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戦争狂奏曲  作者: 無暗道人
chapter3・戦野の風景
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橋奪回部隊要撃3

 ゲオルクが駆け付けたとき、傭兵団と朱耶(しゅや)軍の戦況は、互角と言って良かった。

 傭兵団九百に対して、朱耶軍は五百だが、バーデン郡諸侯の五十騎が小うるさく駆け回っている。

 五十騎と言えど、騎兵の存在はやはり大きいと見るべきか。五十騎程度が駆け回った程度では、微塵も揺らぎはしない傭兵団が精強だと言うべきか。

 敵騎兵は、傭兵団の右翼、赤隊を集中的に攪乱している。攻撃の要が赤隊だという事を、見抜かれているようだ。

 まずは素直に外側から回り込んで、敵騎兵の左から突っ込む。すると敵は、赤隊とゲオルク騎馬隊の間をすり抜けて、こちらの左を取ってきた。なかなか手強そうだ。

 逃げると見せかけて反転し、追ってきた敵の右を取る。敵は馬速を上げて(かわ)そうとしたが、躱しきれない。敵の後備を十騎程、叩き落とした。

 一旦両軍が離れる。騎兵同士の戦いになったおかげで、歩兵の方も歩兵同士だけで戦える様になっていた。赤隊が猛然と攻撃を開始し、数の優位もあって敵を押し始める。

 ゲオルクは正面から敵騎兵に突撃した。向こうも受けて立つ。ぶつかった。まともにぶつかって見て、流石に精強だと思った。

 しかし、先程のジギスムント隊に比べれば、まるで素人だ。敵には、味方の歩兵を救援しなければならないという焦りもある。

 不意に右に動いた。敵に対して、どうぞお通りくださいと道を空けた格好だ。攻撃もかけない。

 罠と思ったのだろう。敵が反転して逃げた。おかげで、こちらに完全に背中を晒している。

 そのまま後ろから敵を貫いた。敵はほとんど為す術も無く討たれ、討たれなかった者は一目散に逃げて行った。

 歩兵の方に戻ると、包囲されかけている朱耶軍が小さくまとまり、中央青隊と左翼白隊の間隙を突破しようとしていた。

 背後に回り、突っ込む。敵の後陣が混乱した。それで十分だった。前に押す圧力が弱まり、突破できなくなる。その間に、側面を取った赤隊が猛攻を加えた。

 朱耶軍の陣形が半壊し、突破を断念した敵が、反転して逃亡を始めた。後は、追撃で討ち果たすだけだ。

 逃げる朱耶軍を追い撃ちに討ち、壊滅させて帰還した。

 その頃には、騎士家軍も装甲馬車(ウォーワゴン)を撃破していた。朱耶軍の敗走と装甲馬車(ウォーワゴン)の喪失で、諸侯軍もハイルブロン大橋を放棄して退却していた。


「ホフマン殿」

「ゲオルク殿か」

「御無事で何より」

「無事、と言えないな。これは」


 騎士家軍は、半数の六百人ほどまで減っていた。ほとんどは死傷ではなく、逃げてしまったのだ。

 短期間で見事に統制の取れた軍にしたとは言え、所詮は傭兵だ。総司令官であるホフマン女史の目が行き届かないような、濃霧の中や混乱の中では、保身が第一の身勝手な傭兵に戻ってしまう。

