調査遠征1
蒼州最西部のフリート郡から、総督府派の手の者ではないかと思われる、不審な集団が出没していると報告が届いた。
不審集団の正体と目的は不明であるが、現地の諸侯の兵では対応できない可能性もあるので、援軍を送って欲しいという要請が添えられていた。
これにどう対処するかで、連合軍首脳部は相当に苦慮したようだ。第二次州都攻略戦に備えて、一兵でも手元に置きたい。しかし傘下の諸侯の救援要請を無視すれば、政権を離脱する諸侯が続出する、という事態にもなりかねない。
そもそも兵をかき集め、諸侯の本領守備にはぎりぎりの兵しか残らないようにしたのは、連合軍なのだ。不測の事態に備えるだけの兵力が無い事の責任は、連合軍にある。
それに、場所がフリート郡というのも、無視できないものがあった。
フリート郡は蒼州に属してはいるものの、山に囲まれた盆地で、なおかつ西の陽州、北西の玄州とも接していて、独立した交通の要衝という性格が強い。
ここを敵方に抑えられると、西から大軍が進攻してくる事になる。その場合、矢面に立たされるのは、プファルツ郡の七騎士家だ。
連合軍内で大きな勢力を持つ七騎士家が、自領の防衛に専念せざるを得なくなったら、自由に動かせる兵力は大きく減る事になる。
逆にこちらがフリート郡をしっかりと押さえていれば、クラウス派が優勢になりつつあるポンメルン郡のコストナー家に対して、包囲して陸路を封鎖する事ができるなど、戦略的価値が大きい。
実際はフリート郡には大きな家は無く、どちらの陣営も遠征軍を送り込むほどの余裕も無かったので、現地の諸侯らに任せ切っていた。放置していたと言っても良い。
現地の小諸侯同士での戦は激しいが、所詮数百同士の戦ばかりだった。そのためこれまでは、郡の大部分がどちらかに傾く、というような事は無かった。
しかし総督府が触手を伸ばし始めているのだとしたら、こちらとしても放置する訳にはいかない。
そう言った諸々を考慮した結果、ゲオルク軍がフリート郡に派遣される事になった。目的は不審集団の調査、及び対処。場合によっては現地の敵対諸侯との交戦に及んでも良いという命令だった。
大事な決戦を前に、またも本隊から離れる事については、もう何とも思わない。そういう巡り合わせなのだろうと思うだけだ。
ブライデンフェルト城を発ち、フリート郡に入るまで、途中で山越えがある事も考慮すると最短八日。丁度道中にネーター家が位置しているので、補給などの世話になるつもりで、十日の日程で出発した。
ネーターまでは平地を行けばいいので、行程に狂いが出る事も無い。行く手には延々と平原が続き、地平線から陽が昇り、地平線に沈んでいく。
騎馬でどこまでも颯爽と駆け抜ければ清々しい、ゲオルクの愛した大地だ。しかし、ふと周囲を見れば、荒廃が酷い。
ゲオルクが各地を転戦している間、この辺りでは蒼州公家と総督府派の軍勢が、大小の戦を延々続けた土地だ。すっかり白骨化した頭蓋骨の目から、雑草が伸びている光景も珍しくはない。
自分の愛した土地をこの様にしたのは、他ならぬ自分のせいでもある。
プファルツ郡ネーターに到着し、一晩ネーター家の世話になる事にした。久しぶりの帰郷を兄妹に気遣って、ゲオルクはネーター卿に挨拶だけ済ませるつもりでいたが、向こうからぜひに、と呼び出された。
「お久しぶりです、ゲオルク殿。テオドールとハンナも、お役にたっているようで何より」
「役に立つどころか、すっかり頼りにしてしまって。二人を生きてお返しする事だけに心を砕いております」
「なに、戦場で倒れればそれまでの事。私も息子と娘も、その覚悟はとっくにできています」
「それが、騎士家の誇りですか」
「左様」
