 噛みしめた奥歯が鳴る音が、頭に響く。

 直接干戈を交えている敵は、総督府軍の六百だけなのだから、歩兵を前に出して、レイヴンズとぶつける事も考えた。

 だがその場合、間違いなく朱耶軍がそちらに介入してくるだろう。それを阻止しようと思えば、まともにぶつかるしかない。

 レイヴンズの撃破に赤隊を当てる。撃破するまで騎兵で朱耶軍を止める事は可能だろう。しかし、騎兵の損害は大きなものになる。補充の目途も立たない現状で、その犠牲は許容しかねた。

 僅かな隙を見つけて、レイヴンズに突っ込んだ。レイヴンズが乱れ、下がる。しかし、敗走に追い込むほどに深くは突撃できなかった。

 レイヴンズに合わせて、敵全体が下がる。また仕切り直しだ。一息つく事は、できる。

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