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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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ブランデンフェルト強襲攻略2

 洞窟地下通路大広間での戦いは、緑隊も到着し、兵力が拮抗した事で、完全にこちらの流れになった。

 構造から推察するに、迷路で侵入者を分散させ、バラバラに抜けてきたところをここで殲滅するという想定なのだろう。

 実際、ゲオルク軍は四部隊が順次到着するという形になり、各個撃破されてもおかしくはなかったと言える。

 最初に抜けて来たのが赤隊だった。それが唯一、敵の誤算だろう。あるいは青隊でも味方の到着まで耐え抜いたかもしれないが、三倍の敵に対して攻め続ける事を選んだ赤隊は、敵にとっては予想外の相手だった事だろう。

 蜘蛛の巣に哀れな蝶が掛かったと思ったら、か弱い蝶どころか、蜘蛛の巣を引きちぎるパワーを持った何かだった、と言ったところか。

 しかし、策が破綻(はたん)してもなお敵は、一歩も退かずに激しい抵抗を続けている。当然だ。ここを突破されれば、城内になだれ込まれる。それは城の陥落を意味するのだから、全滅を覚悟で踏みとどまるだろう。

 流石にこちらの消耗が激しくなってきた。そういうときに、青隊が追い付いてきた。


「これは、どうやら遅れてしまった様だな。まあ、その分の仕事はするさ」

「ワールブルク殿。正直ありがたいが、余裕はあるか?」

「問題無い。敵は多くなかったが、迷路が酷くてな。抜けるのに手間取った」


 新手の青隊を加えて、こちらの勝利は揺るがない戦況になった。後はどれだけ被害を減らせるかだ。ここを突破できても、被害が多ければ城内の敵に討たれてしまう。

 敵もそれが分かっているから、味方が仇を討ってくれると信じて、できる限り道連れにしようとして来る。


「全軍、総攻撃!」


 時間を掛けて締め上げるよりも、一気に勝負を決してしまった方が、犠牲が少ないと判断した。

 こちらも戦い続けて疲労がある。味方が到着した勢いに任せて、一気に勝負を決めないと、いつ限界を迎えないとも限らない。

 総攻撃の末に、僅かに逃げた敵を除いて、ほとんどを討ち果たした。床が血だまりで滑り、むせ返るほど血の臭いがする。


「こんな所だが、兵を休ませろ」


 そうでなければ、もう限界だろう。時間の感覚が分からなかったが、すでに夜明けの突入から、五時間は経っているようだ。

 死体の山を脇に寄せた。そこら中血だまりだが、兵達はもう立っていられず、血の中に腰を下ろした。


「なに、赤隊が迷路でぶつかった敵は、そんなに多かったのか」

「ああ。総勢でこちらより多かったのは間違いない。全部で四百。そんなところだと思う」

「それを突破して最初にここまでたどり着き、そのまま三倍の敵と交戦に入ったのか」

「攻め続けなければ、とっくに全滅していただろうな」


 赤隊の通ったルートは、最も多く敵が展開していたようだ。そんなところを最速で突破した上、休む間もなく大部隊と交戦に入ったというのだから、恐れ入るしかない。

 道理で兵の顔つきが、獣のそれになっている訳だ。目だけが異様な光を放ち、およそ人間の顔つきではない。

 ここまでのものになる事は、なかなか無いものだが、経緯を聞くと納得せざるを得ない。全く、良く生きていたものだ。

 そんな赤隊の兵達も、人間に戻ってきた。獣の時より弱くはなっただろうが、あのまま獣で居続けたら、過労死するまで戦い続けるだろう。


「そろそろ行くぞ。敵も、いくらか体勢を立て直してしまっただろう」


 それは仕方の無い事だった。あのまま突き進むのは、無理がありすぎた。

 大広間を抜けると、洞窟の傾斜がきつくなり、やがて階段状に床が削られている様になった。はっきりと、ブライデンフェルト城の建つ山の地下を登っている事が分かる。

 洞窟が、完全に人工のトンネルに変わった。いや、トンネルと言うよりも、縦穴だ。窓の無い塔の中を登っている様なものだ。おそらくここはもう、城の地下室と言うべきなのだろう。

 地中の塔を登りきり、また水平な通路に出た。壁に松明が取り付けてあり、余すところなく明るい。もう完全に、頭の上はブライデンフェルト城の敷地内だろう。

 通路は途中で直角に折れ曲がっていた。いかにも待ち伏せがありそうだ。


「さて、どうしたものかな」


 一応、盾は持ってきている。


「団長殿。火縄の臭いがする」

「まあ、そんな事だろうと思った」


 ここを曲がればおそらく、鉄砲の斉射が待っている。盾など容易に貫通するだろう。

 先頭集団は全滅を覚悟で突っ込むという手もあるが、敵の防御次第では、例えば装甲馬車(ウォーワゴン)の様な、銃眼の着いた板壁で通路を塞いでいたりすれば、為す術なく全滅だろう。

