ブランデンフェルト強襲攻略3
昌国君本人が率いる軍勢とのまともなぶつかり合いは、まだ二度目だ。
しかし、鴉軍と直接交戦した経験があるのは、ゲオルク軍だけだ。そこを買われて対昌国君に当てられたのだろう。
初めて遭遇した時、僅か五十騎の鴉軍に、三百の兵が為す術なく蹂躙された。直前の戦闘での疲労や消耗があったとはいえ、練り上げた対騎兵の密集隊形がだ。
今、昌国君の軍勢は六百騎。うち半数、三百騎が鴉軍だ。並の軍勢であれば、三千であっても打ち砕かれるだろう。
しかし、今度はこちらが一千二百に加え、旧ユウキ軍一千もいる。数を揃えれば勝てるような甘い相手ではないが、兵力が有るのは、無いよりは良い。
肝心のゲオルク軍に連戦の疲労がある事は否めない。しかし、それは言っても仕方のない事だ。
朱耶軍も騎士家軍を蹴散らしているが、これは疲労する様な事もなかっただろう。むしろ、士気が高まっていると見るべきだ。
ゲオルク軍得意の密集隊形。それを中央にして、左右を旧ユウキ軍で固めてもらった。旧ユウキ軍がいる事で、正面に専念できる。左右のユウキ軍が襲われても、ゲオルク軍が対処する時間は稼げる。
ゲオルク旗下の八十人は馬を受け取り、騎兵となって歩兵の後ろに就いた。あまり、出番はありそうにない。
鴉軍ほどの実力があるのならともかく、六百騎相手に八十騎では、牽制や攪乱も難しい。
騎士家軍を完全に散らしてしまった朱耶軍が、こちらに向かってくる。鴉軍を前に、六百騎全てが正面から、突撃してくるつもりのようだ。
「射撃隊、前へ。構え!」
弓矢や弩、それに鉄砲を持った兵が最前列に出て、射撃体勢を取る。百五十の射撃隊だ。
「撃て!」
敵の先頭集団が射程内に入った瞬間、一斉に射撃を浴びせた。一度撃つと、射撃隊はすぐに後方へ下がる。
敵も横に広がって迫ってくる訳ではない。射撃を浴びたのは、全体のごく一部だ。撃たれた敵。馬が撃たれて振り落された敵。倒したのは、合せて十騎ほどだ。
敵の出鼻を挫き、突撃の勢いを少しでも削ぐのが目的だ。実害は少なくても問題無い。勢いも、多少は削ぐ事が出来たようだ。
ただやはり、鴉軍は勇猛だ。倒れた味方を避けたりして勢いは削がれたが、士気は微塵も挫けてはいない。その気迫が、肌に痛いほどだ。
鴉軍が、毛を逆立てたハリネズミの様なゲオルク軍に、真正面から突っ込んできた。ぶつかり合いの場は、激戦などという言葉が生ぬるいほどの戦いになっている。
鴉軍先頭集団の中に、昌国君の姿を認めた。鴉軍同様、黒塗りの鎧に身を包んでいる。
当然、いるだろうとは思っていた。しかし、こうして間近で姿を見ると、体が熱くなる。
昌国君と戦っているという事に、現実感を得たとでも言えばいいのか。今までは、言葉として昌国君と戦うのだ、という感覚しかなかった。その事に今、気が付いた。
「止まった。止まったぞ! 止めているぞ!」
鴉軍を、止めている。間違いなく、馬が横を向き、鴉軍は前に進めないでいる。ゲオルクの軍勢が、鴉軍を止めているのだ。
思わず叫んでいた。一瞬だけ、歓喜に包まれた。しかし、すぐに二度目の衝撃がぶつかってきた。
鴉軍に続き、後続の騎兵が突撃してきたのだ。ゲオルク軍が、見る見る押されて行く。流石に、鴉軍に加えてもう三百騎は止めきれない。
しかし、崩壊してもいない。最初の衝撃で大きく押し込まれはしたが、ゲオルク軍は突破を許さず、戦いながらじりじりと押し込まれている。
それで良い。下がっても良い。下がれば下がるほど、朱耶軍は窪みの中に嵌り込み、包囲される形になる。すでに、左右両翼の旧ユウキ軍が動き始めた。
