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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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ブランデンフェルト再奪回2

 攻城戦三日目。敵の抵抗は、目に見えて弱くなっていた。

 初夏の早い日の出と共に総攻撃を始めたので、かなり長い時間攻防を続けているが、陽はまだ高くなっていない。

 敵は驚異的な粘りを見せている。だがそれが、最後の力を振り絞った抵抗だという事は、戦っていれば否でも感じた。

 ほぼ同時に二ヶ所から、味方が城内に侵入を果たした。今日は、いつまでたっても叩き落とされるという事は無かった。皆殺しに有った訳でも無い事は、城内から伝わってくる混乱が示している。

 鈍く、重い音を立てて、城門が開いた。


突撃(ロース)!」


 命令一下、ゲオルク軍が城門に殺到した。日ごとに待機する部隊を交代していたが、ゲオルク軍が待機部隊に当たっていたその日に城門を突破するとは、何のめぐり合わせか。

 城門が破れれば、待機部隊はそのまま突入部隊になる。十分に英気を養い、真っ先に城内に突入する。武勲を挙げる絶好の機会が、向こうからやってきた様なものだ。

 独立遊撃部隊となっても、元は傭兵だ。勝ち戦で出来るだけ武勲を稼ごうという習慣は、染みついている。

 ゲオルク軍全部隊が、勇躍して城内になだれ込んだ。

 城門を潜り抜けてすぐの広場で、重装の騎士団が立ち塞がった。四百人といったところだ。数ではこちらが圧倒しているが、敵が横に広がれば一杯になる程度の広さしかないので、包囲はできない。

 だが逆に言えば、こちらも前衛を固めれば、後方の安全は確保されるという事だ。

 横に広く展開して敵とぶつかる。その間に射撃隊が準備を整え、前に出る。

 横に広く展開した敵には、斉射は非常に効果的だ。しかもこの距離なら、鉄砲は外れないし、弓矢も鎧を貫通するだけの威力が出せる。

 斉射を浴びせたら、下がってまた再装填をする。三度斉射を浴びせると、敵は崩れ始めた。後はもう、遮二無二押すだけでいい。

 崩れ始めると敵は、実にあっけなかった。城門を破られた時点ですでに、城を守りきる事は不可能だと分かっているのだろう。我先にと逃げ始めた。それを追って、さらに城の奥へと侵攻する。

 四方八方から矢や石といった攻撃が降り注ぐ。しかし、ここは勢いに任せて走るべき時だ。城門を突破されたという敵の動揺に付け込んで、できる限り城の奥深くまで食らい込む。その方が、最終的な犠牲も少ない。

 中庭状になっている広場に出た。そこにまた、まとまった敵の集団が待ち構えている。

 またも重装の騎士で、数もやはり四百ほど。だが今度は、初めから縁に沿うように展開していて、いきなりこちらを囲んでくる。


「食い破れ!」


 囲まれている事など意に介さず、正面の敵にぶつかる。こちらには数と勢いがある。包囲を突き破って、そのまま乱戦に持ち込んだ。

 ゲオルクら指揮官クラスも、敵と剣を交える。ゲオルクは戦いながら視界の端に、派手に暴れ回るハンナの姿を認めた。

 伝家の真鍮の鎧を血に染め、同じく伝家の騎士剣(レイテルパラッシュ)で、まさに敵の首を刎ねていた。

 ハンナの従者である、二人の女性騎士も、主に負けず劣らず戦果を上げていた。大の男と互角以上に戦うとは、何とも恐ろしい女性達だ。

 一方テオは、へっぴり腰を見せたりはしないが、決して一人にはならず、身を守る事に専念している。だがこの乱戦の中でも、冷静に全体を見ている。


「ゲオルク殿、敵が逃げます。逃げ道を開けましょう」

「分かっている」


 逃げる敵ならば、逃がせばいい。下手に追い詰めると、手痛い反撃を喰らう。それに、逃げる敵を追ってさらに城の奥になだれ込める。

 せっかく城内に突入できたのだ、どこかで守りを固められて、また攻めあぐねる様な事は避けたい。

 ゲオルク軍は、さらに城の奥深くへ侵入した。ブライデンフェルト城内の構造にはあまり詳しくなく、道なりに進んでいるだけなので、背後に敵は残っているだろう。

 それは、後続の味方が掃討してくれるのを当てにするしかない。今は、この城の中枢を一挙に占拠してしまえるかどうかが掛かっている。

 大回廊に出た。中央に赤い絨毯を敷いた長い通路。目測で、200mはある。左右には、太い円柱が二列、整然と並んだ列柱回廊。ここを越えれば、城の本丸と言うべき区画にたどり着く。

