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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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本拠再防衛1

 ゲオルク軍砦を狙って進撃していると思しき部隊が、北からやって来た。

 昌国君(しょうこくくん)の影響力が強い、バーデン郡諸侯の連合軍だ。進路は真っ直ぐこちらへ向かっているし、付近に他の蒼州(そうしゅう)公派拠点も無い。間違いないと見ていいだろう。

 敵軍の兵力は、こちらとほぼ同じ一千二百。しかしその半分が騎兵であるうえに、百二十騎はあのジギスムント・イエーガーの部隊だ。

 というよりも、諸侯軍は六百で全て騎兵。残り六百の歩兵は、全て傭兵だ。精強な騎兵の産地であるバーデン郡の軍勢らしい編成だ。


「さて、どう戦うべきか。テオ、どう思う?」

「打って出るべきです」

「敵は六百騎だぞ?」

「それを言うなら我が軍は、対騎兵に特化した兵です。まだ我らの実力を、バーデン郡の諸侯には見せつけていないので、良い機会でしょう。それに、援軍の無い籠城など、下の下です」

「そうだな。我らにはここにいる一千二百十六人の他に、助けてくれる味方はいない。自らの手で敵を撃退する以外に、生き残る術は無いという訳だ」

「敵は真っ直ぐ街道沿いに南下してきています。こちらも街道沿いに進出して野戦を挑めば、野戦には絶対の自信があるバーデン郡の兵の事、必ず乗って来るでしょう。ましてや敵は連合軍。他の諸侯に後れを取ってはならじと、猛進してくるはず。罠を仕掛けて待ち構えていれば、必ず勝てます」