昌国君が、頭上で二度、剣を振った。退却の合図だ。反転した朱耶軍は、いともたやすく追いすがるゲオルク軍を振り切り、引き下がって行った。
ここで、旗下の八十騎を引き連れて追撃ができればと思った。実際には、とても追いつけないだろう。仮に追いついたとしても、返り討ちに合うのがおちだ。
それでも、背を向けて去っていく敵を、ただ見ているしかないと言うのは、屈辱的だ。
いや、敵は去った訳ではない。仕切り直しただけだ。こちらも、乱れた陣形を整え直す。射撃隊もいつでも撃てる状態で待機している。斉射を浴びせれば、牽制にはなるはずだ。
敵の通常の騎兵が、百騎ずつに分かれて、何度かこちらに攻撃を仕掛けてきた。決して深くは攻めこんでこない。表面を軽く一撃しては退く。その繰り返しだ。
その間鴉軍は、左右に動き回っている。探られているのだ。こちらの出方や、弱点を探り、いかにも攻めかかるという圧力を掛けて、振り回そうとしている。
ならばこちらは、動かない事だ。岩の様に、山の様に、決して動かずに構えていれば、向こうから攻めかかって来るしかない。
動き回る戦は、昌国君の得意とするところだ。ならばこちらは、動かない戦で対抗する。
敵の動きが変わった。何かを探るような動きではなく、確信を持った行動になった、という感じだ。
右翼に百騎、左翼に二百騎を当ててきた。そして鴉軍は、中央でこちらを、ゲオルク軍をにらんでいる。
鴉軍の存在と百騎の牽制で動きを封じ、こちらの左翼から崩そうというのだろうか。確かに、鴉軍がどう動くか分からない情況では、下手に救援も出せない。救援に動いた僅かな隙を鴉軍に突かれると、致命的だ。
左右の旧ユウキ軍は、対騎兵に特化したという訳ではない、普通の兵だ。決して弱卒ではないが、歩兵五百で騎兵二百とまともにやり合うのは、やはり苦しいだろう。
このまま黙っていれば、いずれ左翼は持たなくなる。かと言って下手な動きをすれば、鴉軍が動く。
手堅いやり方だ。確実に勝利を掴みに行くやり方だ。
しかし、どこか違和感があった。昌国君のやり方ではない、という気がする。
旧ユウキ軍の指揮官から、右翼の兵を百人、左翼への援軍に回したいと言ってきた。右翼は、百人ほど引き抜いても十分余裕があるようだ。
「却下だ」
その程度の援軍を回したところで、左翼が持ちこたえられる時間が、いくらか伸びるだけだ。戦局が変わる訳ではない。
鴉軍が動き出した。向かって左に移動している。同時に、左翼を攻め立てていた敵騎兵が下がった。
鴉軍と二百騎が一体になり、突撃態勢を取った。二百騎が前でいくらか横に広がり、鴉軍はその後ろで縦列になっている。矢印型の陣形だ。
騎兵の突撃を受けて動揺した所に鴉軍が突っ込めば、間違いなく左翼は、瞬時に崩壊する。
兵が、移動していた。旧ユウキ軍の兵が、右翼から左翼へ移動している。
「おい、誰が左翼へ援軍を送れと命じた!」
右翼の旧ユウキ軍が、独断で左翼の救援に動いたようだ。舌打ちしたくなるが、それどころではない。朱耶軍が、真っ直ぐ左翼へ向けて突っ込んできた。
目の前で攻撃を受けている味方を放置して持ち場へ戻れと命じたところで、従いはしないだろう。従ったとしても、後ろから攻撃を受けかねない。もはや、止めようがない。
朱耶軍二百騎が左翼とぶつかる。左翼が突撃の威力の前に押し込まれるが、すぐに右翼からの援軍が合流し、押し返した。その後は、ほぼ拮抗している。
ただ拮抗は、一時的なものだろう。長く押し合えば、徐々に敵が押してくるはずだ。
風が吹いた。黒い風が、ゲオルクの視界を吹き抜けて行った。違う。騎馬隊だ。黒衣の騎馬隊。鴉軍が、ゲオルクの視界を、左から右へ。
