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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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要人護衛1

 無意味、としか思えない任務だった。それでも、全軍で出撃し、その任に当たる事にした。

 取水施設に拠った残党軍は、最終的にどうなるかは別として、現時点では抗戦を捨てていない者達だ。

 それとは別に、もはや戦おうという気を無くした者達が、密かにザルツブルクに集結していた。ほとんどが、蒼州公家の重臣達だ。

 彼らの目的は、亡命である。降伏しても命の保証がないので、何もかもを捨てて、自分達だけ逃げるつもりなのだ。

 ゲオルク軍の任務は、亡命者達が出港するまでの間、彼らを守る事だった。

 なぜこの任務を引き受けたのか。恩義があるだとか、報酬が得られるだとか、理由を着けようと思えば、いくらでも着けられる。

 しかし本当の所は、どうでも良かったのだ。ただ投げやりに、無意味な任務をするのも良い。それで死ぬなら、それでもいい。そんな気持ちで受けたのだと思う。

 それについて、別に隠したりはしなかった。なぜこんな戦をするのかと理由を聞かれれば、どうでもいいのだと本心を語っている。

 だが、それを真に受けた者はいないようだ。めいめい勝手に、ありもしない裏の意味を読み取り、納得している。

 それを正そうという気持ちも、失せていた。今のゲオルクには、内から自分を突き動かす衝動が、何も無かった。


「団長、よろしいでしょうか?」

「デモフェイか。暇があるなら、部下を見回れ」

「もう見回りました」

「何度でもだ。何度でも、同じものを見ろ」

「分かりました。日に三度、見回りをするようにします」


 ただ見回っても意味は無い。そう言おうとしたが、それはゲオルクのやり方だ。他人が、ゲオルクのやり方を真似なければならない理由は無い。本人に真似る気が有れば、何も言わなくても、見て真似をするだろう。

 デモフェイは、そこに直立したままだった。


「まだ何かあるのか」

「彼らは、どこへ逃げるというのでしょうか?」


 デモフェイは少し言いよどみ、思い切ったように尋ねてきた。


「彼らと言うのは、ザルツブルクの街から、船で逃げようとしている連中の事か?」

「その方々です」

「本人達は、アンドウ家の領地に逃げ込むつもりらしい」

「そのアンドウ家というのは、どこにあるのですか?」

「北の変州(へんしゅう)の、さらに最北の地だ。古くから流刑地として扱われ、そこに逃げ込んだ者は、罪を問わないというのが慣習になっている」

「そんなところが」

「命の保証がされる代わりに、一生北辺の地から出られず、初めからいなかったものとして扱われる。そうまでして、死にたくは無いらしい」

「勇ましいのは勝っている時だけ。それも、上からただ命令するだけですかい」


 そうまでして死にたくないという気持ちが、自分には理解できない。死ぬなら死ぬで、それはもう、仕方のない事だ。

 そういうつもりで言ったのだが。デモフェイは重臣らの腰抜けを皮肉ったと解釈したらしい。


「ゲオルク様、斥候からの報告です」


 ゴットフリートが陣屋に入ってきた。今のゲオルク軍で、最も部隊としての働きが良いのは、ゴットフリートが率いる赤隊だ。

 この間まで赤隊中隊長だったとはいえ、大隊長としてしっかりと赤隊を掌握している。もっとも、大隊と言っても今は、二百八十人前後しかいない。その半数の中隊をまとめていられたのなら、苦にする規模ではないだろう。