ネーター卿の目が、一瞬だけ鋭く光る。五百の兵を養うのがやっとという小さな家でありながら、蒼州では誰もがたじろぐ権威を誇っている七騎士家の一つの当主は、やはり並の男ではない。
「ところで、ゲオルク殿はフリート郡に向かわれるのでしたな」
「ええ。ネーター卿ならば、すでに事情は聞き及んでいると思いますが」
ネーター卿が笑う。やはり、全ての情報はすでに掴んでいるのだろう。
「フリート郡に敵方の手の者が密かに入るのはまあ、何も不審はありません」
「他に、不審な点があると?」
「不審な集団がいるという話を、私は掴んでおりません。それはまあ、現地の者よりは劣るのは当然として、らしくないという気がするのです」
「らしくない?」
「左様。昌国君らしくない。彼の御仁ならば、決戦前に敵を分断はしないはずです」
「そう、思われますか」
「もう十年以上昔の話ですが、昌国君がフリート郡の反乱を鎮圧したときの事を覚えておいでですか?」
「そんな事もありましたな」
まだゲオルクが騎士に叙勲されて間もない頃だ。フリート郡で反乱が起き、昌国君がその鎮圧に当たった。
そのとき昌国君は、反乱の首魁を放置して、それに呼応した各地の小領主達をまず潰して行った。
当時はまだ鴉軍は存在しないが、昌国君の騎馬隊の精強さはすでに知られていた。その速さと強さがあるから、小領主を各個撃破するという事が出来た。
「危機感を覚えた領主達は、身を守るために一つにまとまり――」
「昌国君の前に一撃で殲滅されたのでしたな」
ネーター卿の謂わんとしている所が分かった。敵を一つに結集させ、一撃で一網打尽にするのが昌国君の得意とする戦略だ。
反乱鎮圧と言う戦の性質上、大軍を動員する時間は掛けられないし、敵地での兵站に不安が生じる。少数精鋭の部隊を率い、反乱軍を残さず討ちながら、首魁を確実に仕留める。それが昌国君のやり方だ。
この時期に戦場から遠く離れたフリート郡で行動を起こすのは、確かに昌国君のやり方ではない。
「昌国君は総司令官とは言え、全ての戦に関与しているという訳ではないでしょう。あるいは、すっかり鳴りを潜めた諸侯のどこかが、再起を図って独自に動いているのやもしれません」
「あり得る事だと思う。そうであれば、なおさら気を着けられよ。昌国君は戦場での策略は厭わぬが、非道な詐術は使わぬ。だがこれからゲオルク殿を待ち受けている相手は、何をしてくるか分かりませぬぞ」
「心しましょう」
非道な詐術、という言葉を口にしたとき、ネーター卿の声色に僅かな揺らぎを感じた。非難している様な、苦いものを噛んでいる様な、そんな揺らぎだ。
思い当たる件が一つある。蒼州公家が、先の総督をだまし討ちに殺した一件だ。
和平交渉の席で総督を殺害したあの一件は、公家による帝国への宣戦布告であり、反撃の狼煙だった。
ゲオルクの知っている部分では、あの後からオルデンブルク卿の反乱計画が動き出し、各地で蒼州公派の反撃が始まった。足並みの揃わない敵に対し、一時的にだが有利に戦いを進めていた。
だがネーター卿は、そのやり方を快く思っていない。その心情はゲオルクも同意できるが、ただそれだけの事で、ネーター卿が不満を表に出すだろうか。
蒼州公家のやり方に、内心不満を抱いている者は少なくないという事を、暗に伝えてきているのではないか。
ネーターで一日兵を休め、食糧なども買い求めて補充した。いくらか安く売ってもらえたのは、ネーター卿の心遣いだろう。戦乱が続き、食料品の高騰は激しい。庶民の生活は苦しいだろう。
ここから先の行程は、地図上ではブライデンフェルト城からネーターまでと大差無いが、山越えがあるので時間が掛かる。五日の行軍でフリート郡に入った。
まずは現地の諸侯の下に逗留して、情報を得る事だ。
「さて、どこの家に厄介になるのが良いだろうか?」
