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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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本拠再防衛3

 砦の攻略を断念し去って行ったイエーガー軍だが、領地に帰らず、付近を移動しながらなおも居座り続けていた。

 その意図は判然とせず、どう対処するかについて、連日議論が交わされた。


「テオ、どう思う?」

「どうもこうも、目的がさっぱり見えません」

「目的、か」


 目的など、最初から無いのかもしれない。ただ己の誇りを守るとか、自身の生き方を貫く。いわば過程に重きを置き、結果など、どうでもいいという男なのかもしれない。

 そういう生き様は、ゲオルクにも共感できる部分がある。何を為したかよりも、どう生きたかの方が大事だという思いは、武人らしいと言える。

 テオには、おそらく理解できていないし、説明しても理解できないだろう。テオは領主の子だ。過程はどうあれ、結果を出す事が第一。そうでなければ、家の滅びにつながる。そういう感覚が、染みついている。


「ともあれ、このまま放置する訳にもいくまい。もう冬も近いのに、このままでは付近の民は、冬支度も出来ん」

「領主の様な物言いですな、ゲオルク殿」

「領主か」


 ヴァインベルガーが傭兵団を去る時に残した言葉を思い出す。

権力を持て。領主になってしまえ。そんな事は似合わないし、許される事でもないと思い続けてきた。

 ヴァインベルガーがここにいれば、許す許さぬなど、誰が決めるのだと笑うだろう。特に今は、蒼州(そうしゅう)公派は崩壊してしまったのだ。

 それならいっそ、ゲオルクが小さくても土地を支配して独立し、蒼州公派の意思を継ぐ国を建ててしまう方が、むしろ為すべき事なのではないか。

 だがやはり、自分は領主にはなれないと思う。オルデンブルクの様に、深く密かに糸を巡らし、劇的な国獲りをする事も。テオの様に、終わりも成果も見えない内政事務を延々と処理し続ける事も、自分にはできない。

 自分はやはり、一介の騎士であり、軍人なのだ。それ以上のものにはなれそうにない。


「とにかく、イエーガー軍をこのまま放置はできん。打って出て、撃退するしかない」


 軍人は軍人なりに、できる事はある。敵と戦い、誰かや何かを守る事は、軍人の本分だ。


「避け続けていた野戦を、こちらから挑むのですか。もう三十日もしたら、敵も引き上げるしかなくなると思うのですが」

「確かにそうかもしれない。だがそれでは駄目なのだ。上手く言えんが、いつか敵が去るのをただ待ち、その間民の苦しみを見過ごすのは、私にはできんし、してはならないと思う」

「それに同意できない訳ではありません。ですが、相手が悪すぎます」

「テオ。我々の戦に、与しやすい相手など有ったか。敵が強いからと言って、戦う事を避けるのが我々か」

「それは、傭兵ではありませんね」

「始めからそうさ。団長が私で、最初の部下がお前達だ。初めからまともな傭兵ではない。ゲオルク軍はゲオルク軍で、傭兵でも、正規軍でも無い」

「なら、我らは何なのでしょう?」

「さあな。だがここで見て見ぬふりは、我ららしくない。違うか?」

 テオはため息を吐いた。諦めだけではなく、どこか嬉しそうな吐息だった。

「何故なんでしょうかね。ゲオルク殿のそういうところが、嫌いではない」

「出陣の支度をしろ、テオ」

「直ちに」


 赤、青、白の三隊と、騎兵が打って出る。

 敵は騎兵のみで移動を続けている。歩兵を連れたこちらは、どうしても動きに劣る。取り逃さないためには、いきなり決戦に持ち込むしかない。敵は、決戦を避けないだろう。それはすでに、確信していた。

 決戦を挑むつもりなので、身を隠すような事もしない。堂々と敵に向かって進む。

 原野で、敵と向き合った。待っていたぞ。そう語りかけられたような気がした。ジギスムントはやはり、ただ強敵と戦う事を求めていたのだろうか。

 どちらからともなく動き始めた。ゲオルク軍は隊列を組み、ゆっくりと前進する。ゲオルクと騎兵は歩兵の前で、まずは歩みを合わせて進む。

 イエーガー軍は小さくまとまって、こちらに向かって駆けてきた。

 敵の一部が分かれ、こちらの右翼に向かってきた。右翼はハンナの赤隊。そして敵は、再びの『陥陣営』ノイバウアーの様だ。

 残りのおよそ九十騎は、真っ直ぐ進んでくる。ゲオルクは、正面からぶつかる腹を決めた。間違いなく負けるだろう。しかし、ゲオルクが敗れ、敵が突破すれば、歩兵の包囲の中に飛び込む。

 命がけで負ける事で、勝機をつかむ。戦に関しては、昌国君(しょうこくくん)に匹敵するであろうあの天才を討つには、これしかない。

 馳せ違った。ゲオルクは無我夢中で剣を振るっていた。手ごたえはある。顔に血が降り注ぐ。それでも、暴風雨に逆らって進んでいる様な気分だった。

 突破したとき、ゲオルクの旗下は半壊していた。数十人を失っている。

イエーガー軍は、歩兵とぶつかっていた。押し込まれているが、それが逆に包囲の形になっている。狙い通りだ。

 いや、違う。一隊だけ、動きが違う。ゲオルクの旗下とぶつかりながら方向を変えた一隊が、前進して完全包囲を狙う左翼に向かっている。あれが、『没遮欄(ぼつしゃらん)』デアフリンガーの隊なのか。