「よし、敵の出鼻を叩いてやる。出撃!」


 ワールブルクと緑隊を砦の防衛に残し、赤青白の三隊八百五十人で出撃し、街道沿いに北上した。

 砦からに北に2㎞の地点で軍を止め、ここで敵を待ち受ける事にした。

 斥候の報告では、敵の先鋒として三百騎がこちらに向かっているという。イエーガー家の軍勢は、その中には含まれていないようだ。


「白隊は先行し、敵と交戦しろ。勝てないだろうが、敗走に陥らなければ負けて良い。他の隊はここで陣地の構築を急げ」


 命令を受けた白隊が先行して行く。ゲオルクは陣地の構築について指示を下すと、後の事はテオに任せ、旗下の騎兵だけを率いて白隊の後を追った。

 途中で街道を外れ、原野を駆ける。蒼州中部の原野は、広々としていて身を隠す場所など無いように思える。

 しかし実際は大小の丘陵が多く、丘の狭間にいれば、思いの外、姿は見えない。逆に丘の上に立てば、かなり遠くまで見渡す事ができる。

 そういう地形の特性を、北部高原地域出身の敵は知らないはずだ。街道を進むのは最も進軍しやすいからだが、不慣れな土地に踏み込む事を用心しているとも言える。

 丘の上に立って遠望すれば、敵が今どの辺りにいるか程度なら、舞い上がる砂埃で知る事ができる。丘の上に見張りを出しながら、丘の狭間に身を隠して進んだ。

 まだ、詳細な作戦を決めた訳ではない。敵の本隊が、先鋒からどのくらいの距離を空けているかによっても変わってくる。

 今のところまだ、敵の本隊の存在は見受けられない。騎馬隊のみと、歩兵を伴った部隊では、移動速度はだいぶ違う。

 加えて、テオが言ったように敵は連合軍だ。情況的にも、他家の者よりも戦果を上げて名を馳せようと、先鋒隊が本隊を置き去りにして進んでいる可能性が高い。

 それならこちらには、まさに願ったり叶ったりだ。まず敵の先鋒三百騎を引き付け、撃破する。

 陣を敷いている地点から、1.5㎞ほど進んだ。そろそろ敵味方がぶつかっても良い頃だ。丘の上に見張りを出し、情況を確認させる。


「どうだ?」

「今まさに、敵の突撃を白隊が受け止めるところです」

「白隊は上手くやっているか?」

「セオリー通り、槍衾(やりぶすま)を並べて敵を受け止める構えです。対して敵は、正面からぶつかるつもりの様です」


 槍衾を前にして、なお正面攻撃を挑むか。勇猛とも、無知から来る愚かさとも、それだけの自信があるとも言える。結果次第で、評価は変わるものだ。


「敵本隊はまだ見えないな?」

「はい。まだ姿はありません」

「よし。敵の背後を突くぞ。続け!」


 ゲオルクは丘の稜線を越え、戦場へ向かって真っ直ぐ駆け出した。白隊は敵とぶつかり、押し込まれながらも踏みとどまっている。


「団長。敵本隊を確認しました。北におよそ2㎞。こちらの情況は、まだ気づいていないようです」


 情況に気付き、騎馬で急行すれば一駆けの距離だ。しかし、戦場は徐々に南に移動している。先鋒が敵と交戦し、押しているという風にしか見えないはずだ。

 その敵先鋒と本隊の間に、ゲオルクの騎馬隊が割り込む。敵の本隊が気付いたとしても、遅い。四十数える間に敵の背を斬りつけられる距離だ。

 白隊に存在を知らせるために、派手に鯨波(とき)の声を上げさせた。旗も高く掲げさせる。白隊が渾身の力で敵を押し返してくれれば、大打撃を与える事もできる。

 背後に殺気を感じた。敵の本隊だろう。だが魔法でも使わない限り、間に合わせる事は、どんな駿馬でも無理だ。

 敵を背後から討った。同時に、白隊も猛然と反撃に出た。敵は、前後からの猛攻を防ぎきれず、次々と討たれて行った。

 ただ惜しむらくは、七十六騎では敵を完全に挟撃できなかった。敵のうち、挟撃を受けた隊は全滅に等しい被害を与えたが、それ以外にはほぼ無傷で逃げられた。

 すでに敵本隊も迫っている。敵の痛打を与えたのだから良しとして、退くしかなかった。これ以上の欲を掻けば、勝敗はひっくり返る。

 白隊を指揮下に組み入れて、総退却に移った。敵の追撃を警戒したが、追っては来なかった。初戦の敗北を慌てて取り返そうとする危険を思って、自重したのだろう。


 構築した陣地に拠り、敵を迎え撃った。陣地と言っても、騎馬の行動を遮る堀と土塁を左右に鉤型に作って、側背に回れないようにしただけの簡素なものだ。

 敵の騎馬隊は、五百騎程に減っている。十分止めきれるはずだが、中央の隊はイエーガー軍だ。

 かつてハイルブロン大橋で、僅か十二騎で鬼神の如き働きを見せつけたが、今回は百二十騎の部隊だ。部隊での実力は、どれほどのものだろう。弱い、という事だけは無いはずだ。