 だが案の定と言うべきか、そう易々とは通してくれぬようだ。ゲオルク軍が大回廊を半ばほど進んだとき、銃声が響いた。それも何十と言う数ではない。何百だ。

 慌てて退き下がり、列柱の影に身を隠す。大回廊の向こう側に、数百の銃兵が構えていた。射程距離内に入ると、交替で銃撃を浴びせてくる気だ。

 ご丁寧に回廊の各所に、バリケードとも言えぬ横一線の低い積み上げができていた。乗り越えようとしたところで、どうしても身を晒してしまう。そこを狙い撃つ気だ。

 強行突破を図るには、ちょっと面倒だった。


「ゲオルク殿、左右からも来ます」


 テオが指差す方を見ると、列柱の影に敵の姿が見え隠れする。左右とも、百人といったところだ。


「射撃隊を左右に回せ。近づかせるな」


 銃兵の数では負けている。まともに撃ち合いをする気はない。

 すぐに左右から銃声が響いてきた。向こうにも援護射撃の銃兵がいて、撃ち合いになった様だ。

 正面の敵も、牽制のつもりか散発的に撃ち込んでくる。


「くそっ、後続を待つしかないのか」


 今日は城壁攻めに参加していなかったゲオルク軍は、盾を持っている兵も少ない。城壁攻めに参加していた後続の部隊が追い付いてくれば、銃撃を防げる盾を備えた部隊もいるはずだ。


「ゲオルク殿、左右に分かれて敵に一気に肉薄すれば、銃撃を受けずに済むのでは?」


 確かに列柱の間を抜ければ、列柱が盾になって中央からの銃撃はある程度防げる。特に距離があれば、列柱の隙間は視認できない。

 ある所までは身を隠して近づき、一気に肉薄する。接近さえできれば、銃兵など恐れるに足らない。だが問題がある。


「左右の敵を素早く突破できなければ、銃兵が移動を終えてしまう。そうなれば、まともに銃撃を喰らう。銃兵が動く前に肉薄しなければだめだ。左右に展開している敵兵が、それを許すはずがない。死に物狂いで止めて来るぞ」