 側面を突かれ、左翼が一瞬で崩された。ゲオルクは左翼を見切り、右翼へ向かった。敵は今、左右中央に分かれている。左翼が駄目なら、右翼の敵だけでも殲滅する。

 中央は、ジギスムント率いる六十騎に押し込まれながら、なんとか持ちこたえていた。中央が持ちこたえているうちに右翼の敵を殲滅し、左翼の敵を防ぎながら、中央のジギスムントを押し包む。

 ゲオルクは敵に斬り込んだ。周囲は赤隊が包囲を完成させている。突破しない限り、逃げ場はない。まずここで、『陥陣営』を討ち取る。

 赤隊が敵を中央へ向かって押し込む。ハンナは敵をあえて殲滅させずに敗走させて、ジギスムントの本隊にぶつける気だ。そうしてそのまま、ジギスムントまでも討とうという気だ。

 笑った。ゲオルクは目の前の敵を討つだけでも精一杯なのに、ハンナはあくまでより完全な勝利を得ようとする。勝利に関して、妥協しない。峻烈な戦だ。

 一歩間違えれば、勝敗はひっくり返る。だがそれでも、安全なそこそこの勝利などは眼中に無い。その覚悟に乗った。ゲオルクも、敵を中央に追い立てる。

 そこにいる、ジギスムント本隊に敗走兵をぶつける。だが、中央に敵の姿は無かった。

 青隊が粉砕されていた。ジギスムントの突破を許したのだ。それだけではなく、左翼の白隊を崩したデアフリンガー隊が、今度は青隊を側面から襲っていた。十字に切り裂かれ、青隊は崩壊していた。

 追い立てた敗残兵であるはずのノイバウアー隊は、逃げ惑う群衆と化した青隊の中を悠々と駆け抜け、離脱していった。

 白隊、青隊が統制を失い。軍の半分以上が機能を停止した。もはや、戦える状態ではない。

 そうなってしまったゲオルク軍に興味はないとばかりに、イエーガー軍は荒野の向こうへと駆け去って行った。


     ◇


「団長、申し訳ない。私の判断ミスだ。目の前の敵だけを、確実に討つべきだった」


 軍の混乱を収拾した後、ハンナが項垂(うなだ)れてそう言ってきた。流石にこの負けは堪えたらしい。


「お前のせいではない。お前が敵を追い立てる事を選んだ時、私は将としてお前に負けたとすら思ったのだ。あるいは、ワールブルク殿がいてくれれば、青隊は敵の突破を許さず、お前の目論見は成功していたかもしれん」


 慰めではなく、本心からだったが、ハンナは沈んだままだ。しばらく、負けを噛みしめる時間が必要かもしれない。それは、悪い事ではないはずだ。


「しかし、恐るべきはジギスムントよ」


 あの戦のジギスムント本人がした事と言えば、ただ真っ直ぐ進み続ける事だけだった。それでいて、こちらの戦術を全て粉砕してしまったのだ。

 強さの理由が、戦術の妙などという次元ではない。ただ強い。それは、同じく力によってでしか、止めようのないものだ。

 しかし、ただ正面からぶつかり合うだけであれを止めるなど、昌国君でも無理だろう。

 野営をした。砦に帰ろうとは言わなかった。負けて、このまますごすご退き下がってよいとは、誰も思わなかった。

 砦に残したテオから、早馬がやってきた。イエーガー軍が、付近の集落を片端から焼き払い、住民を殺し尽くしているという。


「略奪ではなく、焼き払っているのか?」

「は? はあ。略奪も行ってはいるでしょうが、全て焼き払っているようです」

「イエーガー軍め、何のつもりだ!」


 ハンナが声荒げる。


「負けを、我らに思い知らせようというのだろう」


 略奪だけが目的なら、わざわざ焼き尽くし、殺し尽くす手間を掛ける必要はない。

 戦に負けるとはどういう事かを、ゲオルク軍に思い知らせるのが目的だろう。お前達が負けたから、勝者は蛮行を重ね、民が犠牲になるのだと。これは、お前達の罪、お前達の責任だと、こちらに突き付けているのだ。

 ジギスムントにとって、戦とはそういうものであり、負けるとはそういう事なのだろう。負ければ、自分が死んで済む事ではない。もっと大きな罪を背負う事なのだ。それを、こちらに教えている。


