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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter4・勝利か、死か
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ブランデンフェルト強襲攻略1

 年が明け、雪が融け、春も半ばを過ぎた時分になって、蒼州(そうしゅう)公派の連合軍が集結した。

 集結した軍勢は、蒼州公家と旧ユウキ家の正規軍だけで三千。防衛のための兵力を、ぎりぎりまで削って動員した兵力だ。

 そこに、それぞれ雇った傭兵。七騎士家軍。ゲオルク軍などを含めて、一万二千が集まった。

 勝ち進む事さえできれば、兵力は更に集まってくる。勝ち馬に乗ろうと言う傭兵や、今は中立を保っている小領主は、大勢いるのだ。

 ただそう言う兵は、不利になると脆い。やはりこの一万二千が、中核と考えるべきだろう。

 ところで、ゲオルク軍はすでに傭兵団ではない。この大遠征に先立ち、正式に独立遊撃軍と位置付けられた。

 と言っても、名称が変わっただけで、やる事は大して変りない。

 ただゲオルクの肩書が、独立遊撃隊長となったことで、全体の序列がはっきりした事と、軍議などでの公的な発言権が得られた事は大きいだろう。

 ようやく、誰が総指揮官なのか分からない、などという事態からは抜け出せるという事だ。遅すぎるくらいだが、大事な戦に間に合っただけで十分だろう。


「さて、ユウキ合戦以来の大戦なりそうだが、果たして勝ち目はどれくらいあるだろうか。なあ、テオ?」

「難しいですね。総督府派は有力諸侯がほぼ脱落していますが、とうとう昌国君(しょうこくくん)が征東将軍に再任され、全権を握りましたから」


 テオが強張った表情で答える。これだけ大きな戦い、しかも昌国君が相手となると、流石に緊張を隠せないようだ。

 今まで散々昌国君の起用を渋っていた帝国政府だが、ついに蒼州の戦況を看過できなくなったらしい。新年早々昌国君を征東将軍に任じ、帝国東方の全権を預ける事を公表した。

 今や総督府も、昌国君の下に組み込まれている。それどころか、その気になれば他の州にも動員命令を下す事ができる。そうなれば、いったい何万の軍勢が集まるか、想像もできない。

 しかし今のところ、昌国君は蒼州の兵と、自らの手勢、その他少数の自らの意思で参戦してきた諸侯軍だけで戦うつもりらしい。

 大軍に頼らず、現地の兵と協力し、自らの精鋭が敵の急所を突くと言うのが、昌国君の基本戦術だ。今回もまずは、それに習っているのだろう。


「まあ、できるだけ万全に備えてぶつかるしかあるまい。各隊共に、抜かりはないな?」

「赤隊青隊は言うまでもありません。白隊も、ヴァインベルガーがいなくなってもしっかりしています。ただやはり、以前よりは多少動きが悪いようです」

「隊長の差はどうしようもあるまい。緑隊は?」

「古参兵を将校に回して、他とあまり差が出ないようにはしました。ただそれでも、他の三隊と比べると見劣りします」

「それも、仕方がないな」


 隊長としてこれと言う人物がおらず、言ってしまえば凡庸な指揮官を抱いている事は白隊と同じだが、強力な個性を持つ隊長の遺訓が残っている白隊と、そういうものが全く無い新設の緑隊では、やはり差が出る。