 敵が動き出した。槍の穂先を揃え、突撃してくる。先鋒隊と白隊の交戦を経験してなお、正面からの突撃を躊躇(ちゅうちょ)なく選んでくる。

騎士たる者かくあるべしという古風な戦い方にして、それに絶対の自信が持てる程に研ぎ澄まされた、騎士道の清華だ。

 だがこちらも、無様に這いつくばってでも勝つために、試行錯誤を重ね、考え抜いた末に確立した、新しい戦い方だ。負ける訳にはいかない誇りと自負がある。

 射程内に入った敵に、射撃隊が斉射を浴びせてすぐに退く。六、七十人は撃ち落としたが、敵は止まらない。

 ぶつかった。ゲオルクは青隊の指揮を執り、イエーガー軍の正面に立って受け止めた。凄まじい圧力が、ここまで伝わってくる。

 ゲオルク軍は全戦線で敵を完全に止めていた。ただ一ヶ所。部隊の中央。ゲオルクの目の前。イエーガー軍を相手にしている部分を除いて。

 目の前の光景が信じられなかった。ワールブルクはいないとはいえ、彼女の下で長年戦い抜いてきた青隊の将兵が、こうも押されるとは。


「部隊を寄せろ!」


 横に広がっていた兵を中央に集め、中央を厚くする。言うほど簡単ではない。敵と剣を交えながら、少しずつ横に移動しなければならないのだ。

 流石に青隊はその難しい動きを見事にこなした。右の赤隊、左の白隊もそれに合わせ、間隙ができないように動く。

 しかし、イエーガー軍は一向に止まらなかった。隊列に隙が出来たら騎兵が穴を埋めると割り切り、結集を急がせる。

 青隊全てでイエーガー軍を止め、ようやく足が鈍る。しかし、まだ完全には止まらない。じりじりと押し込まれている。信じがたい圧力だ。

 これ以上中央に兵を集めれば、両翼を破られる。ゲオルクは青隊と共に、自らイエーガー軍に当たる覚悟を決めた。全体を見る余裕が無くなるが、仕方がない。

 騎兵を前線に出し、イエーガー軍と切り結んだ。騎兵同士が渡り合っている間に、歩兵が囲んで敵を討ち取っていく。そういう連携ができる様になり、ようやく戦況が好転する。

 だが、イエーガー軍も怯みはしなかった。特に先頭に立っている二人の将が、こちらの兵を小虫でも払うかのように蹴散らしている。

 ハイルブロン大橋での戦の折、先陣を切っていたあの二人だ。イエーガー軍でも名を馳せる将なのだろう。

 鉦が打ち鳴らされ、敵が退き始めた。全体の指揮を執っている将が、イエーガー軍とは別に、どこかにいる様だ。

 ともあれ敵が退くという事は、敵を防ぎ切ったという事だ。まだ油断はできないが、対騎兵を研究し尽くした、ゲオルク軍の面目躍如というところだ。

 敵の騎兵が退くのと入れ替わりに、歩兵が攻め寄せてきた。こちらもすばやく隊列を整え直し、対応する。

 歩兵同士のぶつかり合いになる。騎兵相手に比べれば、ずっと容易い相手だ。しかし、少しでも崩れれば、その隙を突いて騎兵の突撃を喰らう。

 九百のこちらに対して、敵歩兵は六百だ。なんて事の無いはずだった。


「左翼白隊、押されています!」


 早馬が駆け込んできて、急を告げる。


「馬鹿な。何が起きている?」


 情況が把握できないまま、また別の伝令が駆け込んできた。


「射撃隊隊長イリヤ様、討ち死に!」

「なんだと!」


 もはや猶予は無かった。歩兵の後ろで、敵の騎兵も動き始めている。すぐに立て直すか、それができなければ全軍退却かだ。

 旗下の騎兵を率いて左翼の救援に向かった。左翼の白隊の兵は、すでに恐慌に駆られている。


「静まれ! このざまはどうした事だ!」

「鬼だ! 鬼がいる!」

「赤鬼だ! 殺される!」


 口々に兵が恐怖の叫びを上げている。一体これは何事かと、恐慌の中心地へ馬を進めた。

 肌が粟立った。それを見る前に、気配だけで生きた心地がしなかった。この感覚は、以前にも感じた事がある。

 この目で見て、さらにおぞましい思いがした。子供だ。まだ十二、三歳くらいの少年兵が敵中にいる。だがその少年兵は、全身血に濡れて、討ち取ったばかりの首を左手に三つも掴んでいる。

 脳裏に焼き付いた記憶が(よみがえ)った。まだ傭兵団を立ち上げて間もない頃、あの少年は夥しい骸の中で、一人立っていた。あの時の子供だ。

 いや、体を打つ禍々しい気配は、あの頃とは比べ物にならない。吐き気を催しそうだった。


「あいつがもう、二十人ばかり殺している。あれは人間じゃねえ!」


 どこかから、悲鳴に近い声が聞こえた。

二十人も殺した。そんな事があり得るのか。戦場で一人殺すというのは、容易ではない。敵わぬ相手と見たり、怪我をすれば誰でも逃げる。逃げる相手を不用意に追えば、横合いから別の敵に襲われる。