「やはり、このまま引き下がる訳にはいかないな」

「だが、どうするつもりだ?」

「分からん」


 本当に、何も思い浮かばないのだ。とにかく必死で食い下がる。それで勝てるとも思えないが、そうするとしか言えない。

 イエーガー軍は数隊に分かれて各地で蛮行を重ねている。分散している今なら、各個撃破の好機とも思ったが、一隊が小さいため、捉える事が出来ない。

 蛮行の痕をたどりながら、姿の見えない敵を追う。それほど遠くはないはずだ、という事しか分からない。

 負けの惨めさを噛みしめながら、じりじりとした思いを抱えて野営する日々が数日続いた。

 ゲオルクは眠れなかった。州都フリートベルク攻略に失敗して以来、負けを噛みしめる日々が多い。屈辱に悶えなくていいのは、次の戦の備えに忙殺されている時だけだ。

 もっと戦が続けばいい。そんな事すら思う時があった。戦がある間は、この苦しみから逃れられる。

 しかし、苦しみから逃れるために戦をすれば、また更なる苦しみを生むだけだ。

 急に、天幕の外が騒がしくなった。


「敵襲!」


 兵の叫び声。すでに、陣営の中まで入り込まれている。

 警戒はしていたはずだ。それに、直前まで馬蹄の響きもしなかった。見張りの目を掻い潜り、完全に気配を伏せて至近まで迫られたという事か。

 ゲオルクが飛び出したときには、すでに三十騎程の敵が、疾風の様に過ぎ去って行ったあとだった。


「被害は?」

「調査中ですが、軽微なものです」


 突風でも吹いた様に、ただ駆け抜けていった様だ。嘲笑われているのか、それとも、その気になればいつでも首を獲れると教えているのか。

 犠牲はほとんどなかった。だが、敗北感だけは絶大だった。

 それでもまだ、諦めて帰ろうという気にはならなかった。自分でも分からない何かが、まだ心を支えている。


「夜襲を掛けて来たという事は、敵は近いはずだ。付近に潜伏して、こちらの様子を窺っていた可能性が高い。なんとしても、駆り出せ」


 部隊を小分けにして周囲に展開し、網を絞って行くように、外側から中心に向かって敵を狩り出して行った。

 各隊からは、こまめに定時連絡をさせる。連絡が途絶えれば、そこが敵に突破された可能性が高い。

 案の定、一ヶ所からの連絡が途絶えた。騎馬隊を率いて急行し、本隊もその後に続かせる。

 捉えた。捉えた事自体、奇跡の様なものだが、とにかく敵を捕捉した。そのまま、足を止めずに敵に襲い掛かる。勝ち目など、最初から慮外にある。

 ジギスムントの本隊でも、ノイバウアーの隊でも、デアフリンガーの隊でもなかった。精強ではあるが、指揮官に人がいない。それは、ゲオルクの襲撃に慌てた事からも見てとれた。

 勝負は一瞬だった。敵は初めから、及び腰である。瞬く間に崩れた。しかし、逃げただけで、被害を与えた訳ではない。

 そのまま追った。負けを払拭(ふっしょく)するのは、今しかない。徹底的に、追いすがった。

 逃げる敵の向こうに、別の部隊が現れた。ジギスムントの本隊だった。敗走する敵を逃がし、代わりに向かってくる。受けて立った。

 ぶつかり合う前に、また別の部隊が現れた。『没遮欄』デアフリンガーだ。だがまだ遠い。一方で、白隊がゲオルクの背後に追いついてきた。

 ゲオルクは、ただ目の前の敵の動きを、目を離さずに見ていた。他のものは、一切見る事を止めた。

 ぶつかった。兵が、吹き飛んだ。そうとしか言いようがなかった。こちらは数に物を言わせて、敵を押し込もうとする。無駄な努力である事は、承知の上だ。

 敵は三十騎程でありながら、凄まじい衝撃だった。特に先頭を駆けるジギスムントは別格だった。鬼神の如きとは、まさにあれだろう。

 駆け抜けてみれば、すでに最初に敗走したイエーガー軍の三十騎を除いて、全ての敵味方が集結していた。

 白隊が果敢にも、あるいは無謀にも、ジギスムントに挑んでいる。左から迫る赤隊は、雪辱に燃えるハンナの意思を反映してか、動きが鋭い。右から迫る青隊は、着実に敵を囲い込もうと動いている。

 一方敵の三部隊は、未だに散っていて、一つにまとまっていない。まとまらせて囲むべきか。一つずつ潰すべきか。

 選択肢がある様な事を思ったが、どちらを選んでも、それができるかは分からないのだ。

 反転し、ジギスムント隊の背中を目掛けて突っ込んだ。敵の一隊が割り込んでくる。

 ジギスムントも反転していた。ゲオルクの目の前で合流を果たし、こちらに向かってくる。もう一隊も、背後に迫っていた。

 三方から囲まれる。死を覚悟した。しかし、イエーガー軍は一つにまとまりながら、ゲオルクのそばをただ駆け抜けていった。

 ゲオルクが囲まれていたように、イエーガー軍も三方から歩兵に囲まれつつあったのだと気付いた。それを嫌って、戦いを避けたらしい。

 イエーガー軍はそのまま、どこかへ駆け去って行った。後を追ったが、行方は分からなかった。アンハルト郡を抜け、領地に帰って行ったことが分かったのは、数日経ってからだった。

 これは、勝ったと言えるのだろうか。敵はこちらと戦う事を避け、領地に引き返して行った。勝ったと言えば勝ったのだろう。

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