「ゴットフリートを隊長まで引き上げようかとも思ったのだがなぁ」


 一年ほど小隊長を務めさせて、もう中隊長に上げただけでも早すぎる抜擢だ。いくら人材不足とは言え、あまり急な昇格は、本人を潰しかねないという気がする。


「中隊長と言うよりも、ハンナの副官の様な立場で、上手くやっている様です」

「あれも元々血の気は多い方だ。それにどちらも、周囲が見えない将ではない。気は合うだろうな」


 実際、調練を見ていても呼吸は良く合っている。赤隊の突破力は、さらに向上したと言って良い。

 下手に分散させてしまうよりも、その高い突破力を武器にした方が、戦術の幅も広がるだろう。

緑隊だって、足を引っ張ると言う訳ではない。ただ古参の隊と比べて、個性と言えるような強みが無いと言うだけだ。


「団長殿。全部隊、いつでも動ける。命令を」


 ワールブルクが馬を駆けてきて、報告する。ベテランのワールブルクは、青隊長を務めながら、全体の目付と言うか、目配りをする役どころに収まっていた。


「分かった。進発する」


 この大作戦の最終目標は、言うまでも無く州都フリートベルクの攻略だ。

 それに先立つ第一段階として、フリートベルク南方のブライデンフェルト城を攻略し、前線基地とする。

 ブライデンフェルト城はフリートベルク防衛の要であり、こちらの手に落ちれば、敵の喉元に突き付けた刃となる要地だ。戦略目標としては当然、と言ったところだろう。

 このブライデンフェルト城攻略に、ゲオルク軍を含めた七千二百が投入される。残りは、城攻めの軍勢が後背を気にしなくて良い様に、各地の防衛に散って敵を牽制する。

 そして城を攻略したら全軍を集め、州都に向けて総攻撃を掛ける。と言うのが大筋の戦略だ。

 無論、敵もこちらがブライデンフェルト城を狙うという事は承知の上だ。これだけの軍勢を動員する以上、決戦を挑む気であるのは明白であるし、そうであるならブランデンフェルト城を攻略しないと言うのは、戦略的にまずありえない。

 情報では、ブランデンフェルト城では四千を少し超える兵力が防衛の準備を進めていると言う。

 こちらが万全の準備を整えた分、敵にも準備する時間を与えた。それは仕方の無い事だろう。

 こちらの首都であるインゴルシュタットから、やや西寄りに北上する。途中でブライデンフェルト攻め以外の兵が分かれながら北上する事三日で、城を望む位置に到着した。

 ブライデンフェルト城は山城で、三方が切り立った崖、唯一通れる一方も、曲がりくねった細い道で、非常に攻めにくい。州都防衛の要だけあって、堅牢そのものの要塞だ。

 長い戦になる事は避けられない。連合軍はまず本陣となる場所を決めて、簡素ながら城を築き始めた。

 向かい城と言って、城を攻めるための城を築くやり方だ。その気になれば半年でも一年でもにらみ合うと言う、覚悟の表れでもある。

 ゲオルク軍も、まずは城作りに参加した。思えば、本格的な攻城戦は初めてである。

 攻城兵器なども多数揃え、連合軍が全力を傾けている事は、疑いようがない。しかし、素人目にもあの城を攻略するのは、相当な難事であると見えた。

 六日掛けて堀を掘り、土塁をめぐらし、柵や板壁を立て、櫓を建て、兵舎を建て、物資を運び込み、城と言って差し支えない物が出来上がった。

 これから城攻めの策を検討する、というところで、一つの情報がもたらされた。

 看板は総督府派。事実上中立を保っていた、プファルツ郡のウォルフガング・シュピッツァー男爵が蒼州公派に着く事を宣言。軍を北上させ、ティリッヒ侯爵家と交戦状態に入ったという。

 幸先の良い朗報、と言って良かった。早くもこちら側になびく諸侯が現れ、しかもティリッヒ家と交戦を始めた。

 精鋭を失ってもなお一定の戦力を保っているティリッヒ家も、これで自領を守る事に専念せざるを得ないだろう。


「シュピッツァー男爵ですか」


 この情報をテオに伝えると、渋い顔、とまではいかないが、何とも言えない複雑な表情を浮かべた。手放しで喜びはしないだろうと思ってはいたが、気になる反応だった。


「シュピッツァー男爵の事を、知っているのか?」


 シュピッツァー男爵家の領地は、プファルツ郡の北東部だ。そして七騎士家の領地も、全てプファルツ郡にある。面識くらいあってもおかしくはない。


「若く、才気溢れる方です。非常に頭が切れ、決断力に優れ、勇気もあります」

「ですが、と続く訳だな」

「ええ。野心を剥き出しにしたような方で、実に狡猾です。今回の寝返りも、自らの利益のみを考えた、打算の結果でしょう」

「良いではないか、打算で。どうせ最初から、そんな連中ばかりなのだ。総督府が動けないと見て、ティリッヒ家の死肉を漁るつもりか知らんが、こちらに都合の良い限りは、歓迎しようじゃないか」