「敵に対処する余裕を与えずに突破できればよろしいのでしょう? 赤隊を先鋒に当てれば、不可能ではないでしょう」

「お前――」


 考えなかった訳ではない。しかし、目論見通りに突破できなければ、赤隊は至近距離で敵の銃撃に晒される事になる。壊滅的な打撃を受けるだろう。


「良いのだな」

「よろしく無ければ申し上げません。私は、ゲオルク軍参謀です。ゲオルク軍の勝利を第一に考えます」

「分かった。ハンナを呼べ」


 ハンナが呼び出され、作戦の概要を伝えた。


「赤隊を率いる身として、可能だと思うか?」

「やってみなければ分かりません。ですが、やってのけますよ。私はいつだってそうしてきた」

「しくじったら、全滅もあり得るのだぞ」

「それこそ今更の事。負ければ死ぬ。それを恐れていれば、戦場になど立たん」

「分かった。やってくれ」

はい(ヤー)。ところで、兄上はこの作戦に反対された事だろうな」

「いや。むしろテオが提案した事だ」

「兄上が?」


 ハンナが驚いた顔でテオの顔を見る。テオは、珍しく顔を背けなかった。その代り、無表情で前を向いている。


「まあいい。突撃のタイミングはこちらで測る。構わないな?」

「任せよう」


 赤隊が二つに分かれ、左右に展開する。敵に動きを悟られない様に、それに続く本隊はまだ動かさない。

 赤隊は片側一個中隊百五十人がいるが、対する敵は百人と、支援の銃兵が数十だ。普通に考えれば、突破にはいくらか手間取る。

 だが敵を一蹴できなければ、その時間が致命傷になる。赤隊の突破力は凄まじいが、果たしてそう上手く行くだろうか。

 鯨波(とき)の声。赤隊が動き始めた。合わせて左右に一個大隊を送り込み、正面は青隊が牽制のため、射程ぎりぎりまで前進して攻撃の構えを取る。


「赤隊が敵を突破しました!」

「は?」


 思わず変な声が出た。早い。早すぎる。早い分にはいくら早くても良いのだが、それにしたって、全く待っていない。指示を出している間に、片が付いてしまった。


「テオ。お前の妹は、本当に人間か?」

「それを言うなら、直接指揮を執っていない方も、ほぼ同時に敵を突破しています。そちらの方がよほどおかしいかと」


 ゲオルクの見ている間に、赤隊が左右から敵の銃兵を挟撃し始めた。接近戦に弱い銃兵が赤隊に挟撃されて、僅かな間も持ちこたえられるはずもない。あっという間に敗走を始めた。


「もう、赤隊だけで良かったんじゃないかなという気がするよ」

「心中お察ししますが、戦はまだ終わっておりません」

「そうだな。まだ連中も見かけていない」


 ヴィルヘルム・レーヴェ率いる傭兵団レイヴンズ。彼らがこの戦場に来ている事は、間違いない。

だがその姿をまだ見ていないという事は、この先、城の中枢部分を守っていると見て間違いないだろう。

 城の本丸と言える区域までたどり着いた。大回廊にいた敵部隊に、いくらかの援軍を加えた敵が再び立ち塞がる。

 相変わらず銃兵が多いが、もはや銃兵に有利な地の利は失っている。大回廊に比べれば狭いので銃撃を避けにくいが、敵味方の距離が近いので、突撃すれば一気に肉薄できる。

 二発目はおろか、一発目も撃たせないうちに斬り合いに持ち込む。乱戦に持ち込んでしまえば、味方に流れ弾を当てかねない鉄砲は使えない。

 立て直しを図っていた敵を蹴散らし、とうとう城の最奥中央の建物まで至った。ここを抑えれば、城は完全掌握となる。

 銃声とは違う炸裂音がして、兵が五人吹き飛んだ。

砲声だ。しかし、砲弾はどこにも見当たらない。その代り、広い範囲に釘や陶器片がめり込んでいる。


「早すぎだ! 砲を下げろ。再装填急げ!」


 指示を下す声。何度か聞いた覚えのある声だ。


「その声。ヴィルヘルム・レーヴェか」

「ゲオルク・フォン・フーバーか。また会えると思っていたぜ。ここまで来るのは、お前だという気がしていた」

「初めて出会ったときは売出し中と名乗っていたお前が、傭兵として立派に大成したじゃないか」

「そういうお前も、今や蒼州(そうしゅう)で名を知らぬ者はいないぜ。そちら側で、唯一昌国君(しょうこくくん)に対抗できる男とな」

「買いかぶられたものだ。それに、私は自分の名声に興味はない」

「お前自身は興味が無くても、他人は興味津々なのさ。お前を討ち取ったという名声は、昌国君の前に俺がいただくぜ」

「やってみろ。全軍、突撃(ロース)!」


 砲撃に身を隠したゲオルク軍兵士達が、一斉に飛び出す。

 あの砲撃は、大口径の砲に、砲弾の代わりに鉄片や陶器片を詰め込んで撃ったものだ。再装填には、通常の砲弾よりも時間が掛かるはずだ。次を撃たせる前に、大砲の使い所が無い戦況に持ち込む。