 ホフマン女史の力量の問題ではなく、絶対的に時間が足りなかったのだ。半分残っただけでも大したものだろう。


「朱耶軍はまだしも、敵にあのような化け物じみた猛将達がいるなど、誰も知りませんでした。索敵不足と言われればそうかもしれませんが、無理もない事だと私は思います」


 実際、ジギスムント隊十二騎に因る被害は、死者二十五人、負傷者も加えれば百人超と他を圧倒していた。

十二騎が与える被害では、所詮大した数にはならないが、僅か十二騎がこれだけの被害を与えたというのは、驚異的だ。

 そして、士気に与える影響としては、計り知れないものがあった。


「どちらにせよ、残存兵力でバーデン郡侵攻は無理だな。ゲオルク殿の傭兵団が同行してくれるのなら別だが」

「それは、よろしくないでしょう」


 上としては、ゲオルクの傭兵団は来年からの大攻勢に投入したいはずだ。だからここで無闇に消耗させかねない事は、許可しないに違いない。

 あくまで大橋防衛の援軍。その後は、騎士家軍がバーデン郡侵攻をする間、退路を確保する。それが上が傭兵団に求めている事だ。


「一応、伺いは立てますが、撤退の準備を進めましょう」

「そうだな。止むを得まい」


 バーデン郡侵攻ができない以上、ハイルブロン大橋を確保している意味はない。

 撤退の準備が始まった。そして早馬の使者が往復する事五日。正式に撤退命令が下った。

 朱耶軍とバーデン郡の諸侯軍に手痛い打撃を与える事は出来たが、戦略目標は達せられなかった。どちらが勝ったかは、微妙な所だろう。


 バーデン郡侵攻の断念と、ハイルブロン大橋の放棄に関して、あるいは何らかの処罰もあり得ると思っていたが、特に咎めはなかった。

 元より来年以降の作戦を有利に進めるための助攻であり、あわよくば、と言う感覚が強かったのだろう。

 年の瀬も押し詰まり、情況的にも気候的にも、軍事行動を起こすに適さなくなった事も一因だろう。

 年末になり、一年を思い返してみると、今年の前半はオルデンブルクのクーデター計画が全ての中心にあった。

 オルデンブルクのクーデターが成ってからは、蒼州(そうしゅう)全土が過去最大の戦乱に見舞われた。

 毎年、戦乱が激化していっている様な気がするのは、気のせいでもないだろう。ユウキ合戦以降、何度も大事件が起こり、その度に蒼州は混迷を深めてきた。

 もはや、この戦乱に終わりがあるのかどうかも、良く分からない。蒼州公派と総督府派。いや、もう蒼州公政権と、帝都政府の出先機関としての総督府か。どちらが勝ったとしても、それで戦乱が終息するとは思えない。

 蒼州公派の、ゲオルクの理想は、中央のために地方が犠牲になる事への反発。地方の、特に庶民や小領主の様な、立場の弱い者が苦しむ事の無い世の在り方だった。

 しかし、戦乱が激化したという事は、弱者が苦しまない世と言う理想から、遠ざかったと言える。

 専心に追っていたはずの理想が、かえって遠ざかっている。そこに、虚しさの様なものはある。自分のしてきた事は、なんだったのかと。

 自らの歩む道の先に光があるのか、見通す事が出来ない。

 見通しが立たないのは、情勢も同じだ。ティリッヒ侯爵家が精鋭を失って戦乱の中枢から脱落し、七騎士家は大きく勢力を衰退させ、軍を傭兵に頼る様になった。

 アイヒンガー、コストナー両伯爵家は、もはや身動きも取れない。それどころか、オルデンブルクと言う新興勢力の前に、いずれ飲み込まれるのではないかとすら思える。

 ユウキ合戦で主役を張っていた者達が、軒並み脱落している。蒼州公家だって当主は幼く、実権は重臣が握っている。

 ユウキ家に至っては、とっくに断絶して、その家臣が旧ユウキ家勢力を名乗っているだけだ。


「いや、まだ一人だけ残っていたか」


 昌国君(しょうこくくん)・朱耶克譲(なりよし)。最後にして、最大の敵。改革を進め帝国を立て直したが、その代償に地方に苦しみを押し付けた先帝の、股肱の臣だ。

 その彼もまた、政権を握った外戚一門に疎まれているらしい。表舞台から消えて行った者達と同じく、彼もまた消えゆくべき古い人物なのか。

 自分は、どちらだろう。この場合、歳は関係ない。ゲオルクは確かに傭兵を持って騎士に勝ち、意図せずだが戦場のあり方を新しくした。

 だがその思想においては、むしろ旧弊的だと自分でも思う。先帝の改革に反発はしているが、かと言って代替案などない。その様な政治センスは持ち合わせていない。

 自分は、オルデンブルクの様な、新しい側の人間ではない。かと言って、消えゆくべき古い人間かと言われれば、彼らと自分は何かが違う。

 自分は、狭間に生きる人間なのかもしれない。だがそれは、狭間にしか生きられないという事だ。古い時代と新しい時代、どちらにも生きられない。

 そんな自分は、何のためにここにいるのだろう。何の意味があって、何を為すために、生きているのだ。

 執務室の戸が叩かれた。聞きなれた、テオの叩き方ではない。ヴァインベルガーが入ってきた。


「団長殿、傭兵団の新たな人員の選抜、完了いたしました。名簿をご確認ください」


 低く答えて、新規加入者の名簿を受け取った。これで傭兵団は、総勢一千二百に増強される。隊も新たに、緑隊を設けて四大隊体勢に編成した。


「しかし、本当に良かったのですか。今や我が傭兵団の名声を聞きつけて、入団希望者はいくらでもいるというのに」

「ただ数だけを増やす気はない」

「もちろん、一定の質を期待できる有望な者を選びました。団の運営費も、今ならば困る事はないかと思いますが」


 それだけではない。ゲオルクが自身の傭兵団に望むのは、人格と言うか、何のために戦うかと言う理由だ。

 もちろん、戦乱で故郷も何も失って、食って行くためにやむなくという者もいる。ただ、人格の底に、生きるためなら何でもする。ではなく、自分が戦う事が、僅かでも他人のためになれば。そういう思いがある者が欲しい。