「まあ、寝首さえ掻かれなければ良いと言えますが、信用の置ける人物ではありません」

「戦は強いのか?」

「さあ。手の内を見せた事はありません」

「そうか。まあ、いい。それよりもブライデンフェルト城攻めの件だが、我らに厄介な任務が回ってきそうな雲行きだ」

「またですか」

「まだ本決まりではないが、今までそんな役回りばかりだったからな。正式に独立遊撃軍になったところで、変わりはしないさ」


 案の定、ゲオルク軍には遊撃軍らしい、非常に厄介な命令が下された。

 ブライデンフェルト城には、裏口がある。崖下を流れる川から水を引く、上下水道施設を兼ねた地下通路だ。

 ただ、これが弱点と言う訳ではない。地下通路の内部は迷路になっていて、いわば正面から攻めあぐねた敵を誘い込んで討つ罠だ。

 しかしここを突破できれば、一気に城内になだれ込める事も確かだ。それを為すのが今回のゲオルク軍の任務、と言う訳だ。

 否も応もない。それ以外には正面から攻めるしかないのだ。いくら万全の用意を整えたところで、城攻めをすれば大きな犠牲を払わずにはいられない。危険なのはどこも同じ。打てる手があるのなら、全て試みるしかない。

 ゲオルク軍はブライデンフェルト城裏口の取水口へ回った。城の外に敵兵の姿は無い。取水口も一応の隠蔽(いんぺい)はしてあるが、こちらもすでに存在を掴んでいる以上、あまり意味はない。

 ゲオルク軍の突入に合わせて、正面からも総攻撃が始まる。そちらは蒼州公軍四千、騎士家軍と旧ユウキ家軍がそれぞれ一千の、総勢六千だ。

 例えゲオルク軍が失敗しようとも、正攻法で城を攻め落とす覚悟をしている。

 日の出と共に、ゲオルク軍は突入を開始した。同時に正面でも、総攻撃が始まる。鯨波(とき)の声が、こちらまで響いてきた。

 取水施設内に入る。城の水の手をこれに頼っているだけあって、相当立派な施設だ。

 川の水を、少量ずつ引き入れる様になっている。増水しても、土砂混じりの水が大量に流れ込まないためだ。さらに濾過槽(ろかそう)、沈殿槽の役目を果たす池が複数あり、最終的に機械で水を汲み上げている。動力は風車か何かだろうか。

 下水も併設されているので、流れ落ちる下水を利用した水力かもしれない。風車だと、安定しない。

 地下通路は基本、天然洞窟だが、随所に人の手が加わっている。そして奥に進むと、幾つにも枝分かれをしていた。

 おそらく、この先が迷路になり、敵が待ち構えているのだろう。しかしこちらも、閉所戦はお手の物だ。

 ただこの洞窟通路は、直径が相当大きいので、あまり閉所という感じではない。


「青隊、緑隊は左へ。総指揮はワールブルク。さらに枝分かれがあっても、緑隊は大隊以下には分かれるな。青隊はワールブルクの判断に任せる。残りは右だ」


 ゲオルクが右へ進むと、二度目の二股が現れた。赤隊と白隊に分かれ、ゲオルクとその旗下は白隊と共に進む。

 その先はひたすら一本道だった。いくら進んでも分かれ道はなく、洞窟内なので景色も変わり映えしない。

 内部は迷路になっているはず。そう思っていたのに、ひたすら一本道が続くと、酷く不安になってきた。同じ所を回り続けているのではないかと言う気がしてくる。

 そう思って引き返しても、それはそれで上手く罠にはめられたという気がする。進もう。その覚悟を決めて、脚を動かし続けた。

 不意に、目の前に敵が現れた。


「掛かれ!」


 走りながら剣を抜き、敵中に躍り込んだ。通路が微妙にカーブを描いていて、敵が影になっていたようだ。周囲の景色がまるで代わり映えしないので、カーブしている事にも気付かなかった。