 確かめようにも、迂闊(うかつ)に頭を出して狙撃されてはかなわない。


「どうしたものかな」

「どうもこうもない。まずは身を(さら)して進み、敵の備えを確かめる。それ以外にはないぞ」


 分かっている。分かっているのだ、そうする以外に良い方法など無いという事は。

 しかし、最初に飛び出す兵は、死に兵の様なものだ。ただ死ぬ事が役目の兵。そういう兵を使い、彼らが死んで行くのを見るというのは、どうしようもなく苦しい。

 その辺りを割り切れないあたり、自分は将として部隊を率いるのには向いていない。必要な犠牲という言葉で、ただ死ぬために進む兵を送り出す事が出来ないのだ。

 それでも、そうする以外に道はない。それもまた、分かっている事だ。


「先陣を切る兵の志願を募れ」


 せめて、自らそれを申し出る覚悟の在る兵ならば。

良いとは言わない。気が楽とも言えない。それでも、望まぬ者に命令として押し付けるよりは、マシだという気がする。

 決死隊志願兵は、二十四人申し出た。


「全滅する可能性も高い。良いのだな?」

はい(ヤー)。覚悟しております」

「なぜだ。なぜ死のうとする?」


 言葉にしてはならないと思っていたが、我慢できずに言葉にしていた。二十四人は、一様に驚いたような表情を浮かべ、すぐに笑った。


「誇りがあります。我々は、団長の兵ですから」


 誇り。誇りとは何だ。誇りがあれば、死んでもいいのか。なぜ、私の兵である事が、誇りになるのだ。

 いろいろ考えはしたが、それ以上言葉にはできなかった。ただ、団長としての役割を果たすための言葉は、出てくる。


「良いだろう。死んで来い!」


 二十四人が、鯨波(とき)の声を上げて躍り出た。途端に、銃声が通路に反響する。四十丁。大体その位だ。


「敵は丸裸だぞ!」


 銃撃を受けた兵が、最後の力を振り絞って叫ぶ。


「銃兵、出ろ!」


 こちらの銃兵が飛び出し、ほとんど狙いを着けずに引き金を引く。狙わなくても、通路で敵のいる方向は限られている。


「全軍突撃!」


 敵の応射もない。先の射撃で、全て討ち尽くしたのだ。すさかず、全軍突撃を決める。

 ゲオルク自ら先頭切って飛び出し、敵に向かった。すぐに兵がゲオルクを追い越し、敵に殺到する。


「団長、無茶をしないでください!」


 名も知らない一兵卒にそう叱られながらも、敵の銃兵を駆逐する事に成功した。

 最初に飛び出した二十四人のうち、弾が当たらなかったのは、二人だった。あと何人生き残るかは、手当次第だ。

 負傷者と、治療に当たる兵を残して先へ進む。

 地下通路を駆け抜け、長くない階段を駆け上がり、その先にある扉を開けると、光が視界一杯に広がった。

 地上に出るとそこは、まさに激しい攻城戦の内側だった。城壁を越えた流れ矢や流れ弾が時々飛んで来る。


「城門を開けろ!」


 ゲオルク軍が出た位置は、城の正門からもそう遠くない。城というものは、外から内に入るには入り組んでいるが、内から外へは割と分かりやすい構造をしている。慌てふためく敵を片端から蹴散らし、城門へ向かった。

 城門近辺は、流石に敵が多数集結している。それでも、奇襲の効果があるうちに、城門の内側まで、敵を蹴散らして迫った。

 城門には閂を含めて、鍵が四つも付いている。それらは叩き壊すとして、門自体が重量のある鉄扉だった。

おそらく門の左右にある塔に巻き上げ機があり、それを操作して開く仕掛けだ。人力で開けるには、重すぎる。

 隊を二つに分け、左右の塔へ向かった。すでに敵は立ち直っており、侵入したゲオルク軍を殲滅(せんめつ)しようと殺到してくる。早く門を開かねば、多数の敵に囲まれて、押し潰される。