「全軍右回頭!」
肌が粟立った。ゲオルクが見たときには、すでに右翼の旧ユウキ軍は、完全に崩壊していた。
左翼に攻撃を集中し、援軍を引き寄せておいて、右を討つ。先鋒としては、ごく単純なものだ。
しかし、そこに鴉軍の速さが加わっただけで、恐ろしい必殺の刃と化していた。
「ケーラー男爵重傷! 離脱いたしました!」
旧ユウキ軍の指揮官が、今の鴉軍の攻撃で重傷を負った様だ。生きているだけ儲けもの、と言うべきだろう。
もはや旧ユウキ軍は、当てにできなかった。ゲオルク軍単独で踏みとどまるしかない。
ゲオルク軍の最右翼は、新設の緑隊だった。しかし彼らはいち早く部隊の向きを変え、鴉軍を相手に時間を稼ぐ根性を見せた。
緑隊の奮戦のおかげで、全部隊が鴉軍に対して正対できた。
「陣を厚くしろ!」
横への広がりを捨て、陣を厚くし、突撃に対する抵抗力を高める。その分、側背に回り込まれやすくなるが、そこまで手を回す余裕はない。
側背を狙ってきたら、ゲオルク旗下の八十騎でそれを阻止する。少なくとも、方向を転換するだけの時間は稼いでみせる。
鴉軍が迫る。ぶつかった。何度目かのぶつかり合いだ。しかし、今度は鴉軍に勢いが無い。
左翼の旧ユウキ軍を突破した直後なので、勢いが削がれているのだ。それでも、並の騎兵の威力ではない。
だがゲオルク軍は、鴉軍を止めきった。一歩も退かず、槍の穂先を揃えたまま、押し止めている。
鴉軍は一度で突破できないと見ると、兵の一部を後方に下がらせた。そして助走を着けて、再び突っ込んでくる。
入れ違いにまた別の一隊が離脱し、助走を着けて突撃。それを何度も繰り返してくる。その度に、猛烈な衝撃を受けている事が、後方のゲオルクにまで伝わってくる。
「歯を食い縛れぇ! ここが堪え所だ!」
方向転換をしたので、初め左翼だった味方が、今は背後になっている。そちらにはまだ、敵の二百騎がいるはずだ。味方が支えきれなくなれば、その二百騎に背後から襲われる。
今は、信じるしかなかった。後ろを振り返る余裕すらない。
敵の騎馬隊が百騎。初めから右翼を攻撃していた敵だ。崩壊した旧ユウキ軍を追い散らし、こちらに戻ってきた。
歩兵は鴉軍を止めるのでぎりぎりだ。ここで他の方向から攻撃を受ければ、為す術なく崩壊する。
「続け!」
ゲオルクは剣を抜き、馬腹を蹴った。この八十騎で止めるしかない。
敵は自信があるのか、ゲオルクに対して正面から突っ込んできた。ゲオルクは矛先を躱して敵の右手を取る。
それに対して敵は、逃げるどころか再び正面からのぶつかり合いを挑んできた。乗るか、反るか。
ゲオルクは敵をぎりぎりまで引き付けて、躱した。敵が勢いのまま進めば、押し合いをしている鴉軍の横腹に突っ込む。
鴉軍の方で避けた。味方の騎兵を上手く受け流しながら、ゲオルク軍歩兵と距離を取り、再突撃のために態勢を整える。
無論、ゲオルク軍歩兵の方も、この隙に少しでも態勢を整える。まだしばらくは、持ちこたえられそうだ。
敵騎兵との戦いは、仕切り直しと言ったところだ。敵は戦場を大きく半回りして、ゲオルクの右手を取ってきた。
大きな動きをした分、敵には疲労があるはずだ。正面から受けて立った。百騎と八十騎がぶつかる。
二つの騎馬隊が離れたとき、どちらも十数騎を失っていた。敵の方が数騎被害が多いが、元の数の差を考えると、痛み分けだ。
敵は反転して、ゲオルク隊を追い始めた。このまま後ろ尻に喰らいつくつもりか。凄まじい執念だが、鴉軍ならいざ知らず、彼らでは無謀すぎた。
距離を測り、馬速を調節し、追いつかせる。切っ先が届く直前まで引き付けて、身を翻した。そのまま、敵の脇腹を食い破る。