フリート郡の諸侯はいずれも小さい。一千二百のゲオルク軍が長期滞在しては、相当の負担になるだろう。それに大きい家の方が、情報にも通じている可能性が高い。
「それでしたら遠くない所に、ヴァインベルガー家という羽振りの良い家があります」
「待て、ヴァインベルガーだと?」
「ええ。すでに使いを出して、歓迎するという返事をいただいております」
「テオお前、知っていて黙っていたな?」
テオがいたずらっぽく笑う。異郷の地と思っていたが、思いがけず知り合いと出会うのは心強いので、世話になる事にした。
ヴァインベルガー邸は、屋敷と言う程の事も無い、慎ましいものだった。羽振りが良いとテオは言っていたが、外観からはとてもそうは見えない。
もっとも、豪邸や見栄えを重視した城を建てる事に無頓着なのは、ヴァインベルガーらしいと言える。
「団長。いえ、ゲオルク様、お久しぶりです」
ヴァインベルガーが自ら出迎えた。使用人なども、最低限の人数しか置いていないようだ。
隣に並んでいるのが夫人だろう。ヴァインベルガーより、数歳年上と見える。
「迷惑を掛けるが、しばらく世話になる」
「何日でもいてくださって結構ですよ。兵は街の民家に泊まれるように、すでに手配してあります」
街と言うが、村の様な規模だ。ただ、貧しいという印象は受けない。ヴァインベルガーの統治は悪く無い様だ。
ゲオルク以下、将校はヴァインベルガー邸に世話になった。旅装を着替え、垢を落とすと、改めて面会に出向いた。
「改めて、世話になる礼を言おう。それにしても、立派な領主ぶりなものだ」
傭兵団にいた頃の、どこか虚無的と言うか、退廃的と言うか、そんな荒んでいた頃とは違い、精神的な安定を得ている様に見える。
もっとも、本質的にはやはり冷徹で皮肉屋な、ゲオルクの知っているヴァインベルガーのままだという事が、目を見れば分かる。
「先も言いましたが、何日でも遠慮なく。その程度で我が家の財布は痛みませんので」
ヴァインベルガーがにやりと笑う。本人は笑ったつもりなのだろうが、どこか禍々しさの様なものがにじみ出ている。
「テオが羽振りが良いなどと言っていたが、あながち嘘でもないのか」
「確かに領内の産業を振興したりして儲けていますが、元手は嫁の金です。褒められたものではありませんよ」
「言うではないか。ならば戦火で土地を荒らすばかりの我らは、それ以下かな?」
ヴァインベルガーは、もう一度にやりとしただけで、何も言わなかった。
「本題に入ろう。我らが派遣されてきた理由は、聞いているか?」
「総督府派の手の者と思われる、不審集団が出没していると、土地の諸侯から報告があった。そこでゲオルク様が調査に来られた」
「そうだ」
「確かに、どこの誰の手の者とも分からない。かと言って、ただの盗賊でもない集団が、廃村などを根城に出没している事は確かです」
「そうか、事実だったか」
「しかし、それを報告した諸侯はいません。少なくとも、土地の者は誰一人として問題にしてはいません。まして、軍の派遣を要求した者などいません」
「なんだと?」
「私が知らぬという話ではなく、誰も心当たりはないそうです。そもそも不審集団が現れたのはつい最近であり、今まで何も、略奪などの行動も起こしていません。そのため土地の諸侯は、とりあえず自分達で何者であるかを調べようかと、これから動き出す所です。ところがそう思っていた矢先に、ゲオルク様が派遣されてきた。遠い政権中枢が、現地の諸侯よりも早く情報を掴むというのは、不可解な話ですな」
「ふうむ。とにかく、調べてみない事には始まるまい。場所は分かるか?」
「郡中部の一帯で目撃情報があります。数年前に洪水で、廃村になった一帯です」
「分かった。世話になったな」
翌日、ゲオルクは配下の全軍を率いて、調査現場へ向けて発った。




