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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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要人護衛3

 ゲオルク軍がザルツブルクの街に入り、市壁に拠って籠城戦を始めてから七日が経った。

 流石に籠城戦となれば、二倍程度の敵軍相手にそう易々とは落とされない。

 当初から長期の籠城戦を想定していた訳ではないので、兵糧は十分とは言えない。しかし厳冬の最中に野営をしている敵軍の情況を思えば、それ程長期戦にはならないはずだ。

 現に、すでに城壁上から望む敵軍兵士の動きは、相当緩慢になってきている。疲労が蓄積しているのだ。

 あと十日も耐えないうちに、敵は撤退を余儀なくされるだろう。それがゲオルク以下、ゲオルク軍将校らの一致した見解だった。

 ところが、ここに来て亡命を企画する蒼州(そうしゅう)公家の重臣達が、すぐにでも出港すると騒ぎ始めた。


「どうでしたか、ゲオルク様」


 重臣の説得から戻ったゲオルクに、ゴットフリートが訪ねる。訪ねはしたものの、良い答えは最初から期待していないという顔だ。ゲオルクも、渋面を隠そうともしない。


「まるで話にならん。すぐにでも発つの一点張りだ」


 そもそも重臣達が亡命を意図しておりながらここに留まっているのは、冬の荒れた海に漕ぎ出すのが危険だからだ。

 特にこの辺りの海域、湾を出て外洋に出た辺りは、難破事故の多い難所として名高い。

 その為重臣らは天候の回復を待ち、ゲオルク軍はそれまで時間を稼ぐのが目的であったはずだ。

 ところが、敵が足下に迫って慌てた重臣らは、悪天候を突いてでも今すぐ出港すると言い出した。

 これでは何のためにゲオルク軍は戦っていたのか、全く分からない。


「あれはもう、手に負えないな」


 ゲオルクが吐き捨てる様に言う。死に場所を探していたとはいえ、あんな連中のために死ぬと思うと、急に馬鹿らしくなってきた。


「しかし、それならそれでどういたしましょう」

「そこだな、問題は」


 すでに街は包囲され、ゲオルク軍も自由にどこかへ行く、という訳にはいかなくなっている。

 重臣達が出港した事が敵に知られれば、この街を囲んでいる意味も無くなる。包囲が解かれるのを待って砦に帰還する、というのも考えられる。

 ただ現実問題として、船が出港しても、敵にはそれに重臣達が乗っているかどうか、確かめる術がない。

 まさかこちらの申告を、そのまま鵜呑みにしたりはしないだろう。結局、市内に突入して確認しない事には、敵は退かないだろう。

 十日も待てば敵は退かざるを得なくなるのだから、重臣達が出港しようとしなかろうと構わず、街を守り抜くという手もある。

 しかし、市民にとっては重臣達もゲオルク軍も厄介者だ。重臣達は数人なので迷惑の度合いも低く、いざとなれば捕らえて敵に引き渡せる、と考える。

 しかしゲオルク軍一千二百の将兵は、それとは比べ物にならない厄介者だ。今のこの情況では、市民が敵に通じて城門を開いてもおかしくは無い。

 長期の籠城戦をすればするほどその危険は高まる。むしろ敵も、そのくらいの調略は仕掛けてくるだろう。籠城を続けるのは、危険だ。

 開城して降伏する。これはそのまま、ゲオルク軍も解散させられる。その場で全員処刑、なんて事は無いだろうが、再起しない様に、ゲオルク他数人は処刑されるかもしれない。

 ほんの数日前までなら、それでもいいと思っただろう。今は、馬鹿らしいという思いしかしない。


「出航に合わせて、敵中を突破するしかないな」