 ここで戸惑い、脚を止めていれば、奇襲を喰らっていただろう。このまま突っ込んだ方が良い。頭で考えるよりも先に、歴戦の勘がそう告げて、それに従った。おかげで助かった。

 先制攻撃を敵に食らわせたので、一度ゲオルクは下がって、情況を確認する。

 敵は二百を少し超えたくらい。こちらは白隊にゲオルクの旗下もいるので、兵力は倍近い。

 しかし、広いと言っても洞窟の中では、兵力差はそれほど意味が無い。まして敵は、武器は短剣のみ、鎧は着ず、動きを邪魔しないように袖も無い、暗い色の衣服と、閉所戦に特化した装備だ。

 それでいて敵兵は、しっかりとした訓練を積んだ騎士の動きをしている。こちらの攻撃を(かわ)しながら、鎧の隙間に短剣を差し込んでくる。

 軽装兵には矢の雨が有効だが、この洞窟内では無理だ。鉄砲も、いきなり乱戦になってしまったので使えない。


「怯むな! 敵は軽装だ。まとまって押し込め!」


 こちらは敵よりは重防御だ。個人戦に持ち込ませず、犠牲を厭わず押しまくれば、耐える力は敵の方が弱い。


「押せ! 押して押して押しまくれ!」


 愚直に押す。それがここでの最適解だ。

 時間の感覚が分からないが、それなりに長い時間押し合ったはずだ。初めはこちらがやや押されていたが、じきに互角になり、今ははっきりと敵の犠牲ばかりが増えている。

 それでも敵の踏み止まりようは凄まじく、ようやく敵が逃げ出した頃には、残敵は三十人余りまで減っていた。


「追え!」


 一瞬悩んだが、どうせこのまま進むしかないのだ。ならば、慎重に進もうと、勢いのまま突き進もうと、大した違いはない。

 逃げる敵を追い、洞窟を進んでいくと、ほどなくして広い場所に出た。大広間と言っていいほどの、相当な広さだ。

 そこではすでに戦闘が起こっていた。一方はもちろん敵で、先程と同じ軽装の敵が、九百人はいる。

 それと戦っているのは赤隊だ。敵の三分の一の兵力で、守るどころか猛攻を加えている。すぐさま助けに加わった。


「ハンナ! ゴットフリート!」

「団長か。悪いが一番槍はもらっておいたぞ」


 ハンナの顔は返り血まみれだが、まだ冗談を言う余裕はあるらしい。


「交替だ。しばらく休め」

「いや、攻め続ける。ここで休めば、兵は動けなくなる」

「分かった。援護するから、好きなだけ暴れて来い」


 白隊の援護を受けて、背後を気にしなくて良くなった分、赤隊はさらに激しい突撃を繰り返し始めた。

 二つに分かれ、巧みに協力しながら突っ込んでいく。片方が突っ込み、敵がその横腹を突こうとすると、もう片方が逆に敵の横腹を突いて突き進む。それを繰り返しながら、敵にめり込んでいく。

 赤隊の一方を指揮しているのは、中隊長のゴットフリートだ。なるほど、見事な連携を見せている。

 ゲオルクの知らぬうちに、ゴットフリートは鉄鞭を武器にしていた。角形の断面を持つ、しなる程度の鉄の棒で、打撃武器なので重装鎧の上から打っても効果がある。

 それでいながら、腕さえあれば首を刎ねるくらいはできる、剣の要素も持つ打撃武器だ。ゴットフリートはそれを、十分に使いこなしている様だ。

 赤隊はある程度まで敵中に進むと、また敵を断ち割りながら引き返してくる。敵を完全に突破するのは、危険があると判断したのだろう。

 戻る赤隊に、敵が殺到してくる。ものともしていないが、ゲオルクは八十人に増やした旗下を引き連れて、敵に突撃を掛けた。敵が崩れ、赤隊が楽に戻ってくる。


「団長、礼を言う」

「戦だ。味方の救援は当然の事。それより、敵の手応えは?」

「まだ踏みとどまるな、これは」

「なら、こちらも腰を据えて掛からねばな」


 ゲオルクは気合を入れ直し、下腹に力を入れて構えを取った。

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