 これだけの規模になれば、そんな事ばかりも言っていられないのが現実だが、理念としてはそうありたいのだ。

 ただそれは、ヴァインベルガーには非合理だと切って捨てられるだろう。だから、あえて言う事はしない。ヴァインベルガーのような人材も、有用で得難いのだ。

 だからこそ、惜しい。


「これで私の、最後の仕事も終わりですな」

「故郷に帰ると、もう会う事もないだろうな」


 ヴァインベルガーは小なりとは言え領主の子だ。この度伯父の計らいで、妻を迎えて家を継ぐ事になった。当然、傭兵家業も傭兵団も引退という事になる。

 元々両親に早世され、伯父の後援を受けていた身なのだ。大学を飛び出し、傭兵に身を投じている時点で、相当に迷惑を掛けている。

 だから、帰ると言うのを引き止める訳にはいかなかった。


「フリート郡の田舎で、せいぜい領地経営に励みますよ」


 蒼州最西のフリート郡は、今の世の戦乱からは遠く、静かだ。州中央から距離があるうえに、山に囲まれ立盆地で、交通の便も良くないのが、外界の争いを遠ざけているようだ。


「領主として、静かに領地を治めていくにはいいだろう」

「どうでしょうか。今はまだ静かですが。いつまでも平和とは限りません」

「そうさせないためにも、我々は戦っている。あまりにも微力だと痛感する毎日だがな」

「……いえ、団長殿の下で戦った日々は、得難い経験でありました」


 お世辞など、言う人間ではない。感慨にふけっている、と言う訳でも無い様だが、真剣だった。


「団長殿は、価値がある間は必要とされる、と言う話をした事を覚えておいでですか?」

「マンスフェルトの野垂れ死にを聞いたとき、だったな。覚えている」


 もしこの戦乱が終息すれば、自分たち傭兵は用済みにされる。と言う話だ。

 戦乱がある間、自分達は必要とされる。だが自分達は、究極的には戦乱を治めるために戦っている。自分達の価値を、自分達で無くすために戦っている事になる。


「災いは芽の内に摘むべきですし、秋の収穫を得たければ、春の内に種を撒く事です」

「今のうちに、手を打てと。だが、どうしろと?」

「一つは、いつまでも必要とされ続ける事です。戦後も必要とされる、新たな価値を得るか。あるいは、戦乱が長く続けるように仕向けるか」

「やめろ。新たな価値を得るのは良い。だが、生きるために戦を長引かせる様な真似は、私の目の届く限りにおいて、許さん」


 つい、声を荒げていた。対してヴァインベルガーは、平然とした顔をしている。ヴァインベルガーにとって、戦乱が続く方が自分に利益があると言うのなら、そう仕向けるのは当然の事なのだ。

 彼には、善悪という観点が無い。いや、この世に善悪そのものが無い。それぞれが自分の都合を述べているだけ。それが彼の価値観なのだ。

 ゲオルクはそれを、全面的に認める事は出来ない。だが、一抹の真理である事は、認めざるを得ない。


「団長なら、そうおっしゃるでしょうな。では、もう一つの考えを、ここで述べておきます」

「言ってみろ」

「自ら立つ事です。誰からも必要とされなくなっても、自ら立っていられる存在になる事です。具体的な事を言えば、諸侯になってしまう事です」

「私に、謀反をしろというか? オルデンブルク卿のように」

「あれも一つの手でしょうが、団長の功績を鑑みれば、正当に領地を授かる事も出来るでしょう。そうして傭兵団をゲオルク殿の兵にしてしまえば、彼らも安定した職を得て、上下共に安泰です。すでに、事実上はそうなりつつあるではありませんか」

「それは」


 確かに傭兵団は、拠点の周囲の村の安全を保障してやる事で、定期的に傭兵料を受け取っている。領地を治め、税を取っていると言えなくもない。


「正式に領主になれば、蒼州公政権内部でも発言力を持てます。場合によっては、団長殿が政権を握って、自分に都合良く事を運ぶ事も出来ます」

「私に権力を持てと? それこそ、私には似合わん」

「これはあくまで、身を退く者の個人的な進言なので、どう捉えられるかは勝手です。しかし、団長殿が我が身と、この傭兵団の人員を守りたいと欲するなら、権力を持つ事です。それが最も良い」

「……心には留めておこう」

「出過ぎた事を、長話してしまいました。私らしくありませんな」


 そう言ってヴァインベルガーは、自嘲するような笑みを浮かべた。

 初めて会った時に感じたのと同じ、酷く暗く、陰惨な感じのする笑みだった。

 兵は増え、戦法にも工夫を凝らし、調練も積んだ。しかし、有能な将はむしろ減り、全体的に不足していると感じる。

傭兵団が強くなったのか、弱くなったのかは、実戦をしない事には、はっきりとした事は言えないだろう。

 その実践が、近づいている。ユウキ合戦以来、最大規模の大戦になるだろう。

 嵐の前の静けさの様に、年の瀬は雪に埋もれて静かに過ぎて行った。

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