痛撃を与えた。敵は間違いなく二十騎は失い、僅か数騎の差だが、兵力でこちらが上回った。
このまま、追い討ちを掛ける。背後を取る。と見せかけて、再び敵の右手から襲い掛かる。
急に敵の馬速が上がった。こちらの攻撃を躱され、逆に右手側を取られた。まだこれだけの余力を残していたのか。驚きを禁じ得なかった。
だが、このまましてやられる訳にもいかない。もう一度こちらも敵の右を取る。お互いに相手の右を取ろうとして、駆け合う形になった。
走り続けてはいるが、一種の膠着だ。破りたいが、下手な破り方をすれば、隙を晒す。
敵が、右を取る事を捨てて、正面からのぶつかり合いを挑んできた。ぶつかり合えば、両者の実力は拮抗している。今は、僅かとは言え数に勝るこちらが有利だ。
それを承知で正面と言うのは、何かの誘いか、それとも小細工を捨てたのか。
そのままぶつかる腹を決めた。こういう時、腹をくくって正面突破するしか、ゲオルクにはできない。とっさに機転を利かせられるようなタイプではないのだ。
ぶつかりながら、駆け抜けた。ゲオルクも、五人は馬から叩き落とした。駆け抜けてみれば、敵はもう半数を切っている。
こちらも五十騎を割ったが、このまま同じ様なぶつかり合いを続けていけば、先に力尽きるのは向こうだ。
敵の騎馬隊が、去っていく。明らかに戦場に背を向けて、遠ざかって行った。勝てないと悟り、諦めたのか。しかし、ならば最後のぶつかり合いは何だったのか。
その疑問はすぐに、最悪の形で氷解した。五十騎に満たない鴉軍が、こちらへやってくる。しかもその先頭に立っているのは、昌国君その人だ。
先手を打つ。後手を引けば、そのままやられると思った。正面突破。互角にやり合えるとは思っていない。しかし、下手な小細工は、かえって命取りだ。
昌国君も、それを受けて立った。互いに剣を構える。すれ違いざまに、ゲオルクと昌国君の剣が交差した。
肩に焼ける様な痛みが走った。腕はまだ付いている。こちらの掌に、手応えは無かった。
傷口を抑えながら、振り返って兵を確かめた。四十騎を切っている。鴉軍も数騎数を減らしたが、差はむしろ縮まっていた。
鴉軍が反転し、ゲオルクを追ってくる。見る間に距離が詰まり、右手を並走された。
ぶつかり合う事でしか、活路は開けない。傷口を縛りながら、剣を構えた腕を固定した。こちらから鴉軍にぶつかっていく。
二度目のぶつかり合い。ゲオルクは、ただ駆け抜けた。周囲で部下が、次々と討たれて行く。だが食い下がってもいる。鴉軍兵士も一人、また一人と、討ち果たす。
また両者がすれ違ったとき、どちらも二十騎足らずになっていた。
次のぶつかり合いで、壊滅する。そう確信した。それならそれでいい。道連れに倒す敵の中に昌国君がいれば、価値のある負けだ。
差し違えてやる。その覚悟を決めた。来い。そう思った。しかし、来ない。こちらの覚悟が緩むのを待っているのか。
鴉軍が。いや、朱耶家の全軍が、突風が吹きぬけた様に、戦場を去って行った。
夢でも見ているような気分だった。なぜだ。なぜ去って行った。訳が分からず、辺りを見回した。
ブライデンフェルト城に、味方の旗が高く掲げられていた。城が完全に制圧されたのだ。だから昌国君は、これ以上の戦いは無意味だと去ったのだ。
もう一度ぶつかっていれば、ゲオルクは討たれていただろう。昌国君はそれをしなかった。敬意を払われたのか。それとも、討ち取るほどの価値も無いという事か。
どちらにせよ、生き延びたのだ。勝ったとは言えない。負けたが、時間切れで死ななかったというだけだ。
それでも、生きている限りは次がある。