「敵軍二千が接近中。うち一千百が騎兵。さらにその内五百騎が、朱耶(しゅや)軍です。他に敵部隊がいる様子はありません」


 亡命者を逃がさないために、騎馬主体の軍勢で急行してきた、というところだろう。


「それだけ騎馬が多いと、まともにぶつかっては支えきれないな。どうする?」


 敵が迫ってもやはり、胸の内に湧いてくるものは、何も無かった。作戦も浮かんでは来ない。

 戦う意味を見失ったからだろうか。今の様な情況に追い込まれても、テオ達がいれば、違ったという気もする。それはそう思うだけで、実際どうかは分からない。

 今は作戦を相談できる者も、指揮に絶対の信頼を置いて任せられる者もいない。それだけは確かだ。それだから自分は、指揮を取ろうという意欲まで失せてしまったのだろうか。


「攻撃しましょうぜ。縮こまっているなんて、俺達らしくなない」


 デモフェイが威勢の良い事を言う。無謀だな。敵に騎馬が多いのなら、大人しくザルツブルクの城壁に拠るべきだ。思っただけで、言葉にはしなかった。


「そうだな。ここはまず、機先を制するべき所だろう」


 ゴットフリートも賛同する。


「団長。御裁可を」

「そうだな。待つよりかは、こちらから行こうか」


 敵に突撃して、華々しく斬り死にするのも悪くない。

 死んではならぬ、という思いがある。だから、自殺などはしない。しかし、生きていたくないという思いも、消えない。

 戦場で討ち死にすれば、死ぬにしても言い訳が立つ。そんな気がした。


「兵力は、どういたしましょう?」

「任せる。少ない方が良いだろう」


 自殺の様な戦に、他人を巻き込むのは流石に(はばか)られた。


「分かりました。少数精鋭を選抜して、奇襲部隊を編成します。ゲオルク様が率いられるのですね?」

「当然だ」

「ではそれを踏まえて、兵を選抜します」


 ゴットフリートが陣屋を飛び出して行く。その他の将校も、急に慌ただしく動き出した。

 ゲオルクはそれをぼんやりと眺めながら、ただ座っていた。何かをするという気分が失せている。以前の様に、頭の中も目まぐるしく考えが飛び交ったりはしない。


「ゲオルク様、用意が整いました」

「そうか」


 ようやく立ち上がり、選抜された兵の前に立った。ゲオルク隊の騎兵を含めた、二百人といったところだ。

 死出の道行には多すぎるくらいだが、独りで死にに行こうにも、そうさせてはもらえない身だ。仕方のない所だろう。


「行くぞ」


 静かに言い、案内の兵の先導で、進み始めた。

 部隊に加わっているゴットフリートが馬を寄せてくる。すでに大隊長なので、ゴットフリートも騎乗して指揮を執る身だ。


「ゲオルク様はこのところ、貫録の様なものが出てきましたね。やはり、歳を取るとそうなるものなのでしょうか」

「私に貫録だと?」

「はい。以前とは違う、重しと言うか、安定感の様なものがあります」

「何でもかんでもやるのが、億劫になっただけだ」

「そういう物言いが貫録を感じさせるのですが、やっぱり自覚の無いままにじみ出るものなのでしょうね」

「知らん」

「正直、不安だったのですよ。テオ様やハンナ様、ワールブルク様が一斉にいなくなってしまって。みんな不安だったと思います。でもゲオルク様を見ていたら、なにか落ち着くんですよ。ただそこに座っているだけなのに」