 塔の中に突入した。多くの兵が詰めている訳ではないが、閉所戦と、高所からの攻撃の組み合わせで、かなり進むのは厄介だ。

 だがここまで敵中深く侵入しておいて、今さら犠牲を(いと)って慎重策もあるまい。赤隊と同じだ。ここまで来れば、犠牲を顧みず、ひたすら戦い抜く以外に、活路などない。

 押した。押しに押した。犠牲には目をつぶり、ただひたすらに押しまくった。

 塔の頂上。やはり、巻き上げ機があった。しかし、これも鍵が掛けられて、動かせない様になっている。


「鍵を叩き壊せ!」


 鍵を探している暇はない。敵が打って出ている様子が無い以上、鍵自体、この辺りには無く、城の奥深くに保管されている可能性も高い。

 幸い、巻き上げ機の絡繰り自体に作用する鍵ではない。鍵さえ壊してしまえば、巻き上げ機は動かせる。ただ鍵は、太い鎖につながっていた。


「早く斬れ!」


 言って、無茶な要求だと思った。やすりも無いのに、この太い鎖を断ち切れというのは、そう簡単な事ではない。

 鎖に剣を何度も振り下ろすが、むしろ剣の方が刃こぼれする。


「団長、やはり鍵が無ければ――」

「無理だなどとは聞きたくない。鍵が壊せなければ、巻き上げ機自体を叩き壊して縄を引け!」


 鈍い轟音が響いた。一度だけではない。もう一度。すぐ近くからだ。火薬の音ではない。

 塔の窓から身を乗り出した。衝車が、城門を叩いている。敵が外の軍と、内部のゲオルク軍への対応に分かれたため、衝車を接近させる余裕ができたのか。


「やるではないか」


 城門までの山道は、遠目に見た限りでも、攻城兵器を進めるのは相当に困難な道だった。それでも、ここまで衝車を運んできた。見事という他ないだろう。


「巻き上げ機はもういい。辺りの敵を掃討しろ!」


 閂を外したので、城門の強度は下がっている。このまま衝車を打ち付け続ければ、鉄扉と言えど、いずれ持たなくなるはずだ。

 ならばむしろ、衝車の邪魔をさせないように敵を掃討した方が良い。

 敵兵が、城門を内側から押さえようとする。そこにゲオルクは、旗下を引き連れて斬り込んだ。

 城壁の上にも兵を回している。縄があれば、味方が上って来れる様に降ろすのだが、生憎見当たらない。ゆっくり探している暇も無いので、ひたすら敵と切り結ぶ。

 三人、ゲオルクに斬りかかってくる。いや、腹を狙って突いてくる。一人を(かわ)した。すぐに二人目、胴を薙いでくる。これも避けた。三人目。脳天目掛けて剣が振り下ろされてくる。大きく動いて躱した。

 なかなかの連携だった。反撃の隙が無い。反撃すれば一人は倒せるが、その隙に他の二人にやられる。味方も救援に来る余裕は無さそうだ。

 また頭に剣が振り下ろされてくる。単純だが、小さく避ければ肩を斬られるし、力も込めやすく、厄介だ。

 足払いが来た。上からの攻撃に気を取られている隙に、という事だろう。剣で受け止める。

 好機と見たか、一人が気合と共にゲオルクの頭に剣を振り下ろしてきた。だがむしろ、隙だ。

 振り下ろされる剣を避け、逆に敵の頭蓋を剣で叩き割った。そこへ二人目が、腰の高さに薙いでくる。地を転がりながら、脚を斬り飛ばした。崩れ落ちる体に、斬り上げ、そして振り下ろしの連撃を浴びせ、止めを刺す。

 最後の一人が、半ば自棄になって突っ込んでくる。右に動いて避けながら、左手で相手を掴み、体勢を崩して、脇の下の急所を斬った。

 そこまでだった。ゲオルクが三人組を斬り伏せたところで、連合軍の衝車が城門を破壊した。味方の兵が、続々と城になだれ込んでくる。

 城兵はそれを押し止めようにも、ゲオルク軍に邪魔されてそれができない。なだれ込んでくる連合軍に、次々と討たれて行く。


「決まったな」


 大勢は決した。そうとしか思えなかった。


「ゲオルク殿。ゲオルク殿はいずこ!」


 馬にしがみつくように乗りながら、テオが城門から駆けこんできた。ただ事ではないと直感した。それも、飛び切りの嫌な予感が全身を冷たく包み込んでいる。


「テオ、ここだ! 何事だ!」

「後方に、敵軍。昌国君(しょうこくくん)鴉軍(あぐん)です!」

「なんだと」


 ここでか。流石に速い。いや、もう少し城の攻略が遅ければ、挟撃を受けていた可能性が高い。そう考えると、間に合ったと言うべきか。


「すでに後衛の騎士家軍が、崩壊しています。蒼州(そうしゅう)公軍がこのまま城の攻略を続けるので、旧ユウキ軍とゲオルク軍は、連携して昌国君に当たる様にとの事です」


 城攻めの布陣では、確か蒼州公軍が前衛。旧ユウキ軍が中軍。騎士家軍が後衛と言う布陣の予定だった。

 予定通りならば、背後の敵にはまず騎士家軍が当たり、次に旧ユウキ軍が当たるのが当然の流れだ。蒼州公軍が反転して背後の敵に向かえば、大混乱を招く。


「分かった。全部隊を召集。すぐに背後の朱耶(しゅや)軍に向かう。相手は昌国君だ、死にたくなければ気合を入れろ!」


 全部隊を集結させ、山を下って敵に向かう。昌国君が相手と聞いて、鴉軍との戦いを経験した者も、していない者も、一様に表情が険しくなる。

 山の上から望む地平には、朱耶家の旗。青地に赤眼の黒龍旗が駆け回っていた。

 旗を掲げて駆け回るのは、真っ黒な装束に身を包んだ、恐ろしく速く、威圧を感じる騎兵。鴉軍は、三百騎は間違いなくいた。それ以外に、通常の騎兵も三百騎いる。

 何度見ても、敵に回すと恐ろしい相手だ。だが、待ち望んでいたと言う気もする。

 昌国君と決着を着けるのは、自分以外に無い。恐れていた相手であるはずなのに、そうとしか思えなかった。

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