 あちこちで、通常の銃声よりも大きい、と言うよりも、太いと形容したくなるような音が鳴り響く。兵の腕が千切れ飛んだり、頭が吹き飛ぶ。

 レイヴンズの武装は、大口径のハンドカノンだ。鉄砲よりも構造が簡便で、大口径な分、威力に勝り、命中精度や耐久性に大きく劣る。

 それを一人一発撃っては、使い捨てている。後は斬り合いだ。


「怯むな! 至近でなければ、そうそう当たる物ではないぞ!」


 敵の方も、端から命中率は当てにしていないようだ。当たる当たらぬを考えず、とにかく撃ってくる。

 威力だけは、馬鹿げているのだ。運悪く頭を吹き飛ばされた兵を目にすると、ゲオルクのような歴戦の者でも、思わず縮み上がる。そこを襲って切り伏せようというのが、相手の狙いだ。

 かと言って、ハンドカノンはただの脅しと言う訳でもない。敵はこちらをできるだけ、屋内や狭い場所に引き込もうとして来る。動きの制限される場所なら、ハンドカノンも当たりやすい。

 傭兵団として数年生き延び、団を拡大してきただけあって、レイヴンズは戦上手だ。巧みに自分達のペースに引き込もうとして来る。

 冷静に兵力を比べれば、今は二対三ほどでこちらが有利だ。向こうがどの程度の予備兵力を隠しているのか、それともそんなものは無いのかは分からないが、無難に戦えば有利なのはこちらだ。

 火器を使って、こちらをかき乱そうとして来る。それさえなければ、大した敵ではない。


「ゲオルク・フォン・フーバー! ヴィルヘルム・レーヴェが一騎打ちを申し込む!」


 レーヴェが、高らかに名乗りを上げた。一騎打ちを申し出るなど、今時珍しい。


「おう、受けて立つとも。逃げも隠れもせんわ!」


 止めておけばいいと、自分でも分かっている。しかし、体は勝手に動いていた。

 互いに剣を構え、向かい合う。双方の兵が二人を丸く囲み、さながら闘技場の様相を呈した。

 先に動いたのはレーヴェだった。走りながら斬りかかってくる。ゲオルクはそれを避けず、受けず、流さず、ぎりぎりまで引き付けてレーヴェを掴み、投げ飛ばした。

 投げ飛ばされたレーヴェは宙返りをして、綺麗に着地する。ゲオルクは振り向きながら斬り上げ、返しの斬り下ろし、横薙ぎと三連撃を繰り出す。

 三連撃を辛うじて(かわ)し、体勢の崩れたレーヴェにもう一度横薙ぎ。切っ先がかする。手応えは無かった。見切られたのか、偶然か。

 左右に剣を振って誘いを掛け、胸を突いた。レーヴェは飛びのいたが、切っ先が鎧を突く手ごたえがあった。レーヴェが一瞬顔を歪める。

 剣の腕は、こちらの方が上だ。見切られてはいる。だが辛うじて凌いでいるという情況だ。長くは持たない。

 畳み掛ければ、勝てる。そう確信し、踏み込んだ。一瞬だけ、レーヴェがにやりと笑ったような気がした。


「ゲオルク殿!」


 テオの声。体が倒れ、地面に押し付けられた。なぜだと思うよりも早く、鼓膜が破れそうな轟音がした。

 兵が口々に、ゲオルクの事を呼びながら集まってくる。ようやく、何が起きたのかが分かってきた。至近距離で、散弾砲を撃たれたのだ。いち早くそれに気付いたテオが、ゲオルクを押し倒して(かば)った。


「テオ!」


 ゲオルクを庇ったテオは、少なくとも四か所から血をにじませている。傷がどれほど深いかは分からない。


「後方へ移送しろ。手当てを」


 冷静さを失わぬよう、噛みしめるように指示を出した。


「くそっ、してやられたか」


 ゲオルクは拳を地に振り下ろした。レーヴェが一騎打ちを挑んできたのは、ゲオルクに散弾を浴びせるため、その準備と隙を作るためだったのだ。

 傭兵の戦い方としては、何も間違っていない。むしろ、自ら危険を冒して敵将であるゲオルクを引き出したのは、称賛しても良いくらいだ。

 ただ、それにまんまと引っ掛かった自分の迂闊(うかつ)さが、たまらなく苦かった。

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