「ゴットフリート」

「はい」

「おしゃべりが過ぎる」

「申し訳ありません。戦の前でした」


 斥候が、敵の情報を知らせてきた。歩騎混成の四百が先鋒として、近くまで来ているようだ。


「団長様、こいつはおあつらえ向きですぜ!」


 デモフェイがはしゃいだ声を上げる。


「このままだと連中、細い道に差し掛かります。しかも両側は森ときてる。奇襲を掛けてくれと言わんばかりですぜ!」


 確かにそうだ。敵は急いでいるのだろう。迂回する事もできるが、多少危険でも最短距離で接近する事を選んでいるようだ。

 とりあえず、細い道の出口の所まで進軍した。そこで、軍を止めた。


「団長様、もたもたしていたら、奇襲の機会を逃しちまう。まともにやり合う事になりますぜ」

「おいデモフェイ。少し黙っていろ。承知の上でゲオルク様が止まれというのだ。何かお考えがあるのだろう」

「それならそれで、教えてくれたって」

「いちいち作戦を説明して、どこからか情報が洩れたらどうする。知らなくても支障の無い事は知らず、ただ命令に従うのが軍人だ」


 やかましい。奇襲では勝ってしまって、死ねない。真正面からのぶつかり合いならば、死ぬ機会もあるだろうと思っただけだ。

 敵が道を抜けてきた。待ち構えていたゲオルク軍を見て、戦闘態勢を取り始める。


「団長様。敵はまだ、戦う準備ができていません。チャンスですぜ」


 無視した。敵が全て揃うまで待った。四百の敵が揃い、しっかりと陣形を組む。しかし、攻めては来なかった。

 攻めてこないのなら、こちらから攻めるだけだ。


全軍突撃(ロース)!」


 馬腹を蹴り、敵へ向かって突っ込んだ。敵が戸惑っている。対応が遅い。敵中に飛び込み、二人、三人と首を飛ばした。体に染みついた戦い方が、自然に出る。

 二百人の部下が、ゲオルクに続いて敵とぶつかった。敵が崩れるのは速かった。隊列が崩壊し、我先に逃げようとする。

 ゲオルクは手綱を引き、離れていく戦場を眺めた。細道の入口で渋滞した敵が、バタバタと討たれている。敵兵は皆、戦う事よりも逃げる事しか頭に無い様だ。

 死ねる戦ではなくなった。そう思うと、もう興味は無かった。

 程無くして、敵を掃討した味方が戻って来る。誰が音頭を取った訳でもなく、勝鬨(かちどき)を上げていた。


「見事です、ゲオルク様。あえて奇襲をせずに待ち構えたおかげで、疑心暗鬼になった敵を、正面から完膚なきまでに叩き潰す事が出来ました。敵は崩れる寸前まで、罠ではないかと迷っていた様です」


 ゴットフリートが興奮した面持ちで語っている。本当は、無謀な事をして死にたかっただけだ。


「ゴットフリート」

「はっ」

「しゃべりすぎだ。口を噤め。兵も、黙らせろ」

「失礼しました。初戦に勝ったとはいえ、厳しい戦況に変わりはありません。浮かれすぎました」


 そういう事ではない。自分は、誉められる資格も、讃えられる資格も無いのだ。

 ワールブルクの言葉に反して、死のうとした。しかもそれに、部下を巻き添えにしようとした。

 自分はむしろ、口を極めて罵倒されるべきはずなのだ。

 戦場跡を見た。無数の敵兵の死体が折り重なっている。


「大勢死んだな」

「はっ。八十人は討ち取りました」


 自分はなぜ、そこに倒れている者達の仲間に入っていないのだろう。そちらに行く事を、望んだはずなのに。


「埋葬をいたします」

「不要だ。戦場の死は、ただ打ち捨てられる事だ。あえて、埋葬などしなくていい」

「それは、大将であろうとですか?」

「誰であろうとだ。戦人(いくさびと)は、墓に入れる死に方などはできん」


 そして、そういう無残な死こそを、自分は望んでいる。自分にふさわしい死に方としてだ。


「帰還する」


 軍勢は、ただ粛々と帰還の途に就いた。自殺を図るつもりが死ねず、亡命を図る者どもを助けてやる結果になった。

 皮肉とも思わなかった。やはり、どうでも良い事としか思えない。

 陣営に帰り着き、兵糧を取って、兵を休ませる。

 雲に覆われた、暗い夜だった。空を見上げても、光は見えない。それでもゲオルクは、空を見上げていた。

 生きる事に、意味などない。ワールブルクはそう言っていた。しかし、この夜空のような闇の中で生きていく事に、何の意味があるのか。

 昨日に意味が付いたところで、今日に何も無ければ、明日に光が無ければ、何の価値がある。昨日は、ただ過ぎ去ったものでしかない。

 空を見上げている間に、雪が降ってきた。冬の、一番寒い時期だ。比較的温暖なこの辺りでも、雪は降る。

 翌朝には、一面の銀世界だった。敵の本隊が接近しているという情報が入ったので、雪に覆われた道を、ザルツブルクまで退く。

 白い道。美しくは見えるが、冷たすぎる道だった。

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