 二十人殺したというのが事実なら、そのほとんどが一撃で殺したという事だ。そうでなければ不可能だ。

 少年と目が合った。笑った。あの少年は、この情況で皮肉でも何でもなく、心の底から歓喜に笑っている。

 思わず馬首を巡らし、逃げ出しそうになった。かろうじて踏みとどまる。


「ゲオルク殿、退却の命令を!」


 テオが血相を変えて馬を寄せてくる。


「なにを――」

「右翼の赤隊が、陣地を大きく迂回して来た敵二百騎に背後から攻撃を受けています。ここにも、すぐそこまでイエーガー軍が迫っています。持ちこたえられません」


 はっとして、総指揮官の立場に立ち返る。左右両翼が崩されつつあり、中央は敵歩兵との交戦で手一杯だ。


「退却! 総退却だ! 砦まで退け!」


 これ以上ここに踏み止まれば、踏みとどまるほどに不利になる。犠牲無く退く機すら逃した。いや、そんな機は一瞬たりとも与えられなかったのかもしれない。

 ともかく、一目散に砦まで退くしかなかった。その際に、散々に追撃を受けたのは言うまでもない。

 だが辛うじて砦に逃げ込み、籠城戦に持ち込む事だけはできた。


 籠城戦が始まって十一日が経った。

 この間に三つの櫓が落とされ、四つの出城のうち、北東の一つも落とされた。しかし、砦そのものは、まだまだ持ちこたえられそうだ。

 イリヤが戦死し、射撃隊も思いがけず大きな犠牲を払い、熟練した弓矢や鉄砲の名手を失った。それが無ければ、出城は守りきれたかもしれない。

 だが敵は、野戦には強いが攻城戦は不得手らしく、砦への攻勢は単純な力押しだった。そうである限り、敵の騎兵も脅威にはならない。

 しかしこうなってしまっては、こちらから打って出ても勝ち目はなく、ただ砦を守るより他に無い。それはただ延命するだけであり、勝つための戦ではなかった。

 唯一の望みは、このまま冬まで持ちこたえれば、敵は兵糧の不足と冬の戦を嫌って退却するのではないかという、拙い望みだった。

 ゲオルクは砦の見張り櫓に上り、遠くを見ていた。数日前から、毎日のようにここに登るようになった。黒煙が上がっているのが見える。


「ゲオルク殿、こちらでしたか」

「何かあったか、テオ」

「いいえ。毎日同じ事の繰り返しで、何の変化もありません」


 変化が無ければ、付け入る隙も無い。そう嘆いている様にも聞こえた。


「何を見ておいでで?」


 ゲオルクは何も言わず、視線だけで遠くの黒煙を示した。


「あの様子では、相当な略奪がなされていますな。刈り入れが終わっているだけましでしょう」


 畑の作物は逃げられないが、収穫後ならいくらかでも隠したり、持って逃げられる。


「無様なものだな。これだけの兵を擁しながら、小さな村一つ守れないのだから」

「戦渦を避けて逃げる用意ができただけで十分でしょう。大抵は、逃げる間も無く戦渦に巻き込まれるものです」


 ゲオルク軍がいたから、民は逃げる事が出来たとテオは言うが、ゲオルク軍がいたから巻き込まれた、とも言えないだろうか。

 自分達がここに戻る事が無ければ、少なくともゲオルク軍を討つために軍勢が進攻してくる事はなかったはずだ。

 翌日もまた、ゲオルクは見張り櫓に登った。もう辺り一帯は略奪し尽くしたのか、昨日まで毎日のように上がっていた黒煙も、すでに無い。

 黒煙が見えない分、敵陣を見つめていた。

 ふと、敵陣が乱れていると気付いた。乱れていると言う程ではない、些細なものだ。兵の喧嘩とか、そんな事だろう。

 しかし、たまたま喧嘩が起きた、という様子ではない。大きな混乱ではないが、小さなざわつきがいつまでも収まらない。

 テオを呼んだ。


「ゲオルク殿、お呼び様ですが、いかがなされました?」

「敵陣がざわついて、収まる様子が無い」

「隙、ですか?」

「分からん。混乱と言えるほどでもない。隙かどうかも分からん」

「分かりました。調べましょう」

「敵陣に潜入する事になる。できるのか?」

「敵の半分は傭兵です。一人くらい、見知らぬ者を紛れ込ませる事は出来ます」

「分かった。やってくれ」


 長い対陣になれば、騒ぎの一つも起きるだろう。それが何であるか。付け入る隙たり得るのか。機を捉えられるのか。

 まだ、戦は終わっていない。当たり前の事を、ゲオルクは自分に言い聞かせた。

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