「負傷兵はどうします?」

「走れる者は、武器も持たずにとにかく走らせる。走れない者は、市内に潜伏して、後に個別に戻って来てもらうしかないな。匿ってくれる者を探せ」

「分かりました。土壇場で裏切る、という事をしないような人物を探します」

「最終的には、各々の運だな」


 脱出決行の日が来た。ゲオルク軍も船も、夜陰に乗じて脱出する。

 天候は、最悪と言って良い冬の嵐だ。ゲオルク軍には好都合だが、船の方は、良くこんな日の夜に船を出す船乗りがいた者だと思う。少なくとも、まともな神経はしていまい。

 音も光も届かず、合図の取りようが無いので、決行時刻を待って勝手に行動を起こす。


「良いか、皆。敵に構わず、とにかく前に向かって走れ。そうすれば、四日で砦に帰りつけるぞ」


 輜重など牽いていける訳もないので、手持ちの兵糧は三日分だ。この時期に現地調達も見込めない。

幕舎も捨てていくので、野宿を繰り返す事になる。と言うよりも、寝たら凍死するので、不眠不休で走る事になるだろう。

 だがそれらの心配も、まず敵を突破する事ができればの話だ。


「門を開け。静かにな」


 松明の明かりも、最小限に絞る。


「限界まで、近づきます」

「いや、敵も夜襲の備えはあるだろう。だが全軍での突撃は想定していないはずだ。このまま鯨波(とき)の声を上げて、突っ込む」


 敵の不意を突いた方が良い事には変わらないが、奇襲ではないのだ。隠密性にこだわる必要はない。

 むしろ、全力で力押しをした方が不意を突けるはずだ。

 剣を抜いた。


突撃(ロース)!」


 腹から声を上げ、そのまま雄叫びを上げながら、先頭切って敵陣へ突っ込んだ。後ろから、鯨波(とき)の声を轟かせた全軍が続く。

 百や二百ではない。一千二百の軍勢が、夜陰に乗じていきなり突撃をしてきた。数は分からなくても、鯨波で勢いは敵にも伝わる。あえて立ち塞がろうというものは無く、ほとんどの敵兵は道を開けた。

 行ける。そう思った。

 馬蹄の響き。ゲオルクの背後には騎兵が続いているのだから、当然聞こえるに決まっている。しかし、音がずれている様な気がする。

 いきなり目の前に騎兵が現れ、すれ違った。


「うおっ!?」


 突然の事に、剣を振るう間もない。

 すれ違った騎兵は、朱耶(しゅや)軍だ。吹雪が酷くて直前まで姿が見えなかった。この情況にも、対応してくるというのか。


「歩兵はそのまま走れ。騎兵は我に続け!」


 後ろまで命令が届くような状態ではない。すぐ後ろの者へ順番に伝えていく。命令伝達に、酷く時間が掛かった。

 ようやく命令が行き届いた事を確認すると、ゲオルク隊は隊列から離れた。

 これだけの軍勢が移動していれば、この悪天候でも大体の位置は掴める。朱耶軍は、それを狙って攻撃してくるはずだ。

 そこを横合いから叩く。この悪天候と、歩兵が移動する地鳴りで、騎兵の存在はある程度誤魔化せるはずだ。

 敵をどうやって捉えるかだが、これはもう、目を皿にするしかない。

 土壇場で、運が味方した。朱耶軍が、ゲオルクらの少し前を駆けて行く。しかも、こちらに気付いた様子は無い。


「掛かれ!」


 横合いから突っ込む。その際、横に広がって、実際よりも数が多いように見せかける。視界が良ければ一発で見破られるが、今この情況ならば、誤魔化せる。

 敵を突っ切ると隊を小さくまとめて、駆けながら点呼を取った。一人足りない。はぐれたのなら、一人で砦に向かうだろう。

 歩兵の混乱を避けるため、明るくなるまでは歩兵と別の道筋を通って進む事にした。他の敵兵はいない。あの情況でとっさに対応できたものは少ないだろうし、下手に兵を出せば、同士討ちの危険がある。

 追撃も無かった。ザルツブルクを制圧する事を優先したのだろう。そこから亡命を図る重臣の身柄を抑えるのが目的なのだから、当然だ。

 重臣達の方に上手く囮になってもらったような格好だが、とにかく、敵の包囲を突破する事は出来た。

 あとは、砦までの苦しい行軍を耐え抜くだけだ。


 苦難の行軍の末、砦に帰り着く事が出来たのは、道中敵軍と接触しなかったから。つまりは運でしかないのだろう。

 一応、無事に逃げ延びる事ができたと言えるゲオルク軍に対して、最悪の悪天候の中漕ぎだした重臣達がその後どうなったかが聞こえてきたのは、しばらく経ってからだった。

 彼らは、亡命する事は出来なかった。かと言って、海の藻屑に消えた訳でもない。

 驚いた事に、あの悪天候の中を待ち伏せていたハーフェンの海軍によって、全員が討ち取られていた。

 およそ信じがたい事だが、間違いのない事実だ。ハーフェン人は素行は海賊紛いだが、船乗りとしては超一流と言うのも、あながち誇張ではないな、と思った。

 家を継ぐ資格のある者だけでなく、有力な家臣まで軒並みいなくなって、これで蒼州(そうしゅう)公家は完全に滅亡だろう。

 今の総督が、蒼州公家の正統を継ぐ、と帝国政府は定めている様だが、何百年も蒼州に根を張っていた蒼州公家を、同じ皇族とは言え何の縁も無い、余所者が継いだところで、誰も敬わないだろう。

 ゲオルクも、それまで特別蒼州公家に厚い尊敬の念を抱いていた、という訳でもないのに、蒼州公家が無くなってしまったと思うと、心に穴が開いた様な気分になる。

 ふと、政府は大きな過ちを犯したのではないだろうか、と思った。

 蒼州に蒼州公家がある。その大きさを、失ってみて、初めて気づいた。いわば蒼州公家は、蒼州を安定させる要石だった。それを、取り払ってしまったのだ。

 蒼州の根本を破壊してしまった。漠然とだが、そんな予感がした。これは、ただの妄想なのだろうか。

 ところで、蒼州公家に関してもう一つ、火種が残った。蒼州公家の重臣は、残らず亡命に失敗して首を討たれた。

 ところがその中に、一人メルダース男爵だけがいなかった。無論、他のどこかで死んだという話も無い。

 一人、海の藻屑に消えたのか。それともそもそも、亡命など試みていなかったのか。そうだとしたら、まだどこかに潜伏しているのか。それとも、人知れず死んだのか。

 メルダース男爵は生きて、まだどこかに潜伏している。その噂は、まことしやかに(ささや)かれ始めた。だが総督府と、帝都の政府は、表向きはあまり気にしていないようだ。

 年明け。総督府からの布告で、蒼州統一宣言が出された。蒼州公派と総督府派の争いは、ここに完全に終結した。そう宣言された。

 事実、その通りだろう。ゲオルク軍も今更、蒼州公派の旗を掲げて戦う意味も無い。各地に残る残党も、もはやそのような力は無い。

 ゲオルク軍や、その他残党に対して。特に何らかの処分を下す、というような布告は出なかった。これ以上、抵抗運動をしない限り、その存在は黙認する、という事だろう。あまり強硬な態度を取って、これ以上戦を続けたくないのかもしれない。

 平和が訪れた。表向きは、誰もがそう思った。それは蒼州だけでなく、帝都もそう思った様だ。その任を果たしたとして、昌国君(しょうこくくん)朱耶克譲(なりよし)の、征東将軍職が解かれた。

 最後の戦。コストナー家の長い内乱も、中央と総督府の援助を受けた当主ニコライ派が、蒼州公派に就いて抵抗を続けていたクラウス派を征討し、雪が解ける頃、家中を統一した。

 ユウキ合戦以来、五年間続いた蒼州の戦乱も、これで終わりを迎えたのだ。


「と、本気で信じている者は、何人いるだろうな」


 これが、仮初めの平和に過ぎない事を、多くの者は悟っている。そして、また次の戦いに備えて、ある者は傷を癒し、またある者は、爪を研いでいるのだ。

 ゲオルク軍の針路は、今なお不確定なままだった。

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